2022年、デビュー10周年イヤーを駆け抜けている最中の藍井エイルが、彼女にとっても大事なアニメ作品の1つである『ソードアート・オンライン』との新たな楽曲を発表した。『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 冥き夕闇のスケルツォ』主題歌で、ヨルシカのn-bunaがプロデュースした「心臓」は、自身の歌唱をアップデートさせた、藍井エイルの新たなフェーズを感じさせる1曲だ。
藍井エイルと『ソードアート・オンライン』という、同じく10周年を迎えたもの同士のコラボのなかで、彼女はどのような歌を響かせようとしているのか。


10年経って見つめ直した自身の歌声
――ニューシングル「心臓」ですが、エイルさんと縁の深い『ソードアート・オンライン』(以下、『SAO』)の最新作『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 冥き夕闇のスケルツォ』(以下、『冥き夕闇のスケルツォ』)の主題歌となります。改めて『SAO』はエイルさんにとってどんな作品ですか?

藍井エイル ずっと隣にいてくれた作品という気がしますね。『SAO』のおかげで私のことを知ってくださった方もたくさんいて。素敵な作品に長く携わらせていただいて、心から感謝していますね。

――2012年の「INNOCENCE」以降、現在に至るまで数々のシリーズで主題歌を歌ってきたわけですしね。

藍井 そうなのですが、実は劇場版を歌うのは今回初めてなんですよね。そもそも劇場版の曲を歌うこと自体が初めてで。『SAO』が10周年、藍井エイルも10周年というなかで今回こうやって歌わせていただけるというのはインパクトが強いですし、本当にありがたいなって。

――インパクトでいうと、タイトルもまた……。

藍井 「心臓」っていうタイトルもなかなかですよね(笑)。n-bunaさん……すごいなって。


――今回「心臓」が主題歌となった『冥き夕闇のスケルツォ』はエイルさんが「INNOCENCE」で担当された頃よりも前のお話である≪アインクラッド編≫を基にしているんですよね。

藍井 そう、≪フェアリィ・ダンス編≫よりもっと前の話なんですよね。

――そういう意味では初めて≪アインクラッド編≫の楽曲を歌うことについてはどんなイメージがありましたか?

藍井 ≪アインクラッド編≫のときからLiSAちゃんのオープニング(「crossing field」)で、“夢で高く跳んだ”って、“跳ぶ”という言葉がすでに使われていたんですよね。「心臓」でも“飛ぶ”というイメージを意識してほしいというオーダーがありまして。≪フェアリィ・ダンス編≫でも≪アインクラッド≫編でも『SAO』は“飛ぶ”というのは大事にされてきたテーマなのかなって。

――そんな「心臓」ですが、今回はヨルシカのn-bunaさんによる楽曲となりました。エイルさんはヨルシカやn-bunaさんにはどんなイメージをお持ちでしたか?

藍井 えーっと……すごく厳しくて、すごくこだわりが強くて、ちょっと怖い人……っていうイメージでした(笑)。

――わははは、なんですかそのイメージは!(笑)。

藍井 だって、ヨルシカさんの曲ってすごいじゃないですか。「えっ、どこからどこまで出すの?」っていうレンジの広さがありますし、それを歌っているsuisさんもすごすぎるし。ストイックに音楽に向き合っていて、会って怖かったらどうしようって思っていましたが(笑)、全然そんなことなくて。

――良かったですね(笑)。
今回楽曲の依頼はエイルさんから?


藍井 はい。前からヨルシカさんの楽曲を聴いていたので、スタッフさん経由でn-bunaさんにお願いして。届いたデモがすごく仕上がっていて本当に素晴らしかったんですよ。ちなみにこの曲、最初のデモから5回くらい歌を録り直しています。5回も録ったのなんて初めてで。

――プリプロの段階からそんなに歌い直していったんですか?

藍井 最初は仮歌さんが男性っぽい声でロックに歌っていて、そういう方向性なんだと思いロックに歌っていたんですよね。そこから少しずつまろやかになっていってアレンジも変わっていって。さらに、アニメ制作サイドからのオーダーやn-bunaさんのリアレンジで色々変わっていったので、その結果、最後のAメロはかなり静かな感じになっています。本来は歌詞の2行目くらいからかなりガツって入る曲だったんですけどね。

――たしかに完成したものを聴くと序盤はすごく静かな導入で。

藍井 5回の間にかなり変わった感じですね。それこそ本RECのときはだいぶ印象が変わって、映画を彷彿とさせる音色みたいなものをすごく感じました。


――そこも劇場版というものに合うような音作りになっているものかも。

藍井 TVアニメっていう感じではないですよね。映画だなという気がしました。

――たしかに全体的に聴いても、非常にシンプルなトラックですよね。音の隙間が多いというか。

藍井 そうですね。トラック数もシンプルで。ハモはいつもダブルで録るのですが、今回シングルにしましたし。なので、自分の歌がかなり浮き彫りになるんですよね。

――なるほど。

藍井 なので、この曲を歌うときは、めちゃくちゃ緊張します(笑)。ピアノだけを追って、そこでピッチを合わせていかないといけないので、難しいですし少しずれるだけですごく目立つんですよ。


――たしかにロッキンでありつつ、イントロからのピアノと、そこに乗るボーカルも肉感のある非常に印象的な仕上がりですよね。レコーディングはいかがでしたか?

藍井 難しいところでいうと、サビ頭の“早く”という部分の“は”は息が抜ける音じゃないですか。でも“は”と発音するときに息を抜きすぎると喉に負担がかかってしまうんです。なのでそのあとの“心臓が伝う 本能で今翔んで”の“で”が上がり切らなくなってしまうんですよね……というすごく繊細な曲で、“早く”の“は”であえてHをあまり発音しないで、Aから発音するってやらないといけない。でもそれをやりすぎるとエモーショナルさがなくなるので、そこが難しい。

――あの1フレーズだけでもかなり集中しないといけない。

藍井 この曲は最初から最後まで全集中という感じですね。とても難しいことをn-bunaさんに鍛えていただいています。これを普段から歌っているsuisさんって……すごいですよね。

――キャリア10年を経て、またとてつもない挑戦になっていると。

藍井 本当に心臓が飛び出そうになる曲です(笑)。何も隠せない、裸の状態で歌っている感じなんですよ。
音数も少なくてシンプルな構成で、ハモもシングルだし……改めて歌と向き合った曲だなと思いました。

――テクニカルな面での挑戦があり、そこを藍井エイルの曲として成立させなくちゃいけないという。

藍井 エモーショナルさを持ちつつも、バランス良く対極にある発生に持っていかなければならない。前にボイトレの先生から、「正しい発声とエモーショナルは対極の部分にあるので、そこを少しずつバランスを取っていきましょう」と言われたことがあるんですけど、そういう基礎をまたイチからやっている感じですね。

――と言っても、エイルさんはキャリアでいうとベテランに入るんですけどね(笑)。

藍井 いやいや……ライブで歌うのもまだ自信がないです(笑)。



臆病さも受け止めた現在、そしてこれからの藍井エイル
――そのライブの話ものちほど伺いますが、カップリングについても聞かせてください。まず「EVIL」ですが、作詞の唐沢美帆さんとは久々ですよね?

藍井 「GENESIS」以来ですね。「GENESIS」はライブで歌っていても泣きそうになるくらい歌詞が大好きで。あと、唐沢さん(TRUE)の「Sincerely」もすごく好きで、ボイトレの課題曲でもあるんです。「EVIL」は、唐沢さんに裏テーマをお願いしまして。

――というのは?

藍井 「今回の『SAO』のミトちゃん視点」です。


――なるほど、ミトのイメージでの歌詞をオーダーしたと。

藍井 公式ではない裏テーマなのですが、せっかく「心臓」を作って、今回の劇場版もアスナとミトちゃんが出てくるので、ミトちゃんをテーマにするのはどうだろうってなって。それで唐沢さんが書いてくださったという。

――それこそ“一人だけで 生きていける 私は強い、と。言い聞かせた”というフレーズからして……。

藍井 そう!そうなんですよ!しかもこの箇所のこのメロディって冒頭にしかないんですよね。だからすごくエモくて。私も頭のメロディの部分に惚れ込んで歌わせていただいて、そのフレーズが最後にも出てくるのかなと思っていたら、出てこないんですよ。そういう部分もミトちゃんとすごくリンクしていると思うんです。タイトルが“邪悪”というのも、ミトちゃんに対する敵への意味だと思っていて。

――エイルさん楽曲ではお馴染みの重永亮介さんらしいサウンドですが、こちらもこれまでに比べてまた新鮮なアレンジで。

藍井 重永さんにしてはシンプルですよね。シンプルなのに躍動感があって、藍井エイルらしさを重永さんが伝えてくださった、という印象を受けました。

――同じ『SAO』をイメージしながら、「心臓」とはアプローチの異なる楽曲になりましたね。

藍井 後半の“ここに 生まれた意味や 死ねない理由”というワードはなかなか出せないと思うんですよ。しかもそれがDメロで、すごく印象深いところで歌われるんですよね。死ねない理由を持っている人ってたくさんいると思うんです。死ねないから生きるしかない、ということでもあると思うのですが、色々な感情が生まれる歌詞ですよね。社会に対してとか人間関係に対してとか、色んなものに対して、自分が考える邪悪なものに対して思い当たる歌詞だなって。そう考えると、本当にすごい楽曲になったなと思います。

――そしてもう1曲の「Dance with me」ですが、こちらも驚きました。LEONAIR提供によるダンスナンバー。

藍井 LEONAIRさんも初めましてですし、MASSさん(DJ MASS MAD Izm*)とお会いしたのは「シューゲイザー」以来ですね。

――トラックはもちろんですが、ボーカルもまたすごく新鮮で。

藍井 これ、歌録りに何時間かかったんだろう……8時間くらいかかったかな?この曲は、「EVIL」や「心臓」と真逆でボーカルを重ねまくって、ハモをとにかくたくさん入れて、結果的に誰の声かわからなくなるというマジックにかかる曲だなと思います。

――たしかに、意外性のあるボーカルと言いますか……。

藍井 この曲を作るきっかけって、実はサウジアラビアでライブをやったことが大きくて。

――今年の5月に行われた“Jedda Season 2022”ですね。

藍井 そこで「アンリアル トリップ」という曲を歌ったのですが、中東ではEDMが流行っているらしくすごく盛り上がったんですよ。それで、エイルチームの中で「海外でも盛り上がるようなダンスミュージック系がもうちょっと欲しいよね」っていう話をして。その結果、EDM寄りのダンスナンバーができました。めちゃくちゃ新鮮で楽しかったですね。

――ここでのエイルさんのボーカルは熱量を抑えるような歌い方をしているように感じました。

藍井 はい、すごく抑えましたね。キーも高くないので力むことなく、リアーナを意識しました。リアーナの「Pn De Replay」や「Umbrella」を意識した、少しクセのある訛りが入ったような歌を意識しましたね。

――なるほど!

藍井 トラックなんかは全体的に割と機械っぽい感じだったのですが、あえて訛ることで人間味が出るようになったんじゃないかなと思います。カップリングだからこそできた変化球です(笑)。

――自分のボーカルも変化させていくレコーディングはどんな気分でしたか?

藍井 声を重ねれば重ねるほど誰の声かわからなくなっていって、自分の声じゃないみたいになるんですよ。それがすごく面白かったですね。さすがに10年やっているので自分の完成系って見えているものだと思い込んでいました。それが「えっ、こんなになっちゃうの?」って魔法にかかったような感覚でしたね。面白くてずっと家で聴いています(笑)。

――そうした意欲的なアプローチというのは今年に入ってから「PHOENIX PRAYER」「HELLO HELLO HELLO」と続いていますが、改めて自身の10周年イヤーというのもをどう捉えていますか?

藍井 そうですね……10年続けたことによって、期待値が上がってしまい、結果をしっかり出さないとめちゃくちゃがっかりされる(笑)。

――リアルな感想ですね(笑)。

藍井 私自身も年数を重ねるごとにちゃんと進化しなきゃいけないなと思いますし、怠けちゃダメだなって。10年経ってこんなに歌と向き合うとは思わなかったですし、「心臓」と出会えたことは本当に感謝しています。

――改めて、自分の歌と向き合えた10周年イヤーだと。

藍井 しかも『SAO』も10周年ですごく期待値が高いなかで歌うのはプレッシャーです。だけどそのなかでやれることはたくさんあるので、それをちゃんとやっていけば、悔いはないでしょっ!って。やれることをやっていれば、何を言われても自信に繋がるんです。「私はここまで10年やってきたし、積み重ねてきたものがある」って。

――先ほどの「心臓」でのお話でもありましたが、何かプレッシャーや自分との弱さとも向き合う1年でもあったのかなと。

藍井 自分のことを驕っていたらダサいと思いますし、「無敵だ!」「最強だ!」と思っていた時代が恥ずかしい(笑)。感覚的には「翼」の辺りくらいまでのメンタルに近いですね。ギラギラ感のない私っていうのに似ている気がしていて、「怖いけどやるしかない!」「できることをとにかくやろう!」という感じですね。

――11月には横浜アリーナ公演も控えていますし、怖さを受け止めたそれ以降のエイルさんの作品も楽しみですね。ちなみに今回は久々にエイルさん作詞のない1枚になっていますが、現在のソングライティングについてはどうですか?

藍井 歌詞メモ、結構溜まっていますよ。昨日もスタッフさんと話していて、「あ、それいいね!」ってメモったりして(笑)。やっぱりボキャブラリーを増やすために、視野を狭くならないようなメンタリティにしたいと思いますね。

――そこも自分に素直になるというメンタリティが活きてくるのかなと。

藍井 あると思います。本当にたまに糸の上を歩いているのかな?ってくらい気持ち的にグラグラしちゃうこともあるんですけど、「大丈夫だ、糸じゃないじゃん、ファンの人がいるから」って思えるんですよね。ファンのみんなのおかげで、糸じゃなくてもっと太い場所に立たせてもらっている。だからこれからも安心して歌えるのかなと思っています。

INTERVIEW & TEXT BY 澄川龍一

●リリース情報
「心臓」
発売中

【初回生産限定盤(CD+DVD)】

価格:¥1,980(税込)
品番:VVCL 2105-06

【初回仕様限定盤(CD)】

価格:¥1,430(税込)
品番:VVCL 2107

【期間生産限定盤(CD+DVD)】

価格:¥1,760(税込)
品番:VVCL2108-09

<CD>
M1. 心臓
作詞・作曲・編曲:n-buna(fromヨルシカ)
M2. EVIL
作詞:唐沢美帆 作曲・編曲:重永亮介
M3. Dance with me
作詞:H14(LEONAIR) 作曲:DJ Mass MAD Izm*, REO (LEONAIR) 編曲:LEONAIR
M4. 心臓 -Instrumental-
M5. EVIL -Instrumental-
M6. Dance with me -Instrumental-

<DVD/初回生産限定盤>
「心臓」MV

<DVD/期間生産限定盤>
「心臓」×「劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 冥き夕闇のスケルツォ」Lyrics Video

●ライブ情報
藍井エイル Special Live 2022 at 横浜アリーナ
11月13日(日)開場16:00/開演17:00
会場:横浜アリーナ
チケット:全席指定¥8,800(税込み・3歳以上有料/お一人4枚まで)
お問い合わせ:キョードー横浜 045-671-9911(平日12:00~15:00)

関連リンク
藍井エイル 公式サイト
https://www.aoieir.com/

藍井エイル 公式Twitter
https://twitter.com/eir_ruru

特設サイト『藍井エイル 10th Anniversary 「SAI」
https://www.aoieir.com/special/10th/
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