THE SPELLBOUND結成で感じた苦労と達成感、そして人生の学び
――THE SPELLBOUNDは中野さんが2019年にTwitterでボーカリストを募ったことで結成に至りましたが、ソングライターでありプレイヤーである中野さんにとって「ボーカリスト」とはどのような存在なのでしょう?
中野雅之 人にはそれぞれ声という個性があって、なかでも歌手と呼ばれる人間は突出して伝える力を持っている。それは神様からの授かり物だと思っているんです。それがあるとないとでは、音楽の力は断然変わってくる。僕が昔やっていたバンド、BOOM BOOM SATELLITESのボーカリストである川島道行も類い稀な声を持つ人物なので、もう一度特別な声を持った人と自分の音楽表現をやってみたかったのでボーカリストを募ったんです。
――それに対して一番乗りで連絡をしたのが小林さんだった。
小林祐介 「始めたらこんなふうになるだろうな」「こういうふうに大変かな」とか、そんなことを考える間もなく体が動いていましたね。ただ、中野さんと一緒に音楽をやってみたいという一心でした。
――ですが結成から1年ほど、楽曲が形にならない時間が続いたとのこと。根気強くいられたのには、どんな理由があったのでしょうか。
中野 最初のうちは話がなかなか噛み合わなかったり、何も物事が進まなかった1年間は僕も堪えたんですけど……「何かを起こせるんじゃないか」という可能性を感じていたんでしょうね。
小林 僕にとっての最初の1年は、中野さんに提示してもらった新しいものや、新しい感覚に出会っていく期間だったんです。それを上手く消化できないプレッシャーや不安ももちろんあったんですけど、それ以上に「中野塾」で勉強している充実感がありました。中野さんとの会話で自分の内面や核心を見つめ直して、新たな視野を得たタイミングでその断片ができて――その時のことは強烈に覚えています。僕自身が認識できていなかった僕の本心と、パチっと目が合ったんですよね。
――点と点が繋がったような。
小林 自分はずっとこれを持っていたんだけど蔑ろにしていたんだな、世の中を侮っていたんだなとか……。自分のわかったことが、ちゃんと曲になっているんです。必要な時間を過ごして、必要なことを学んだからこそあの断片を生むことができて、それが今のTHE SPELLBOUNDにも繋がっているんだろうなと思います。
中野 僕はBOOM BOOM SATELLITESでアーティスト人生を一度全うしているのと、小林くんよりもひと回り以上年上なので、経験則から見えてくるものが小林くんよりも多いんです。でも小林くんとこの先何作も作っていくのであれば、お互いの人生を通して対話をしていく必要があった。だから小林くんは、僕が今までの人生で得たことを一気に学ぼうとしているところがあるとは思っていて。
――THE NOVEMBERSは2007年の全国デビュー以降、2013年に自主レーベルMERZを設立し、オルタナティブロックを軸にご自身が思う美しい音楽、豊かな音楽活動を妥協なく純粋に追求し続けていました。THE SPELLBOUNDは小林さんをさらに未知の領域へと連れて行ってくれたんですね。
小林 THE NOVEMBERSはずっと同級生、友達、幼馴染の延長線上でバンドをやっていたからこそ「ただあるがままありたい、今作りたいものを作りたい」と純粋に音楽活動を続けてこれた。その反面良くも悪くも、未来に夢を抱いたり、がむしゃらな野心を抱いて走っていくことが少なかったんです。でもTHE SPELLBOUNDを始めてから「もっと良くしていきたい」「素敵なものをもっと見たい」と思うようになって。最初は僕自身そんな僕に違和感がありつつも(笑)、根っこにポジティブなマインドを持つようになった自分を気に入っているんです。
中野 小林くんはこの数年間でボーカリストとしても、作家や表現者としても、ステージに立つ1人の男性としても、すごいスピードで成長しています。THE NOVEMBERSで培った世界観や価値観と、THE SPELLBOUNDで得たそれが合わさって、新しい小林祐介が生まれるのをすごく楽しみにしているところですね。
強度を高め続けた楽曲制作
――シングル「すべてがそこにありますように。」も、THE SPELLBOUNDの強度を感じる作品でした。
中野 これまでの楽曲と同様に、大切なものに対する考え方や生命への祈り、死生観といった観点を反映させながら、普段どおり多くの人の人生と寄り添えるもの、共に歩める曲を目指していて。だからこそ様々なキャラクターが登場する『ゴールデンカムイ』のどこに当てはめても、必ず共感できるポイントを作ることができたと思っています。でもアニメのテーマソングの89秒という、コンパクトなフォーマット内での制作はTHE SPELLBOUNDにとって初めてで。僕たちの持っている音楽のストロングポイントを89秒の中に余すことなく当て込んでいくことを意識しながら制作をスタートさせました。
――抽象的な言い方ですが、THE SPELLBOUNDの音楽を聴くと広大な自然や高く抜けた空に放り出されるような感覚に陥ります。それが『ゴールデンカムイ』の舞台とリンクする印象も受けました。
中野 僕のバックグラウンドや生まれながらにして持っているテイストが、ロシアや北海道のような寒くて荒涼とした風景と合っているというのは、僕自身もよく理解しているところでもあります。そんな僕の作る音楽に血を通わせるのが、ボーカリストである小林くんなんですよね。小林くんが『ゴールデンカムイ』のホットでエモーショナルな部分を担ってくれています。
――ラップ調の箇所など、コーラスワークもカラフルで、ボーカルで様々な人の息遣いを感じられるのも特徴的だと思います。
小林 僕はアニメのテーマソングの制作が初めてだったのですが、いちリスナーとしてはハイカロリーでスピード感があってエネルギーが凝縮された1曲だなと感じることが多くて――89秒で何か起こすってそういうことなのかなとも思うんです。だからこそ何を歌うかが重要で。自分が何をすることで何が起きるのかを、1つ1つ考えながら言葉や歌にしていきました。
中野 歌詞は小林くんが書いていて、僕はそれを客観的に見て、絶対に必要なこととそれほどでもないものをシビアに精査していく係をしているんです。後者を削ぎ落として、小林くんには無理なお願いをして、100点、150点の歌詞を歯を食いしばりながら書いてもらう。そうすると強度がどんどん上がって、歌詞の全部がパンチラインになる。THE SPELLBOUNDでは言葉の強さや意味の深さもすごく重要視していますね。
――小林さんはもともとTHE NOVEMBERSでも美しい歌詞表現を追求なさっていたので、それが中野さんのジャッジが入ることで研ぎ澄まされているところも?
小林 THE NOVEMBERSは歌詞も音楽も「表すこと」自体に重きを置いてきていたんですよね。でもTHE SPELLBOUNDで「伝えること」の大切さを知って。どう伝えるのか、どう伝わるのかを考えることによって、口調や手渡し方まで意識することができるんです。「すべてがそこにありますように。」でもそれを大切にできた実感はありますね。
――個人的には“傷跡に針を落とす メロディが君を呼び起こす”という歌詞に胸を掴まれて。
小林 ああ、いいですよね(笑)。
――心の傷にレコードの針を落とすから、自分自身のメロディが鳴り響くということですよね。THE SPELLBOUNDと『ゴールデンカムイ』の世界が色濃く重なった箇所だと感じました。
小林 「傷」や「痛み」はキーワードでしたね。登場人物たちはそれが刻まれていくことで、人生を全うして、運命を転がっていく。だからその痛みにどんな意味があったんだろう、どんな運命の歯車がどんなきっかけで回り始めたんだろう――というふうにどんどん考えを膨らませていって。
中野 人は生きていくうえで必ず何かしらの痛みを負っていて、だからこそ共感というものが生まれると思うんです。だから芸術作品と接する際に、「傷」や「痛み」は最も深く作品と繋がれるポイントでもある。傷、痛み、癒しは、人生を通して音楽活動する上で僕らの普遍的な、すぐ隣にあるテーマなんです。それもあって小林くんから無理なく美しい表現が生まれてきたんだろうなと。それが『ゴールデンカムイ』によって改めて強調されたと思います。
――だからかもしれませんが、カップリング曲の「約束の場所」はアニメとは直接関係がないとはいえ、「すべてがそこにありますように。」と表裏一体な印象を持ちました。
中野 ほぼ同時期に作っていた曲なので、必然的にそうなったのではないかと思います。決定的に違うのは、「約束の場所」は89秒の縛りから解放されていることですね。繰り返し出てくるサビもないし、始まったらそのまま終わりまで一方通行で進んでいく。「すべてがそこにありますように。」とはまた全然違う景色というか、その先にある広大なものを見に行くことができるという仕掛けの意味合いもありますね。
2人だからこそ作り出せるTHE SPELLBOUNDの世界観
――先ほど中野さんは「癒し」という言葉をお使いになりましたが、THE SPELLBOUNDは「光」や「再生」を描いている印象があります。「約束の場所」もそういうイメージがあって。
中野 あまり意識したことはなかったですけど……小林くんと音楽を作っているときに、いつもなんとなく宮沢賢治や「銀河鉄道の夜」的な世界観を感じているんですよね。風景や温かい心情、死生観とか、そういうものに包まれる感覚が光や輪廻を想起させるのかもしれない。小林くんの言葉だけでもそうはならないだろうし、僕のサウンドデザインだけでもそうはならないだろうし。小林くんと僕の共同作業で、THE SPELLBOUNDの世界観を作れてるのかなと思います。
――おっしゃる通りだと思います。そして同時に、最初の1年間何も生まれなかったことが不思議で仕方ないなと思ってしまいました。
中野 あははは、確かに(笑)。
――最初からさくっと曲が作れていたらTHE SPELLBOUNDの濃度と純度の高い音楽は生まれていないと思うので、あの1年は「まずはじっくりお互いのことを知りなさい」という思し召しだったのかもしれませんね。
中野 そう思います。プロデュースや楽曲提供は曲を作ることが目的なので、お互いを知る時間は取れないことにやるせなさを感じることもあったんです。でも自分のバンドならばバンドを1つの生き物や人格として捉えて育てていくことが許される。小林くんは急成長してどんどんどんどん僕に次の景色を見せてくれるので、長く音楽をやってきた僕も子どものように新鮮な気持ちで音楽に向き合える瞬間がたくさんあるんです。本当に今幸せなんですよね。
――進化していく環境が整ったタイミングだからこそ、初タイアップもクリエイティブな制作ができたのだろうなと。
中野 僕も小林くんもキャリアがある人間ですけど、初めてのアルバム、初めてのライブ、初めてのツアー、初めてのタイアップ……とすべてが初めての新人として手探りしながら1つ1つ必死に向き合っています。今までの経験の流れで出来ることが実はほとんどないということ気が付きまして(笑)。来年2ndフルアルバムを出したくて現在制作中なんですけど、制作の行き詰まりやプレッシャーも含めて新鮮な気持ちで楽しめています。
――世代が違う2人で力を合わせていく。なんだか杉元とアシㇼパさんみたいですね。
中野 (笑)。MVも『ゴールデンカムイ』と親和性の高い映像になりました。初めてのタイアップでまた成長させてもらったと思うので、これを糧に来年いい活動ができるようにしたいと思っています。
小林 THE SPELLBOUNDを始めてから、1日が24時間では足りないくらいやることがたくさんあって、すごく充実しています。これまでの生き方のクセを変えていくのは大変だけど、自分に合った呼吸法や姿勢を見つけたいですね。ちゃんと自分たちがいいと思う暮らし、未来、人生を味わいたい。それを皆さんにお見せできるようにしていきたいと思っています。
INTERVIEW & TEXT BY 沖 さやこ
●リリース情報
「すべてがそこにありますように。」
11月2日発売
【初回限定盤】
品番:GNCA-0676
価格:¥2,200(税込)
【通常盤】
品番:GNCA-0677
価格:¥1,430(税込)
<CD>
01.すべてがそこにありますように。
作詞・作曲・編曲:THE SPELLBOUND
02.約束の場所
作詞・作曲・編曲:THE SPELLBOUND
03.すべてがそこにありますように。[TVsize]
04.すべてがそこにありますように。[TVsize Longversion A]
05.すべてがそこにありますように。[TVsize Longversion B]
06.すべてがそこにありますように。[Instrumental]
07.約束の場所[Instrumental]
●ライブ情報
『すべてがそこにありますように。』Release Party
2022年12月15日(木)
場所:Spotify O-EAST
18:00開場/19:00開演
チケット:¥6,500(全自由/1ドリンクあり)
関連リンク
THE SPELLBOUND 公式サイト
https://the-spellbound.com/
THE SPELLBOUND 公式Twitter
https://twitter.com/THESPELLBOUNDjp
THE SPELLBOUND 公式YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCpoY1Npu-HYlV2fZr5ZPr4A