TEXT BY 北野 創(リスアニ!)
PHOTOGRAPHY BY ハヤシマコ
初のホールツアーで見せた、進化したステージ表現と演出
この日の会場となった昭和女子大学 人見記念講堂は、音響に定評があり、クラシックやジャズのコンサートなどにも使われるホール施設。開演時間の19時になると照明が暗転し、シンセが幾重にも重ねられたアンビエントなサウンドがSEとして流れ始めたのだが、その鳴りの良さが早くもホール会場ならではの魅力を伝えてくれる。本公演はPIA LIVE STREAMでの有料生配信も同時に行われていたが、後述する通り、今回のライブには現地でしか味わえない体験も多く存在していた。
真っ暗のステージにバンドメンバー、そして楠木が順に上がってスタンバイすると、ライブは「narrow」からスタート。“冬”をコンセプトにした3rd EPの表題曲で、まさに冬の夜の人々の想いが交差する情景を描いた楽曲だが、ここでは音源版とは趣きの異なるアコースティックアレンジで届けられ、アコギや弓弾きのウッドベース、クリスマスのシーズンを感じさせる金物の打楽器が豊かな音を作り上げるなか、楠木はどこか切なさを感じさせながらも温かな歌声を、感情たっぷりに紡いでいく。楽曲が進むにつれて背面に灯るライトの数が増えていく照明演出、最後にキーボードがさりげなく織り込んだ「ジングル・ベル」のメロディを含め、心がホッと温まるような立ち上がりだ。
そこから一転、印象的なピアノイントロと共にアッパーな「熾火」へと雪崩れ込み、楠木も「行くぞ!東京!」と呼びかけて、ときに前傾姿勢やかがみ込んだりしながら情熱的なパフォーマンスを展開。Aメロのどこか気だるげな歌い口と、サビでの感情が迸るような身のこなしとの対比が、苛立ちのような気持ちが封じ込められた本楽曲の衝動を、より鮮烈に浮かび上がらせる。
楽曲ごとにまるで異なる世界を表現する巧みさは、役者ならではの才能を感じさせるが、MCでは逆に飾らない素の「楠木ともり」を見せてくれるのも、彼女のライブの魅力の1つ。「ツアーファイナル!東京ただいま~!」と元気いっぱいに挨拶する彼女の話しぶりは、まるで友達と会話しているような気さくさで、この日は大き目のホール会場ながらもステージとの距離を感じさせなかったのは、そういった彼女の人柄によるところも大きかった気がする。
続く「よりみち」は大胆なジャズアレンジに変貌。楠木はステージに用意されていたイスに座って、腕や足で調子を取りながら、スウィングしたリズムに合わせて、ささやきにも似た艶味のある歌声を聴かせる。後半はバンドの演奏もよりリズミカルになり、サウンドからも寄り道を心から楽しんでいるような気持ちが伝わってくる。楠木による終盤の軽いスキャットを交えた歌い口を含め、粋な「よりみち」になっていた。
そしてホール環境の素晴らしさを特に強く実感できたのが次の「山荷葉」。アンビエントなイントロを経たあと、一瞬の静寂が訪れ、次の瞬間、楠木が完全なアカペラで歌い始める。僅かな照明のみで暗がりとなった会場に響き渡るのは、彼女の歌声のみ。息を吸う音や細かなニュアンスの変化までが、研ぎ澄まされた感覚にダイレクトに入り込んでくる。おそらくクリックもなし、自分のリズムで歌っていたのであろう。そのある種の人間らしさを感じさせる揺れが、まるで子守歌のように体に心地良く沁み込んでいく。
そのようにワンコーラスをすべてアカペラで歌い切ったのち、バンドの幻想的な演奏が加わった2番以降のパフォーマンスもまた絶品で、ゆったりとしたリズムとハーモニーが重なり合う光景は玄妙のひと言。円形のモニターが映し出す映像演出も重なっては解れていく運命の機微を思わせ、万物の流転を感じさせるような、心に深く残る名演だった。楠木が後のMCで説明したところによると、以前にリリースイベントで「山荷葉」を歌った際に、アクシデントによりサビ部分で音源が止まったものの、そのままアカペラで歌い切ったことがあり、それがファンに好評だったことから、今回のライブ演出を思いついたのだそう。ホールの音響効果や特質を活かした素晴らしいアイデアと言えるだろう。
盛大な拍手に続いては、優しくもメランコリックなギターのイントロが景色を塗り替えて「タルヒ」へ。この楽曲も3rd EP「narrow」収録曲だが、日常を慈しむようなメッセージ性を含め、多くのファンから愛される楽曲に育っている。サビでは観客も揃って手を左右に振り、こうして共にある日々の充足を、会場が1つになって確かめ合っていたように思う。
新曲や名曲カバーで紡いだ、この日だけの輝く思い出
楠木がバースデーライブを行うのは今年で5年目。これまでのバースデーライブに来たことのある人に挙手してもらってファンとのやり取りを楽しんだ彼女は、続いてバースデーライブの恒例となっているカバー楽曲を2曲披露することに。1曲目に歌われたのは、アヴリル・ラヴィーンの2006年の楽曲「Keep Holding On」。映画「エラゴン 遺志を継ぐ者」の主題歌として制作された、スケール感のあるパワーバラードだ。
そしてもう1曲、今度は彼女が単純に好きで歌いたかった楽曲として、L’Arc~en~Ciel「flower」を歌唱。リリースは1996年なので楠木が生まれる前になるわけだが、普段から新旧洋邦を問わず幅広いジャンルの音楽を聴いており、なかでもL’Arc~en~Ciel好きを公言している彼女らしい選曲と言えるだろう(楠木は過去に雑誌の企画でL’Arc~en~Cielに関するインタビューを受けたこともある)。バンドの演奏は原曲を彷彿させる爽やかかつ躍動感あるもので、楠木はそのサウンドに乗りながら気持ち良さそうに、時代を超えて愛される名曲を歌い切った。
ここからは再び楠木自身が紡ぐ音楽の世界へ。キーボードの流麗かつ情熱的なインプロヴィゼーションが雰囲気を高めるなか、楠木の「雨が」というつぶやきを合図に「遣らずの雨」に突入。円型スクリーンに雨が激しく降る映像演出が映し出され、サビでビームライトが舞う様もまるでどしゃぶりの雨のよう。バンドの演奏も激しく熱を帯びたもので、そんな激情的な光景の中で、楠木はまるで吠えるように、楽曲に込められたままならぬ想いをぶつけた。
そこから間髪入れず歌われたのが、変拍子が特徴的なアップナンバー「ロマンロン」。間奏ではバンドメンバーの紹介パートも設けられ、円型スクリーンに映し出されたネオン風の文字がメンバーの名前を映し出すなか、各々がソロプレイを披露する。
その後のMCでは、バンドメンバー1人1人に「今日は何を食べましたか?」「どんな1年でしたか?」と聞きながら和やかな時間を過ごす(ちなみに楠木はゼリーを食べたとのこと)。さらに本ツアーのコンセプトについて説明。ツアータイトルの「RINGLEAM」は「RING(=丸、集まる、知れ渡る)」と「GLEAM(=輝き)」を合わせた言葉で、「みんなでキラッと輝くような思い出を作りたい」という想いを込めたのだと語る。そのため、衣装の柄やイヤリング、円型スクリーンを含めた舞台装置や装飾にも丸い形(=RING)を多く取り入れたのだそうだ。自ら作詞・作曲を手がける楠木だが、ステージ演出などの面においても、彼女のクリエイティブがしっかりと反映されていることが改めてわかる。
そして彼女は「今日は私の誕生日なんですけど、私からみんなへのプレゼントを持ってきました」と告げ、出来たての新曲「absence」を披露することに。楠木はまずこの楽曲を作った経緯を説明。彼女にとっての2022年は、良いことと苦しいことの差が激しかった年で、そのなかでも長年お世話になっていたマネージャーが退職したことが、とてもしんどいことだったと涙混じりに語る。その気持ちを切り替えるため、これからもその元マネージャーにファンとして応援してもらえるような人でいるために作ったのが、この新曲なのだと語る。別れは突然やってくるからこそ、今自分のそばにある大切なものを大事にしてほしい。
歌唱後、改めて聴いてくれたみんなに感謝を伝えた楠木。そして舞台は暗転し、再び明かりが灯ると、彼女はアコースティックギターを手にしていた。ここで歌われたのは「alive」。楠木が2021年のバースデーに合わせて開催した、久しぶりの有観客ワンマンライブで感じた想いを形にした楽曲だ。楠木はストロークしながら柔らかでとても親密な歌声を届け、会場には雨上がりのように静かで優しい空気が満ちていく。
そしてライブ本編の最後は「バニラ」を歌唱。彼女自身の軌跡が詰まった楽曲であり、すべての出会いへの愛と感謝が込められたこの楽曲は、「RINGLEAM」のコンセプトに相応しいものと言えるだろう。丸いライト群が彼女をリングのように囲む照明演出も素晴らしく、特に終盤の高ぶりと、そこから一拍の静寂を置いて、最後の一節“添えよう”を優しい声音で届ける、1曲の中での緩急の効いた表現は出色だった。
アンコールは楠木が作詞、ササノマリイが作曲・編曲を手がけた「もうひとくち」でスタート。ツアーグッズのロングスリーヴTシャツに着替えた楠木は、バンドのレイドバックした演奏に体を揺らせながら、時おり、歌詞の内容に合わせて指を立てたり、手でドーナツの輪を作ったりと、仕草も含めて愛らしいひと時を表現していく。
その後のMCでは、バンドメンバーがサプライズで「ハッピーバースデートゥーユー」を演奏&歌唱。
楠木は途中のMCで「今ここにいるみんなが、また同じように集まることはないと思うんです」と語っていたが、そんな一期一会の大切さ、今という時間は二度と訪れることのない、かけがえのないものだということを、彼女はこれまでの楽曲でも折々で表現してきた。この日に初披露された新曲「absence」は、まさにその気持ちが息づいた楽曲だと感じたし、今回のライブは彼女のそんな想いがより如実に形になっていたように思う。2021年のライブで受け取ったものが「alive」になったように、彼女は今回のツアーを受けてどんな音楽を生み出すのか。そしてそのフィードバックが1stアルバムにどんな影響を及ぼすのか。シンガーソングライター・楠木ともりの2023年の活躍にも期待したい。
<セットリスト>
M1. narrow
M2. 熾火
M3. アカトキ
M4. よりみち
M5. 山荷葉
M6. タルヒ
M7. Keep Holding On/AVRIL LAVIGNE(cover)
M8. flower/L’Arc~en~Ciel(cover)
M9. 遣らずの雨
M10. ロマンロン
M11. absence(新曲)
M12. alive
M13. バニラ
EN1. もうひとくち
EN2. 僕の見る世界、君の見る世界
●リリース情報
「Tomori Kusunoki Zepp TOUR 2022『SINK⇄FLOAT」Blu-ray&DVD
【完全生産限定盤(Blu-ray)】
品番:VVXL-107~8
価格:¥9,900(税込)
三方背スリーブ+フォトブック
【通常盤(Blu-ray)】
品番:VVXL-109
価格:¥7,150(税込)
【通常盤(DVD)】
品番:VVBL-158~9
価格:¥7,150(税込)
<収録内容>
01.sketchbook
02.僕の見る世界、君の見る世界
03.ロマンロン
04.クローバー
05.Forced Shutdown
06.山荷葉
07.眺めの空
08.よりみち
09.熾火
10.遣らずの雨
11.もうひとくち
12.タルヒ
13.alive
14.ハミダシモノ
Special Contents:全会場ライブドキュメント
関連リンク
楠木ともり オフィシャルサイト
https://www.kusunokitomori.com/
楠木ともり オフィシャルTwitter
https://twitter.com/tomori_kusunoki
楠木ともり オフィシャルYouTube
https://www.youtube.com/channel/UCYU-61cZHXE0P48ZCxvs4cQ