INTERVIEW & TEXT BY えびさわなち
クリエイターと共に意見交換しながらの制作ができる喜び
――「真夜中のラブ」でアーティストデビューされましたが、楽曲への反応についてはどのような感想がありましたすか?
伊東健人 伊東健人が個人でアーティストデビューということもそうですし、制作で川谷絵音さんが協力してくれたこともそうですし、今まで僕を知ってくれている人はもちろんですが知らない人にも届けばいいなぁというところが僕としてはあって。その狙い通りの反響をいただけましたし、業界内外から結構良い反応があったので嬉しかったです。
――アーティストになられたことで音楽との向き合い方に変化はありましたか?
伊東 声優という仕事は基本受け身の仕事なんですよね。曲に対して「こういう曲がいい」とこちらから言う機会はないものなんです。UMake(中島ヨシキと伊東がフロントマンを務める音楽ユニット)といった活動もあったのですが、自分としてはそこでも意見を出すことはしていなくて、なるべくイエスマンとして周りの意見を取り入れようと思っていたんです。ただ“伊東健人”というアーティスト活動については、ほぼ100%自分のやりたいことをやる方面に進んだらどうなるのかということも1つ自分の中で掲げてやっていこうという想いもあったので、スタートの時点から自分としては新しい挑戦がありました。それをやっていくなかで、自分で色々と物事を決めていくことはやっぱり難しいものだなぁ、と実感もしましたね。
――ご自身でもディレクション面で意見もできる場所。これまで培ってきた音楽的な知識や手にしてきたテクニックを投影する場面も出てくるかと思います。そのアウトプットに向けてのインプット作業はありましたか?
伊東 アウトプットするためにインプットをしていこうということではなく、そう思うまでもなく自然に培われてきたものはすごくたくさんあって、インプットされてきたものを感じる機会は多くありました。例えばちょっとしたリズムの入れ方からも自分が培ってきたものの要素をふんだんに感じましたし、間違いなくそれは今までの仕事の積み重ねの上に成り立っているものだと思っています。
――音楽好きで、これまでご自身でも楽曲制作をしてきた伊東さんだからこそ、関わってくださっているクリエイターさんたちとの会話の機会も増えそうですね。
伊東 そうですね。今回の1st EP「華灯」についてはその機会が多かったんじゃないかと思います。4曲収録していますが、例えば「AMBER」であれば、一番クリエイターさんとの意見のやりとりの往復が多かったです。この曲を作ってくださったのは「華Doll*」でもお世話になっているzakbeeさんなのですが、これまでの関係値ももちろんありますし、zakbeeさんには遠慮なくああでもないこうでもないと意見交換ができるところもあって、今回は歌詞の共作もさせていただきました。手法としては歌詞の1番を自分が書いてみて、それを渡すとzakbeeさんが「こういうのはどうですか?」と続きを書いて提案をしてくださって、それを受けて自分からも「でもここはこういう感じがいいなぁ」と出すような制作で、そういったやりとりが最も多かった曲でした。曲や歌詞についてもここまでやりとりをしたことも自分の感性を突き通すことも初めての経験でした。今回の収録曲はそれぞれの制作過程でそういったやりとりはありましたし、その工程がすごく楽しかったです。
朝、昼、夕、夜という1日を音楽で紡ぐEP
――1st EPとなる「華灯」を作るにあたって、最初の段階ではどういうものにしたいと思われたのでしょうか。
伊東 「真夜中のラブ」をリリースしたときにはもう「4曲入りのEPを作ろう」という構想は既にあったんです。ただ「こういうものにしよう」というコンセプトが見えてきたのは「真夜中のラブ」のリリースイベントの開催に向けて「AMBER」を作ったときでした。狙っていたわけではないのですが、曲の中の世界観に於ける時間帯がはっきりある曲が2曲出来たんです。
――川谷さんにお願いしたときには伊東さんのご意見が反映されていましたが、zakbeeさんや新進気鋭のクリエイター・眞塩 楓さんにお願いしたのも伊東さんのアイデアですか?
伊東 zakbeeさんは「真夜中のラブ」のデモを聴いていて「次に作るのはこの曲に繋がるような感じにしたいからzakbeeさんにお願いしたいです」と僕が提案させてもらいました。残りの曲については制作スタッフ側からのアイデアでしたね。眞塩さんは制作チームから名前が上がってお願いしたのと、もう1曲は僕の中でぼんやり浮かんでいる曲のイメージを、それこそ僕の感性に近い形で表してくれる人にお願いしようとコンペで選ばせていただきました。
――制作の中で意識したのはどんなことでしたか?
伊東 曲の中の時間帯というところが1つと、もう1つはテンポでした。「真夜中のラブ」「AMBER」としっとりとした曲が続いたので、爽やかで、気持ちが盛り上がるような曲がいいなと思って作っていきました。もう1つはあまりにもアーティスティックな方向に進みすぎないようにしたい、という想いがあって。いわゆる声優アーティストとして、自分が楽しいと思う音楽を追求したい想いはあるんです。
――デビュー曲が川谷絵音さんとのタッグだったので、アーティスト性に注目が集まりましたしね。
伊東 そうなんです。なので今後はもっとポップに寄っていこうと思っています。その中で出来たのが眞塩さんの「sugar」、そして僕が作詞を手がけた「陽だまり」だったんです。
――眞塩さんが手がけられた「sugar」はリード曲でもあります。この曲を「華灯」の象徴にしようと思われたのはどんな経緯だったのでしょうか。
伊東 コンペで選んだ「陽だまり」がアゲアゲな曲で、命のエネルギーとしては一番大きな曲になっていたので、もう1曲はアニメで言えばエンディングみたいな曲にしていきたいという想いがあったんです。
――実際に朝の1曲を歌われていかがでしたか?
伊東 「sugar」は4曲の中で一番シンプルに聴こえると思いますが、構成としてはリズム的にもコーラスワークでも結構複雑なことをやっている面白さがあります。コーラスの声を録っている時間のほうが、主線を録る時間よりも長かったかもしれないです。楽器の音数は少ないけれど、そのぶん声での表現が多くて難しいなと思わされたレコーディングでしたね。体力を使う意味では「陽だまり」のほうがカロリーを消費したのですが、「sugar」はそういった体力的な難しさはないですが気を使います。精神力の強さが問われましたね。リズムは4つ打ちで音数も多くないが故に難しかったです。これまで色々なキャラクターソングを歌わせてもらっていますが、経験したことのない疲れを味わいましたし、新しい発見でした。
――では「陽だまり」はいかがですか?
伊東 アルバムの中で唯一、100%自分で作詞をしているんです。
――作詞作業はいかがでしたか?
伊東 難しかったですね。
――どんなところが?
伊東 僕の性には合っていないなと思ってしまって……。作詞だけではなく作曲もそうですが、その作業には自分が作ったものへの“赦し”みたいなものが必要だと思うんです。作詞をして、「めちゃめちゃいい歌詞だ」と思う力というか。これは楽曲を作る人にとっては大事なことだと思うのですが、僕はその能力がまったくないんです。だいたい次の日になると「やっぱりこれはダメだ!」とゴミ箱行きにしてしまうタイプで……。それを一歩踏み留まって、ポイをしないでいられるようになりたいですね。例えば書き上げてから一週間置いておいて、改めて見たときにゴミ箱行きにするのではなくブラッシュアップしていくことが出来るようになりたい、と考えて向き合った歌詞がこの「陽だまり」です。
――葛藤を乗り越えられた作詞だったのですね。テーマとしてどのようなものを目指されたのですか?
伊東 デビュー曲から一貫して、“曲の主人公は僕自身ではない”ということを絶対的なテーマとして持っています。曲を聴いてくれている誰かがなるべく主人公になるような曲がいいなと思っていて。
――トラックについてはどのようなオーダーだったのでしょうか。
伊東 サビで一気に爆発する曲をEPの中には置きたかったんです。最初はスローバラードなのかなと思うようなテンポで始まって、それがサビで倍速になることで盛り上がる効果をより感じさせると思うんですよね。トラックに関してはそういうことを考えながらお願いをしました。
――展開に非常にドラマのある曲ですが、言葉を乗せる作業はいかがでしたか?
伊東 展開が変わっていくと歌詞を書きやすくなるなと感じました。曲のほうで世界観を引っ張ってくれますし、歌詞で引っ張らなくてすみますから。例えば3~4分ある曲だとしたら、楽曲に展開があることで同じようなことを言わなくてもいいんですよね。「ここではこういうことを書いてみよう、このブロックではまた違う表現を出してみよう」と曲が引っ張ってくれたので、僕としてはどんどん書きやすくなっていきましたね。
聴き手それぞれに感想を抱いた瞬間に、ようやく僕の楽曲は完成する
――ちなみに「AMBER」でのzakbeeさんとの歌詞の共作はいかがでしたか?
伊東 非常に楽しかったです。この曲は、曲の中の主人公を考えて作っていったのですが、自分としても印象的だったのはその人物をなるべくかっこいい人にしないようにしたことです。日本語の歌詞だと自分の想いを伝えるようなシーンがあるものですし、zakbeeさんからいただいた歌詞にもそういった情景の浮かぶ文言も含まれていたけれども、そういったポジティブな要素を僕があえて省いていって出来たのが「AMBER」なんです。「君に想いを伝えたい」というようなニュアンスが届いても、この主人公は伝えられない人がいいんです、とお話をして。そういった意見交換が盛んに行われた作業でした。何か君に伝えたい、という想いがあってもこの曲では伝えられない。そういう意味でのかっこいい人にはしたくなかったのが「AMBER」には活かされています。だから結局、夕焼けというロマンチックなシーンだけど、目の前にいる誰かの表情を見るところで留まってしまう。そんなかっこ悪い人が主人公です。
――ご自分の書いた歌詞をうたうのはいかがでしたか?
伊東 これまでにも作詞の機会はあったのですが、共作ではあるものの「AMBER」が一番歌いやすい気がしました。自分で作った気がしないというか、客観的な曲として自然に出来た気がします。
――歌い手としての伊東さんと作家の伊東さんとのコラボレーションが出来た?
伊東 ちゃんと役割として分かれてくれたのかな、と思います。僕はその感覚がとても好きです。
――「真夜中のラブ」を改めてEPの中の1曲として聴かれるとどんな印象ですか?
伊東 最終的には異質な曲になったなと思います。EPのまとめの曲でもありますが、30そこそこの人間のリアルってそういうこと!?というツッコミが聞こえてきそうな締め方になっていますよね(笑)。
――そんな1枚に『華灯』とつけた理由を教えてください。
伊東 色んな要素がこの「華灯」という言葉には入っています。最初は「真夜中のラブ」と「AMBER」があって、タイトルよりも先にジャケットの撮影をしていたんですよね。そのイメージから僕と制作チームとでタイトル案を出し合っていたんです。僕からは太陽の位置の話や、太陽から繋がる色々な灯りのこと、「真夜中のラブ」から感じる“都会の灯り”のイメージや「AMBER」の夕焼けの灯りやそこから街の家々に灯るあかりのことのイメージから「灯り」という言葉はタイトルのイメージとしてあったんです。僕から出た“灯り”や“光源”のイメージとコンセプトとしての都会的なイメージや大人っぽさを踏襲していった結果、都会に集まる華やかな灯りが花火のように咲いては散る様が浮かんだというスタッフから上がったのが「華灯」で、それを見て僕もすごくいいなと思いました。チーム全体で制作しているからこそ生まれたタイトルだと思います。
――こうして完成した「華灯」にはどんな伊東健人さんが息づいていると感じますか?
伊東 出来上がったものに対しての自分の想いはどうでもよくて。聴き手に委ねたいです。自分がこういう想いを込めて曲を作ったので完成、ということではなく、最後は聴き手の耳に届いて、曲や歌詞からなにかを感じて考えたところで楽曲は完成するんだと思うんです。だから自分の想いはリリースされたらどうでもよくなっちゃう。あとはみんなが感じたものが正解になればいいなと思っています。ここまで自分の考えを色々とお話をしましたが、最終的にはそこに辿り着きたいです。
――この「華灯」が2023年のアーティスト・伊東健人さんの幕開けになると思いますが、音楽活動的にはどんな年にしたいですか?
伊東 「真夜中のラブ」のリリースのときから言っていますが、「伊東健人」というアーティスト活動はアニソンに還元されるべきだと思っているので、そのバランスを追い求めていけたらいいなと思っています。2022年はとりあえず駆け出したので、2023年のほうが個人の活動に関しては考えることがたくさんあると思いますし、2023年に限定せず常にアニソンに還元していく黄金比率での楽曲を届けていきたいです。
●リリース情報
1st EP
「華灯」
2月15日発売
【初回限定盤(CD+DVD)】
価格:¥3,500(税込)
品番:AZZS-134
【通常盤(CD)】
価格:¥2,500(税込)
品番:AZCS-1112
<CD>
M1. sugar
M2. 陽だまり
M3. AMBER
M4. 真夜中のラブ
<DVD>
「真夜中のラブ」-Music Video-
「真夜中のラブ」-Making Video-
「華灯」-Special Documentary-
関連リンク
伊東健人 Official Music Site
https://ito-kent.com
伊東健人 Music Staff Twitter
https://twitter.com/kent_musicstaff
伊東健人 Official YouTube Channel
https://www.youtube.com/channel/UCwYGaFJxVp-52vFIXaAsdtw