INTERVIEW & TEXT BY 沖 さやこ
過酷な物語のエンディングに優しく光を当てる、初めての“ど真ん中”バラード楽曲
――『ダンまちⅣ 新章 迷宮篇』と『ダンまちⅣ 深章 厄災篇』のテーマソングはどちらもsajou no hanaと早見沙織さんが担当されています。sajou no hanaのメンバーである渡辺 翔さんとキタニタツヤさんがその両方のソングライティングも手がけているというのは、なかなか珍しい構図ですよね。
渡辺 翔 それぞれが作家活動をしているからこそできることかもしれませんね。僕は個人として早見さんの楽曲の書き下ろしの依頼を受けたので。
sana 翔さんの作る曲は、ボーカルもリズムや音が大事になってくるので、早見さんの歌う『深章 厄災篇』OPテーマの「視紅」なんてその最上級みたいな感じで……あんなに難しいメロディを滑らかに歌える早見さんは本当にすごいです。
INTERVIEW早見沙織、絶望に抗う新曲「視紅」と“夜明け”の2023年への思いを明かす。「どんどんワクワクを高めていただきたい」
キタニタツヤ 「視紅」は、僕も初回放送を観て「めっちゃかっこいい!」「翔さん、またこれまでにないタイプの曲を作ったな」と思いました。sajou no hanaはできる限り翔さんと僕で曲を作ってコンペをするので、翔さんの曲が選ばれていたら『深章 厄災篇』のテーマソングはOPとEDの両方ともソングライターが翔さんになる可能性も大いにあったんです。そうしたら翔さんはとんでもなく大変だったでしょうね(笑)。
渡辺 そうだね(笑)。ちなみに「天灯」のカップリング曲の「Ruler」は、僕がsajou no hanaで『深章 厄災篇』EDテーマとして提出した候補の1つなんです。実際にEDテーマにするには複雑すぎる曲でしたが(笑)。だから結果的に『新章 迷宮篇』も『深章 厄災篇』もキタニくんと僕が曲を書くことになって、今回はOPとEDがスイッチした、という形なんですよね。
――そうして『深章 厄災篇』のEDテーマに決まった「切り傷」は、ピアノとストリングスが美しいバラードになりました。
キタニ この曲を作っていたのが2021年の秋とかで、記憶が定かではないんですけど……確か、アニメの製作サイドの方々から「がっつりバラードをやってみませんか?」とご提案いただきましたよね?
渡辺 そうそう。いただいたリファレンスやイメージが本当にど真ん中なJ-POPバラードだったんです。
――今までもミディアムテンポの楽曲はありましたが、ここまでストレートなバラードはsajou no hanaにとって初めてですよね。
キタニ sanaさんの声はバラードにも合うし、絶対に映えるとは思っていたんですけど、翔さんも僕も速い曲が大好きなので、いつも結局そういう曲を作っちゃうんです(笑)。でもせっかく今回のような提案をいただいたなら、sanaさんの声がバッチリ活きる曲を書いてやろうじゃないの!と思いましたね。(『深章 厄災篇』の)原作を読んだときは「これ、映像化したら真っ赤っ赤な絵ばっかになっちゃうんじゃない?」と思うくらいシビアな話だなと感じたので、EDくらいは救いというか、優しく光を当てるような曲にしたくて。人間同士の絆を感じる生楽器ならではの暖かい音色に仕上げました。
渡辺 ストレートなバラードなんだけど、サビ頭に抜け感があったり、ひねりが効いてるところはキタニタツヤだよね。とはいえ、ここまでストレートなものをキタニくんが作ってくるとは思わなかった。ソロだとバラード系の曲ではもっとお洒落な要素を足すでしょ?
キタニ やっぱりそれは「ド」がつくほどのJ-POPバラードのリファレンスがあったからですね。全然通ってない音楽性だから、あんまり正しいマナーがわからなくて、ひとまず自分なりに作っていくとああなったというか……。ほぼ勘です(笑)。
渡辺・sana 勘!(笑)
キタニ バラードとして合っているかわかんないけど、いい曲になったなとは思って。それを提出したら選んでいただけたんです。
渡辺 2000年代にはピアノとストリングスを使った壮大なバラードがすごく多かったけど、「切り傷」はその頃流行ったバラードとはまた違って、新しさと王道がすごくいいバランスで両立されている。キタニくんみたいな今の世代の人が自分の解釈で作っていくとこうなるんだな、と思いました。作家としても「なるほど」と気付きを得られましたね。
ボーカルの“もっと奥まで、ふれて。”の“ふれて。
――キタニさんは「切り傷」の歌詞について「すごくよく書けた」とツイートなさっていましたよね。sanaさんも「歌詞が素敵」と頻繁に発信なさっていて。
キタニ 歌詞の土台には『ダンまち』のインスピレーションがあるんですけど、そこを残しながら普遍的な歌になったし、今の自分にとって必要な歌詞を書けた自負があるんです。自分が好きなもの、自分が言いたいことを100%そのまま書けた。自分が音楽を作るようになったときのように、嘘偽りなくフラットに、ただ自分が書いた言葉がちゃんと作品になったんですよね。作ったのは1年以上前だけど、今読んでもそう思えます。
――となるとキタニさんが本当に書きたいことは、とてもピュアなことなんですね。
キタニ そうですね。それができるのも、歌うのがsanaさんだというのも大きいと思います。キタニタツヤ名義で出すために書いていたら、内容は同じであっても無意識のうちに選ぶ言葉が変わってくると思う。
sana 最初に聴いた時から、純粋で真っ直ぐ、スッと入ってくる曲だと思いました。特に“透明じゃなくなったガラスみたいな”とか“ナイフの雨を越えられるように”みたいな鋭利な表現は『深章 厄災篇』の残酷で暗い世界とリンクするし、ベルくん(ベル・クラネル)が使っている武器のナイフをこんなふうに表現できるんだなって。
キタニ 実際に作中でベルとリュー(リュー・リオン)の2人が受けているのは切り傷どころではないんですけどね。でも僕らが日常の中で負う傷はそういうでかい傷というよりは、ちっちゃい傷が何回も何回もついていって、綺麗なガラスがどんどんすりガラスみたいになって消えなくなっていくようなイメージがあって。それで「切り傷」という言葉を選んだんです。
――sanaさんのボーカルも、今までとはまったく違う感触で、とても新鮮でした。
sana 翔さんにも制作当時に同じようなことを言っていただきました。バラードといえばしっかりと歌い上げる印象が強かったんですけど、「切り傷」はキタニさんならではの抜け感やお洒落さがあったので、ブレスや息遣いが効果的になるように歌いたいなとは思って。
キタニ sanaさんは“THE歌うまいディーバ”系の歌い方もできる人だけど、「切り傷」では敢えてそうせずウィスパーめに歌ってくれてますよね。
渡辺 基本はいつも僕がボーカルディレクションをしていますが、最近はsanaちゃんに任せる度合いが増えてきていますね。僕の曲を歌ってもらうときは事前に細かく注文することが多いんですけど、キタニくんはボーカリストだから、sanaちゃんもキタニくんがデモに入れている仮歌から汲み取るところもたくさんあるのかなと思う。
sana リズムで運ぶというよりは、余韻を意識して歌いました。最後の“もっと奥まで、ふれて。”の“ふれて。
キタニ へええ。日本人ならではの発音なんだ。面白いね。
“最新形のsajou no hana”を体現する、もう1つの『ダンまち』楽曲「メーテルリンク」
――「切り傷」のカップリングには、渡辺さんが作詞作曲を手がける「メーテルリンク」が収録されています。青さを感じるギターロックで、「切り傷」のリリース発表時に渡辺さんは「cw絶賛制作中」とツイートしていらしたので、かなり出来立てほやほやの楽曲なのではないでしょうか。
渡辺 リミットのぎりぎりまで作っていたので、最新形のsajou no hanaを感じていただけるかもしれません。この曲も『ダンまち』にまつわる楽曲で、ゲーム最新作「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか バトル・クロニクル」の主題歌なんです。それに向けて曲を書くにあたって、「ベルはいつも何かを追っているな」と思って。ベルは物語の登場人物だからちゃんとゴールテープを切ることができるし、それによって成長していくけれど、僕ら現代人にはそのゴールがないじゃないですか。
――確かに。目標に届く前に、もっと先の目標が生まれてしまうというか。
渡辺 際限がないですよね。幸せや目標を持つと、一生追い続けることになる。その様子がメーテルリンクの童話の「青い鳥」みたいだなと思ったんです。
キタニ 翔さんから上がってきたデモもエレキギター、ベース、ドラムで構成されたシンプルなアレンジで。この時点で翔さんのやりたい方向性というか、「これ以上でもこれ以下でもない感じでアレンジを考えてほしい」みたいな雰囲気が伝わってきたんですよね。だから僕はそれをただ磨きました。翔さんは、前はもっと「ここをこういう感じにして」「ここではこんなニュアンスを」みたいな注文書をくれたんですけど、最近あんまり多くを語ってくれないんだよなあ(笑)。
渡辺 あははは。「明るめで爽やかな感じ」というオーダーも受けて作った曲なので、特に言わずとも伝わるだろうという気持ちも大きかったですね。sajou no hanaも曲数が増えてきたので、これまでとカラーが被らないように気をつけていく段階に入って。そういう意味でも、この曲には華やかな装飾品はいらない気がしたので、すごくシンプルなバンドサウンドのデモを作ったんです。
キタニ アレンジがシンプルなぶん、ギターを死ぬほどムズくしました(笑)。
渡辺 音源だからできることでもあるね。sajou no hanaメンバー自身はライブでギターをタッチしないのをいいことに(笑)。
キタニ 自分の音楽体験は速くてギターがギャンギャン鳴っている音楽から始まっているので、それに近い成分を持っている曲なのをいいことに(笑)。楽しくギターを弾いて、さらにパソコン上でできるあらゆるズルをしまくって作りました。その代わりリズム隊はバンドの生感を大切にしましたね。いつもドラムを叩いてくれているメンバーも「やっぱこういう速いのが一番いいんだよ~!」と言ってました(笑)。
渡辺 色んなリズムパターンを叩けても、やっぱり帰り着くのはここなんだろうね(笑)。
sana 最後にボーカルレコーディングをしたんですけど、すでに楽器隊の皆さんがギャンギャンに演奏していて(笑)。だからその爽快感に身を任せるように、純粋に真っ直ぐ、思うままに歌いました。聴いている人がスカッと、何だか元気になれる歌になっていたらいいなと思います。
――「メーテルリンク」はsanaさんの自然体が出たボーカルだと感じました。
渡辺 sanaちゃんにとっても、ボーカリストとして1つの答えを持っている曲調ではあると思うので、そこにプラスアルファを加えて歌っている印象がありましたね。要望を伝えつつも、sanaちゃんにそれなりに任せながら、いつものように「いい感じ、いい感じ!」と思いながらのレコーディングでした。
キタニ しかしこの曲はキーが高い! sanaさんよう歌った!
sana そこまで高い感覚はなかったですけど(笑)。
キタニ そっか、高いキーは一瞬なのか。それがスパーン!と入ってくるからインパクトがあるし、聴いていて気持ちいいのかも。
渡辺 (キーが高かった)「天灯」が歌えるならこれも大丈夫でしょう!と思って作ったから(笑)。だからキタニくんのおかげでsanaちゃんにしわ寄せが来たってことだね(笑)。
“自分たちを語る代名詞の1つになってきました” 『ダンまち』楽曲とともに築いた信頼関係
――sanaさんが歌い切った後、アウトロにもギターソロが入ることで、追い続ける様や冷めやらない熱が生々しく伝わってくるのもこの曲の特徴ではないでしょうか。
キタニ 翔さんから届いたデモの尺をそのまま使ったんです。翔さんは「アウトロもっと短くてもいいかも?」みたいに、遠慮がちにごにょごにょ言ってたんですけど(笑)。
渡辺 (笑)。この曲、Aメロ→Bメロ→サビを2回繰り返すだけなんですよね。あんまり展開を多くしないまま終わりたかったのと、ライブでこの曲を演奏することを総合して考えた結果、アウトロで余韻を残したくてあの尺にしたんです。でもちょっと長いかなあ……とも思って、キタニくんのほうでサイズは変えちゃってもいいよ、ぐらいのニュアンスでお願いをして。
キタニ そうやって翔さんは僕に責任を押し付けるんですよ(笑)。それでまったく短くせず、その尺のままギターを弾き倒しました。ネットでは2分半くらいの曲が主流になっているけど、そういう曲をライブでやると物足りなさを感じるんですよね。やっている側も観ている側も「あれ?今のなんだった?」みたいになって、印象にも残りにくい。そういう意味でもアウトロが長いのはいいと思うんですよね。
渡辺 ライブで披露することを大事にするか、サブスクやYouTubeでの再生回数を重要視するかという悩みは、sajou no hanaに限らずどの楽曲制作にもあることだよね。
――渡辺さんとキタニさんとsanaさんの共通点の1つは、それぞれに実現できる表現が多彩なところだなと、お話を伺いながら改めて思いました。
渡辺 何が本来の自分なのか、自分らしさもわからないくらいになってますね(笑)。でもそれが楽しいんです。多分キタニくんもsanaちゃんもそうじゃないかな?
キタニ 本当にそうですね。好きなジャンルの曲もたくさんあるし、自分で書いた曲を自分で歌うのも人に曲を書くのも、ベースだけ弾かせてもらうのも好きだし。これだけ色んなチャンスを与えていただけることは滅多にないと思うので光栄ですし、すべての経験が自分のためにもなっていますね。
渡辺 僕も曲を作るのが好きだし、楽しくて仕方がないんですよね。好きな音楽がたくさんあると、「これは幅広い層から受け入れてもらえそうだな」とか「こういうジャンルが好きな人にも引っ掛かってもらえそうだな」みたいに自分なりの正解を導き出せるんです。だから今も作り手というより、音楽のリスナーでいられているのが大きいかもしれませんね。誰かの曲を聴いて「これすごくいい曲だな」と思えなくなったら、曲を作れなくなるような気がします。
sana やっぱり私もお二人と同じで、本当に純粋に歌が好きだからできることなのかな、と思います。sajou no hanaでは翔さんもキタニさんもすごく凝ったお洒落な曲を作ってくれるので、引き出しを広げてもらっています。ソロ活動でやったことがsajou no hanaに、sajou no hanaでやったことがソロ活動に生かされてるなと感じる場面は多いですね。
渡辺 やっぱりsajou no hanaは3人で作るものなんですよね。3人でじっくり深く制作からレコーディングまでできるぶん楽しいし、大変だし。色んな刺激がありますね。
――そんなお三方だから『ダンまち』はもちろん、様々な作品と信頼関係を築いていけるのでしょうね。
渡辺 『ダンまち』とのタッグもこうして積み重ねてきた結果、自分たちを語る代名詞の1つになってきましたね。再度声を掛けていただけることは本当にありがたいですし、僕らの楽曲が『ダンまち』のチームの皆さんに響いてくれているのはとても嬉しいです。
sana 『ダンまち』のスタッフさんや原作者の大森藤ノ先生が、毎回曲の感想をしっかり伝えてくださったり、発信してくださっているのも嬉しいんです。同じ作品と関わらせていただくとチーム感も生まれて、だから今回「バラードに挑戦してみませんか」と言っていただけたのもすごく嬉しかったんですよね。
キタニ それがアニメのテーマソングを書く面白さでもありますよね。あとは原作やアニメのファンの方々に「こいつらだったら、またいい曲を書いてくれるだろう」と信頼してもらえるのが一番ありがたい。この先も機会をいただけるなら、それを裏切らないようにしたいですね。
●リリース情報
sajou no hana
「切り傷」
2023年2月22日発売
品番:ZMCZ-15832
価格:¥1,320(税込)
<収録曲>
1. 切り傷(TVアニメ『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅣ 深章 厄災篇』EDテーマ)
作詞・作曲・編曲:キタニタツヤ
2. メーテルリンク(ゲーム「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか バトル・クロニクル」主題歌)
作詞・作曲:渡辺 翔 編曲:キタニタツヤ
3. 切り傷(instrumental)
4. メーテルリンク(instrumental)
<sajou no hana プロフィール>
数多のヒットソングを手掛けてきた渡辺 翔がキタニタツヤとsanaという新しい才能とタッグを組み、2018年にsajou no hanaを結成。渡辺 翔とキタニタツヤが作り出すジャンルに捉われない柔軟な音楽と、儚さと力強さが同居した sanaのボーカルで注目を集める。
●作品情報
TVアニメ『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅣ 深章 厄災篇』
【放送・配信情報】
TOKYO MX、BS11、AT-Xほかにて放送中
ABEMAにて地上波先行・独占先行配信中
ほか 各種配信サイトにて順次配信中
<イントロダクション>
悪夢は終わらない。
絶望は破滅を誘い、厄災は惨禍を招く。
ジャガーノートとの闘いのさなか、奈落に消えたベルとリュー。
行き着いた先は、全ての冒険者が恐れるダンジョンの深淵――『深層』。
満身創痍、孤立無援、迫り来る厄災の脅威。
迷宮決死行の渦中、五年前の後悔に苛まれる妖精はかつての仲間を追憶する。
一方、ベル不在のパーティの前に現れたのは、双頭の巨竜アンフィス・バエナ。
破壊の化身が吐き出す凶悪な炎流が全てを呑み込む。
希望も光明も失われた迷宮で、冒険者達が辿る運命は幕切れか、それとも……
これは少年と妖精が押し寄せる死に抗う、過酷に満ちた【眷族の物語(ファミリア・ミィス)】――。
©大森藤ノ・SBクリエイティブ/ダンまち4製作委員会
関連リンク
sajou no hana 公式サイト
https://whv-amusic.com/sajounohana/
sajou no hana 公式Twitter
https://twitter.com/sajounohana
sajou no hana 公式YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/@sajounohanaofficialyoutube5337
『ダンまち』シリーズポータルサイト
https://danmachi.com
『ダンまち』アニメ公式Twitter
https://twitter.com/danmachi_anime