夏川椎菜のソロアーティスト活動7枚目のシングル「ユエニ」が5月17日に発売となる。これまで常に才気溢れるクリエイターたちとともに、自己の世界観の表現を追求し続けてきた彼女が今回ラブコールを送った相手は、泣く子も黙るトップランナー・草野華余子だった。
夏川本人をして攻撃的と言わしめる新曲は、どのように生み出されたのか。そしてこの2曲を並べることで意味が生まれたという、カップリング曲との関係とは。柔和だが雄弁な彼女ならではの言葉で、ニューシングルの魅力を紐解いてもらった。
INTERVIEW BY 青木佑磨(学園祭学園)
TEXT BY 市川太一(学園祭学園)
「あ、ケチョンケチョンだこれ」ってひらめいた
――今回の表題曲「ユエニ」は作曲に草野華余子さんを迎えていますが、まずはどういった経緯でご一緒することになったのでしょうか?
夏川椎菜 草野さんと初めてお会いしたのは、田淵智也さんがオーガナイザーをしている“アニソン派!”というイベントにゲストで呼んでいただいたときでした。その後私が“CONNECT LITTLE PARADE 2022”という対バンライブをやるにあたって、最初のゲストとして出演をお願いして、曲作りよりも先にライブでご一緒しました。そこで草野さんの曲を歌わせてもらったり、私も個人的にシンガーソングライターとしての草野さんの曲を聴き漁ったりするうちに、自分がやりたいことに近いものを感じて、いつか一緒に制作したいですとは言っていました。草野さんも同じことを考えてくれてたそうで、今回7thシングルを作るタイミングが上手いこと噛み合って実現しました。
――草野さんは作詞作曲ともにできる方ですが、作詞までお願いする可能性はありましたか?
夏川 元々草野さんが私の歌詞を褒めてくださっていて、私も草野さんの魂のこもったメロディに自分の歌詞を乗せてみたいと思ったので、最初から作詞は私がしようと決めてました。草野さんからも「ぜひ書いてください!」と背中を押していただけたので。
――曲の内容についてのリクエストはされましたか?
夏川 ざっくりアップテンポな曲がいいという希望だけで、サウンドやメロディについては特にリクエストはしませんでした。でも草野さんが曲を書くにあたって私の人となりを知っておきたいということで、「最近何で怒った?」みたいな、楽曲とは直接関係ない質問をたくさんしてくださって、私はそれに対してラジオみたいな感覚で喋って話を聞いてもらったので、私からなにやらインスピレーションを受けて作曲してくれたみたいです。
――夏川さんのことも草野さんのことも深く知ってるわけではないですが、お二人とも人柄のようなものが似ている印象はありますね。
夏川 草野さんが私のラジオにゲストで来てくださったときに話したのですが、何かを好きだと思ったらそれを突き詰めて、飽きるまでずーっと向き合うタイプらしいんです。生きるのに忙しいタイプというか(笑)。私とまったく同じではないかもしれないけれど、そういう姿勢とか、根本的なマインドの一番大事な部分はなんとなく似てるなと感じます。
――そうした話し合いの結果、届いたメロディの印象はいかがでしたか?
夏川 だいぶ攻撃的だなと思います(笑)。攻撃的で情熱的で、でもちょっと切ないというか、ただ強いままではいられない感じがして。そこが夏川的には共感というか、とても良いなと思いました。
――作詞は曲が届いてからスタートされたんですか?
夏川 そうですね。打ち合わせの時点では、私が今までアルバムやシングルで書いてきた歌詞の内容をさらに掘り下げる方向で書いてみようかなとも考えていたのですが、曲を聴いて、その方向じゃないほうが曲も歌詞も映えそうだなと感じたので、全然別の切り口にしようと思い直しました。これまでの踏襲で良いものが浮かんだらそれでもいいかな、とも思いましたが、やっぱり前作の「ササクレ」でかなり確信的なことを言っているので、似ていると「ササクレ」も新曲も薄くなってしまいますし、蛇足になるだけなら新しいことをしたいなと。
――なるほど。
夏川 たしか対バンライブの場でも草野さんと話したんですけど、女の目線から見た恋愛だったり世の中だったりを、ケチョンケチョンに言うような呪いの曲を書いてみたかったんです。草野さんがそれを覚えててくれたかはわからないんですけど、作ってもらった曲を改めて聴いた時に、「あ、ケチョンケチョンだこれ」ってひらめいて(笑)。
恋愛とか深く考えたことない人にも刺さったらいい
――「ユエニ」を聴いてみて、この曲はただ怒ってるわけではなく、ある程度結論ありきというか、「ひょっとしたら世界はこうなのかもしれない」と内心わかってるような印象を受けました。
夏川 そうですね、今回のシングル2曲を並べてみて、ある種の諦めみたいなものが強く出ているなと自分で思いました。でも狙ってそうなったわけではないんです。めちゃくちゃ弱気なわけじゃないけど、強く生きられなかったなぁ、みたいなところで終わっていて、そこに寂寥感のようなものを感じてもらいたかったのかもしれません。
――「自分のド真ん中の、一番曲げたくない軸以外は譲歩してもいい」みたいな境地に進んだように聴こえます。
夏川 あぁ、そうかもしれないです。今回のシングルは年齢感が少し上がったというか。作詞するときも、草野さんの仮歌を聴きながら作業していたのですが、やっぱり草野さんは大人の女性で結構パワフルに歌われる方だから、その歌を受けて出てきた言葉たちも、ちょっと年齢が高めになったのかなと思います。あとは私自身も20代後半になって、感覚が変わってきているんだなっていう自覚もありますね。
――作詞の作業としては難産でしたか?
夏川 割と難産でした。最初に「ササクレ」とかでやってきた方向性を引き継ごうとして、上手くできずに一度白紙に戻したので。
――確かにここを軸にして作るとなるとそういう曲になっていきますね。
夏川 ここがまず書けたときに、自分でも好きだし完成度高いなって思ったので、これを主役にしようと決めました。でもこれを全部のサビに入れるとだいぶ重い女になるので(笑)、曲全体はそこから逆算して若干ソフトにしていって、ここが一番濃厚になるように調節しました。「まだ自分の中でも答えが出せん!」みたいな感じで。
――ほかに世界観を表現するうえでよく書けた部分はありますか?
夏川 “不幸な譲り合いで なんとかなるのは 限られた期間だけ”とかは、結構強めに刺しにいけたなと思っています(笑)。
――確かにここは何の歌を歌ってるのかわかった瞬間ドキッとしますね。
夏川 私は作詞するときに主語を抜くんですよね。「このテーマについて歌っています」を明言したくなくて。今までも例えば「涙」について、涙という字を使わずに3行かけて書くみたいなことをずっとしていて、その手法が個人的に気に入っているし、他人の歌詞を見てそういう表現があると「うおお」って思ったりもして。ちょっと遠回しに、主語の周りをふわっと書いてなんとなく匂わせる歌詞が好きなんですね。
――確かにサビで「甘い恋」とか「硬い愛」ってワードが出てこないと、恋愛の歌だとわからないかもしれません。
夏川 そうかもしれないですね。多分主語を連打するようなまっすぐな歌詞を、自分の言葉で書くのが苦手なんだと思います。「ユエニ」は一応そこでテーマを開示してはいますけど、でも恋愛とか深く考えたことないし気にしたこともないって人にも刺さる部分があったらいいなと思って作詞しました。
――今回は夏川さんのボーカルが全体的に太いというか、少し大人だなと思います。歌について何か意識はされたんですか?
夏川 自然とそうなりました。制作中は草野さんの仮歌の声をずっと聴いて参考にしていたので、草野さんのモノマネにならないように、自分の中に落とし込めるよう練習した結果って感じですね。間違いなくこの歌は5年前だと歌えなかっただろうなと思います。でもその太い部分っていうのは、今まで機会がなかっただけで、自分の声帯の中に存在はしてたはずなので、それを存分に使える機会が今やってきたぞって感覚です。これは歌だけじゃなくてお芝居やラジオも関わってくるかもしれないんですけど、自分の地声でちゃんと喋ることが増えたからだと思います。私の地声ってすごく低いわけではないのですが、でも人って友達とか気を許せる相手と喋ると、意識せず地声の一番低いところが出るじゃないですか。それを公の場にも出せるようになってきたというか、自分の素を出したいときにちゃんと出せるようになったのかなとは思いますね。
――ちなみに、そうやって素を出せるようになったうえで、またピーキーに叫ぶような感情を表現したくなったときに、以前の表現に戻れると思いますか?
夏川 うん、戻れるんじゃないですかね。実際にそうなったときにしかわかりませんが、自分のベースは変わらないはずなので、戻るというかまた新しい形で年齢の上下はできる気がします。以前と完全に同じ気持ちにはならないかもしれませんが。
――公に見せてもいいと思える範囲が広がっただけで、根幹の部分が大きく変化してるわけではないと。
夏川 年齢を重ねたことで、言語化できる現象が増えてきたんだと思います。特に恋愛に関してとかは、私はどういう気持ちで愛だの恋だのを眺めてるのか自分でずっとわからなくて。人の恋バナを聞くのは好きだけど、それに対して心のどっかでくだらないとも思ってる、みたいな感覚はずっとあって、でも別に憧れないわけでもなく、どうしてくだらないと感じるのかもわからなかったのが、この年齢になってだんだんと、「あ、そうかこういうことだ。私はこういう風に思ってて、こうなりたいからこうしてくだらねぇなとか思うんだな」みたいに、頭の中が徐々に整理されてきたというか。多分根本的な考え方は昔から変わってなくて、ものの見方や表現の仕方が変わっているだけだなと理解してきた感覚です。
バトルアクション夏川椎菜
――小難しい質問に答えていただきありがとうございます。まだ完成した映像は観ていないのですが、今回はMVもすごいとお聞きしました。
夏川 実は私もまだ観てないんですよ。
――何をしたんですか?
夏川 アクションです(笑)。
――また無茶をしますね(笑)。
夏川 今回はジャケもMVも、あんまり歌詞に沿った内容にしたくないなって思っていたんです。ちょっと印象が強すぎちゃうっていうのもあるし、この曲をビジュアル化するには抵抗ある人もいるだろうし、恋愛的な映像を作りたい気持ちもまったくなかったので。でもじゃあどうしようって悩んで、ずっとMV制作をお願いしてるスミスさんに相談というかもうほぼ投げてしまって。そしたら歌詞の内容には触れず、「ユエニ」っていう架空のアクション映画の予告編みたいな感じで撮りましょうと提案してくださって。だからおおまかなストーリーはあるっぽいけど、とりあえず断片的なアクション映画のかっこいいパーツを寄せ集めたみたいなMVにして、見せ場というか軸として夏川にアクションをやらせてみましょうと。
――インタビュー時点ではまだ全貌は公開されてないのですが、具体的には何をしたんですか?
夏川 プロレスとカンフーとか合気道を組み合わせた感じの、やられ役の人の肩につかまって逆上がりみたいに回してもらって、きれいに投げ技が決まったように合わせてもらう動きとかをやりました。
――ほんとに殺陣というかバトルアクションなんですね。
夏川 私のボディダブルの方もめちゃくちゃプロの人で、敵の首に足で組み付いて投げる技とかもやってました。どこまで使われてるかまだ分からないですが、全体の8割くらいは自分でやらせてもらったんです。残り2割の怪我しそうな大技はダブルの方にやってもらって。
――見どころと言うか、ここ頑張ったなってポイントはどこですか?
夏川 相手を押さえて避けてキックして、土台にして蹴って跳び上がるみたいなカットがあるんですけど、そこは頑張りました。時間を取ってもらってダンスの振り入れみたいに何回か練習したんですけど、いざやってみると頭の中でワーッてわかんなくなっちゃうんですよ。私自身はそんな感じでヘナチョコだったんですけど、すごくいい感じに撮っていただけたみたいで。カメラマンさんとかアクションの人って本当にすごいと思いました。
安心して酔っ払って話がしたい
――完成を楽しみにしています。ではカップリングのお話も伺っていきます。「だりむくり」は「ユエニ」と並べるならという意識で作られたんですか?
夏川 そうですね。草野さんから「ユエニ」が来て、カップリングはどうしようって話になって、新しくコンペをするでもいいけど、今こんな曲が手元にあるよっていうのを聴かせてもらって選びました。この曲は川口圭太さんが特に何もお願いしてない時期に「曲書けたからなんかあったら使ってよ」って送ってきてくれた曲だったんですけど、「ユエニ」と並べるとどっちの曲も映える印象で今回にぴったりでした。
――少しの寂しさと諦めみたいなものが真ん中あるシングルになりますね。この印象は結果的にですか?
夏川 そうですね。2曲とも諦念的な含みのある曲になったのは結果的にです。この曲は圭太兄さんの鼻歌が入ったデモで、それを聴きながら歌詞を書いたんですが、その圭太兄さんの仮歌が酔っ払ったみたいな声だったんですよ。まあ兄さんは割といつもそうなんですけど(笑)。ピッチとかも直しきってない感じで、ちょっとブレているのがそのまま残っていて、この曲調もあって、なんか酩酊してる様が浮かんで、じゃあお酒をテーマに書いてみようかなっていうとこから始まりました。「だりむくり」って言葉も元々どこかで知って、いつか何かで使いたいワードだと思ってメモしてたんです。なのでこの曲はタイトルから決めました。
――まさに使うなら今だ!って感じですね。
夏川 圭太兄さんの酔っ払いボイスと……いや本当に酔っ払って録ったわけじゃないと思いますけど、なんだかそう聞こえて、ちょうどいいタイミングだなと。お酒についてというか、酔っ払い的なことはいつか歌いたいなと思っていましたし、多分5年前じゃ歌わせてもらえなかったと思うし、誰かに頼んで書いてもらうようなテーマでもないじゃないですか。だからこいつは自分で書くしかないなと思っていて、私自身もお酒が好きというか、誰かとお酒を飲んでる時間が好きで、なんで好きなんだろうって考えてみた答えがこの歌詞です。
――酔うのは好きなんですか?
夏川 酔うのが好きです(笑)。お酒の場が全部好きなわけじゃなくて、自分が遠慮なく酔える場が好きなんです。
――安心できる場ってことですね。
夏川 はい、私は1人では飲まないので。誰かに酔っ払った自分の言葉を聞いてほしいし、酔っ払った誰かの話も聞きたいんです。まさに“クサい台詞、吐いて、泣いて”ってグワーってなるのを誰かと一緒にしたい。
――お酒を飲み始めた当初からそうでした?
夏川 いえ、そうなったのはここ2、3年ですかね。
――据わった目で腹を割って話すとかじゃなくて、自分のガードが下がる感覚が楽しいんですよね。
夏川 あぁ、わかります。ちょっと張ってるカドが取れるというか、やっぱり普段は多少背筋を伸ばして、ちゃんとしなきゃって張っていた姿勢が一度崩れて、ノーガードで話せるというか、なんかこう……殻をむいた栗みたいな。甘栗むいちゃいました状態。お互いむいちゃいました状態になって、解散したら何も覚えてねえや!みたいなのがなんかいいなぁと。
――それは20歳くらいの、最近お酒を飲めるようになった人にはまだ伝わらないかもしれませんね。ウェーイ!ではなく、しっとりとも違う、人がダメになる時間を楽しむという。
夏川 そうですそうです。こういう場がないとやってらんねえよな!みたいな。やっぱり時々お酒を飲んで、自分がダメ人間なことを確認しないとな!みたいな。
――自分がダメ人間であることの確認は大事ですね。社会に出てちゃんとした仕事をこなしていくと、どんどん自分がちゃんとした人間になってくように錯覚しますけど、それが錯覚なんだという確認は必要だと思います。
夏川 「あたしなんか周りが思ってるほどしっかりしてないし、そんなに何もかも考えて生きてないし」とか言いながら、でも相手と「いやーでもあなたはすごいもの!」みたいに肩組んで支え合うみたいな。
――急に出てきたそれは誰なんですか(笑)。
夏川 こいつは一緒にお酒を飲んでくれる……だりむくってくれる仲間ですよ。あの、私は普段人を褒めるのが苦手なんですよ。自分的には褒めてるつもりでも、相手にとっては褒めになってない言葉って結構あるじゃないですか。例えば褒めるつもりで「かわいい」って言っても、「え?」って思う人もいるわけで。そういうことを考えちゃって、あまり素直に人を褒められないところがあって。
――この言葉は相手にとってプラスの言葉なんだろうかと。
夏川 そうそう、余計なこと考えちゃうんです。それで一歩引いて構えちゃうんですけど、お酒を飲むとそのガードが緩むというか、相手に対して思ってることを、良いことも、悪いことも正直に言えるようなところがあって、距離も縮まるなあって感じるんです。
――隠していたというより、気を使って言わなかったことが言えるようになる。
夏川 はい、そうだと思います。それを言い合うことで相手に刺さる言葉があったり、逆に向こうが気を遣わずに話してくれたことがすごく嬉しく感じたりするので、そういうやり取りでなんとか人生を耐え忍んでいる感じがして……。
――今話した内容をよくこんなに丁寧に美しい歌詞で書けましたね(笑)。
夏川 いやぁ……美しいですよね。これ、私の中では『スタンド・バイ・ミー』なんです。あの映画のエンディング後に、主人公が友人と飲みに行ってるんですよ。そういう曲です。
――「あの日の冒険面白かったよな」って話す大人がいるわけですね。
夏川 「あいつとこんな話したんだよ。でもどうよ今は?そりゃ小説家にはなったけどさぁ」って。最後お開きの頃にはベロベロになっていて、自転車操業みたいな人生だけど、一瞬だけでも前を向いて、それが意外と飽きないから生きてんだなぁみたいな。多分私の年齢からすると、ちょっと年寄り臭いこと言ってるなという自覚はあるんですけど。
――確かに『スタンド・バイ・ミー』だと聞く前から、主人公は男の子というかおじさんという印象は受けました。
夏川 私もそういうイメージで書いていました。この曲の主人公って、私からは遠い人なんですよ。私は職業的にも馴染みの場所でルーチンワークをこなしてっていう人間ではないですし。でもこの主人公はまさにルーチンワークの人なので、そういう意味では自己を投影しすぎずに書けたというか、ちょっと想像上で書いた歌詞だったんですけど、そこも表現として新しいことができたと思います。
――働く人を描く歌って世の中にテーマとして結構あると思うんですが、夏川さん自身はお好きですか?
夏川 いや、自分の好きな音楽でそういう曲は特にないですね。多分あまり共感できないからかもしれないです。私はルーチンワークが嫌で今の仕事に憧れて選んだっていうのもあって、そこに対しての賛歌にはそもそも共感しづらいんだと思います。
――では自分とのその共感しにくい人との間をベロンベロンが繋いでるというか。私にもあの人にもそういう瞬間があるのだっていう。
夏川 そうそう。そう思います。共感とかはしづらい人ではあるけど、理解したいとは思ってるみたいな心持ちではあります。
――そう考えると、今までの夏川さんの曲の中で一番マスに向けた歌かもしれません。「うわ、これ俺の歌だ」って感じる人数がもしかすると一番多いかもしれない。
夏川 そうなってほしいなと思って書きました。自分の信念の曲ではないけど、今まで私が伝えてきた考え方とかを理解してくれてる人にも、でも私だってこういうふうに思うこともあるよ、だりむくることもあるんだぜっていう面を見せて、そこに共感してくれる人がいたらいいなと。これがカップリングじゃなくて表題曲だったら、またちょっと違うアプローチで書いたかもしれないです。あとは声優とか夏川椎菜のことをまったく知らない人が聴いても刺さってほしいなっていうのは、ここ最近、「ササクレ」以降はずっと考えて作っていますね。だから確かにマスに向けてるかもしれない。
変わっていく表現と変わらぬマインド
――「ササクレ」をもって、一旦夏川さんのド真ん中にあるテーマは描き終えたというか、これ以上言葉は足さなくてもいいなという感じですか?
夏川 そうかもしれないです。「ササクレ」で語り尽くしたというか、あの曲がまだ私の中でかなり大きいところにあるというか。数年かけて書きたかったことのゴールに一度辿り着いた手応えがあるので、今新しい曲で「ササクレ」的なこと言おうとしても、どっちの曲にとっても良い結果にならないなとは思います。
――例えば数年後にもっと表現力や、物事の考え方が変わったときにもう一度立ち戻る可能性はありますか?
夏川 それは十分あると思います。やっぱり「ササクレ」はあのときの自分の最新の気持ちだけど、根幹は変わらないにしても、きっと細かいところで変化はしていくと思うので、そうなったときに何か書けそうだなって思ったら書くかもしれません。
――ちなみに冒頭でおっしゃってた草野さんと話してたという、「最近怒ったこと」ってなんだったんですか?
夏川 怒ったというか、悲しかったことみたいな話なんですけど。私は今まで生きてきて、自分の特技というか性質として、人のいいところをたくさん見つけることができるって自負してたんです。でもそれをすると、自分が苦しくなることがあって。人のいいところを見るほど、それが自分にないのが悔しくて辛くなるんですよね……だから最近人のいいとこを見たくなくなっちゃって……みたいな話をしてました。でも人のいいところを避けようとすると、自分が上から目線で物申せる物事ばっかり気にするようになって、それも嫌だなぁ……どう生きていったらいいんだっていう。
――これは歌詞で表現するとしたらとても難しい感情ですね。
夏川 細切れにしてちょっとずつ出していくとかならできるかも……とは思ってるんですけどね。
――1曲のテーマとするにはあまりにも巨大な山ですね。
夏川 ですね。もはや人生のテーマ。そんな話を草野さんとしました。いつかこの感情を曲にできるかは今の時点ではちょっとわからないですが、でも私の今まで書いてきた歌詞やブログで紡いできた言葉とかって、こういう感情が起源だったりするので、自分の考え方の核として向き合ってみたくはあります。
――今回も大変面白かったです。では最後に僕の質問のせいで語り逃したことがあれば、ご挨拶にかえて補足などしていただければ。
夏川 言いたいことは語り尽くしました!(笑)。ありがとうございます!
●リリース情報
夏川椎菜 7thシングル
「ユエニ」
5月17日(水)発売
【初回生産限定盤(CD+DVD)】
品番:SMCL-816~817
価格¥1,925(税込)
【通常盤(CD)】
品番:SMCL-818
価格:¥1,397(税込)
<CD>
01. ユエニ
作詞:夏川椎菜 作曲:草野華余子 編曲:eba, 岸田 (岸田教団&THE明星ロケッツ)
02. だりむくり
作詞:夏川椎菜 作曲・編曲:川口圭太
03. ユエニ (instrumental)
04. だりむくり (instrumental)
<DVD>
「ユエニ」Music Video
「ユエニ」TV SPOT 15sec+30sec
関連リンク
夏川椎菜 オフィシャルサイト
https://www.natsukawashiina.jp/
夏川椎菜 公式Twitter
https://twitter.com/Natsukawa_Staff
夏川椎菜 公式YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCSdVtmKcfuKTJ1C209-VnLA
夏川本人をして攻撃的と言わしめる新曲は、どのように生み出されたのか。そしてこの2曲を並べることで意味が生まれたという、カップリング曲との関係とは。柔和だが雄弁な彼女ならではの言葉で、ニューシングルの魅力を紐解いてもらった。
INTERVIEW BY 青木佑磨(学園祭学園)
TEXT BY 市川太一(学園祭学園)
「あ、ケチョンケチョンだこれ」ってひらめいた
――今回の表題曲「ユエニ」は作曲に草野華余子さんを迎えていますが、まずはどういった経緯でご一緒することになったのでしょうか?
夏川椎菜 草野さんと初めてお会いしたのは、田淵智也さんがオーガナイザーをしている“アニソン派!”というイベントにゲストで呼んでいただいたときでした。その後私が“CONNECT LITTLE PARADE 2022”という対バンライブをやるにあたって、最初のゲストとして出演をお願いして、曲作りよりも先にライブでご一緒しました。そこで草野さんの曲を歌わせてもらったり、私も個人的にシンガーソングライターとしての草野さんの曲を聴き漁ったりするうちに、自分がやりたいことに近いものを感じて、いつか一緒に制作したいですとは言っていました。草野さんも同じことを考えてくれてたそうで、今回7thシングルを作るタイミングが上手いこと噛み合って実現しました。
――草野さんは作詞作曲ともにできる方ですが、作詞までお願いする可能性はありましたか?
夏川 元々草野さんが私の歌詞を褒めてくださっていて、私も草野さんの魂のこもったメロディに自分の歌詞を乗せてみたいと思ったので、最初から作詞は私がしようと決めてました。草野さんからも「ぜひ書いてください!」と背中を押していただけたので。
――曲の内容についてのリクエストはされましたか?
夏川 ざっくりアップテンポな曲がいいという希望だけで、サウンドやメロディについては特にリクエストはしませんでした。でも草野さんが曲を書くにあたって私の人となりを知っておきたいということで、「最近何で怒った?」みたいな、楽曲とは直接関係ない質問をたくさんしてくださって、私はそれに対してラジオみたいな感覚で喋って話を聞いてもらったので、私からなにやらインスピレーションを受けて作曲してくれたみたいです。
――夏川さんのことも草野さんのことも深く知ってるわけではないですが、お二人とも人柄のようなものが似ている印象はありますね。
夏川 草野さんが私のラジオにゲストで来てくださったときに話したのですが、何かを好きだと思ったらそれを突き詰めて、飽きるまでずーっと向き合うタイプらしいんです。生きるのに忙しいタイプというか(笑)。私とまったく同じではないかもしれないけれど、そういう姿勢とか、根本的なマインドの一番大事な部分はなんとなく似てるなと感じます。
――そうした話し合いの結果、届いたメロディの印象はいかがでしたか?
夏川 だいぶ攻撃的だなと思います(笑)。攻撃的で情熱的で、でもちょっと切ないというか、ただ強いままではいられない感じがして。そこが夏川的には共感というか、とても良いなと思いました。
――作詞は曲が届いてからスタートされたんですか?
夏川 そうですね。打ち合わせの時点では、私が今までアルバムやシングルで書いてきた歌詞の内容をさらに掘り下げる方向で書いてみようかなとも考えていたのですが、曲を聴いて、その方向じゃないほうが曲も歌詞も映えそうだなと感じたので、全然別の切り口にしようと思い直しました。これまでの踏襲で良いものが浮かんだらそれでもいいかな、とも思いましたが、やっぱり前作の「ササクレ」でかなり確信的なことを言っているので、似ていると「ササクレ」も新曲も薄くなってしまいますし、蛇足になるだけなら新しいことをしたいなと。
――なるほど。
夏川 たしか対バンライブの場でも草野さんと話したんですけど、女の目線から見た恋愛だったり世の中だったりを、ケチョンケチョンに言うような呪いの曲を書いてみたかったんです。草野さんがそれを覚えててくれたかはわからないんですけど、作ってもらった曲を改めて聴いた時に、「あ、ケチョンケチョンだこれ」ってひらめいて(笑)。
これまで自分では触れてこなかった何かを一度ケチョンケチョンに言ってみようってところから始めて、カテゴリーとしての恋愛をそのターゲットにしたのが「ユエニ」です。
恋愛とか深く考えたことない人にも刺さったらいい
――「ユエニ」を聴いてみて、この曲はただ怒ってるわけではなく、ある程度結論ありきというか、「ひょっとしたら世界はこうなのかもしれない」と内心わかってるような印象を受けました。
夏川 そうですね、今回のシングル2曲を並べてみて、ある種の諦めみたいなものが強く出ているなと自分で思いました。でも狙ってそうなったわけではないんです。めちゃくちゃ弱気なわけじゃないけど、強く生きられなかったなぁ、みたいなところで終わっていて、そこに寂寥感のようなものを感じてもらいたかったのかもしれません。
――「自分のド真ん中の、一番曲げたくない軸以外は譲歩してもいい」みたいな境地に進んだように聴こえます。
夏川 あぁ、そうかもしれないです。今回のシングルは年齢感が少し上がったというか。作詞するときも、草野さんの仮歌を聴きながら作業していたのですが、やっぱり草野さんは大人の女性で結構パワフルに歌われる方だから、その歌を受けて出てきた言葉たちも、ちょっと年齢が高めになったのかなと思います。あとは私自身も20代後半になって、感覚が変わってきているんだなっていう自覚もありますね。
――作詞の作業としては難産でしたか?
夏川 割と難産でした。最初に「ササクレ」とかでやってきた方向性を引き継ごうとして、上手くできずに一度白紙に戻したので。
そこから方向転換のヒントになりそうなワードとかを書き並べてみて、最後のサビの「指先だけなんてケチんないで」って言葉が浮かんだときに、これは恋愛の歌でいこうって決めました。結果的に「赤い糸の果てとか 固い銀の誓いとか 指先だけなんてケチんないで 全てにしてよ」っていう、ウルトラ重い感情の塊になりましたが(笑)。
――確かにここを軸にして作るとなるとそういう曲になっていきますね。
夏川 ここがまず書けたときに、自分でも好きだし完成度高いなって思ったので、これを主役にしようと決めました。でもこれを全部のサビに入れるとだいぶ重い女になるので(笑)、曲全体はそこから逆算して若干ソフトにしていって、ここが一番濃厚になるように調節しました。「まだ自分の中でも答えが出せん!」みたいな感じで。
――ほかに世界観を表現するうえでよく書けた部分はありますか?
夏川 “不幸な譲り合いで なんとかなるのは 限られた期間だけ”とかは、結構強めに刺しにいけたなと思っています(笑)。
――確かにここは何の歌を歌ってるのかわかった瞬間ドキッとしますね。
夏川 私は作詞するときに主語を抜くんですよね。「このテーマについて歌っています」を明言したくなくて。今までも例えば「涙」について、涙という字を使わずに3行かけて書くみたいなことをずっとしていて、その手法が個人的に気に入っているし、他人の歌詞を見てそういう表現があると「うおお」って思ったりもして。ちょっと遠回しに、主語の周りをふわっと書いてなんとなく匂わせる歌詞が好きなんですね。
――確かにサビで「甘い恋」とか「硬い愛」ってワードが出てこないと、恋愛の歌だとわからないかもしれません。
夏川 そうかもしれないですね。多分主語を連打するようなまっすぐな歌詞を、自分の言葉で書くのが苦手なんだと思います。「ユエニ」は一応そこでテーマを開示してはいますけど、でも恋愛とか深く考えたことないし気にしたこともないって人にも刺さる部分があったらいいなと思って作詞しました。
――今回は夏川さんのボーカルが全体的に太いというか、少し大人だなと思います。歌について何か意識はされたんですか?
夏川 自然とそうなりました。制作中は草野さんの仮歌の声をずっと聴いて参考にしていたので、草野さんのモノマネにならないように、自分の中に落とし込めるよう練習した結果って感じですね。間違いなくこの歌は5年前だと歌えなかっただろうなと思います。でもその太い部分っていうのは、今まで機会がなかっただけで、自分の声帯の中に存在はしてたはずなので、それを存分に使える機会が今やってきたぞって感覚です。これは歌だけじゃなくてお芝居やラジオも関わってくるかもしれないんですけど、自分の地声でちゃんと喋ることが増えたからだと思います。私の地声ってすごく低いわけではないのですが、でも人って友達とか気を許せる相手と喋ると、意識せず地声の一番低いところが出るじゃないですか。それを公の場にも出せるようになってきたというか、自分の素を出したいときにちゃんと出せるようになったのかなとは思いますね。
――ちなみに、そうやって素を出せるようになったうえで、またピーキーに叫ぶような感情を表現したくなったときに、以前の表現に戻れると思いますか?
夏川 うん、戻れるんじゃないですかね。実際にそうなったときにしかわかりませんが、自分のベースは変わらないはずなので、戻るというかまた新しい形で年齢の上下はできる気がします。以前と完全に同じ気持ちにはならないかもしれませんが。
――公に見せてもいいと思える範囲が広がっただけで、根幹の部分が大きく変化してるわけではないと。
夏川 年齢を重ねたことで、言語化できる現象が増えてきたんだと思います。特に恋愛に関してとかは、私はどういう気持ちで愛だの恋だのを眺めてるのか自分でずっとわからなくて。人の恋バナを聞くのは好きだけど、それに対して心のどっかでくだらないとも思ってる、みたいな感覚はずっとあって、でも別に憧れないわけでもなく、どうしてくだらないと感じるのかもわからなかったのが、この年齢になってだんだんと、「あ、そうかこういうことだ。私はこういう風に思ってて、こうなりたいからこうしてくだらねぇなとか思うんだな」みたいに、頭の中が徐々に整理されてきたというか。多分根本的な考え方は昔から変わってなくて、ものの見方や表現の仕方が変わっているだけだなと理解してきた感覚です。
バトルアクション夏川椎菜
――小難しい質問に答えていただきありがとうございます。まだ完成した映像は観ていないのですが、今回はMVもすごいとお聞きしました。
夏川 実は私もまだ観てないんですよ。
――何をしたんですか?
夏川 アクションです(笑)。
――また無茶をしますね(笑)。
夏川 今回はジャケもMVも、あんまり歌詞に沿った内容にしたくないなって思っていたんです。ちょっと印象が強すぎちゃうっていうのもあるし、この曲をビジュアル化するには抵抗ある人もいるだろうし、恋愛的な映像を作りたい気持ちもまったくなかったので。でもじゃあどうしようって悩んで、ずっとMV制作をお願いしてるスミスさんに相談というかもうほぼ投げてしまって。そしたら歌詞の内容には触れず、「ユエニ」っていう架空のアクション映画の予告編みたいな感じで撮りましょうと提案してくださって。だからおおまかなストーリーはあるっぽいけど、とりあえず断片的なアクション映画のかっこいいパーツを寄せ集めたみたいなMVにして、見せ場というか軸として夏川にアクションをやらせてみましょうと。
――インタビュー時点ではまだ全貌は公開されてないのですが、具体的には何をしたんですか?
夏川 プロレスとカンフーとか合気道を組み合わせた感じの、やられ役の人の肩につかまって逆上がりみたいに回してもらって、きれいに投げ技が決まったように合わせてもらう動きとかをやりました。
――ほんとに殺陣というかバトルアクションなんですね。
夏川 私のボディダブルの方もめちゃくちゃプロの人で、敵の首に足で組み付いて投げる技とかもやってました。どこまで使われてるかまだ分からないですが、全体の8割くらいは自分でやらせてもらったんです。残り2割の怪我しそうな大技はダブルの方にやってもらって。
――見どころと言うか、ここ頑張ったなってポイントはどこですか?
夏川 相手を押さえて避けてキックして、土台にして蹴って跳び上がるみたいなカットがあるんですけど、そこは頑張りました。時間を取ってもらってダンスの振り入れみたいに何回か練習したんですけど、いざやってみると頭の中でワーッてわかんなくなっちゃうんですよ。私自身はそんな感じでヘナチョコだったんですけど、すごくいい感じに撮っていただけたみたいで。カメラマンさんとかアクションの人って本当にすごいと思いました。
安心して酔っ払って話がしたい
――完成を楽しみにしています。ではカップリングのお話も伺っていきます。「だりむくり」は「ユエニ」と並べるならという意識で作られたんですか?
夏川 そうですね。草野さんから「ユエニ」が来て、カップリングはどうしようって話になって、新しくコンペをするでもいいけど、今こんな曲が手元にあるよっていうのを聴かせてもらって選びました。この曲は川口圭太さんが特に何もお願いしてない時期に「曲書けたからなんかあったら使ってよ」って送ってきてくれた曲だったんですけど、「ユエニ」と並べるとどっちの曲も映える印象で今回にぴったりでした。
――少しの寂しさと諦めみたいなものが真ん中あるシングルになりますね。この印象は結果的にですか?
夏川 そうですね。2曲とも諦念的な含みのある曲になったのは結果的にです。この曲は圭太兄さんの鼻歌が入ったデモで、それを聴きながら歌詞を書いたんですが、その圭太兄さんの仮歌が酔っ払ったみたいな声だったんですよ。まあ兄さんは割といつもそうなんですけど(笑)。ピッチとかも直しきってない感じで、ちょっとブレているのがそのまま残っていて、この曲調もあって、なんか酩酊してる様が浮かんで、じゃあお酒をテーマに書いてみようかなっていうとこから始まりました。「だりむくり」って言葉も元々どこかで知って、いつか何かで使いたいワードだと思ってメモしてたんです。なのでこの曲はタイトルから決めました。
――まさに使うなら今だ!って感じですね。
夏川 圭太兄さんの酔っ払いボイスと……いや本当に酔っ払って録ったわけじゃないと思いますけど、なんだかそう聞こえて、ちょうどいいタイミングだなと。お酒についてというか、酔っ払い的なことはいつか歌いたいなと思っていましたし、多分5年前じゃ歌わせてもらえなかったと思うし、誰かに頼んで書いてもらうようなテーマでもないじゃないですか。だからこいつは自分で書くしかないなと思っていて、私自身もお酒が好きというか、誰かとお酒を飲んでる時間が好きで、なんで好きなんだろうって考えてみた答えがこの歌詞です。
――酔うのは好きなんですか?
夏川 酔うのが好きです(笑)。お酒の場が全部好きなわけじゃなくて、自分が遠慮なく酔える場が好きなんです。
――安心できる場ってことですね。
夏川 はい、私は1人では飲まないので。誰かに酔っ払った自分の言葉を聞いてほしいし、酔っ払った誰かの話も聞きたいんです。まさに“クサい台詞、吐いて、泣いて”ってグワーってなるのを誰かと一緒にしたい。
――お酒を飲み始めた当初からそうでした?
夏川 いえ、そうなったのはここ2、3年ですかね。
――据わった目で腹を割って話すとかじゃなくて、自分のガードが下がる感覚が楽しいんですよね。
夏川 あぁ、わかります。ちょっと張ってるカドが取れるというか、やっぱり普段は多少背筋を伸ばして、ちゃんとしなきゃって張っていた姿勢が一度崩れて、ノーガードで話せるというか、なんかこう……殻をむいた栗みたいな。甘栗むいちゃいました状態。お互いむいちゃいました状態になって、解散したら何も覚えてねえや!みたいなのがなんかいいなぁと。
――それは20歳くらいの、最近お酒を飲めるようになった人にはまだ伝わらないかもしれませんね。ウェーイ!ではなく、しっとりとも違う、人がダメになる時間を楽しむという。
夏川 そうですそうです。こういう場がないとやってらんねえよな!みたいな。やっぱり時々お酒を飲んで、自分がダメ人間なことを確認しないとな!みたいな。
――自分がダメ人間であることの確認は大事ですね。社会に出てちゃんとした仕事をこなしていくと、どんどん自分がちゃんとした人間になってくように錯覚しますけど、それが錯覚なんだという確認は必要だと思います。
夏川 「あたしなんか周りが思ってるほどしっかりしてないし、そんなに何もかも考えて生きてないし」とか言いながら、でも相手と「いやーでもあなたはすごいもの!」みたいに肩組んで支え合うみたいな。
――急に出てきたそれは誰なんですか(笑)。
夏川 こいつは一緒にお酒を飲んでくれる……だりむくってくれる仲間ですよ。あの、私は普段人を褒めるのが苦手なんですよ。自分的には褒めてるつもりでも、相手にとっては褒めになってない言葉って結構あるじゃないですか。例えば褒めるつもりで「かわいい」って言っても、「え?」って思う人もいるわけで。そういうことを考えちゃって、あまり素直に人を褒められないところがあって。
――この言葉は相手にとってプラスの言葉なんだろうかと。
夏川 そうそう、余計なこと考えちゃうんです。それで一歩引いて構えちゃうんですけど、お酒を飲むとそのガードが緩むというか、相手に対して思ってることを、良いことも、悪いことも正直に言えるようなところがあって、距離も縮まるなあって感じるんです。
――隠していたというより、気を使って言わなかったことが言えるようになる。
夏川 はい、そうだと思います。それを言い合うことで相手に刺さる言葉があったり、逆に向こうが気を遣わずに話してくれたことがすごく嬉しく感じたりするので、そういうやり取りでなんとか人生を耐え忍んでいる感じがして……。
――今話した内容をよくこんなに丁寧に美しい歌詞で書けましたね(笑)。
夏川 いやぁ……美しいですよね。これ、私の中では『スタンド・バイ・ミー』なんです。あの映画のエンディング後に、主人公が友人と飲みに行ってるんですよ。そういう曲です。
――「あの日の冒険面白かったよな」って話す大人がいるわけですね。
夏川 「あいつとこんな話したんだよ。でもどうよ今は?そりゃ小説家にはなったけどさぁ」って。最後お開きの頃にはベロベロになっていて、自転車操業みたいな人生だけど、一瞬だけでも前を向いて、それが意外と飽きないから生きてんだなぁみたいな。多分私の年齢からすると、ちょっと年寄り臭いこと言ってるなという自覚はあるんですけど。
――確かに『スタンド・バイ・ミー』だと聞く前から、主人公は男の子というかおじさんという印象は受けました。
夏川 私もそういうイメージで書いていました。この曲の主人公って、私からは遠い人なんですよ。私は職業的にも馴染みの場所でルーチンワークをこなしてっていう人間ではないですし。でもこの主人公はまさにルーチンワークの人なので、そういう意味では自己を投影しすぎずに書けたというか、ちょっと想像上で書いた歌詞だったんですけど、そこも表現として新しいことができたと思います。
――働く人を描く歌って世の中にテーマとして結構あると思うんですが、夏川さん自身はお好きですか?
夏川 いや、自分の好きな音楽でそういう曲は特にないですね。多分あまり共感できないからかもしれないです。私はルーチンワークが嫌で今の仕事に憧れて選んだっていうのもあって、そこに対しての賛歌にはそもそも共感しづらいんだと思います。
――では自分とのその共感しにくい人との間をベロンベロンが繋いでるというか。私にもあの人にもそういう瞬間があるのだっていう。
夏川 そうそう。そう思います。共感とかはしづらい人ではあるけど、理解したいとは思ってるみたいな心持ちではあります。
――そう考えると、今までの夏川さんの曲の中で一番マスに向けた歌かもしれません。「うわ、これ俺の歌だ」って感じる人数がもしかすると一番多いかもしれない。
夏川 そうなってほしいなと思って書きました。自分の信念の曲ではないけど、今まで私が伝えてきた考え方とかを理解してくれてる人にも、でも私だってこういうふうに思うこともあるよ、だりむくることもあるんだぜっていう面を見せて、そこに共感してくれる人がいたらいいなと。これがカップリングじゃなくて表題曲だったら、またちょっと違うアプローチで書いたかもしれないです。あとは声優とか夏川椎菜のことをまったく知らない人が聴いても刺さってほしいなっていうのは、ここ最近、「ササクレ」以降はずっと考えて作っていますね。だから確かにマスに向けてるかもしれない。
変わっていく表現と変わらぬマインド
――「ササクレ」をもって、一旦夏川さんのド真ん中にあるテーマは描き終えたというか、これ以上言葉は足さなくてもいいなという感じですか?
夏川 そうかもしれないです。「ササクレ」で語り尽くしたというか、あの曲がまだ私の中でかなり大きいところにあるというか。数年かけて書きたかったことのゴールに一度辿り着いた手応えがあるので、今新しい曲で「ササクレ」的なこと言おうとしても、どっちの曲にとっても良い結果にならないなとは思います。
――例えば数年後にもっと表現力や、物事の考え方が変わったときにもう一度立ち戻る可能性はありますか?
夏川 それは十分あると思います。やっぱり「ササクレ」はあのときの自分の最新の気持ちだけど、根幹は変わらないにしても、きっと細かいところで変化はしていくと思うので、そうなったときに何か書けそうだなって思ったら書くかもしれません。
――ちなみに冒頭でおっしゃってた草野さんと話してたという、「最近怒ったこと」ってなんだったんですか?
夏川 怒ったというか、悲しかったことみたいな話なんですけど。私は今まで生きてきて、自分の特技というか性質として、人のいいところをたくさん見つけることができるって自負してたんです。でもそれをすると、自分が苦しくなることがあって。人のいいところを見るほど、それが自分にないのが悔しくて辛くなるんですよね……だから最近人のいいとこを見たくなくなっちゃって……みたいな話をしてました。でも人のいいところを避けようとすると、自分が上から目線で物申せる物事ばっかり気にするようになって、それも嫌だなぁ……どう生きていったらいいんだっていう。
――これは歌詞で表現するとしたらとても難しい感情ですね。
夏川 細切れにしてちょっとずつ出していくとかならできるかも……とは思ってるんですけどね。
――1曲のテーマとするにはあまりにも巨大な山ですね。
夏川 ですね。もはや人生のテーマ。そんな話を草野さんとしました。いつかこの感情を曲にできるかは今の時点ではちょっとわからないですが、でも私の今まで書いてきた歌詞やブログで紡いできた言葉とかって、こういう感情が起源だったりするので、自分の考え方の核として向き合ってみたくはあります。
――今回も大変面白かったです。では最後に僕の質問のせいで語り逃したことがあれば、ご挨拶にかえて補足などしていただければ。
夏川 言いたいことは語り尽くしました!(笑)。ありがとうございます!
●リリース情報
夏川椎菜 7thシングル
「ユエニ」
5月17日(水)発売
【初回生産限定盤(CD+DVD)】
品番:SMCL-816~817
価格¥1,925(税込)
【通常盤(CD)】
品番:SMCL-818
価格:¥1,397(税込)
<CD>
01. ユエニ
作詞:夏川椎菜 作曲:草野華余子 編曲:eba, 岸田 (岸田教団&THE明星ロケッツ)
02. だりむくり
作詞:夏川椎菜 作曲・編曲:川口圭太
03. ユエニ (instrumental)
04. だりむくり (instrumental)
<DVD>
「ユエニ」Music Video
「ユエニ」TV SPOT 15sec+30sec
関連リンク
夏川椎菜 オフィシャルサイト
https://www.natsukawashiina.jp/
夏川椎菜 公式Twitter
https://twitter.com/Natsukawa_Staff
夏川椎菜 公式YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCSdVtmKcfuKTJ1C209-VnLA
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