1年半ぶりとなるアルバム『ケーブルサラダ』をリリースする夏川椎菜。作品を発表するたびにより強固な個性を獲得してきた彼女が、今回は1作まるごとノーコンセプトで独自の愛と自我を振り回す。
そしてその到達点で、5年前の自分に対してつけた「決着」とは――?

INTERVIEW & TEXT BY青木佑磨(学園祭学園)

「馬鹿なフリして聞いてみた」が結実した作家陣
――1年半ぶりのリリースとなる3rdアルバム『ケーブルサラダ』。本作はまずどのような取っ掛かりから作り始めたのでしょうか?

夏川椎菜 まず一番大きくは「ライブをやりたい」ですね。ライブをやるためにもアルバムを作ろうぜとなったので、明確にこういうアルバムにしようというのはなくて。

――クレジットを見るといわゆる専業作家ではないミュージシャン、バンドなどからの提供曲が過去作以上に多い印象を受けました。夏川さんご本人からの希望があって?

夏川 ほとんどそうですね。ライブに向けてアルバムを作るということ以外に縛りがなく作れたので、自分がやりたいことを優先して。今までのアルバムももちろんやりたいことは詰まっているんですけど、前作の『コンポジット』だと感情を軸にするという1つのテーマに沿って曲を絞っていたので。今回はみんなで歌えるシンガロングの曲をやりたいという希望があったくらいで、絶対にこういう曲をやらなきゃいけないというものがなかったんです。だから初めましての人に頼むときに、その方の色を出してもらいやすいかなって。

――「ちなみに感情がテーマなんですけど」と伝えた時点で向こうにとっての縛りになりますもんね。

夏川 好きで頼んでいるので自由に作ってもらいたいし、なるべくこういう意図で作りたいっていう情報は少ないほうがいいじゃないですか。なので大きなコンセプトのない今回は、お願いしてみたい人に「馬鹿なフリして聞いてみるか」がやりやすかったです(笑)。


――これは馬鹿なフリして聞きましたねえ、というラインナップが揃っております。アニソン業界ではあまりお名前を見ない方も多いですね。

夏川 私が好きで聴いている方たちにお願いしたので、かなり色が出ていると思います。

――それでは具体的な内容についてお聞きしていきます。「メイクストロボノイズ!!!」はHAMA-kgn氏作編曲、夏川さん作詞による楽曲。「ステテクレバー」などの流れを汲む尖ったサウンドとメッセージを感じました。

夏川 でも全然怒りって感じじゃなくて、むしろ清々しいぜ!という意味合いで歌詞は書きました。コロナ禍で声出しができないフラストレーションが溜まって、それが今どうやら解放されるらしいというタイミングで書きたいことを込めて。すごくいいものができたなと思っています。

――既に制限の渦中は過去のものとして描かれていて、そこから抜けられそうなこの先どうするかの曲であると。

夏川 そうですね。抜けた後にどう輝くかにフォーカスを当てた歌です。


――かつての夏川さんの「怒」の楽曲は、1つのことに怒っている最中に「そういえばあの件についてもさぁ!」と詰められている感覚がありまして。

夏川 めんどくさい女だ(笑)。「そういえば私あれも覚えてるからな!忘れてねーからな!」っていう。

――そういった全方向へのパワーを感じるんです。近年は鋭利な刃物になってきたというか、一方向に向けて明確な「これにはこういう問題があって、それに対して私はこう立ち向かう」という、的の存在が見えやすくなったように思います。その辺りの感情の発露についてご本人として変化は感じますか?

夏川 的を絞って書けるようになったのは、私の中で成長した部分なのかなと思います。歌詞を書くときに、2つや3つの要素を混ぜて1個にしていた曲も結構あって。だからこその複雑さが生まれて面白いと言っていただくこともあったんですけど、特にこのアルバムで書いた歌詞は「これを書きます」という1本がしっかりしてますね。ブレない、伝わりやすい歌詞が書けるようになったと思います。

――「この曲のテーマは?」と訊ねたら1曲1曲にちゃんと答えがありそうですよね。「メイクストロボノイズ!!!」の作詞作業はいかがでしたか?

夏川 一番作詞に時間がかかったのは多分この曲なんですけど、だとしても難産というほどでもなく。むしろ自分の中でちょっとした制限を付けながら書いたくらいの余裕が出てきていて。
サビでコールができるように文頭の言葉を先に決めたり、遊びながら作詞しました。

――先にやりたいことを決めてから書き始めたんでしょうか?

夏川 頭の中にいくつかやりたいことがある中で、曲を聴いて「これだったらやりたいことリストのこれが当てはまるな」というのを引き出す感じでしたね。試してみてハマらなければ別のパターンにしてみたり。今回はHAMAさんの曲を聴いて「これはもうこれですわ、やりたいやつありました」とスッと決まりました。

――やりたいことリストとは「コール曲」のような楽曲自体のこと?それともメッセージ的な部分でしょうか。

夏川 どっちもあります。この曲はコールやシンガロングがしたいという楽曲としての役割でしたけど、前のアルバムでできなかったこととか、他のアーティストさんを聴いているときに「私もこのタイプの曲を作りたい」と思ったこととか。それが頭の中にあってチョコチョコと使っているんです。今回の中だと「羊たちが沈黙」がそれに当てはまりますね。今回も1曲書いてもらっているやぎぬまかなさんがやっていた、カラスは真っ白というバンドがあるんですけど、その中に「フミンショータイム」という曲があって。眠れない夜がテーマの曲で、それがすごく好きなんです。私も眠れない日があるので、そのときに延々とリピートしているくらい本当に助けられているんですよ。
私もいつか眠りたい曲が作りたいって思っていたのを、今回この曲でやらせてもらった感じです。

――話に挙がった「羊たちが沈黙」は、「なぜこの音像でそのテーマを?」と思うほどにヘビーなサウンドになっていますね。

夏川 そうですよね、音としてはメタルな感じなんですけど。最初の「ネラレナイネラレナイ」って呪文みたいなところがあるじゃないですか。歌詞を書くってなったときに、あそこをまずどうにかしなきゃって思ったんですよ。何かインパクトのある、でもちょっと面白い……真面目に格好いいをやっても怖い感じになっちゃうし。

――本当の悩み事を言うと重くなりすぎてしまいますよね。

夏川 あまりかっこいいことがハマらない、私の中で「RUNNY NOSE」に近いというか。「RUNNY NOSE」は歌詞は格好いいけどタイトルで外した感じで、その路線だなと思ったときに、試しに「ネラレナイ」をはめてみたら「あ、良さそう良さそう!」って。最初に呪文のところから埋めた結果このテーマになっていきました。ワンコーラス分だけがデモで来ていたので、デモの段階でもうこの方向性で書いていって、途中でフルコーラスが届いたときに終わり方が「Zzz…」って眠りに落ちるのにピッタリなアレンジになってたんですよ。

――「不眠症の曲を作りたい」がやりたいことリストにあったんですね。


夏川 私が憧れたカラスは真っ白の「フミンショータイム」はすごく可愛い曲なんですよ。だから可愛い曲でやっちゃうと似てしまうから、こういうゴリゴリな曲だったら絶対に似ないしいいかなと。でもスピリットは同じで。

――可愛い曲だと語彙も似てきてしまいそうですが、結果サウンドに引っ張られて使われているワードもかなり特殊になりましたね。ラム(羊肉)とレム(睡眠)の言葉遊びであったり、これは筆が乗りそう。

夏川 乗りましたねえ。ニヤニヤしながら書きました。ラムもレムも歌詞で使うことはもう二度となさそう。眠りの象徴である羊を「ラム」っていうのも面白いなと思います。

――かつただぼんやりと眠れないのではなく、失言シーンのリフレインだったり自分由来の原因があって眠れないんですね。

夏川 私が眠れないときって大体そうなんですよ。10年前の失言シーンとか、ちょっとした黒歴史みたいなものを何故か思い出して(笑)。
最初は普通に「今日は失敗しちゃったな、うまくいかなかったな」みたいなところから、「そういえばあのときも、あのときも、あのときも……!」ってどんどん遡っていって、ネラレナイっていう。

――学業から遠ざかって20年経ちますが、未だに学校のことを思い出します。

夏川 あー!そうですよね!思い出すんですよ、思い出しても仕方ないのに!「なんであのときあの子にあんなこと言っちゃったんだろう」って、その子に会うこともないのに!


私の歌を聴いた人の何かを変えたくて歌っているけど、それが多くの人に認められるものではないのはわかっている
――カラスは真っ白の話になったので、やぎぬまかなさん作詞作曲の「消えないメランコリー」についても。

夏川 やぎぬまさんは『コンポジット』で「サメルマデ」という本当に格好いい曲を書いてくれて。私がソロで活動するってなったときに、音楽を勉強しなきゃと思ったんですよ。自分が好きな音楽ってなんなんだろうということがまったくわかっていない状況で、とにかく色々聴き漁っていく中で初めて「うわ、このバンド超かっこいい!」と思ったのがカラスは真っ白で。そこからずっと聴いていたので、言ってしまえば私が音楽を好きになった原点なんです。やぎぬまさんやカラスは真っ白の曲と比べても、「サメルマデ」はかっこいい方向のもので作っていただいたので、今回はゆるめでふわふわした可愛い系を歌いたいと思ってお願いしました。2曲デモをいただいて、どっちもすごく可愛くて迷ったんですけど、「消えないメランコリー」のほうが曲調は可愛いのに歌詞が結構すごいことを言っていて。そのアンバランス感、ミスマッチな感じが最高に気持ちがいいなと思ってこちらを選ばせていただきました。

――憧れのミュージシャンからの提供曲、ボーカルレコーディングはいかがでしたか?

夏川 やぎぬまさんに書いてもらった曲だから、歌うにあたってどうしてもカラスは真っ白のイメージが大きいから寄っていってしまいそうになって。でもそれだと好きなものの劣化版にしかならないじゃないですか。なのでレコーディングはかなり気を使って、ちゃんと自分の色を出すとか、自分で考えるというか、あえてカラスは真っ白だったらどう歌うかを考えずに挑みました。

――自分なりの歌い方はスムーズに見つかりましたか?

夏川 不思議なもので歌っていくと自分でやりたいことがどんどん出てくるので、それを全部詰めした感じですね。内容について詳しい説明を受けることはないんですけど、本当に好きなんですよ、やぎぬまさんの歌詞が。抽象的な部分が多くて、主語がない感じ。主観が誰なのかわからなくて、でもそこが不安定で面白い。

――にも関わらず、具体的な物品や風景が突然登場してリアリティが現れたり。

夏川 そうそうそう。多分こんな部屋なんだろうな、そのカーテンのこっち側にいるんだろうな、というイメージが膨らんで。歌詞というより小説のような楽しみ方ができて好きですね。

――自身の作詞だと歌の主人公であったり、歌う際の声のキャラクター設定がしやすいと思うのですが、こういった主観の薄い楽曲における歌い方はどのように決めていくんでしょうか。

夏川 基本的に読んで全然共感できない歌詞は変えてもらうので、そういう意味でいうと自分。キャラクターを据えるというのはあんまり考えてないかもしれないです。聴いた人の頭に情景が浮かぶように歌ってやろうとはあんまり思ってなくて、それはそれですごい技術とは思うんですけど、自分はそれじゃない気がして。あくまで音として楽しんでほしくて、歌も楽器の一個だと思ってるんですよ。

――夏川さんの作詞はあんなにも感情が乗っているのに、確かに歌は「音」ですよね。

夏川 あんまり好きじゃないのかもしれないです、「大好き」って歌詞があったときに本当に「大好き」って言うみたいに歌うのは。私が普段声優の仕事をしているが故に、どうしても情緒たっぷりに歌うとキャラソン感が出てしまうんですよ。それが自分の中の区切りとして、夏川椎菜の歌としてちょっと違うなと。あくまで音に乗せてるんですよ。バックの演奏とか、歌詞の子音とか母音とか、グルーヴを割と優先している。レコーディングのディレクションも「〇〇みたいに歌って」みたいなことを言われたことはなくて。

――夏川さんご自身もそうだし、チームの総意であると。

夏川 だと思います。話し合ったことがある訳じゃないんだけど。思えば最初から「もっと可愛く歌って」「もうちょっと感情入れて」みたいなディレクションをされたことは一度もないですね。

――夏川さんの歌は演奏に対して、欲しいピッチ感が来るんですよね。

夏川 ああー、そうですそうです。

――ドカンと吠えるように歌う部分も「ここは感情たっぷりで」というよりかは、一番歌詞にあった気持ちいいピッチとテンションが来ると言いますか。

夏川 そうですね、意識している部分だと思います。

――バンドからの提供曲ですと、かわむら氏(ポップしなないで)の「ライダー」についても。

夏川 こちらはコンペ曲なんですけど、そもそものコンペがかなり幅広いお願いの仕方で曲を集めていて。割と自由に書いていただいたんだと思います。気が抜けたような曲が歌いたいなというのがあって、脱力感はあるのに大きなことを言っている、このシュールな世界観がとても好きだなと。

――希望と諦観のバランスが非常に夏川さんぽいなと感じました。大きなことを言っていて希望的には聞こえるけど、そもそもがある程度のマイナスというか、色々なことを諦めた地点からのスタートというか。

夏川 あははは、確かにそうかもしれないです。サビの「これが世界を変える歌になるって だれが信じてくれるか」というのは、共感というか私の中でもやろうとしていることなので。私の歌を聴いた人の何かを変えたくて歌っているけど、たぶんそれが多くの人に認められるものではないのはわかっているというか。だから隙間産業ですよね(笑)。私の大好きな隙間産業を表している言葉だとすごく思います。

――100万人を救う歌はもう別でありますからね。

夏川 そうそう!100万人からあぶれた1人を大きく変えるって信じているんだけど、100万人から見たら「なんだこの歌」って思われてもおかしくないっていう。

――それでも何かが気になって、歩み寄って初めてわかることも多いじゃないですか。そういう人たちのための歌ですよね。コンペであることが意外なくらい、夏川さんの通奏したテーマに沿っているなと思います。

夏川 そうですよね。何か変なこと言ってるわ、って。早口すぎてわかんないわ、って(笑)。思われてるのはちょっとわかってる、みたいな感じです。

――先程もしていた歌い方の話ですが、いつもは声にトゲトゲを多く出すピーキーな曲も多いじゃないですか。対して「ライダー」は限りなく丸いですよね。

夏川 丸いですね。あんまりやったことのない、出したことのないところから声を出しました。

――可愛いとかふわふわとも違う、柔らかくて丸い感じ。

夏川 ちょっと年齢も下げたというか、あんまなんも考えてない感じというか。力を抜いて身体を伸ばして、お風呂に入ったときの第一声に近いかも。そういう脱力感で歌えた曲だなと思います。

――感情のバランスが難しそうで、少し強めに込めると急に重たくなってしまいますよね。

夏川 そうですそうです。バンドの音も割とシンプルで、複雑なコードが出てくる訳でもないし、歌が目立つんですよね。だからとことん抜いていかないとくどくなっちゃう。そこはバランスが難しいなと思いましたね。

――歌い方のチョイスがバンドマンでいう「音作り」のようで面白いなと感じました。「今回はこのエフェクターを使ってみよう」「イコライザーで高音を抜けさせてみよう」的な。

夏川 確かに近いかもしれないです。結構曲によって歌い方を変えるので。

ヒヨコ群もナメクジもノれるクラブミュージックを!
――続いて「I Can Bleah」について。カメレオン・ライム・ウーピーパイによる提供曲になります。

夏川 「馬鹿なフリして聞いてみた」人ですね。まだ楽曲提供はそんなにやっていないみたいですし。これは運命的な出会いがあって、そろそろアルバムを作るぜってタイミングでラフォーレ原宿に行ったんですよ。そこに私の好きなセレクトショップがあって、服を見てたらすっっっごい格好いい曲が店内で流れ始めて。「え!何この曲!?」って、ちょうどアルバム曲を選ぶタイミングだったから「クラブっぽいノリなんだけど親しみやすい、カートゥーン的な音が入っていてブイブイって感じじゃない、これだったらヒヨコ群でもナメクジたちでも気持ちよくクラブができる!」と思ったんです(笑)。

――怖がらずにEDMにノれるぞと。

夏川 そうそう、EDMで縦ノリ曲が私の曲では少ないので。ちょっとずつはあるんですけど、それだけでセトリを組めるほどはないというか。どうしても1個異質な感じになってしまうので、増やしたいとは思ってたんですよ。だから「これを参考にしたい!」と思ってその場で大急ぎでShazam(楽曲を聴かせると曲名を検索してくれるアプリ)をダウンロードして(笑)。もう曲が終わっちゃいそうだったから必死で「早く!早く!」ってなりながら最後のアウトロ5秒くらいでギリギリ検索が成功して。

――そこで間に合わなかったら今回の提供はなかったかもしれない。

夏川 本当にそのレベルで。それでカメレオン・ライム・ウーピーパイの名前が出てきたのでアルバムも聴いて、これはぜひと思ってそのままディレクターに「この人たちかっこいいです」と。ご本人に頼みたいというよりはこういうことがやりたいですって意味で話したんですけど、そこから馬鹿なフリして聞いてみることになって。そしたら快く受けてくださって、びっくりですよ。

――とはいえカメレオン・ライム・ウーピーパイは太いサウンドですけど可愛らしい曲も多いじゃないですか。その中で今回はキャッチーではありながらも、かなり気だるい質感のものが来ましたね。

夏川 そうなんですよね。具体的にこういう曲をという発注はしていなくて、自由に書いてもらって出てきたものが「I Can Bleah」なんですよ。可愛い曲も多くやっている方々ですけど、実は本来はこっちの方が得意らしくて。今までもラップっぽいものやメロにハマってないものに挑戦しようと思って曲を集めたこともあるんですけど、上手くハマらなかったりタイミングが合わなかったりでやってこなかったところを、ばっちりハメてくださったというか。「そうそうこういうのがやりたかった!」というものが来てありがたかったです。

――続いては「Bluff 2」。ワタナベハジメさん作詞、長谷川大介さん作編曲の楽曲になります。

夏川 結果的にこのアルバムの中では珍しい、ちょっとダウナーな曲になりましたね。どちらかというと『コンポジット』で作っていたものに近くて、でも渋めなんですよ。今までの若いロックをゴリ押してた感じから、ちょっと年齢層が上がって「しっかりしたロックをやろうとしている人たち」感がありますよね。腰を据えてロックに向き合っている感じ。

――以前のインタビューで「自分が作詞しない曲は、だからこその内容にしてもらいたい」という話を伺っています。この曲はまさしく夏川さんご本人は選ばないような言葉が並んでいますね。

夏川 ずっとお願いしているワタナベハジメさんに書いてもらって、だいたいいつもアルバム一枚につき一曲は担当してもらっているんですけど。

――夏川さんの裏主題歌担当って感じがしますね。本人が言わないことを言うという。

夏川 ですね。作り方や語彙の持っていき方は似てるんですけど、最終的に落ち着く場所が全然違う。だから私もすごく歌いやすくて、でも絶対に自分じゃ書けないなって思います。

――ワタナベさんの方が少し希望的ですよね。どんな道順を辿っても結論だけはひねくれないというか。

夏川 そう思います。ちょっと明るい方をちゃんと見ているというか。ちゃんと咀嚼して、明るいほうに持っていってから曲にしている感じがワタナベさんにはあるんですよね。私のほうは暗いことがあって、それを一旦歌詞にして、最後「ああでも、こういう考えもできるかな」くらいで終わる(笑)。自分の中で考えながら書いてるからなのか……。

――未整理で進んでいって曲の中で現状での結論を作る、というのは夏川さんの特色かもしれませんね。

夏川 ワタナベさんの歌詞はちゃんと自分の中で結論をつけた後の話が書かれている感じがあるので、聴いている人は安心できますよね。使い古された「希望を持ってね」という押し付けじゃないんだけど、ちゃんと希望の曲になっているというか。そういうタイプの曲は私には書けないんじゃないかなと思います。だからこれからもぜひぜひお願いしたいです。

――歌詞の内容についてオーダーはあったんでしょうか?

夏川 なんとなくの方向性だけお願いした感じですね。希望の曲にしたい訳じゃないけど、落ち過ぎるのも違うのかな、みたいな。本当にどっちつかずなお願いをしたと思います。デモの時点では歌詞の文字数が少なめだったんですよ。完成版ではかなり文字が詰まってるんですけど。弾数が少なめの大きく歌う感じだったので、私が歌うなら弾数多めでスタッカート気味になった方がいいなと思ってワードを増やしてもらいました。

――……歌詞の文字数のことを「弾数」って呼んでるんですね。

夏川 「玉数」なのか「弾数」なのか、それであってるのかもわからないですけど……多分周りの誰かの影響なんだと思います。

――言葉を武器として捉えていそうだな、と。

夏川 確かに!弾数って弾丸みたいだ(笑)。私は言葉が詰まっている方が気持ちよく歌えるっていうのもあるんですけど。

――言えることが増えるのはもちろん、増やすことで真意をはぐらかすこともできるじゃないですか。

夏川 そうですね、まだ大きい弾でドーンと歌うのはちょっと恥ずかしいです。まだやれてないことの1つですね。

――続きましては「エイリアンサークル」。かなり特殊な歌詞ですが、こちらはまずサウンドが先にあって書かれたんでしょうか?

夏川 作曲はいつもお願いしている山崎真吾さんなんですけど、デモの段階で山崎さんの仮歌と仮歌詞がついてたんですよ。それがすごい歌詞で。山崎さんは毎回世界観が本当に面白くて、RUSHのバスボムをぶち込んだ浴槽みたいな色になってるんです、仮歌詞が。泡と色とでグチャグチャになってて、でもポップで可愛いみたいな。みんなで聴いて爆笑して、それでもう虜になっちゃって。「この曲は絶対やろう!歌詞は変えるけど」となりました(笑)。それで自分で歌詞を書き始めるんですけど、どうにても元の歌詞がインパクトがありすぎて。「ガワが似てるだけの宇宙人♪」の「宇宙人」は結局そのまま仮歌詞から持ってきています。もう「宇宙人♪」が頭から離れなくて。これはもうダメだ、宇宙人の曲にするしかないやって、仮歌詞からスタートしました。

――仮歌詞からスタートしたとはいえ、めちゃくちゃ大事なことを言っている曲だと思いました。

夏川 そうなんですよ、良かった。

――「生まれ育った環境がそれぞれ違う以上、自分を含めて全員普通じゃない」ということを理解しておかないと、他人に苛立ってしまいますから。

夏川 私も自分でびっくりしたんですけど、最後まで書いたらなんかすごくいい曲になったなと思って(笑)。「なんかすごいいいこと言ってる気がする!」って。

――最後にこの一行が書けたお陰で突然いい曲になった、結論が出たことでメッセージが生まれた、みたいなことは稀にあるみたいですね。では最初からこういった内容にしようとは思わずに?

夏川 最初にワンコーラス書いたときはもっと酷かったです。「わかりあえるはずがない!私以外の人間全員宇宙人!だから知ーらね!」っていう、完全にシャッターを閉めた感じになってしまって。

――拒絶の歌だったんですね。

夏川 自分の分かり合えない人はシャットアウトします、さようならという曲だったんですよ。でも最後まで作るにあたって徐々に表現が柔らかくなっていって、ツンツン、デレ、ツンツン、デレデレみたいな楽曲になったなと。いいこと言えてるなと思います。

――他人は他人ということを前提に思っていると少し優しくなれますしね。

夏川 うんうん、こういうおふざけ感満載の曲じゃないと書けない内容ではあるなって。「人類皆兄弟!」みたいな、ざっくり言うと「みんな違ってみんないい」になっちゃうじゃないですか。それを真面目な楽曲でやったら「We Are the World」みたいになっちゃうし、私が言うのは変だなと。マイケル・ジャクソンが言うのと私が言うのとじゃ違うじゃないですか(笑)。

――マイノリティ側から見た世界の歌ですもんね。

夏川 あくまで隙間産業だから、これくらいぶっ飛んでる曲じゃないとハマらないんですよ。


「ファーストプロット」に決着をつける
――「コーリング・ロンリー」は作詞作曲・田口かやな (sympathy)、編曲・川口圭太という編成ですが、こちらはどういった発注で?

夏川 sympathyは元々私が好きで聴いていたバンドで、「高知県産、超絶無名バンド」って自らで名乗っている人たちなんです。すごくなんか、時化た海の前で女の子たちが制服着たまんまバンドしてる感じなんですよ。音とか曲とかが時化た海なんです、綺麗な海じゃなくて。

――想像上にある「いい感じの田舎」じゃなくて、リアリティのある日常の風景というか。

夏川 ガチの方の田舎ですよね。たぶん制服も可愛くないし(笑)。その青臭い感じがすごく好きで聴いていて。私は今年27歳になったんですけど、こういう楽曲はもう今を逃したらやれないんじゃないかと思って。バンドサウンドの中でもこういう……下手という意味じゃなく拙いというか……。

――表現方法が難しいですよね。演奏技術の話ではなくプリミティブな音楽というか、褒め言葉としての「インディー感」。

夏川 それが欲しいと思って、それは専業作家さんには発注できないじゃないですか。なのでこれも「馬鹿なフリして聞いて」みたら快く受けていただけて。デモを3曲くらい送ってくださったんですよ。しかも全部フルコーラスで、歌詞もついている状態で。その中から1曲選ばせてもらって、演奏も全部sympathyさんがやってくれているんです。編曲は川口圭太兄さんにお願いしているんですけど、元の雰囲気を壊さないようにお願いしました。

――逆にこのプリミティブさは、普段夏川さんのバックを務めている面々が演奏するのは難しそうですね。

夏川 そう!だから超楽しみなんですよ(笑)。絶対ディレクションしてやろうと思って、「若さが足りないんだよ若さがー!」って。「おじさん出てるから!」って言いたい。

――作られたノスタルジーでは意味がないですからね。

夏川 だから一番難しいんじゃないかと思います。雰囲気作りも含めてライブではどうしようかなと考えながら。ボーカルはあんまり考え過ぎずにスッとやりたいことをやって、それがレコーディングではよいと認められたので。

――「いつかいつか大人になっても」と言える最後の時期に歌えた訳ですもんね。

夏川 いつまでもちゃんとインナーチャイルドを持っていようと思ってるし、いつまでもガキでいようとは思ってるんですけど。でもやっぱり身体がどうしても、どんどん大人になっていくから。そこだけはどうしても抗えないから。

――27歳にもなると10歳下の人と自分との差がわかるようになるじゃないですか、何が違うのかが具体的に。子供から見た大人ってなんとなくぼんやり大人でしたけど、大人から見る子供は何故子供なのかがわかるというか。

夏川 そうですね。見ているものや使用しているものが明確に今の10代と私たち20代とで違うから、時代の変化がそのまま加齢に繋がっている感じがしますよね(笑)。

――悲しいことを言いますねえ。

夏川 TikTokの文化に馴染めないまま数年経ってしまいましたから。その数年でTikTokと馴染んだ子とは話が合わないんですよ。私たち自身は変わらないんだけど、時代が流れちゃってるから。触れてる最新が違うからそりゃ言葉遣いも違うし、物の見方も変わるよねっていう。若さってそういうところから来るんだよねって思いました(笑)。

――でも10代のリスナーが聴いても、20代の夏川さんからしても、自分のようなその上の年齢層でも変わらずに感じるノスタルジーが「コーリング・ロンリー」にはあると思います。この曲で描かれているものは普遍なんですよね。

夏川 そうですよね、どんな人にも学生時代があって。時化た海だか森だかで友達と遊んだ記憶があるんですよ。

――そしてに最後の曲は夏川さん作詞の「ラフセカンド」。こちらはどういった取っ掛かりから作られたんでしょうか?

夏川 リード曲を作るにあたって、お客さんと一緒に歌えるシンガロングの曲がほしいなと思って。色んな候補曲がある中で、たまたま作曲が田中秀典さんで編曲が川口圭太兄さんのものが来たので、自分の中では「ファーストプロット」を思い出してしまって。あれから大分時間も経って、自分の音楽や夏川椎菜としての活動すべてを通して色々と考えも変わってきて。あの時とは明確に変わっているからこそ、このタイミングでちゃんと「ファーストプロット」というものに決着をつけるのもアリなんじゃないかと思って、思い切って選びました。

――先行してリリックビデオがYouTubeで公開されてタイトルが出た際に、「セカンド」とつく曲が来たことに震えたんですよ。「うわ、結論を言われる!」と思って。

夏川 ふふふ(笑)。こちらは書いてすごくスッキリしました。多分今までも「クラクトリトルプライド」だったり「ササクレ」もそうだし、自分の中でちょっとずつ「ファーストプロット」に対してけじめをつけてた部分はあったんですけど、ようやくちゃんと言えたというか。

――1つ1つが結論の側面ではあるけれど、「ファーストプロット」と対をなしている訳ではなかったですもんね。

夏川 そうそう、心の中で決着がついた感じがしました。アンサーソングというとちょっと違うんですけど、今の自分の人生の考え方だったり物の見方を反映できて。「ファーストプロット」のときは完全に自分の歌、自分の経験を書いたドキュメンタリーみたいな歌だったんですけど、「ラフセカンド」に至るまでに自分の思いを抽出した上で、もっと世界を広げられる、隙間をちょっとだけ広げた感じ。それがちゃんとできてるって、自分は成長できてるって確認できるような作詞作業でした。



――小さな扉が開いていて、それに気付いた人だけは入っていいよってようやく言ってくれた感じというか。大いなる世界を愛せるようになった訳ではないけれど。

夏川 窓の外からみんなが見ていたものが、ちょっとだけ窓が開いていて「乗り越えられるやつだけ来な」って感じの(笑)。自分もその気持ちわかるからって、わざわざ窓から入ってきてくれるような人たちへの開き方ですね。

――愚問ではあると思うのですが、大きな心境の変化というよりはきっと積み重ねですよね。

夏川 そうですね、本当にそうだと思います。「ファーストプロット」からどれくらい経ってるんだろう……5年いかないくらいか。22歳くらいであれを書いて、この5年でまぁ本当に色々ありましたから(笑)。元々考えちゃう性格なので、5年分の寝られない日々を過ごしていたことになる訳で。

――マイケル・ジャクソンが歌うから「We Are the World」に意味があって、夏川さんのような一度は世を拗ねた人間が歌うからこの言葉に意味があるんだと思います。そんなことを言えなかった人が言えるようになったということ自体が、同じように言えない人にとっての希望になりますよ。

夏川 これを歌うのが、今まで一度でも「イェーイ!笑顔が一番!みんな笑顔になろうぜー!」って言ってた人だったら一気に説得力を失うじゃないですか。ちゃんと自分で考えて、自分に嘘をつかずにやってきたらこそ自分でこの歌詞が書けて、自分で説得力を持たせて歌えるんだと思います。自分でやってきた活動に嘘がなかったんだって改めて思えるので、これが書けて良かったですね。

――今までのすべてが「ラフセカンド」に説得力を持たせている訳ですからね。

夏川 今までずっと暗い曲ばかりを……めちゃくちゃ暗いというか「そんな卑屈にならないでよ~」「そんな考え過ぎても仕方ないじゃんねぇ」なんて思われそうな曲ばかり書いてきたので。だからこそ伝わるものがあるというか、そういう曲に興味を持って、共感してついてきてくれて人に対して贈る言葉としては最上級なんじゃないかと思います。

――きっとその言葉が誰かの人生のご褒美になると思いますよ。それでは最後に、読者の皆さまへメッセージをお願いいたします。

夏川 取っ掛かりとしては「ライブをやりたい!」というところから作り始めたアルバムなので、早くみなさんと一緒にライブという空間を作るのを楽しみにしています。ぜひアルバムを聴いてライブに来てもらえたら嬉しいです!

●リリース情報
夏川椎菜 3rd Album
『ケーブルサラダ』

■mora
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ハイレゾ/配信リンクはこちら

【完全生産限定盤(CD+BD+Goods)】

品番:SMCL-835~837
価格:¥9,900(税込)

【初回生産限定盤(CD+BD)】

品番:SMCL-838~839
価格:¥4,400(税込)

【通常盤(CD only)】

品番:SMCL-840
価格:¥3,100(税込)

<収録曲>
01. メイクストロボノイズ!!!
作詞 : 夏川椎菜 作曲・編曲 : HAMA-kgn
02. passable
作詞 : 夏川椎菜 作曲・編曲 : 川口圭太
03. ライダー
作詞・作曲・編曲 : かわむら(ポップしなないで)
04. I Can Bleah
作詞 : Chi- 作曲 : Whoopies1号, Whoopies2号 編曲 : CHAMELEON LIME WHOOPIEPIE
05. 羊たちが沈黙
作詞 : 夏川椎菜 作曲・編曲 : 川崎智哉
06. ユエニ
作詞 : 夏川椎菜 作曲 : 草野華余子 編曲 : eba, 岸田(岸田教団&THE明星ロケッツ)
07. Bluff 2
作詞 : ワタナベハジメ 作曲・編曲 : 長谷川大介
08. ササクレ
作詞 : 夏川椎菜 作曲・編曲 : 山田竜平
09. 消えないメランコリー
作詞・作曲 : やぎぬまかな 編曲 : めんま
10. エイリアンサークル
作詞 : 夏川椎菜 作曲・編曲 : 山崎真吾
11. コーリング・ロンリー
作詞・作曲 : 田口かやな(sympathy) 編曲 : 川口圭太
12. だりむくり
作詞 : 夏川椎菜 作曲・編曲 : 川口圭太
13. ラフセカンド
作詞 : 夏川椎菜 作曲 : 田中秀典 編曲 : 川口圭太

<Blu-ray>
「ラフセカンド」
・Music Video
・Music Video Making

<グッズ>
・スペシャルボックス仕様
・夏川椎菜書き下ろし短編小説集「ラフセカンド」
・着せ替えブックカバー
・フィルム風しおり3種
・オリジナルケーブルホルダー2種(ヒヨコ、パンダ)
・オリジナル缶バッジ3種

●ライブ情報
「LAWSON presents 夏川椎菜 Live Tour 2023-2024 ケーブルモンスター」
12/16(土)東京・立川ステージガーデン
12/17(日)東京・立川ステージガーデン
12/28(木)福岡・福岡サンパレスホテル&ホール
1/5(金)愛知・Niterra日本特殊陶業市民会館フォレストホール
1/13(土)兵庫・神戸国際会館こくさいホール
1/14(日)兵庫・神戸国際会館こくさいホール
1/21(日)神奈川・神奈川県民ホール大ホール

チケット料金:全席指定
グッズ付チケット:¥9,800(税込)(グッズ内容:コンパクトガジェットケース)
チケットのみ:¥8,300(税込)

ツアー詳細はこちら

関連リンク
夏川椎菜 オフィシャルサイト
https://www.natsukawashiina.jp/

夏川椎菜 公式X
https://twitter.com/Natsukawa_Staff

夏川椎菜 公式YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCSdVtmKcfuKTJ1C209-VnLA
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