通算1050勝という前人未到の記録を打ち立てた横綱・白鵬。7月24日に放送された『クローズアップ現代+』(NHK)では、「白鵬が語る 史上最多1050勝への道」と題した特集を放送。

彼の相撲人生を振り返った。

 そのなかで語ったデーモン閣下の言葉が、いま大きな話題を呼んでいる。

「感謝しなければならないのは日本人のほうでしょうと思いますよね。あれだけ相撲界が苦難のときに一生懸命屋台骨を支えて頑張ってきた白鵬にファンはああいう態度かよと。日本人はもうちょっと了見の広い気持ちで白鵬のことを見てやらないといけないと思うし、北の湖がいくら強かったからといって、負けてバンザイは出ませんでしたよ。イチロー選手がメジャーリーグでなにかやったときにブーイングが起きたら悲しいですよね? そういうことを思って相撲を見ていかなければいけないんじゃないかなと」

 知っての通り、白鵬はここ数年、相撲ファンからヒールのような扱いを受けるようになっている。それは、彼が圧倒的な強さを誇る横綱であるからということだけでなく、モンゴル出身の力士であるからだ。そんな差別的な振る舞いが許されるわけがない。

 番組内では、その象徴的な事件として、2013年の大相撲九州場所、当時はまだ大関だった稀勢の里との一番を紹介。この取り組みでは、稀勢の里が白鵬に勝利し、会場ではファンからのバンザイコールが起きるという異例の事態となった。そのときの白鵬の胸中を元横綱審議委員会委員で作家の内館牧子はこのように推し量っている。

「白鵬にしてみれば、あのバンザイっていうのはすごくショックだったと思うんです。
色々なことで日本のために、国技のために、損得抜きに頑張ってきたというのが実際あると思うんです。だけれども、『こういうときになるとバンザイなのか』というのはあったと思うんですね」

 こういった客席の反応について、番組のインタビューを受けた白鵬は寂しげな笑みを浮かべつつ「応援の仕方というのは、来ている人たちの思いがありますからね。双葉山関の言葉を思い出すんですね。『勝って騒がれるのではなく、負けて騒がれる力士になりなさい』」と語っていたが、先に引いたデーモン閣下の発言でも少し触れられているように、2010年から相次いで発覚した野球賭博や八百長問題で大相撲自体が存亡の危機に立たされていたとき、なんとか支えようと奮闘したのは、他ならぬ白鵬だったはずだ。そんな白鵬にこんな思いをさせていいはずがない。

 ただ、こういった差別に関する問題は白鵬だけのものではない。他の外国人力士にも向けられているものでもある。

 とくにひどかったのが、今年3月、モンゴル出身の大関・照ノ富士に対し、観客から「モンゴルへ帰れ」とのブーイングが浴びせられた事件だ。

 この大相撲春場所は、稀勢の里がケガを押して劇的な逆転優勝をおさめ、大きな注目を浴びたものとしても記憶に新しいが、その稀勢の里と優勝を争っていた大関・照ノ富士と関脇・琴奨菊との取組で騒動は起きた。

 左膝にケガを抱えた状況で臨んだこの一戦で照ノ富は立ち合いで変化、はたき込みで琴奨菊を破ったのだが、この内容を受けて観客は大ブーイング。「そこまでして勝ちたいんか」といった罵声が飛んだ。そのヤジのなかには「金返せ」「勝ったら何でもいいんか」というものに加え、「モンゴルへ帰れ」というヘイトスピーチそのものまであったという。


 たとえ取組の内容に不満があったとしても、「モンゴルへ帰れ」という差別ヤジが許されるはずがない。そもそも、照ノ富士にこれだけ強いヤジが飛び交ったこと自体に、差別的な側面がある。というのも、千秋楽で稀勢の里は照ノ富士に対し立ち合い変化を見せて勝利しているが、これには前述のような怒号は飛ばなかったからだ。

 また、この問題に関してはメディアによる報道もひどかった。照ノ富士と琴奨菊の一戦を報じたウェブ版のスポーツ報知は、なんと「照ノ富士、変化で王手も大ブーイング!「モンゴル帰れ」」と見出しをつけて報じた。

 ヘイトスピーチのヤジを好意的に受け止めているとも読めるこの見出しには批判が殺到。津田大介氏もツイッターで〈法務省がガイドラインとして「アウト」と示しているのにそれを否定せず(何なら肯定的な文脈で)見出しに使う報知新聞が一番アウトではこれ......。「美しい国」だよまったく。〉と苦言を呈するなどしていた。

 これを受けて報知新聞社は翌日、見出しから「モンゴル帰れ」の部分を削除。また、記事本文にある「モンゴルに帰れ!」「恥を知れ!」などのヤジ紹介部分も削除したうえ、29日にはウェブサイト上に〈大関・照ノ富士関の記事と見出しで、観客のヤジを記述した部分に、ヘイトスピーチを想起させる表現がありました。人権上の配慮が足りず、不快な思いをされた皆様におわびします。
〉と謝罪のコメントを出した。

 ただ、そもそも問題なのは、こういった出自を理由とした差別がはびこっている状況を放置している日本相撲協会だ。

 いや、むしろ日本相撲協会はそういった状況を積極的に後押ししていると断じてもいいかもしれない。その最たるものが国籍問題だ。

 白鵬は引退後も角界に残り一代年寄になりたいとしているが、日本相撲協会の規約には〈年寄名跡の襲名は、日本国籍を有する者に限ることとする〉とあり、その障壁が横綱を苦しめ続けている。この問題はメディアでもしばしば議論となっているが、日本を代表する国技が、その大変な功労者である白鵬に対しこのような排外主義的な姿勢を取り続けることに疑問の声をあげる人は多い。

「週刊新潮」(新潮社)17年8月3日号には、その規則をもち出し、白鵬に特例もかたくなに認めない理由として、「モンゴル勢に日本相撲協会が乗っ取られかねないと危惧したからです」とのコメントを北の湖前理事長に近かった人物からとっている。本当にそのような保身的な理由なのだとすればあんまりだろう。

 前述した『クローズアップ現代+』のなかで白鵬は、これからの相撲人生についてこのように語っていた。

「大相撲のおかげでここまで皆さんに愛されることができたし、その恩返しをしなければいけない。自分の国と、自分の両親、家族を愛せなかった人は、他の国の人々を愛せないと思うんですよね。モンゴルという国を私は愛しているからこそ、日本の大相撲でここまでがんばれていると思うし、そして、この国の人々に愛され、自分も愛していると思うんですよ。
できるだけ長く、横綱を務めることが国の架け橋、また、世界中の相撲ファンのためであるのかなと思いますね」
 
 そもそも愛国心をもたなければならないとも思わないが、愛国心と排外主義をはきちがえたような差別思想は、一部の相撲ファンだけの問題でなく、現在日本中に蔓延しているものだ。白鵬の言葉も、デーモン閣下の言葉も、相撲界だけの問題と片づけるのでなく、いま日本を覆う排外主義や差別についてあらためて考え直す契機としたい。
(編集部)

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