ロシア・サッカーW杯での活躍も記憶に新しい本田圭佑が、フリーのスポーツライター・金明昱氏のインタビューに応じた記事が、大きな話題になっている(外部リンク:Yahoo!ニュース個人「独占告白!本田圭佑から届いたメッセージ~朝鮮学校訪問の理由、愛国心とは、日本人であることとは~」https://news.yahoo.co.jp/byline/kimmyungwook/20181011-00100025/
本田はW杯閉幕直後の今年7月19日、サプライズで神奈川朝鮮中高級学校、横浜朝鮮初級学校を訪問していた。金氏が「その本心を知りたくて、取材を申し込んだ」ところ、直接会うのは難しいが書面でのやりとりでインタビューが実現。
そこでの本田の発言が、いま、ネット上で大きな反響を呼んでいるのだ。たとえば金氏から「本田選手にとって『愛国心』とはなんでしょうか?『国籍、民族、人種』とはなんでしょうか」と聞かれた本田はこう応えている。
「家族を愛することと近いかなと。自分の国を家族と思えることが愛国心かなと。ただ問題なのは自分の国しか愛せないこと。それは悲しいことだし違うと思う」
さらに、国際関係における日本と政治家が果たすべき役割についての見解をたずねられ、こうはっきりと語っている。
「すべてにおいて簡単なことではないですが、結果から言うと世界を平和にすることではないでしょうか? 国益だけを考える政治家は、今後は必要とされなくなっていく時代になると思います」
ネット上では〈本田さん、カッコいいな〉〈ほんと素晴らしい〉〈この本田圭佑の考え方は正しいと思います〉と絶賛の声が相次いでいる。芸能人やスポーツ選手が政治的な話題に言及しただけで、ネット右翼から攻撃され、炎上に追い込まれてしまう昨今、本田圭佑がここまでまっとうな発言をしたのは、正直、本サイトも驚いた。ぜひ、金氏によるインタビュー全文を「Yahoo!個人」でお読みいただきたい。
そもそも本サイトは、本田に対して、若者世代の自殺が多いとのニュースについてTwitterで〈他人のせいにするな! 政治のせいにするな!!〉と説教するなど、成功したトップアスリートにありがちな「強者の論理」を無自覚に発信してしまう「自己責任論者」のイメージを抱いていた。
しかし、W杯直前にオキュパイ運動の理論的支柱であるデヴィッド・グレーバーによる“反資本主義”の書『負債論』を紹介するなど、最近、少しずつ社会的弱者やマイノリティに対する意識が変わってきたのか、と感じていたところで、朝鮮学校訪問と今回のインタビューでの発言。
とくに、本サイトが最大級に評価したいのが、本田の朝鮮学校訪問それ自体と、今回のインタビューのなかで、そのことについて正面から答えていたことだ。
前述のとおり、本田はW杯が終わってまもなく、自身の移籍や社会活動などの多忙の合間を縫って朝鮮学校を訪問した。親交の深い名古屋グランパス時代のチームメイト・安英学(元サッカー北朝鮮代表)との縁で実現したというが、この訪問は新聞などのメディアにも、生徒たちにも事前に告知はなかった。当日、サプライズで登場した本田は、生徒たちからは大歓声で迎えられたという。
●右派政治家、ネット右翼…日本中から激しい差別と攻撃を受ける朝鮮学校
しかし、いくら朝鮮学校出身(東京朝鮮中高級学校)の安との親交が深いといっても、「国の威信をかけて戦う」「サムライブルー」などとナショナリズムが扇動されるサッカー代表の中心であった本田が、しかも「朝鮮学校」という日朝関係の影響で日本中から差別と攻撃を受けている場所を訪問するというのは──こういうことをあえて強調したくはないのだが──周囲から様々な「リスク」として捉えられたであろうことは、想像に難くない。
周知の通り、朝鮮学校は朝鮮総連の影響を受ける民族学校で、長いあいだ根強い在日差別に晒されてきた。しかも、近年は日朝関係の悪化で、より激しい差別や攻撃を受けるようになった。
きっかけは、北朝鮮のミサイル、核開発や拉致問題だった。90年代に北朝鮮が最初のミサイル発射実験をすると、朝鮮学校の女子生徒のチマチョゴリが切り裂かれるなどの傷害事件が発生。さらに2002年、拉致問題がクローズアップされると、生徒への暴行や脅迫などが増加した。
以前は、そうした朝鮮学校差別を批判するような論調もあったが、2000年代以降はその声がどんどん小さくなり、逆にネット右翼や右派メディアによる朝鮮学校攻撃や在日差別がどんどんエスカレートしていった。
さらに、近年は、行政までが差別に加担するような状況になっている。第二次安倍政権下では、朝鮮学校を高校無償化対象から除外すると表明。北朝鮮ミサイル問題を煽る安倍首相のもとで、各自治体による朝鮮学校への補助金停止が相次いだ。
そうした政治姿勢に引きずられ、さらに、ネット右翼、メディア、世論が一体となって朝鮮学校を攻撃する状況になっているのだ。しかも、その攻撃は朝鮮学校だけでなく、差別を批判する冷静なメディアや著名人にまで向けられるようになった。
少しでも、朝鮮学校を擁護する(と受け止められる)言論は真っ先に非難・攻撃の対象として、「スパイ」「反日」などとレッテルを貼られるようになり、日弁連などが朝鮮学校に対する補助金停止に反対する声明を出すと、ネット右翼を中心に弁護士に対する懲戒請求が連発された。
そういう意味では、芸能人やスポーツ選手が朝鮮学校について擁護的な発言をすることは、ほかの政治的発言以上に完全にタブー化している。
そんななかで、本田は朝鮮学校を訪問し、しかも、その真意を隠すことなく、インタビューで語った。朝鮮学校の生徒たちに一番伝えたかったことを尋ねられて、こう述べている。
「僕が一番伝えたかったのは、両国の間に歴史として様々な事があったとしても、僕らが人である限り、“仲間”になれるんだ!ということを伝えたかったんです。そして少なくとも僕とヒョンニン(安英学)はそういう関係だということを伝えたかった。そして朝鮮学校を訪問することで、間接的に日本人にも同じことを伝えられればという想いがありました」(前掲の金氏によるインタビュー記事より)
●本田が発した「日本人への」反差別のメッセージも、マスコミは一切無視
本田の朝鮮学校訪問は、政治の都合に巻き込まれている生徒たちだけでなく、「日本人」へのメッセージでもあったのだ。
しかし普段は本田の言動やそれに対するネット上の反応など仔細に報じるテレビや全国紙が、この本田の朝鮮学校訪問とそこに込められた本田のメッセージを報じる様子はない。W杯直後という最も注目を集めていたタイミングだったにもかかわらず、本田が朝鮮学校を訪問した7月、その事実を報じたのは中央日報など海外メディアや一部のネットメディアだけで、全国紙やテレビは一切触れることはなかった。今回のインタビューでの発言についても、今のところ同様だ。
本田の声は、硬直した日本のマスコミに届くのだろうか。
(編集部)