人々の心に感慨と感嘆を与える言葉を集めた「名言集」。歴史上の偉人や芸能人、政界人、アニメにマンガ、果ては史上まれなる凶悪犯罪者の名言をまとめたものまで、その種類はさまざまだ。
それは、『ラノベが教えてくれる仕事で大切なこと 萌えよ!日常 明日を良くする知恵と勇気と力をくれる名言45』(市川スガノ/こう書房)。これはいわゆるライトノベルの作中で、登場キャラクターが口にした名言をまとめたものだ。しかし、タイトルの仰々しさが虚しくみえるほどに"ラノベなんて読むのは子どもかオタクくらい"という意見が大多数だろう。そんなラノベから名言など生まれるのだろうか? まずは、同書に載っているものからいくつかピックアップしてみよう。
●「年季だけが強さじゃねえ。若者には若者の強みがあるぜ」
6人の勇者たちが集うと予言された世界。ところが現れた勇者は7人もいて、誰が偽者の勇者なのかはわからない──というファンタジー作品『六花の勇者』(山形石雄/集英社スーパーダッシュ文庫)から。若さ故に実力を侮られた主人公が、咄嗟に切り返した台詞だ。
●「死んだのならば、死んだなりの生き方がある」
これは『犬とハサミは使いよう』(更伊俊介/ファミ通文庫)の台詞。同作は読書狂の主人公が強盗に襲われ死んでしまったものの、なぜか犬として生まれ変わり、しかも人気の美人作家の飼い犬になってしまうという奇想天外な設定のラブコメディだが、この台詞は主人公が犬として生きる覚悟を示したものだ。
●「大事なのは『なにをやりたいか』だろ?」
魔族に対抗する魔法使いの学園で、規格外な力を持ちながらも事情により劣等生として暮らす主人公の日々を描いたバトル小説『黒き英雄の一撃無双』(望 公太/HJ文庫)に登場した一言。
どうだろう。実は、この本に載っているのは、こうしたアツ(苦し)い言葉のオンパレードなのだ。意外かもしれないが、「オタク」界隈の人々に親しまれているラノベだからこそ、直接的な言い回しや普通に聞いたらちょっとクサく感じるような「格好いい」台詞を、自然と忍ばせることができるのかもしれない。そういう意味では、困難に直面した時に自分を勇気づけたり、勉強や仕事でやる気を出すために使える言葉は、ラノベのなかに結構あるといっていいだろう。
しかし! これらは残念ながらラノベのほんとうの素晴らしさを伝えているとはいいがたい。同書の名言のセレクトは「仕事に役立つ」という視点に立っているからか、どうも経営者や偉人の名言と大差ない気がするのだ。2014年現在、出版されているライトノベルは10,000作品以上ともいわれている。もっとこう、ラノベならではな、ダイレクトに心に響く金言があるのではないか。
そこで、この名言集には掲載されていない知る人ぞ知る作品のなかから、これぞラノベの名言と言うべき筆者選りすぐりのものを紹介しよう。これこそが、ほんとうの意味で"知恵と勇気と力をくれる"ラノベの名言だ!
●「失礼な! 365度どこからどう見ても美少年じゃないか!」
テストの点数に準じた強さをもつ「召喚獣」を使って戦い、勝てば上位クラスの質がいい設備を手に入れられるというルールが取り入れられた学園で、最下位クラスの主人公が仲間たちと下克上を果たすコメディ作品『バカとテストと召喚獣』(井上堅二/ファミ通文庫)。そこで学年最下位の「バカ」である主人公が口にした台詞。ご存知のとおり、角度は最大で360度。
●「お金持ちはプライベートジェットやプライベートビーチなどを持ちたがる。常にプライベートタイムであるぼっちは人生の勝者、つまりぼっちはステイタスというべきだ」
これはひねくれものの主人公と学園一の秀才であるヒロインが、「奉仕部」として生徒たちの悩みを解決する学園ラブコメ『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(渡航/ガガガ文庫)に登場する一言。確かにセレブな人々はやたらと「プライベート」と名のつくものを持っている。ならばプライベートタイム......一人の時間が多い"ぼっち"な人間もまたセレブとは言えるのでは? 友達がいない人間の僻みに見えなくもないが、結婚して家庭を持ったり、友人たちと頻繁に宴会を開いたりといった人々と比べて、金銭的にセレブなのは......ひとまず間違いないだろう。
●「まったく、小学生は最高だぜ!!」
子どもは大人と比べて、学習能力や適応能力が高いのはご存知だろう。この台詞は高校に入学しバスケ部に入った途端に、部長のロリコン疑惑で部の活動が出来なくなった主人公が、何の因果か女子小学生のバスケコーチとなる『ロウきゅーぶ!』(蒼山サグ/電撃文庫)の作中で、前述の意味で口にしたものだ。しかし、前後の文章を削ってこのフレーズだけをピックアップすれば、まるでロリコン宣言のようである。実生活でも、他人の言葉の1フレーズだけを憶えていたがために、意味を取り違えてしまうこともままあるだろう。そんなときはこの名言を思い出して、自分の理解が本当に正しいのかを見つめなおしてみては?
●「友達作りに必要なもの──それは演技力だ」
友達とは、意識せずとも自然とできるもの。
●「決して《足りない》のではなく、慎みと奥ゆかしさを持った......そう、淑女の証明ということじゃね。つまり我々のは淑乳とでも名付けられるべき善いもの」
フィクションでも現実でも「胸が小さい」というのは女性にとって大きなコンプレックス。そこで『C3 ─シーキューブ─』(水瀬葉月/電撃文庫)に登場したこの台詞を、今回のラノベ名言のラストを飾る一言として紹介したい。この作品は人の負の思念を浴び続け、人の姿になった道具たち(美少女)と暮らすことになるというラブコメディ。登場するヒロインの何人かは胸の小ささに関する悩みを持っているが、そこで飛び出たのがこの超理論。慎みと奥ゆかしさは、どちらも日本の美意識において魅力となる要素だ。だから胸が小さいのも、欧米のように自己主張が激しくない、日本女性特有の魅力なのである......ということだ。
いかがだろうか。......ぐっとくるどころか、むしろ眉をひそめたくなる? 確かに、そのとおりかも知れない。しかし、かの手塚治虫はこんな名言を言い残している。
「漫画とは大人が眉をひそめるようなものでないといけないんです」
これは漫画にだけいえることじゃないだろう。人類の歴史では常に、常識的な大人たちが眉をひそめ、鼻で笑い、不謹慎だと怒り始めるような発想こそが、新しい時代を切り開いてきたのである。この、一見どうしようもないラノベの言葉もきっと、ビジネス書や自己啓発本からは得られない新たな価値観や発想を与えてくれるはずだ。まあ、それがあなたに必要なものかどうかはさだかでないが......。
(ちぐまや)