29歳男性の半分は童貞、異性に関わることを「面倒」「嫌悪」と回答した男性は30.4%――。新聞などで「日本男性の絶食化」と大々的に報じられた日本家族計画協会の調査が、間違いであったことが判明し話題になっている。
本当に日本人男性は「セックス離れ」しているのだろうか。40歳以上の性交未経験者への丹念なインタビューを試みた『ルポ 中年童貞』(中村淳彦/幻冬舎)を見ると、事態はそう簡単なものではないことを認識させられる。
たとえば、秋葉原のシェアハウスに住んでいる、32歳の男性。高校を中退して引きこもり、一念発起して上京したものの、人付き合いが苦手で、女性との接点は「二次元だけ」。特定のアニメの主人公を好み、いわゆる「処女信仰」も持っている。とはいえ、「オタクの男が現実の女の子と付き合っているのを眺めると本当に羨ましいなって思う。僻みですね。なんであんな奴に彼女がいるの、って」と語っているところを見ると、生身の女性に興味がないわけではないのだろう。
「女の人と話すときは壁を作って、なにも話せない。
一方でリアルな恋愛が、「童貞」の理由になることもある。某塗料メーカーの研究室に勤務する34歳の男性は、人付き合いが苦手で、現在の職場でも「一流大学院卒の高学歴だからイジメに遭っている"と思い込んでおり、友人と呼べる人もいない。
学生時代には好きな女性に告白したが、「無理」とたった一言でふられてしまう。そしてその辛さから逃れるために、リストカットを繰り返し、彼女が別の男性と楽しそうに歩いている姿を見た時には、大学の校門で首と手首を切り、精神病院に入院。
その苦い経験があるからか、次に好きになった相手にはアプローチすることなく、ただただ日記に彼女との交際の様子をつづり、妄想を膨らますだけの日々を10年以上送っていたという。
「僕は現実的には童貞なのですが、恵子さんと何度も何度も抱き合ったりしているし、童貞って気がしない。だから童貞を捨てたいとか思わないし、風俗とか興味ないし、別にこのままでいいかなって思っていますね」
著者の中村氏は、塗料メーカー勤務の彼のような高学歴の中年童貞を、勉強という成功体験がありつつも、コミュニケーションという壁に幅まれ、女性からは排除されていると指摘。「学生時代の同級生たちの多くは社会の上層で生きているので、"自分も本来はこんなはずじゃない"と現実的なプライドが高い。それなのにうまくいかない人生に深く悩むのか、自傷に走る傾向」とも分析しており、高学歴な中年童貞が生きづらくなる社会構造にも暗に触れている。
また、いまやネット上のあちこちで見かける、男性による「女叩き」にも懐疑的な目を向ける必要があるだろう。
「本当は女性と話したり、普通に結婚したりしたい。けど、絶対に受け入れてもらえないから、男性性を捨てる自傷行為として性同一障害に逃げているんです」
彼は「既成事実を作るために」男性とセックスをしたり、自らハッテン場と呼ばれる同性愛者の出会いの場に足を運んだりしている。ここにも大きくゆがんだ自己嫌悪を感じずにはいられない。
この3人のケースを見た限りでも、「童貞」といえども、抱えている事情や感情がまったく異なる。一見、「女性嫌い」と言っていても実は誰よりも女性からの愛情を求めていたり、「二次元好き」と言ってもリアルな女性に憧れている。一方で、これらの3人とは異なり、「女性との会話は好きでも、性的な行動が苦痛でしょうがない」という男性もいるだろう。
性という極めて個人的な問題が、社会問題として遡上に乗せられたとたん、「性的行動が苦痛な人」「本当は女性を求めている人」と細かな事情や背景が抜け落ちてしまっているのではないか。大きな数字だけを見て「絶食化」「セックス離れ」と騒ぐことは、"童貞"と一括りにされた人を傷つけ、社会から孤立させるだけなのではないかと危惧するのである。
(江崎理生)