グレタさん攻撃で炎上した登山家・野口健の過去は事実だった!「15歳のシェルパの娘と“児童婚”して離婚」「猫を空気銃で射殺」 

 2年後、エベレスト敗退の後、野口氏はカトマンズのラムの親戚の家に連絡を入れ、親族会議の場で切り出した。

〈「実は、ラムと別れたいのです」
 親戚の人たちは、僕と結婚してからペンパー・ラムの人格が変わっていしまったことを知っていた。彼女は都会での生活に慣れ、もうルクラのシェルパ社会では生活できなくなってしまっていた。
 ラムの兄は言った。
「ラムはもうルクラの村には戻ってこれない。日本にも連れて行ってもらえない。ケンと別れて、彼女はこの先どこで暮らしたら良いのか」
 その通りだった。僕は彼女の人生を根本から変えてしまっていた。責任は大きかった。
「何とか考え直してもらえないだろうか」
 彼らの意見は一致していた。
 彼らの横で、ラムは一人泣いている。
 これは全部自分が招いた結果なのだ。〉
〈親族会議は3日間続いた。親族は僕とラムが別れることに反対だった。
 だが、僕の意思は固かった。
 最後は慰謝料をめぐっての金銭的な交渉となり、僕とラムの離れ離れの結婚生活は2年余りで終止符を打つことになった。〉

 一応、『落ちこぼれて~』には野口氏なりの“自責の念”が書かれているように思うかもしれないが、2017年のある対談記事を読むと、そんな印象もガラリと変わる。編集者・島地勝彦のインタビューに答える野口のセリフは、あまりにも軽薄だ。

「エベレストに登る前、体を高地に慣れさせるために、シェルパの家に寝泊まりしていたことがあって。向こうの家では、朝早くに女性が水を汲みに行き、火をおこしてお茶を淹れるところから一日が始まります。部屋は一つでみんな雑魚寝ですから、その様子を寝ぼけながらボーッと見ていたんですね。
 その家では、朝の水汲みは、当時15歳くらいの女の子の仕事で、甲斐甲斐しく働く様子にグッときて、山の上で、お父さんに『あなたの娘にホレちゃったかも』といったら、『そうか、じゃ、下りたら持っていけ』と。高地で意識がふわふわしている状態で、こっちは冗談のつもりでしたが、それが大問題で。」
「ぼくも数ヵ月ごとにネパールに行ってました。でも、山奥の生活に比べるとカトマンズは大都会で、それなりの不労所得も入るものだから、会うたびにどんどんケバい女になっていくんですね。しかも、他に男ができたような雰囲気もあり、しばらくしてその関係は終わることになります。そんなわけで、今の結婚が1回目なのか、2回目なのか、説明するのがややこしいんです。」(「現代ビジネス」2017年8月13日)


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