4月3日、民法の改正案が閣議決定されました。 これにより今後、新たに導入される見通しなのが、いわゆる「デジタル遺言」。
多くの人にとって、遺言書は「それほどの財産はない」「いつか書くにしても今ではない」といった、ハードルの高いイメージがあるかもしれません。しかし、相続を巡っては家族間だけでなく、社会全体にも深刻な影響を及ぼす問題があり、“遺言書を多くの人に書いてもらいたい”ということが背景にあるようです。
しかし、デジタル化で全て解決する問題かというとそうでもなく、さまざまな課題もあるということです。「デジタル遺言」とはなにか、岡川総合法律事務所司法書士・岡川敦也氏への取材を踏まえて解説します。
デジタル化のメリットとは
現在の遺言書制度は、主に3つの種類がありますが、実質的には「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類が主流となっています。「秘密証書遺言」は、制度としては存在しますが、ほとんど利用されていません。
■自筆証書遺言
「自筆証書遺言」は、紙とペンさえあればコストもかからず手軽に作成できるのがメリットです。しかし、その手軽さゆえ形式不備による無効が多く、自宅保管による紛失のリスクも拭えません。
■公正証書遺言
「公正証書遺言」は、公証人が立ち会って作成し、公証役場に原本が保管されるもので、安全性や確実性は極めて高いといえます。しかし、作成には数万円程度の費用がかかるほか、実際に公証役場へ足を運ぶ手間がかかります。
そんななかで新たに導入が検討されている「保管証書遺言(“デジタル遺言”)」は、この両者の“いいとこ取り”を狙った制度です。
■パソコン・スマホ作成OK
→書き換えも容易
■オンラインで送信可能
→自宅で完結
■ハンコ不要(今後は直筆証書も)
その一方で、安全面についても、法務局が管理するため紛失のリスクがなく、フォーマットなどで不備チェックもすることもできます。
「なりすまし」防ぐには?
「より手軽に、より安全に」はなりますが、デジタル化で不安なのが「なりすまし」。この危険性はどうなのでしょうか。
司法書士・岡川敦也氏によると、この懸念に対し、マイナンバーカードの活用が検討されています。ICチップに内蔵されたパスワードを用いた「電子署名」の技術により、本人の意思による文書であることを証明するということです。
さらに、これだけでは不十分ということで、法務局担当者と面談をして「本人確認」「遺言内容の読み上げ」(オンラインも可能へ)を行うことが検討されています。
■デジタル遺言では「検認」不要に?
また、デジタル遺言には実務上の大きなメリットもあります。通常、自筆の遺言書が見つかった場合、家庭裁判所での「検認」という手続きが義務付けられています。“デジタル遺言”では法務局に預けた段階でこの検認が不要となるということです。
“相続争い”防止のためだけではなく…
なぜ今のこのタイミングで、“デジタル遺言”ができるようにしようとしているのでしょうか。
相続といえば、「相続争いが激しいため、それを防ぐためなのか」とイメージされるかと思いますが、それだけではなく他にも目的があります。
■背景に「遺言書の準備率の低さ」
まず、「遺言書の準備状況」を調査したグラフを見ると、約8割の人は「作成していない」あるいは「作成するつもりもない」ことがわかります。「すでに作成」した人はわずか3.4%という回答でした。
「それほどの財産を持っていないし…」という理由で遺言書に手をつけていないという人もいるかもしれませんが、どうやらそういうわけにもいかないようです。
土地も2つあれば、2人いても分けられます。しかし土地1つで、貯金もわずかしかないという財産が少ない人ほど揉めるようです。「うちは大丈夫」という過信が、残された家族に深刻な対立を招くきっかけになりかねません。
なぜ遺言書を広げたい?背景に社会問題
社会問題も背景にあります。その一つは「老老相続問題」。遺言書がないと、原則として相続人、例えば子どもが何人かいたら、その全員での協議と同意が必要になります。
いま亡くなる人が90代としたら、相続する子も70代などの高齢です。認知症の相続人がいる場合、その人の同意が得られたことにはならないので、協議が成立しないのです。そうなると「成年後見人」を付けるしかありませんが、成年後見人は今の制度では「一度頼むと実質的に終身付いてもらう必要がある」ため、毎月2万円~6万円ほど負担することになります。
核家族化で「相続人いない」ケースも
そして、「子ども(相続人)がいない」ケースも増加しています。相続の順位は配偶者は必ず相続人「子ども」「父母・祖父母」「兄弟・姉妹」です。現在、核家族化でこのような相続人がいない、いても見つかりにくい、あるいは疎遠ということで、財産や不動産が宙に浮いてしまうリスクもあります。
■「所有者不明の土地問題」も
さらに深刻なのが「所有者不明の土地問題」です。
登記が適切に行われないまま放置された土地の面積を合算すると、なんと九州の面積に匹敵する規模に達しているといいます。これが再開発や震災復興の大きな妨げとなっているのです。
課題と懸念
ただデジタルも万能ではありません。形式不備による無効(日付けがない・名前がない・連名になっているなど)は防げても、内容面の不備はデジタルになっても防ぎようがありません。
例えば「全財産を長男に」と書いたとしても、ほかの相続人にも「遺留分」という法律で決まったものがあります。これを防ぐには、結局、司法書士・弁護士などプロに頼むと、コストがかかります。
■「動画撮影による遺言」は…AIと判別不可能?
今回の議論では、より手軽な手法として「動画撮影による遺言」も検討されましたが、AIによる生成動画の判別が困難であることから、現時点では採用が見送られました 。
デジタル遺言の運用開始は、早ければ2028年度ごろになる見通しです。これを機に「自分たちの意思をどう残すか」について、家庭内で話し合うきっかけにすることが大切だといえるでしょう。

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