デジタルとアナログを巧みに融合させつつ、Adoの歌声が紡ぎ出す壮大な世界観を静謐さと躍動感が同居するアニメーションで表現したG子さんは、iPad Proというツールを作品作りにどのように活用したのだろうか。その制作工程や裏話を紹介しよう。
Ado 『Value』ジャケット
Ado 公式サイト
Ado21歳の歌い手。2020年に「うっせぇわ」でメジャーデビューを果たし社会現象に。2022年1月に発売した1stアルバム『狂言』や主題歌/劇中歌を含む全7曲の歌唱を担当した映画『ONE PIECE FILM RED』の楽曲を収録したCDアルバム『ウタの歌 ONE PIECE FILM RED』もランキングを席巻しロングヒット中。2023年4月からはニッポン放送「Adoのオールナイトニッポン」のレギュラーを担当(毎週月曜25:00-27:00)。2024年2月からは世界ツアー「Wish」、4月には女性ソロアーティストとして初の国立競技場でのライブ、Ado SPECIAL LIVE 2024「心臓」の開催が決定している。
『Value』 MVクレジット
Vocal:Ado/作詞作編曲:ポリスピカデリー/ディレクター・メインアニメーター:G子/アートディレクター:小山唯香/アニメーター:犬。、熊味噌、午菴クルミ、さわら、せめだいん、竹原結、凪谷、わきやかほ/ストップモーション:徐嘉希/アニメーション制作進行:荒木悟/マネージャー:片口陸/クリエイティブディレクター:大澤創太/プランナー:フロクロ/ビジネスプロデューサー:廣瀬勝矢/プロデューサー:島田研一/プロダクションマネージャー:佐藤光/スペシャルサンクス:史耕、Masaki Takahashi (NERD)、とびた/制作協力:株式会社R11R/企画・プロデュース・制作:CHOCOLATE Inc./制作年:2024
contents
Ado『Value』MV 制作秘話01:
壮大なテーマのアニメーションをiPad Proのみで制作
イラストやショートアニメ、MV制作などをメインに活動するG子さん。揺らぎのあるシャープな描線や筆の跡を残したような塗りなど、アナログ的なタッチを巧みに取り入れた作品が印象的だが、普段はiPadやパソコン、液晶ペンタブレットなどのデジタルデバイスを利用して作品制作を行なっているそうだ。G子
1999年生まれ。2021年ごろより、MVを中心にアニメーションの制作を始める。

──まずは今回のプロジェクトに対する第一印象を教えてください。
G子 Adoさんの『Value』を初めて聴いたとき、すごくかっこよくて素敵な楽曲だと思いました。同時に壮大というか、“広い”曲だなという印象も抱きました。このMVを作るなら、映像の中でだだっ広い場所を作った方がいいなと。とはいえiPad Proだけで作るのは初めてだったので、最初は「大丈夫かな」という気持ちもありました。
──実際にiPad Proだけで作ってみての感触はいかがでしたか?
G子 普段は作品を作る際に、パソコンを使いAdobe After Effectsの撮影処理で加工しながら仕上げていくことがありますが、今回は作画が重要になると思って、いつも以上にていねいに描きました。

G子 少し壮大なテーマになってしまうのですが……人類って進化していく過程で絵や文字を粘土板などに刻むことを覚え、何世代にもわたって知識や物語を紡いできましたよね。粘土板が筆記具や、それこそiPad Proのようなデバイスになるなどの変化はありましたが、表現すること自体はこの先も変わらず続いていくんだろうな、人間ってそんな“熱”を持った生き物なんだなという想いで制作しました。と言っても人類讃歌のような“熱さ”ではなく、一歩引いた目線で表現しています。
──アニメーションでは風の動きもすごく印象的ですね。
G子 歌詞に「砂を払えば」とか「風が奪っていく」、「風化する」などの言葉があり、Adoさんの方からも風を印象的にしたいというリクエストがあったので、楽曲の世界観を表現するうえで風は重要なポイントになっています。Adoさんは今回の楽曲に「埋立地の海辺の夜から肌寒い明け方にかけてのイメージ」を持っているとのことだったので、全体的に寒色寄りで寂しく荒廃した雰囲気や、風が吹いている感じを大切にしながらテーマに合わせて作り込んでいきました。

Ado『Value』MV 制作秘話02:
実写をミックスさせながら独特の世界観を表現
──視聴後に余韻が残るようなMVだと思いますが、少女の憂いのある表情なども影響している気がしたのですが、いかがでしょうか。G子 先ほど今回の壮大なテーマに関して「人類はこの先もこのまま進んでいくんだろうな」と言いましたが、私個人としては、それが良いことなのか、悪いことなのか結論を出しかねています。ほかの動物たちと枝分かれして進化し続けるうえで、良いこともあれば犠牲にしてきたこともあったわけですから。作中に少女が動物から顔を背けるシーンがあるのですが、その表情も逡巡する感じに描いています。

──人物よりも背景の方が先だったのですね。
G子 どちらかというとそうですね。今回は背景の海や花、木々、ビルの描写などをストップモーションで表現しています。そのほうがリアルで質感もよかったからですが、全部作画でやると時間が間に合わないかもしれないというのも理由でした。でも海などの背景はなくしたくない……それなら実写とアニメーションをライブアクションで合成したほうがいいのではないかと思いました。
そこで制作チームのメンバーにiPad Proのカメラで撮影した写真でストップモーションを作ってもらいました。それを後から合成して仕上げていますが、そういったミックス感は制作していて楽しかった部分ですね。人物に関しては描線や塗りなどに統一感を持たせるために私が描きました。
──今回の人物に見られるようなシャープな筆致もG子さんの持ち味ですよね。
G子 アニメーションを描くうえで線の強弱をつけすぎると動きをコントロールしにくいんですよね。それに自分自身が柔らかな感じよりソリッドなほうが好きなので、そういう質感を求めていった結果、描く作品もだんだんシャープな筆致になっていったのかもしれません。
Ado『Value』MV 制作秘話03:
iPad Proならではの描きやすさと機動性の高さ
──iPad Proの描き心地や画質の印象、使用したアプリの感想も教えてください。G子 普段はパソコンと液晶タブレットの組み合わせも使っていますが、個人的にはiPad Proの方が描きやすいと感じています。視差も気にならないくらい少ないですし、画質がよくて色もきれいに出ます。大きなデータを扱うときはパソコンを使うこともありますが、1枚のイラストを描くようなときはiPad Proを使うことのほうが多いですね。
アプリに関しては、CLIP STUDIO PAINTはタイムラインを見ながら自分でコントロールしてアニメーションを設計していく感じですが、Procraete Dreamsはペンの種類が豊富でランダムな表現や偶然生まれる表現を楽しむようなところがあって、それぞれにいいところがあると思いました。どっちがいいというより、表現や利用シーンに合わせて使い分けたい感じですね。

G子 チームで制作する場合、ツールの使い方も筆圧も人によって違うので、線の太さひとつとってもバラバラになってしまいがちです。ですのでペンやブラシの設定をまとめて仲間うちで共有していました。具体的には、設定画面をスクリーンショットで撮って送ったり、画面に一度線を描いて「これと同じ太さにしてください」と伝えたりしていました。あとは、まっすぐな線を引く場合にアプリの直線ツールでそのまま描くと人工的に見えてしまうので、あえて画面に物差しを当ててフリーハンドのツールで描いたりしていました。
──今回の制作でとくに難しかったことは何でしょうか。
G子 やはり文字ですね。

──iPad Proだからこそのやりやすかった面などは?
G子 制作期間中は、私が通っている芸大の大学院の仲間に手伝ってもらうことも結構あったのですが、iPad Proだとその場でApple Pencilで画面に描きながら「こういうことをやりたい」と伝えたり、データをAirDropで受けとったりできるのは便利でした。オフラインでもチームのメンバーと連携をとりやすいのは、機動性の高いiPad Proならではだと思います。
──これからiPadやiPad Pro、Apple Pencilで何か制作したいと思っている人にアドバイスなどはありますか?
G子 まずは小さな作品から始めてみてほしいですね。実力がついてから壮大な作品を作るぞと言っていると、言葉だけで終わってしまいがちなので。小さな作品を作ってみて、もっと凝った作品を作りたくなったら、そのとき高価なツールを買ったりアニメーションなどの勉強を始めれば十分だと思います。実際、iPad Proだけでもアイデアや工夫で本格的な作品を作ることができます。

