キービジュアル「新パーティ」。今回取材を受けていただいた、吉岡誠子さんがレイアウトを担当している2020年に『週刊少年サンデー』で連載がスタートし、コミックスの累計が2100万部を突破した、山田鐘人原作、アベツカサ作画による大人気漫画『葬送のフリーレン』。
マッドハウス制作のもと、2023年9月にはアニメの放映がスタート(~2024年3月)。作品が持つ壮大な世界観はそのままに、さらに奥行きを持たせるストーリーが展開され、地上波での放送を終えた後も人気が高まり続けている。

そこで今回は、アニメ『葬送のフリーレン』の世界観の礎である「コンセプトアート」を手がけた吉岡誠子さんに取材。自身のキャリアのスタートから、アニメにおけるコンセプトアートの役割、作品に込めた想いやこだわりを伺った。前後編合わせ約7,000文字にも及ぶロングインタビュー。『葬送のフリーレン』ファンはもちろん、アニメが好きな方、制作に携わる方にもお読みいただきたい制作の裏側を知ることができる貴重な内容となっています。

資料作成の話やおもしろかった・大変だったシーンのエピソードなどを取り上げた後編はこちらから。

contents

吉岡誠子さんのキャリア(1)
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』に衝撃を受けて

アニメ『葬送のフリーレン』の壮大な世界観の基礎を作ったコンセプトアートに迫る<前編>Interview コンセプトアーティスト 吉岡誠子
吉岡誠子さんによるアートワーク。水彩タッチのイラストを得意としている──吉岡さんがアニメーションの世界に入ったきっかけを教えてください。

吉岡誠子(以下、吉岡) 小さい頃から絵を描くこととアニメが大好きでした。漫画やアニメのキャラクターを模写するのが楽しくて、中学生のときの将来の夢はアニメーターになること。高校ではアニメーターになるために美大を目指しましたが、「アニメの世界に進むなら、美大よりも専門学校の方が2年早く現場に出られるかも」という母の言葉に背中を押されて専門学校へ進学しました。

専門学校では、アニメーターと背景美術のクラスを選択。
いろいろと学ぶうちに、線画を描くアニメーターよりも、背景美術の方が自分に向いていると感じ始めて……。その当時、背景美術は紙に絵の具で描く時代で、色彩を表現できることがなによりも楽しかったんです。そこで専攻を背景美術に絞って、卒業後はアニメーション美術監督の小倉宏昌さんがアニメ制作会社「プロダクションIG」内に設立した「小倉工房」(現在は独立)に入社しました。

──入社の動機は、小倉さんが手がけた『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の背景美術に衝撃を受けたことだそうですね。

吉岡 そうなんです。専門学校時代に出会った作品の中でも、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』や『王立宇宙軍 オネアミスの翼』で、小倉さんの手がけた背景美術は衝撃的でしたね。すっかり魅せられて、小倉さんの元で働きたいと思うようになりました。就職活動中に、たまたまWebでプロダクションIGの求人募集を見つけて、小倉工房で働きたい思いをぎっしり詰め込んだポートフォリオを作って面接に挑みました。小倉さんに告白する勢いで思いを伝えまくったのがよかったのか、入社することができました(笑)。

──小倉工房には何年ぐらい在籍されたのですか?

吉岡 約7年です。このころは6~7年経験を積んだら巣立っていくという流れが自然だったので、私もその流れで。私が在籍していたころの小倉工房はまだパソコンを導入していなかったので、すべて手描きでした。
小倉さんの指導を受けながら、アナログでこつこつと作業をしていた日々は、私の原点になっています。

今はデジタルで描くこともありますが、そうした経験もあって、元となる絵は紙に絵の具で描きます。水彩画特有の絵の具のにじみとか、筆のタッチとか。思いがけない自然現象的な美しい表現が生まれていくんですよね。

吉岡誠子さんのキャリア(2)
退社後、フリーランスで新たなキャリアを開く

──小倉工房を退社した後、フリーランスに?

吉岡 はい。フリーランスの初仕事は、映像作品の背景美術を手がける「スタジオパブロ」での作品契約。ところが、デジタル化が進んでいたスタジオパブロではPhotoshopが必須のスキルだったんです。仕事が決まってから知ったので焦りました。ずっと手描きだったので使ったことがなくて(苦笑)。3日間くらい、友人の集中レッスンを必死に受けて、なんとか初仕事に間に合わせました。

スタジオパブロでの仕事は当初3カ月契約でしたが、その後もお仕事をいただけることに。デジタルとアナログを作品に合わせて使い分ける会社でしたので、経験を活かせましたし、勉強になることがたくさんありました。

とても大きな経験になったのは、社長の秋山健太郎さんが美術監督を務めた『惡の華』で、美術監督補佐をさせていただいたこと。
作品の監督が掲げるビジョンなどから、美術のテーマやスタイルをどのように構築していくか。ロケハンに出かけて、背景画のモチーフになりそうな風景やものをどう見つけ出して、どのように写真を撮ればいいのか……。連日の打ち合わせで、頭の中がパンパンになっていましたけど、アニメーションの美術制作に必要なあらゆることを学ぶことができました。

このときの経験を活かして、『終わりのセラフ』では初めての美術監督を担当しています。その後もいくつかの作品で美術監督を務めました。

アニメ『葬送のフリーレン』のコンセプトアート(1)
アニメにおけるコンセプトアートの役割とは?

アニメ『葬送のフリーレン』の壮大な世界観の基礎を作ったコンセプトアートに迫る<前編>Interview コンセプトアーティスト 吉岡誠子
キービジュアル「勇者パーティー」のレイアウトと背景を吉岡誠子さんが担当している。キャラクターは、キャラクターデザインの長澤礼子さんによる描き下ろし──2023年9月から始まったアニメ『葬送のフリーレン』では、コンセプトアートを担当されました。アニメにおけるコンセプトアートとは、そもそもどんな役割なのでしょうか。

吉岡 コンセプトアートとは、プリプロダクションの初期の段階で、作品全体の雰囲気や方向性を絵で描いて、スタッフが共通認識を持てるように制作するものです。

世界観を作るという点では美術監督も同じですが、その一歩手前の工程とでもいうのでしょうか。『葬送のフリーレン』では、私がロケーションのマスターショットになる「設定レイアウト」を描き、その後、美術監督の高木佐和子さんが「美術ボード」を描く工程で進めました。

──国内の有名なアニメ作品では、コンセプトアートのクレジットをあまり見かけない印象です。日本のアニメ業界では珍しいことなのでしょうか?

吉岡 これまではクレジットされていなかっただけで、それぞれの現場ごとにコンセプトアート的な役割をしている人や工程はあると思います。
例えば、作品監督が初期段階で画面イメージを絵にしたり、最終画面を作ったり。

ただ、ここ数年は、その役割への認識が高まっているのか、コンセプトアートがクレジットされる作品が少しずつ増えてきていると感じます。私も『葬送のフリーレン』で初めてクレジットされました。

アニメ『葬送のフリーレン』の壮大な世界観の基礎を作ったコンセプトアートに迫る<前編>Interview コンセプトアーティスト 吉岡誠子
『葬送のフリーレン』(原作:山田鐘人、作画:アベツカサ、発行:小学館)1巻の書影──『葬送のフリーレン』のコンセプトアートは、どのような経緯で依頼があったのですか?

吉岡 以前、何度かお仕事をしたことのある福士裕一郎プロデューサーから「一緒にやりませんか」と声をかけていただいて。さっそく原作を読んでみたら、1巻を読み終えたときに涙がこぼれていたんです。本当におもしろくて、心動かされました。信頼できる福士さんのチームとなら絶対楽しいだろうなと思い、お引き受けしたという経緯です。

──原作コミックを読んで、まずどんな世界が思い浮かびましたか?

吉岡 時間がゆったりと流れている、静かな雰囲気。そして美しい自然と空が青く抜けている光景。コミック1巻の表紙イラストの清涼感あふれる淡い水彩のようなカラーがとても印象的で、この作品を表していると思いました。

──公式サイトには、<斎藤圭一郎監督が「アニメ本編の視聴者にもいろいろな場所に行ったような気持ちになれるように」と考え、さまざまなシチュエーションやロケーションの考案を、コンセプトアート担当の吉岡誠子氏に依頼>とありました。斎藤監督から具体的なリクエストはありましたか?

吉岡 最初に斎藤監督から言われたのは「原作のフリーレンたちが旅する風景を具体的にしたい」「原作のもつ雰囲気を大切にしたい」ということ。
私自身も、原作のコマの中の美しい自然と、そこにあるフリーレンたちの旅と時間を感じたので、旅する風景を実感できる、説得力のあるコンセプトアートが必要だと思いました。

斎藤さんとは、過去にもお仕事をご一緒したことがありました。いつもこちらのやりたいことを汲んでくれて、信頼関係を作って任せてくれる方なので安心して作業できましたね。

アニメ『葬送のフリーレン』のコンセプトアート(2)
地図で旅路をたどり、イメージを構築していく

アニメ『葬送のフリーレン』の壮大な世界観の基礎を作ったコンセプトアートに迫る<前編>Interview コンセプトアーティスト 吉岡誠子
──『葬送のフリーレン』のコンセプトアートを制作する上で、どのような点に重きを置いて、イメージを膨らませていきましたか?

吉岡 心がけたのは、原作で描かれる世界観を大切に、色数を豊かに柔らかくて優しい光でコンセプトアートを描くこと。原作とアニメの脚本を読み込んでフリーレンの旅する世界をより明確にしていきました。旅先の地形や建物、建築様式、住人の生活を考え、原作の持つ世界を絵や文字で膨らませていくといった工程です。

まずはストーリーの全体像をつかむため、原作に出てくる地図をすべてスキャンして、フリーレンたちのおおまかな旅の経路と、立ち寄った地名をひとつずつ書き入れていきました。地名にはそれぞれ意味があると伺ったので、原作の山田鐘人先生と、作画のアベツカサ先生に地名の意味をリスト化していただきました。

フリーレンたちの旅は北上していくので、地名の意味に加えて、季節の移ろいや気候、地域性も織り交ぜながら、町のイメージを絵にしたり、イメージに近い写真を貼り付けたり。グランツ海峡は日の出のお祭りがあるから、このあたりかなとか、想像でプロットしている地域もあったので、位置関係や私の抱いたイメージを山田先生とアベ先生にご確認いただいてから、そのイメージをさらに膨らませ、具体化していきました。

アニメ『葬送のフリーレン』のコンセプトアート(3)
暮らす人々や地域性を意識し、リアリティを生み出す

アニメ『葬送のフリーレン』の壮大な世界観の基礎を作ったコンセプトアートに迫る<前編>Interview コンセプトアーティスト 吉岡誠子
──地図を作り、イメージをしていったとは驚きました。原作を相当読み込んでいないと、そこまでのことはできない気がします。

吉岡 なんども繰り返して読みました。
1回目はいち読者として、それ以降は仕事モードで。なので、どの巻もふせんだらけです(笑)。

地図を作ったことで、視野が広がって、より深く読み込めるようになったと思います。原作のエピソードごとに、アベ先生が描くコマの中の背景やフリーレンたちが町の人々と交流する様子をよく観察して、「この村の特産物はなんだろう」「どうやって生活しているのだろう」と想像をめぐらせて、地図上の位置、気候、地形に即した街並みを作っていきました。

そして、フリーレンたちが旅をしている雰囲気を大切にすることと、そこに暮らす人々や地域性などをしっかり描くことをより意識し、生活感や置かれているものにも説得力があるよう、細部に気を配りました。

──そういった細部へのこだわりが、世界観のある作品にさらなる奥行きやリアリティを生みだしているのですね。

吉岡 例えば、グラナト伯爵領。防護結界に守られている町は平和に見えますが、家々に防護性のある木の扉付きの小さな窓を配することで、再び魔族から攻撃されるかもしれない不安を表しました。また城壁に囲まれた土地は狭いので、建物は平屋ではなく3階建てにしています。

ローア街道の村では、村人が名産品の羊毛をいろいろな色で染める光景や、それを干している風景を取り入れました。そんな土地ごとの風景を作り出すことで、世界観に厚みが増して、フリーレンたちの旅路に奥行きが出るといいなと思ったんです。

後編に続く。公開は2024年6月27日(木)を予定。

吉岡誠子さんのXには、アニメ『葬送のフリーレン』の貴重な資料・アートワークの数々が投稿されているので、ぜひチェックしてみてください!

『葬送のフリーレン』Vol.6 初回生産限定版 Blu-ray、初回生産限定版 DVD

アニメ『葬送のフリーレン』の壮大な世界観の基礎を作ったコンセプトアートに迫る<前編>Interview コンセプトアーティスト 吉岡誠子
アニメ『葬送のフリーレン』の壮大な世界観の基礎を作ったコンセプトアートに迫る<前編>Interview コンセプトアーティスト 吉岡誠子
魔王を倒した勇者一行のその後の物語。一行の1人で1000年以上生きる魔法使いのエルフ・フリーレンと、新たな仲間たちの旅路を描く。2024年1月~7月にかけて、Blu-rayとDVDを毎月1巻ずつ販売。2024年6月16日には、勇者一行がパッケージを飾るVol.6をリリース。初回生産限定版には、ブックレットなどの特典のほか、映像&音声特典も付く豪華版。7月17日にはVol.7が発売される。価格:Blu-ray 13,200円、DVD12,100円(各税込)収録分数:約98分(21話~24話収録)+映像特典/DISC枚数1枚公式サイト:https://frieren-anime.jp/
アニメ『葬送のフリーレン』の壮大な世界観の基礎を作ったコンセプトアートに迫る<前編>Interview コンセプトアーティスト 吉岡誠子
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