アイシャドウのカラーパレットが1色だけ残ってしまうという経験は、化粧品を使う人なら誰もがあるのではないでしょうか。モーンガータが開発した「magic water」は、そうした余った化粧品を絵具や雑貨用色材へと生まれ変わらせることが出来るユニークなアイテムです。
そして、透け感のある発色や高品質なラメ・パールなど、化粧品ならではの独特な色味を楽しめるのが特徴です。

さらに、同社が製造する化粧品由来のペイントは、ジェルネイルやレジン、アロマワックスなどのさまざまな雑貨の着色にも使用することができます。また、他社との新規技術の構築により、廃棄される化粧品から印刷インキ・文具・建材・塗料・樹脂などさまざまな工業資材への開発・活用もしています。そこで今回は化粧品を多様な色材として活用する技術を開発してきたモーンガータ代表の田中寿典さんに、開発経緯や色材としての利用方法について伺いました。

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余った化粧品をアート作品の色材としてアップサイクル

──モーンガータで、余った化粧品を色材として活用するための開発をしてきた経緯や背景について教えてください。

田中寿典さん(以下田中):私はもともと大手化粧品会社で化粧品の研究開発に従事していました。研究を進める過程で、日々、化粧品材料の廃棄が出ることに自責の念を感じていました。化粧品メーカーでは研究や製造時の余剰材料や製品の流通在庫などの廃棄があり、国内サプライチェーンでは年間2,000億円以上の予算をかけて廃棄していると推計しています(モーンガータによるフェルミ推定)。一般ユーザーの方々の間でも、使わずに眠らせてしまっている化粧品が平均7.4個あるという調査結果が出ており(ノエビアグループ常盤薬品工業による2014年の調査)、企業でも家庭でも化粧品を廃棄しているという課題がありました。

余ったコスメが色材に? アート制作への創造力を刺激する「magic water」の秘密とモーンガータの挑戦
田中寿典さん:東京大学大学院修了後大手化粧品企業に入社し、7年間化粧品の研究開発に従事。2019年9月に姉とともにモーンガータを創業し、廃棄化粧品からさまざまな新規価値を見出している田中:日本の化粧品は技術力がとても高く、世界最大の化粧品団体「IFSCC(国際化粧品技術者会連盟)」で長年にわたり1位にランキングされています。しかしながら、しっかりと安全性の検証を重ね品質の保証や法令順守をしている日本の企業は、開発に時間がかかり、短スパンで開発してトレンドを創り出すことが難しい環境下にあるため、海外化粧品と比べて販促力が弱い面があります。そこで、我々が日本特有の化粧品再生利用スキームを構築することで、日本の化粧品業界の魅力を国内外に示したいという思いもありました。


──廃棄化粧品の活用方法に、なぜアート作品などで使う色材としてアップサイクルする形を選んだのでしょうか。

田中:姉が自身の使わなくなった化粧品を用いて絵を描いてたことがきっかけとなり、色材として活用するアイデアが生まれました。化粧品は「薬機法」という厳しい法律に基づいてつくられており、高い安全性や品質が求められます。このことから、一度化粧品として製造された中身を再び化粧品につくり変えることができません。一方で、多くの工業的法規制をクリアしており、非常に有用な素材と捉えることができます。アート・ホビーの色材として活用する際に肌付着時のリスクが少ないこと、コスメの独特な色味を楽しめること、「自分の個性を存分に発揮し、自身が信じる“美”を表現する」というコスメとアートが持つ本質に共通点を感じたことから、さまざまな表現での活用を拡げていきました。

こうした取り組みの中で、我々が「アップサイクル」の形式を選んできた理由は、廃棄されるものを有効活用しながら、「新しい価値があるもの」を生み出したいとの想いからです。ここで大事になるのは、「リサイクル」との違いです。例えばペットボトルから衣類をつくるリサイクルは有名ですが、そこにはペットボトルを砕いて溶かし、繊維にする「資源化」というプロセスが存在します。このプロセスでは二酸化炭素(CO2)の排出量や水の使用量が多く、通常の素材を使った方が環境への負荷が少ないのではないかと言われています。実際、こうした問題はリサイクルの一部で起きているんです。また、ペットボトルからできた服が既存の服に比べて市場での価値があるか、疑問が残るところでもあります。


一方でアップサイクルは、化粧品や化粧品原料そのものを原材料として活用し、アイデア・技術、その他の資源と組み合わせて「化粧品からできた新たな素材」を生み出すことができます。リサイクルとは異なり資源化が介在しないため、エネルギー消費や資源浪費、コスト高の懸念が少ないうえ、新規素材のため付加価値を高めることができます。リサイクルはもちろん必要なことではありますが、再生利用の手段自体も本質性を鑑みた精査をする必要があると感じています。こうした考えや価値観のもと、弊社の化粧品の中身を多用途色材へと変身させアップサイクルする取り組み名および商品のブランド名を「SminkArt(スウェーデン語の化粧+英語の芸術の造語)」としました。

──「SminkArt」にはどのようなプロダクトがありますか。

田中:弊社の特許技術から生まれた「magic water」という、粉状の化粧品を絵具化する溶液があります。粉末の化粧品は、汗などで落ちないよう粉の1つ1つが油でコーティングされており撥水性があるため、そのままでは水に溶くことができません。粉末化粧品に「magic water」を混ぜることで水に溶けるようになり、絵具や雑貨用の色材として使用できるようになります。界面活性剤を使えば「magic water」の技術を構築することは難しくありません。しかし、薬機法に基づいて製造されている化粧品には肌につけられるという安全性の高さがあります。このポジティブな要素を維持したまま色材へと転化できるように、界面活性剤フリーかつ化粧品原料のみを使用して開発したわけです。現在、日本以外にアメリカでも特許登録をしています。
製造も化粧品OEMメーカーに委託し、化粧品と同じ品質を担保しました。

ほかには、化粧品を砕いて「magic water」と混ぜ、絵具をつくるための備品などがセットになった「SminkArt キット」もあります。自分の化粧品を自分の手で色材に変える体験をしてもらうことで、化粧品廃棄の課題を自分ごと化し、廃棄に対して抱えていた罪悪感の軽減(ギルトフリー)や、消費意識の向上につながるのではないかと考えています。

余ったコスメが色材に? アート制作への創造力を刺激する「magic water」の秘密とモーンガータの挑戦
透明で少しとろみのある水のようなテクスチャの「magic water」(14ml 550円、100ml 2,500円)
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「magic water」とパレットなどの道具がセットになった「SminkArt キット」(5,000円 ※絵具は別売り)また、弊社が協業している化粧品メーカー16社から購入している、廃棄予定だった化粧品の中身を「magic water」で特殊処理した水溶性の粉末状色材「SminkArt ときめくペイント」も販売しています。こちらはすでに水になじむ処理をしてあるので、水と混ぜるだけで絵具として使用できます。粉末のまま用いれば、レジンやワックスなどの雑貨の色材にもなります。

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化粧品を絵具化した「SminkArt ときめくペイント」(8色セット2,000円~)──手持ちの廃棄化粧品では色数が限られますが、ほかの色もほしい場合にいいですね。そうしたプロダクトはどこで購入できますか。

田中:弊社のECサイトのほか、ハンズの一部店舗や東京都美術館のミュージアムショップなどでもお取り扱いがあります。

余ったコスメが色材に? アート制作への創造力を刺激する「magic water」の秘密とモーンガータの挑戦
「SminkArt」のECサイト

化粧品ならではの透明感やキラキラ感で、既存の絵具にはない表現を

──「magic water」で化粧品を色材として使う手順を教えてください。

田中:まず、アイシャドウやチークなどの粉末状化粧品をできるだけ細かく砕き、「magic water」と混ぜて一般的な水彩絵具のようなペースト状にします。一度ペースト状にしてしまえば、その後は水で溶けます。お好みの色濃度に調整することもでき、多めの水で溶いて淡く水彩絵具のように使うことも、粘度を高くして油絵具のように盛り上げて使うことも可能です。
また、簡単に絵具化を楽しむ方法として、水筆ペン(中央部を指圧すると内部の液体が筆先から吐出するタイプの筆ペン)の中に「magic water」を入れ、筆先に吐出した「magic water」をアイシャドウパレットなどの化粧品に直接触れさせて溶かしながら絵具にするという使い方もあります。

余ったコスメが色材に? アート制作への創造力を刺激する「magic water」の秘密とモーンガータの挑戦
水筆ペンに「magic water」を入れ、化粧品パレットにつけて使うこともできる。「magic water」は化粧品原料のみでできているため、溶液が付着した化粧品も再度化粧品として使用可能となっている──既存の絵具とはどのような違いがありますか。

田中:化粧品はペンキなどのように遮蔽感を伴って肌に付着すると違和感があるため、肌の透け感を活かしながら発色します。また、原料(顔料・ラメ・パール)には医薬部外品原料規格に合致した高価なものを使用しています。そのためほかの工業製品の原料とは違い、不純物が限りなく少なく、粒径が均一、きめ細やかで上品という化粧品特有のニュアンスを付与することができます。特にラメやパールは高品質で、見る角度により表情を変え、光輝性に優れています。加えて、「magic water」を用いて溶いた化粧品由来の絵具は、乾くと被膜するように設計しているため、既存の水彩絵具以上に強固な膜を形成してくれます。イラストレーターのなつきさんが書いてくださった記事をご覧いただくと、絵具として使用した際の特徴がわかりやすいかなと思います。

ほかには、「magic water」に香水やアロマオイルを混ぜこむことも可能なため、香り付きの化粧品由来の絵具をつくることができるのも特徴です。ものによって差はありますが、香水の場合は2~3週間、アロマオイルの場合は3~4カ月ほど香りが持続します。弊社が実施しているワークショップでは、店頭の加飾で使った白い造花などを、使わなくなった香水やアロマオイルで匂いをつけた化粧品由来の絵具で塗り、フレグランス雑貨をつくる体験も提供しています。

 

余ったコスメが色材に? アート制作への創造力を刺激する「magic water」の秘密とモーンガータの挑戦
香水を混ぜた「magic water」で化粧品を絵具に変えながら塗るフレグランスフラワー──透け感があると、特に人の顔を描くのに向いていそうですね。

田中:そうですね。少し粉感があり、塗りつぶした感じではない自然なニュアンスになります。そのため、人の似顔絵を描くときにとても合うというお声をいただいています。

あとは、先ほどお話ししたように「magic water」は肌付着時のリスクが低いため、フェイスペイントやマタニティペイント、フェイクタトゥーなどに使用される方もいらっしゃいます。

──水彩やアクリルなど、絵具の種類による相性や使用時の注意点はありますか。

田中:粉末状のペイントに関しては、ポスターカラーや一般の水性絵具などとも併用は可能です。水彩やアクリル絵具に混ぜ込むと、ラメ感などはわかりづらくなってしまいますが、混色して使うのも面白いと思います。デメリットとしては、水に溶けるように加工しているので、水性絵具同様に耐水性はありません。そのため、仕上げにニスや絵画用定着材のフィキサチーフ、ワニスなどをスプレーしていただくとより安心です。

──紙との相性についてはいかがでしょうか。

田中:ほとんどの紙で使用できますが、コピー用紙などは水分を多く使うと波打ってしまうので、画用紙と和紙を推奨しています。
キャンバスとも相性はよいのですが、粉感があるためキャンバスの目に落ち込みやすいです。あらかじめアクリル絵具や下地材などでキャンバスの目を潰し、その上から塗ると使いやすいです。なかには、使わなくなったリキッドファンデーションを塗ってキャンバスの目を潰し、不要になった化粧品だけで絵を完成させた作家さんもいらっしゃいました。

余ったコスメが色材に? アート制作への創造力を刺激する「magic water」の秘密とモーンガータの挑戦
すべて「SminkArt」(化粧品由来のペイント)で描かれた作品「Secret Dimension ~秘密の次元~」(SUSPENSE GIRLさん制作)
紙以外にも、木や布に着色することができ、布用のメディウムと混ぜれば洗濯もある程度は可能だと思います。ガラスやPET・PE・PPなどの樹脂の上は絵具を弾いてしまうのですが、アクリル板は一般的な樹脂とは異なり、きちんと定着してくれます。アクリル板を水で洗い流せば、何度も描き直すことができます。

──「magic water」で溶いた化粧品は、絵具以外にどのような用途がありますか。

田中:ジェルネイルやガラスペンのインキに混ぜてカリグラフィーに使ったり、墨汁代わりに書道で使ったり、特殊なところではねぶた祭りのねぶたにも使用されています。

また、化粧品からつくられた粉状の色材「SminkArt ときめくペイント」は、レジンやアロマワックスだけでなく、石膏や粘土などに混ぜ込んで使うこともできます。絵具やジェルネイルの雑貨用色材としては多くの方に使っていただいていますが、立体造形にも活用できることがもっと認知されるとよいなと思っています。

余ったコスメが色材に? アート制作への創造力を刺激する「magic water」の秘密とモーンガータの挑戦
化粧品を色材として使用したジェルネイル
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化粧品を色材として使用したアロマワックス

印刷インキやペンキ、水性ペンなどの色材としても活用

──BtoBのプロジェクトでも化粧品を色材として使っているそうですが、どのような取り組みをされていますか。

田中:化粧品の廃棄はたくさんあるため、アートやホビークラフトの領域だけではなかなか消費しきれません。そこでさまざまな企業さんと協業し、化粧品を工業色材として活用する新規技術を構築しています。

たとえばTOPPAN株式会社さんとは、化粧品由来の印刷インキ「ecosme ink®(エコスメインキ・TOPPAN株式会社の登録商標)」を開発しました。紙だけでなく樹脂や布にも印刷できるため、化粧品メーカーさんから買い取った廃棄化粧品や原料をもとに印刷インキをつくり、そこの商品パッケージ・流通資材・制服などに印刷することで、企業内で資源循環ができるスキームも提供しています。印刷インキもやはり透明感や化粧品ならではのラメ感を出せるので、アパレルなど化粧品業界以外の方々にもご興味を持っていただいています。

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TOPPAN株式会社、豊島株式会社と共にコスメ由来インキを衣料プリントへ活用した「ecosme fab.(エコスメ ファブ)」──通常の印刷インキと比べてコストはいかがでしょうか。

田中:インキ自体は通常の1.2~1.3倍ほどの価格に抑えることができました。ただ、今はシルクスクリーンインキという印刷手法を用いており、オフセット印刷よりもコストがかかってしまうという面があります。また、ダンボールなどに印刷できるフレキソインキや布用の水性インキの開発もできています。使用スケールを上げることでコストダウンを図ることが可能になっていくため、ほかの印刷手法に適したインキ開発を進めて活用の幅を拡げるとともに、インキの活用量を底上げしていきたいと考えています。

──BtoB製品では、ほかにどのようなものに活用していますか。

田中:たくさんの企業さんと新規技術を構築しており、アクリルメーカーさんとは着色アクリル製品、ゼネコンさんとはカラーコンクリート、塗装会社さんとは内装塗料・外装塗料などに生まれ変わらせています。一番新しいものとしては、粉体塗装という技術により、金属の上に化粧品の色を蒸着することができました。もっと精度を上げれば、自動車や飛行機の塗装にも活かせるようになるかもしれません。

余ったコスメが色材に? アート制作への創造力を刺激する「magic water」の秘密とモーンガータの挑戦
化粧品由来の色材を混ぜたアクリル樹脂
余ったコスメが色材に? アート制作への創造力を刺激する「magic water」の秘密とモーンガータの挑戦
化粧品由来の外装塗料で描かれた壁画──ペンキなどは、BtoC製品として販売しないのでしょうか。

田中:日々、アクリル絵具や油絵具、ペンキなどにする検証を重ねるなど、廃棄化粧品の可能性を広げるための技術研究をほかの企業さまと共に深めています。そうした中で、近く販売にいたるのが、サクラクレパスさんに技術協力していただいた「SminkArtペン」という水性ボールペンです。2025年5月に全9色(3色×3セット)で発売予定です。

余ったコスメが色材に? アート制作への創造力を刺激する「magic water」の秘密とモーンガータの挑戦
サクラクレパスと開発した「SminkArtペン」。2025年5月に発売予定──化粧品を色材として活用する場が広がりつつありますね。最後に、今後の展望をお聞かせください。

田中:弊社は化粧品の廃棄ゼロを目指しているわけではなく、使いきれず廃棄されるものがあるのならば、それらを「資源」として捉えなおし、楽しみながら100%有効活用したいと考えています。また、環境負荷に対する取り組みも、環境によいからという理由のみで継続することは難しいと感じています。まずは何よりも「楽しい」や「面白い」といった気持ちを大切にし、楽しんで継続していったことがいつの間にか、自然な形で持続可能な社会に繋がることが望ましいと考えています。さまざまなモノとヒトとの関係を再構築し、新たな価値を見出すことで、消費社会と持続可能な社会を両立することを目指していきたいです。この価値観を大切にしながら、今後は、モノだけでなく情報にもアプローチしたいと考えています。既に欧州各国ではLCA(ライフサイクルアセスメント)の観点から、環境規制が始まっています。2030年に向け、日本国内でも厳格化される見込みで、法規制なども整備されてくるかと思います。これにあたり、弊社も廃棄のトレーサビリティ(廃棄の可視化)を提供することで、二酸化炭素排出量や水の使用量がどれだけ削減できているかなどの環境パフォーマンスデータを算出し、DPP(デジタルプロダクトパスポート)などの認証取得をサポートできる、化粧品業界にとって欠かせないシステムを開発しようと思っています。

化粧品本来の魅力は、かわいくなったりキレイになったり清潔感を付与するなど、外面的に自身を彩るだけではなく、ワクワクと気分を変え、自分を守り、内面的にも強さと自信を与えてくれるところです。廃棄化粧品を色材として活用することを通し、日本の化粧品の魅力を伝えつつ、そうしたワクワクを感じてもらえる新しい価値を今後も提供していきたいと思っています。

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