ここ1ヶ月の間、OpenAIがGPT-4oの画像生成機能を発表し、自分の写真をジブリ風に変換することが一気にブームとなりました。同社のCEOであるサム・アルトマン氏もSNSのアイコンをジブリ風のイラストに変更したことも話題となり、「Ghiblification(ジブリフィケーション)」という言葉まで定着しつつあります。


こうした動きに「OpenAI、お前もか」と思ったクリエイターも多いでしょう。これまで私は、不正な学習が疑われる画像生成AIと、ChatGPTなどのテキスト生成AIは分けて考えるべきだと本連載でお伝えしてきましたが、OpenAIもクリエイターの著作権侵害の懸念を抱かせる技術提供を推し進めている現状に直面し、その考えを改める必要も出てきたのかもしれないと思いを巡らせています。

一方で、Ghiblificationが話題となる中、Googleが着実にAIサービスを強化していることが気になっている方も多いかと思います。ここ1~2ヶ月で多数の新サービスを発表しているGoogleに生成AIの覇権を握るための本気度が伺えます。Googleの生成AIサービスは、すでに同社の各サービスに組み込まれ始めており、私たちは気づかない間に日常的に生成AIに触れています。GPT-4oによる生成AIイラストブームだけに目を奪われていると、Googleが静かに進める生成AI戦略を見逃すかもしれません。そこで今回は「Gemini」とその関連サービスを通じて、GoogleのAI戦略を分析していきたいと思います。
※参照記事:ChatGPT新機能でスタジオジブリ風のイラストがネットに氾濫(GIZMODO)

目次

GoogleのAIモデル「Gemini」のあらまし

▶︎Geminiとは
まず「Gemini」とは、Googleが開発した大規模言語モデルです。テキストによるプロンプト入力に加え、画像、音声、動画など多様な種類の情報を理解して各種処理を実行可能なマルチモーダル型のモデルです。また、生成する回答やコンテンツも、テキストに加えて画像、音声、動画を生成することができます。

Googleには複数の生成AIモデルが研究開発されていますが、Geminiは同社のAI研究の中核となる基幹プロジェクトで、その前身となる生成AIは本連載でも解説した「Bard」(基礎編)(実践編)です。BardはLaMDAという大規模言語モデルを基盤とした対話型の生成AIで、主にテキストベースの質疑応答に強みを持っていました。このBardを大幅に進化させ、より強力な基盤モデル(Gemini Pro)に刷新した際に、Geminiという名称に変更されました。


ChatGPTが急速に影響力を持ち始めたことで計画を前倒しする形でリリースされたBardでしたが、公開当初はChatGPTとの比較で、性能が不十分なまま見切り発車で公開されているのではないかといった批判もありました。しかし現在は、Geminiに切り替わるプロセスを経て、複雑な質問への対応力、多岐にわたる知識、自然で創造的な文章生成能力が向上し、ChatGPTをはじめとした他の生成AIの強力なライバルとしての地位を確立しています。

▶︎Geminiの強み
Geminiの特徴は、その性能以上にGoogleがこれまで蓄積してきた膨大なデータや知見をフル活用し、他のサービスと連携強化することで生成AIをより日常的なツールとして提供している点です。また、Google検索の強化にGeminiが活用され、今までの検索行動の延長線上にあるソリューションとして生成AIによる回答を活用しています。

さらに、ベンチャー企業とは異なり、膨大な資金力や既存のサービスで蓄積されたデータベースによって、無料版でも高性能なモデルを利用回数制限等を極力少なくして提供する戦略をとっているため、潜在的なユーザー層の拡大にも大きな強みを持っています。そのほかにも、先日NVIDIAとGoogle Cloud が提携し、企業にエージェント型AIを提供するといったニュースが報道されているように、AI関連事業に集中的な投資を行っています。
※参照記事:NVIDIAとGoogle Cloud が提携し、企業にエージェント型AIを提供(StorageReview)

加えて、クリエイターとして気になるのは性能もさることながら、倫理的な側面での開発方針でしょう。この点においても、Geminiは倫理面や安全性への配慮を重視する「責任あるAI」の原則に基づき、偏見の低減や誤情報対策、プライバシー保護などに取り組んでいるといった開発方針が示されており、一定の信頼を感じることができるAIとなっています。
※参考ページ:安全に関するガイダンス(Google AI for Developers)

Geminiの機能と特徴

最初に、Geminiの機能や特徴について大まかに整理しておきましょう。

1.高性能な処理能力
Geminiは、Googleの最新かつ最も高性能なAIモデルの一つであり、高度な自然言語処理能力と推論能力を備えています。こうした性能により、複雑な質問や曖昧な指示に対しても、文脈を理解し、適切かつ精度の高い回答を生成することが可能です。また、大量のデータを効率的に処理する能力も高く、リアルタイムでの情報分析や、複雑なタスクの実行を可能とします。この高性能な処理能力が、前述の画像生成やマルチモーダル対応といった高度な機能の基盤となっています。


Googleが展開するAIモデルについての詳細は後述しますが、主要なモデルファミリーには「Gemini Ultra」、「Gemini Pro」、「Gemini Nano」があります。それぞれ「Gemini Ultra」は有料の「Gemini Advanced」の最高性能を誇る基盤モデル、「Gemini Pro」は主に無料版の基盤となっているバランスの取れたモデル、「Gemini Nano」は「Pixel 8 Pro」などのモバイル端末向けの動作に特化した基盤モデルとなっているファミリーです。

モデル名説明Gemini UltraGeminiファミリーの中で最も高性能なモデル。非常に複雑なタスクや高度な推論、科学的な問題解決など、最高レベルの能力を必要とする用途に特化している。現時点ではGemini Advancedという有料プランを通じて利用可能Gemini Pro幅広いタスクに対応できるバランスの取れた高性能モデル。テキスト生成、翻訳、要約、コーディングなど多様な用途で優れた性能を発揮し、無料版のGemini体験の基盤となっているGemini Nanoスマートフォンやタブレットなどのデバイス上で効率的に動作するように設計された小型軽量モデル。デバイスに直接組み込むことで、ネットワーク接続なしでもAI機能を利用可能となっている2.Google検索に搭載された生成AI機能

日常的に使いやすい生成AI「Gemini」とその関連サービスからGoogleのAI戦略を紐解く
Google検索に表示されるようになった「AI Overview」Googleは、主力事業である検索分野においても、Geminiの技術をすでに組み込み始めています。Google検索に組み込まれた生成AI機能には、主にAI Overview(旧 Search Generative Experience)とSearch Labsという機能があります。AI Overviewは、ユーザーの検索クエリに対して生成AIが情報を要約し、検索結果の上部に概要として表示する機能です。Search Labsは、Google検索の新しい可能性を探るための実験的な機能として提供されている機能です。

名称概要AI Overviewユーザーの検索クエリに対応して情報を要約する生成AI機能。検索結果の上部に概要として表示される。
Googleのシステムが、生成AIによる概要が特に役立つと判断した検索クエリに対して自動的に表示されるSearch LabsGoogle検索の新しい可能性を探るために実験的に搭載されている生成AIプログラム。ChromeブラウザでGoogleアカウントにログインし、新しいタブを開くと表示される「Labs」アイコンをクリックしてアクセス可能3.画像生成機能
Geminiは、プロンプト入力で画像を生成する機能を備えており、Gemini 2.5 Proのバージョンアップで、その性能はさらに強化されています。他の画像生成AI同様に、不正な学習による著作権侵害の問題は懸念事項として存在しますが、倫理的な配慮から、不適切または有害なコンテンツの生成は制限されています。
※参考ページ:Gemini アプリで画像を生成する(Googleアプリ ヘルプ)

Geminiの最新トピックス

▶︎パフォーマンスが大幅に向上
Geminiは継続的にバージョンアップされパフォーマンスが向上しています。特に注目すべきは、現在実験的に提供されているGemini 2.5 Proです。このモデルは、高度な推論能力、ネイティブなマルチモーダル理解、最大100万トークンという長文脈処理能力を持っています。また、コーディング能力と自然な日本語処理能力が強化されています。加えて、話者識別機能も搭載され、議事録作成といった音声の書き起こし分野でも実用レベルのツールとなってきています。

下の画像は、現在(2025年4月)のGeminiの入力画面です。右上にある「Gemini」をクリックすると複数のモデルが選択可能になっていますが、実験段階としてGemini 2.5 Proは、無料版でも利用可能になっています。2.5 Proは他の生成AIの最新上位モデルと同等クラスのバージョンになりますので、最新の生成AIについて体験したいと考えている人は、利用してみることをおすすめします。

日常的に使いやすい生成AI「Gemini」とその関連サービスからGoogleのAI戦略を紐解く
Geminiで選択できるモデル私も実際に使ってみましたが、同じ質問を2.0 Flashと2.5 Proに投げてみたところ、2.5 Proではかなり高度で専門的な分析等を含んだ回答が生成されました。回答が出力されるまでに、少し時間がかかりますが、国際情勢の時事的な問題やアカデミック分野など専門的な内容の回答を求めたい場合は、2.5 Proはかなり役立つように感じます。
また、コードのデバックについても優秀で、無料プランでこのモデルを提供しているのはすごいといったエンジニアの感想もSNS投稿などで多く見られました。

現在、選択できるモデルについては以下の表で詳しく説明してありますので、参考にしてみてください。

モデル名説明2.0 Flash日常的なタスクや情報検索をサポートするのに適した軽量版。高速応答と一定の品質を持つ2.0 Flash Thinking (experimental)複数ステップの推論に特化し、より複雑な思考プロセスを必要とするタスク向けのモデル*2.5 Pro (experimental)Geminiの最先端モデル。高度な推論、分析、コーディング、創造的なコラボレーションが可能*Deep Research詳細な調査機能や複雑な調査レポートに最適な機能。無料ユーザーも利用可能になり、より深い情報収集を支援Personalization (experimental)検索履歴に基づいてサポートされるパーソナライズ強化版のモデル。ユーザーに合わせたより個別化された回答を提供する*Gemini AdvancedGoogleの最高性能AIモデルへのアクセス可能な有料版モデル。複雑なタスクや高度な要求に対応*)試用運転中のモデルで性能や機能が変更されたり、予告なく提供が終了したりする可能性があります

▶︎カスタマイズ機能が強化

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特定のタスクや目的に合わせてカスタマイズ可能な「Gems」前述のパーソナライゼーション(Parsonalization)機能のように、Geminiは様々な側面でカスタマイズ機能が強化されています。例えば、特定のタスクや目的に合わせてカスタマイズ可能な「Gems(ジェムズ)」、ユーザーの好みや個人情報を保存してパーソナライズ可能な「Saved Info(保存済み情報)」といった機能が搭載されています。「Gems」では2.5 Proを基盤モデルとしており「アイデア出しのプロ」「キャリアアドバイサー」「コーディングパートナー」「学習コーチ」「編集者と校正役」といった主にパーソナルな用途での活用が想定されており、これらのAIエキスパートのカテゴリーはサイドバーからもアクセス可能です。

項目説明Gems特定のタスクや目的に合わせてカスタマイズ可能なAIエキスパートを作成するGeminiの機能。繰り返しの指示なしに、より専門的で効率的な対話が可能となるSaved Infoユーザーの好みや個人的な情報を保存し、Geminiに記憶させることで、より適切な応答を提供する機能。
これにより、よりパーソナライズされた応答を毎回得られるようになる▶︎新たな機能

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 Deep Research機能その他にも対話スペースで文書やコードの編集を可能にする「Canvas」、テキスト文書を音声Podcastに自動変換する機能、カレンダーやメモなどGoogleの他のツールと連携する機能、高度な検索機能「Deep Research」、プログラミングのAIサポートツールである「Gemini Code Assistant」など、GoogleはGeminiに連動して様々な生成AIの新機能を立て続けにリリースしています(これらの機能の一部は無料版のGeminiでも利用可能ですが、機能や利用状況に制限がある場合があります)。また、セキュリティに特化した大規模言語モデル「Sec-Gemini v1」 など特定のタスクに特化したモデルも発表されており、 今後Googleの提供するサービス全般に生成AI機能が組み込まれていくことを予見させる動向となっています。

Geminiに関連したGoogleの生成AI新サービス

項目説明Canvas文書やコードの共同編集を可能にする新しい対話型スペース音声概要文書やプレゼンテーションをPodcastスタイルの音声に変換する機能Deep Research無料版のGeminiでも利用可能な高度な検索・分析機能(速度や利用状況に制限がある可能性あり)Gemini Code assistant開発者向けのプログラミングサポート機能(無料版でも利用可能。ただし無料版では利用制限がある可能性あり)Sec-Gemini v1 セキュリティに特化した大規模言語モデルアプリ連携の強化Google カレンダー、メモ、タスク、フォトなどとの連携機能の拡張このようにGoogleの強みを活かした様々なツール・機能が数多くリリースされています。さらにGeminiは、今後も新しい機能を追加していくと予想されます。

Google Gemmaの位置づけと活用方法

もう一つクリエイターが知っておきたい情報として、Googleには「Gemini」のほかにも「Gemma」という大規模言語モデルファミリーの存在があります。このGemmaはGeminiの開発で培われた技術が活かして開発された軽量かつ高性能なオープンソースのモデルです。クローズドで開発されているGeminiに対し、Gemmaはオープンソースであるため誰でも無償で利用・カスタマイズ・再配布できるというのが大きな違いです。

日常的に使いやすい生成AI「Gemini」とその関連サービスからGoogleのAI戦略を紐解く
Googleが開発するオープンソースの大規模言語モデル「Gemma」Gemmaに関しては、一般のユーザー向けにサービスを展開しているというよりも、AI研究の促進や、特定の用途に特化したAIアプリケーション開発を後押しすることを目的とした開発者向けの大規模言語モデルと捉えた方が良いでしょう。より多くの開発者や研究者が最先端のAI技術にアクセスできる道を開くことで、 BtoBのマーケットでもGoogleの影響力を高めていくためのプロジェクトだと考えられます。

Gemmaには複数のモデルがあり、ローカルPCのような限られた環境でも動作するよう設計されたバージョンもあります。以下が、主なGemmaのモデル一覧です。

モデル名説明Gemma 1軽量ながら自然言語処理で高い性能を発揮する初期モデルファミリー。
指示応答向けファインチューニング版ありGemma 2Gemma 1の後継で、アーキテクチャの改良や学習データの増加により性能が向上。日本語対応モデルあり。指示応答向けファインチューニング版ありGemma 3最新の高性能モデルファミリー。非常に長いコンテキストウィンドウ、優れた多言語対応、関数呼び出し、マルチモーダル(テキスト+画像)対応などが特徴。多様なサイズ展開で、幅広いニーズに対応

Geminiでクリエイターが注意すべきポイント

Geminiには、クリエイターが気になる懸念事項も存在します。その中でも、今回のGeminiのバージョンアップによって生成された画像からウォーターマークの除去が比較的容易であるとの批判が各方面から伝えられている点は注意が必要です。

現在は生成AIによる学習をブロックする画像処理ツールも提供されており、ウォーターマークと同様の不正利用防止技術も進化していますが、ストック画像提供サービスなどでは基本的に不正利用防止としてサンプル画像に従来型の一般的なウォーターマークが入れられています。こうしたストック画像・写真の不正利用などにおいて、Geminiによるウォーターマークの除去が悪用される懸念があるので注意が必要です。不正な画像学習による著作権的なモラルハザードと比較すると、まだ法整備や対策が可能な事柄のように思いますが、著作権侵害リスクが現実的な懸念として高まっていることには変わりありません。

GPT-4oの画像生成機能によってさらに高まった生成AIによるクリエイターの著作権侵害の問題は、OpenAIの事業戦略に関連する議論だとは思います。しかし、批判の一部にはサム・アルトマンが強力な資本力をバックに社会的責任を担う大企業に成長した今もベンチャー企業的なマインドのまま、法的グレーゾーンを積極的に活用しているのではないかといった指摘もあります。OpenAIの資本力や影響力は、いままで画像の不正学習を疑われていたStable DiffusionやMidjourneyの事業規模と比較すると段違いで、これに対抗できる勢力というのは、現時点でおそらくGoogleしかありません。

そのためGoogleに対して、クリエイター側から著作権を尊重するモラルの重要性を訴えかけていくことは、より健全な方向へと生成AIの活用が改善されていくために重要であることのように思います。技術面だけでなく倫理面でも洗練され、クリエイターとの共存を目指す姿勢はGeminiが生成AIの覇権を握る上でも重要な差異点であるという方針を打ち出していくことに期待したいところです。そのため、画像生成AIに関してのGoogleの動向は今後も注目しておく必要があるでしょう。
※参照記事:Googleの「Gemini」で「ウォーターマークを消せる」──SNSで物議 悪用を懸念する声多数(ITmedia AI +)

GoogleのAI戦略と今後の展望

最後にGoogleのAI戦略と今後の展望について解説します。

▶︎太っ腹なサービス提供で生成AIで覇権を狙う
Googleは、GoogleドキュメントやGoogleスプレッドシートといったオフィス系ツールに代表されるように、ツールを無償で提供することで、後発であるにもかかわらずデファクトスタンダードとなるといった戦略に長けた企業です。こうした太っ腹なサービス提供による戦略はGeminiでも同様に実行されており、前述のように最新モデルである2.5 Proをはじめとして潤沢な資金とリソースで多くの高性能モデルが無料で利用できるようになっています。

フィルタリングバブルやエコーチェンバーといったネット特有の現象の中で気づきにくくなっている部分がありますが、IT分野に関心の高い人が思っているほど現実には日本国内で生成AI利用の普及は進んでいません。特に課金ユーザー数は非常に少なく、エンジニアやIT関連事業の従事者だけが最新の機能で盛り上がっているといった状況が続いています。こうした局所的な生成AI利用から、一般のユーザーへ広く生成AIが普及・浸透していく過程に、Googleの無償でツールを解放していく戦略は大きく貢献していく可能性が高いです。また、既存のサービスのアップデートの一環として生成AIを組み込んでいくといった戦略も、一般のユーザーが日常的にAIに触れる機会を増やしています。Googleが目指しているのは、「普段使いの生成AI」としての覇権なのかもしれません。

だからこそ、画像生成AIの著作権問題やディープフェイク問題に関しても、Googleが非常に大きな存在であると言えるのです。

▶︎GeminiのAI機能によって変化を余儀なくされるSEO対策
Googleには生成AIの普及によって起こる事業的なリスクも同時に存在します。それは人々の検索行動の変化です。Google検索にAI Overview(AIによる概要)が表示されるようになったことで、AIの概要の元になったWebコンテンツへのアクセスが急減したデータを報告する報道も出てきています。こうしたユーザーの検索動向の変化に関しては、Googleは今後も様々な方針を打ち出してくると予測されます。現在、ビジネスシーンで普及しているSEO対策では対応できなくなる可能性が高いでしょう。
※参考記事:Google AI Search Shift Leaves Website Makers Feeling ‘Betrayed’(Bloomberg)
※参考記事:Google’s AI Search Switch Leaves Indie Websites Unmoored(PYMNTS)

▶︎人間が制作するコンテンツを重視するGoogleのカイドライン

日常的に使いやすい生成AI「Gemini」とその関連サービスからGoogleのAI戦略を紐解く
Googleのガイドラインで示されるE-E-A-TSEOに造詣の深い方であればご存じのことかと思いますが、Googleは検索に対する評価方法について「検索品質評価ガイドライン(Google Search Quality Evaluator Guidelines)」を用意しています。このガイドラインでは、E-E-A-T という概念が重要な指針となっているのですが、この指針がクリエイターが生成AI社会で生き残る大きなヒントを与えてくれるように感じます。E-E-A-Tとは、以下の表で解説しているようにExperience(経験)、Expertise(専門性)、Authoritativeness(権威性)、Trustworthiness(信頼性)が、コンテンツの品質を評価する上で重視される要素であることを伝えるものです。

要素説明Experience(経験)コンテンツ作成者が、そのトピックに関する実体験や個人的な経験を持っているかExpertise(専門性)コンテンツ作成者が、そのトピックに関して十分な知識やスキルを持っているかAuthoritativeness(権威性)コンテンツ作成者、コンテンツ自体、Webサイトが、そのトピックにおいて信頼できる情報源として認識されているかTrustworthiness(信頼性)コンテンツ、コンテンツ作成者、Webサイト全体が信頼できるものであるかこのE-E-A-Tを見てもわかる通り、Google検索で評価されるコンテンツは、生身の人間が経験したもので、かつその人の専門性や権威性の高さ、それに付随して蓄積される信頼性の高さを重視しているのです。E-E-A-Tは、現在のように生成AIが普及する前から示されている指針ですが(以前は専門性、権威性、信頼性でE-A-Tとされていましたが、2022年12月から経験のEが追加されました)、2025年1月に発表された最新のガイドラインでも変わらず重要な指針として提示されており生成AIコンテンツにも適用されます。

つまり、Googleは生成AIを普及させ、その覇権を握ろうとする一方で、検索の品質評価に関しては、生成AIによるコンテンツの評価を下げざるを得ない一見矛盾しているともとれる施策をとっているのです。生成AIの使用そのものはガイドライン違反となっていませんが、生成AIのみで作成されたコンテンツはE-E-A-Tで示される要素を満たすことは困難であることが容易に想像できるかと思います。例えば、生成AIにも経験を綴ることはできるかもしれません。しかし、それはドラえもんや鉄腕アトムのような実体や感情を持ったロボットでない限り嘘の内容になります。コンテンツ制作の過程で、一部の作業を生成AIに支援してもらうことは、今後当たり前のこととして普及していくかもしれませんが、人間による作業プロセスが入っていない生成AIコンテンツは、低品質コンテンツであるとみなされる可能性が高いという点は注目すべきポイントだと感じます。

ここ1ヶ月の間に多くの人が、GPT-4oの画像生成AI機能を使って「ジブリ風」「ドラゴンボール風」といったイラストを生成することを楽しんだことでしょう。確かに以前とは比べ物にならないほど、生成されたイラストのクオリティは上がっています。しかし、絵柄のテイストは特徴がよく出ていますが、どれも似たような結果で、よく見れば学習元になったであろう本物のコンテンツのクオリティとはまだ差があります。

誤解を恐れず言えば生成AIコンテンツは既存の著作物を学習したキメラです。生成AIは標準的なクオリティのコンテンツを自動化して大量に制作することには向いていますが、他と差別化できるような独自性の高いコンテンツを生み出すことは難しいといった指摘も多くあります。GPT-4oの画像生成AIによるイラストを最初はすごいと思って楽しんでいた人も、猫も杓子も「流行りのアレをやってみました」という投稿をする中で、少々食傷気味であると感じてきているのではないでしょうか。

人々の検索行動は、Google検索から生成AIへの支援へと移行しつつあります。しかし、Googleが培ってきたコンテンツ評価の基準は、生成AIの利用方法にも影響を与え続けるでしょう。生成AIに仕事を奪われるのは、他の人にも代替可能な参入障壁の低いコンテンツ制作を担っている労働であって、高度なスキルと創造性を持つクリエイターの価値はより高まっていくはずです。やがて類似した生成AIコンテンツに人々が飽き始めれば、独自性の高い人間の創作物を、AIを通じて探す時代が訪れると私は考えています。

まとめ

技術の進歩によって引き起こされたクリエイターの権利侵害は、以前にもありました。Winny事件に代表されるようにP2P型ネットワークが登場した際、大量の音楽コンテンツが著作権侵害の危機に瀕したことを記憶している方も多いはずです。今でこそ多くのユーザーに支持されているSpotifyといった音楽配信サービスも、創業当初は音楽制作に関わる企業やクリエイターとの収益分配を巡って大きな軋轢を生みつつ拡大してきました。今のようにクリエイターに還元されるようなシステムが構築されるまでには、しばらく時間がかかりました。現在も問題点も多く賛否両論ある音楽配信ですが、収益をしっかりと上げられているアーティストが増えてきたといった報道もあります。また、音楽配信によって生まれた人気アーティストやヒット曲もあり、肯定的に捉えるアーティストやユーザーも増えてきました。

現在は生成AI業界が成熟する過渡期であり、法整備もまだ十分に追いついていません。現状、生成AIがクリエイターの権利を侵害している問題については、適切なルール作りや規制を通じて改善していく必要があります。そして今回、GeminiやGoogleのAI戦略を分析する中で見えてきたのは、生成AIに仕事を奪われやすいのは、再現性が高く量産可能な作業を担っている働き手であり、一方でその人にしか作ることのできない独自性や創造性に裏打ちされたコンテンツを制作できるクリエイターの価値は、今まで以上に高騰することが予想されるということです。

これから数年は試練の時期が続くかもしれません。また、私は一部の作業で生成AIを活用していくこともクリエイターの生存戦略として全否定されるものではないと思っています。しかし、人間が制作する独自性の高いコンテンツを絶やさないために、自分自身の創作活動と真摯に向き合い続けることが、ますます重要になってくるということも強く感じました。Googleの動向は、コンテンツ生成に関する事柄以上に、クリエイターとしての存在を世に知らしめる手法のあり方を問う上で重要になってくると思いますので、本記事がその理解の一助になれば幸いです。

日常的に使いやすい生成AI「Gemini」とその関連サービスからGoogleのAI戦略を紐解く
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