【モデルプレス=2026/03/13】東京・錦糸町のキャバクラ「Club蓮 錦糸町」で活躍するキャバ嬢・はるな。鹿児島県の離島・徳之島から上京し、幼い頃からの夢であった看護師として働きながら、夜の世界でも奮闘している。
二足のわらじを履く彼女に、独自のキャリアのきっかけや、10円ハゲができるほど過酷だった国家試験の裏側、そして道を切り拓くための「有言実行」の哲学を聞いた。 【インタビュー全2回の1回目】

◆看護師とキャバ嬢の異色キャリア
― 看護師をしながらキャバ嬢を始めたきっかけを教えてください。

はるな:上京してきたのが5年前で、看護師としての就職と同時にキャバクラも始めました。実は、看護師は小学1年生の頃からの夢だったんです。すごくおばあちゃん子だったんですけど、おばあちゃんから「人のためになる仕事につきなさい」と言われて。それが何なのかを聞いたら「看護師さんとかね」と言われたことがきっかけで、物心ついた頃から「看護師になる」ってずっと口にしていたみたいです。

― 念願の夢を叶えて上京し、なぜ夜のお仕事も選んだのでしょうか?

はるな:夢が叶った瞬間に、「自分の中に次の夢がないとおもろくないな」と感じたんです。キャバクラでしっかり稼いで貯金して、将来的に自分で何か新しいことを始めたいという思いがありました。

― お酒を飲んで接客する世界ですが、当初不安はありませんでしたか?

はるな:実はお酒が飲めないんです(笑)。最初は「お酒を飲んで売上を上げる仕事なのに、お茶しか飲めないのは不利だ」とマイナスに感じたこともありました。でも、なんだかんだ5年続けて来られていますし、今は飲めないことを全く気にしていません。

◆「Club蓮 錦糸町」への移籍と、前店への“筋”を通した決断
― 現在の「Club蓮 錦糸町」に入店して4~5ヶ月とのことですが、お店の魅力を教えてください。


はるな:スタッフさんの対応がすごく丁寧です。例えば、お客様が接待で使ってくださる時に「今日は大事な席なんです」と事前に伝えておくと、フルーツを用意してくれるなど、ケースバイケースで柔軟に動いてくれます。女の子同士もギスギスした感じがなくて、居心地がいいですね。

― 前のお店も同じ錦糸町で、4年ほど在籍されていたそうですね。

はるな:はい。実は移籍する際、前のお店の担当さんにも相談したんです。すぐ近くの店舗への移動だったので、私のお客様がそのまま動くことで前のお店にダメージを与えてしまうのが申し訳なくて。「錦糸町にいてほしくないなら、別のエリアに出る」と伝えました。でも、前店の担当さんは「挑戦してみなよ」と背中を押して応援してくれたんです。

― 誠実な対応があったからこそ、今も気持ちよく働けているんですね。

はるな:そうですね。移籍直後は、近すぎてお客様が被ってしまうなどの理由で指名が半分くらいに減った時期もありましたが、今は新しい環境で一から頑張っています。


◆「逃げたら一生逃げる人生になる」10円ハゲができるまで追い込んだ受験期
― これまでの人生で、一番の挫折や辛かった経験を教えてください。

はるな:看護学校時代の国家試験前が一番辛かったですね。勉強が本当に苦手で、模試の結果もずっとD判定やE判定。当時は「私の人生、もう終わったな」と絶望していました。一度、全てが嫌になって親に「辞めたい」と泣きながら電話したことがあるんです。

― その時、お母様は何と仰ったのですか?

はるな:「今ここで辛いと思って逃げたら、今後も辛いことがあるたびに逃げる人生になる。逃げ癖がつくよ」と言われました。その言葉で「今、逃げちゃダメなんだ」と目が覚めて。それからは、朝5時に起きて、6時から学校を開けてもらって夜中まで勉強する毎日を送りました。

― 凄まじい追い込みですね。

はるな:睡眠時間は3時間くらいでしたね。奨学金を借りていたので、落ちたら一括返済しなきゃいけないというプレッシャーもありました。
寝るのが怖くて、お風呂上がりにドライヤーをしている時も、手作りの単語帳を首からぶら下げて暗記していました。ストレスで10円ハゲもできましたけど(笑)、その時のおかげで、今は何があっても「あの時よりはマシ」と強くなれた気がします。

◆はるなの夢を叶える秘訣は「退路を断つ宣言」
― 最後に、夢を追いかけている読者に向けて「夢を叶える秘訣」を教えてください。

はるな:「自分はできる」と信じ込むこと、そして周りに宣言することです。国家試験の時も、先生や友達が寄せ書きをしてくれた「絶対合格」のハチマキを巻いて、自分を追い込みながら勉強していました。そのハチマキは今も大事に東京に持ってきています。

― あえて口に出すことで、自分にプレッシャーをかける?

はるな:そうです。言っちゃえば、やるしかなくなりますから。「Club蓮」に入った時も、最初は自信がなかったけれど、担当さんに「2~3ヶ月で絶対に人気になるから信じてほしい」と伝えました。そうやって自分を逃げられない環境に置くことが、結果に繋がるんだと思います。

― ありがとうございました。
「おばあちゃん子」だった少女が、その教えを胸に看護師となり、さらには夜の世界でも高みを目指す。
彼女の言葉からは、どんなに苦しい状況でも「逃げない」という強い意志が伝わってきた。母親からの厳しい愛や、恩師たちとの寄せ書きハチマキといった、彼女を支える人たちとの絆こそが、彼女を輝かせるエネルギーの源なのだろう。(modelpress編集部)

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