◆杉咲花主演「冬のなんかさ、春のなんかね」
杉咲が演じるのは、古着屋でアルバイトをしながら小説家としても2冊の小説を出版している土田文菜(つちだ・あやな)、27歳。恋人も仲良しの友人もいて、幸せだが“きちんと人を好きになること” を避けてしまっている。本作は、冬と春の間を行き来するように、迷って、悩んで、間違いながらも真剣に生きる主人公・文菜をめぐる普段着の恋の物語だ。
監督・脚本は、映画「愛がなんだ」(2019年)をはじめ、「ちひろさん」(2023年)、「からかい上手の高木さん」(2024年)など多くのヒット作を手掛けてきた今泉監督が担当。GP帯ドラマでの監督は今回が初となる。文菜の恋人役・ゆきおとして出演するのは、NHK連続テレビ小説「おちょやん」(2020年)でも杉咲と夫婦役を演じており、深い親交のある俳優の成田凌である。
◆今泉監督、本作に込めたテーマ語る
― まず、今泉監督が今回脚本を担当されたきっかけから教えてください。
今泉監督:日テレさんから「杉咲さん主演でなにか連ドラをやりませんか?」というお話をいただいたところから始まりました。なので、物語が先に決まっていてキャストを探す、みたいな順番じゃなくて、杉咲さんが演じる前提で脚本を書きました。
僕は恋愛ものを多く作っているのですが、すごくわかりやすく「誰かと誰かが出会って結ばれていく」というラブストーリーよりは、ドラマや映画とかではあまり取り上げられないような個人的な悩みや温度の低い恋愛、でも、それで悩んだり苦しんだりしている人は確実にいる。そういうことを扱いたいな、と思って話を書きました。
書いていく中で「まっすぐ”好き”と言えたのはいつまでだろう?」という問いがひとつのテーマとして浮かんできて。
― 杉咲さんは、脚本を読んだときどんな印象を持たれましたか?
杉咲:本作は、主人公の文菜と文菜を取り巻く人々がぐるぐると思考をしながら、他者と会ってひたすら会話をする、本当にそんなシーンの連続で。たとえばドラマの展開として想起されるような“大きな事件が起きる”とか“登場人物が著しく成長する”ということも、多分ないんですよね。でも、ささやかな瞬間たちのなかにも、その人なりの思いやりや、その人だけの苦しみがひっそりと滲んでいる。そんな人と人との交わりを繊細に描いた今泉さんの脚本に強く惹かれました。こんな物語に携わりたいとずっと思っていました。
私はこの時代を生きていて、一言の失敗も許されないような緊張感がある気がするし、自分の意思を持つことや意見を表明することに高いハードルがあるように感じています。主人公の文菜は、観る方によってはただフラフラしているようにしか見えないかもしれません。けれどそんな中で自分なりの答えを見つけ出そうとしていく姿は、なんだか励まされる部分があるのではないかなと思っています。
◆杉咲花「共感できることはほとんどない」
― 文菜のキャラクターがすごく魅力的で惹き込まれましたが、杉咲さんが魅力を感じた部分や共感した箇所を教えてください。
杉咲:文菜は、なんというか、すごく寂しい人なのではないかと感じていて。
― 文菜には共感できないとのことですが、どうやって文菜という役を自分のものにしていく作業をしているのでしょうか?
杉咲:私の中で「共感できるかどうか」は演じる上であまり重要ではないんです。それよりも、文菜という人が何に対して幸福や切なさを感じるのかを想像することのほうが重要な気がしていて。そういった意味では、文菜は小説を書いている人なのですが、執筆のヒントになるようなかけらの言葉たちや、生活していて感じたことを自分の手帳に書いているという設定があるんです。その内容を今泉さんに共有してもらって、実際に自分で書いているのですが、そんな場面からも文菜の思考に触れられて、学びが多いです。あとは現場に行って、そのときの気温や体調、目の前にいる人たちから受け取ったものに対して素直になっていけたらいいなと思っています。
― これからお芝居する上で「これは大変そうだな」「表現が難しそうだな」と思った部分はありますか?
杉咲:今泉さんの脚本なので覚悟はしていましたが、シーンの長さと台詞の多さは想像以上でした(笑)。個人的には現場が少し久しぶりなので、いまは1日にワンシーンしか覚えられなくてとても焦っています(笑)。ですが、なによりすべてのシーンが最高に素敵で、ト書きひとつをとっても愛しかない。
◆今泉監督、台本は完全に当て書き?
― 今泉監督から見た杉咲さんと文菜の共通点はどこだと思いますか?
今泉監督:お芝居や作品をつくることにおいて、1人でできることはすごく少ないと思っているのですが、杉咲さんはまわりの人や環境に頼ったり、信じたりしていて。文菜も、自分を大切にしている人ではあるけどまわりの人との時間もすごく大切にしていると思います。あと、仕事にしろ、恋愛にしろ、うまくいっていたり、華やかな場所にいたりしているときでも「一方でこれを羨む人がいるのではないか」と考える視点を持っている人でもあると思うし、僕もそういう人間だし。お話ししていても、そういう部分を分かってくれている方なのかなと思います。
― 先にキャストが決まっていたとのことですが、台本は完全に当て書き(特定の俳優をイメージしてその人の個性に合うように脚本を作成すること)なのでしょうか?
今泉監督:そうですね。当て書きですね。
― 杉咲さんがお話しされている絵面を考えながらセリフを作ったという流れですか?
今泉監督:杉咲さんをイメージして書いている部分もあれば、僕が思っている興味のある内容や悩み、題材を「杉咲さんだったらこう演じてくれるのではないか」と期待を込めて書いているところもあります。
― そうなんですね。本作は、今泉監督の本質がぎゅっと凝縮されたような作品だと感じました。
今泉監督:これを撮り終わったときには出がらしになっているのではないかというくらいアイデアを使い切っていて(笑)。連続ドラマの10話分というのは、単純計算で映画5本分くらいの長さなので、空っぽになりながら撮影に向かいつつ(笑)。
◆今泉監督、タイトルに込めた思い
― 特徴的なタイトルですが、どういった思いが込められているのでしょうか?
今泉監督:主演が杉咲さんということと、1月クールのドラマということは教えていただいている状況下で企画が始まったので、撮影時期は冬になるのだろうな、と思っていたことが1つ。また、ドラマの中でそういう言葉も出てくるのですが、言葉って、硬い言葉、ニュアンスの柔らかさなど含め、重力があると思っていて。そこで、なるべく重くない言葉を探してタイトルをつけました。あとは、1話を読むだけでも衝撃的なセリフ量があって、ずっと会話をしているドラマになりそうで。それで、大事なことを話すときに「なんか」や「なんかさ」という最初に発する言葉は、言葉そのものとしては意味を持たないかもしれないけれど、1つの言葉を発するときにすごく大切な時間を表現できる言葉、それがあることで、その人がどれだけ真剣に考えて、発語することを怖れながら話しているかがわかるいい言葉だなと思って、「冬のなんかさ、春のなんかね」にしました。でも、すごく迷っていたので、タイトルも5~6個杉咲さんに見てもらったり、いろいろなことしながら…杉咲さんが選んでいないタイトルにしました(笑)。
― 杉咲さんも選ばれたのですね。
杉咲:いろいろなタイトルがありましたよね。その中でも「冬のなんかさ、春のなんかね」は、今泉さんが最初からとてもこだわっていた印象があります。
― 杉咲さんが選ばれたタイトルは却下されたとのことですが、このタイトルに決まっていかがでしょうか?
杉咲:でも、却下されたのは私だけでなくて、結構みんな…(笑)。
今泉監督:みんなが気に入っていた別のタイトル案があったんです。
杉咲:言いません、冗談です(笑)。
一同:(笑)。
杉咲:でもなにより印象的だったのは、わたしも含めたスタッフさんたちが、クランクインよりもずっと前の時期に、「自分はこのタイトルがいいと思う」という意見がそれぞれにあって。それだけ魅力的な候補が並んでいたということなのですが、ああでもないこうでもないと思い思いの意見を交わすこと自体が私にとっては初めての体験で、みんなのなかにそれだけの思い入れがもうすでに芽生えていることに、とても感動してしまいました。
★後編では、今泉監督が杉咲に感心した本読みでの出来事や恋人役・ゆきおを演じる俳優の成田凌と杉咲の関係性についてたっぷりと語ってもらった。(modelpress編集部)
◆杉咲花(すぎさき・はな)プロフィール
1997年10月2日生まれ。東京都出身。ヒロインを務めたNHK連続テレビ小説「おちょやん」(2020年)など多数のヒット作品で存在感を発揮している。近年の主な出演作は、ドラマ「杉咲花の撮休」(2023年/WOWOW)、「アンメット ある脳外科医の日記」(2024年/カンテレ・フジテレビ系)、「海に眠るダイヤモンド」(2024年/TBS系)、映画「市子」(2023年)、「52ヘルツのクジラたち」「朽ちないサクラ」(2024年)など。
◆今泉力哉(いまいずみ・りきや)プロフィール
1981年2月1日生まれ。福島県出身。
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