柴川淳一[著述業]

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銀行という企業では、採用される時に、入行後の希望部所を尋ねられることがある。預金とか融資とか営業とか、ごく大雑把に質問されるが、学校を出たばかりの金融業務未経験の若者に判断できるわけもない。


いずれの業種も同じ事が言えるだろうが、とりあえず、やってみるしかない。やってみて、失敗や成功を経て、約束事や自信やリスク管理を覚えて行く。

筆者がまだ銀行員だった頃の話だ。新入行員だったA君は運動部出身の明るい男だったが、銀行員生活を続けるうちにいろんな矛盾や不条理に気づき始めた。

温厚で親切だった(はずの)支店長が不正融資や横領で懲戒解雇されたり、信頼していた先輩が不倫の末に職場放棄し行方不明になったり、セクハラ、パワハラの常習者だったごますり男が支店長として栄転するのを見るうちにすっかり変節してしまった。

【参考】<街金のしたたかさ>街金と銀行の資金回収競争に驚愕

A君にとって、「正義とは力」になった。力を得る為に、他者を陥れたり、踏みつけたりする事は自分にとって当然の権利と考えるようになったのだ。

ルール違反すれすれのやり方で大手企業に巨額融資をしたり、倒産懸念先からは強引な手法で融資金の回収を行ったりするようになったわけだ。

A君に「若いのにやり手」と言う評判が立つ頃には、同時に「出世呆けの若造」と言う陰口が囁かれ始めた。

そんな中、不幸な事故が突然、彼を襲った。敵ばかりに囲まれるような緊張感のみの職場が嫌で、休日に、趣味のマウンテンバイクで山間のワインディングロードを疾走中、自転車が転倒して負傷した。

当初、軽傷と思われたが入院は3ヶ月に及び退院後も車椅子で生活するようになり、銀行の現場に戻ることなく、やがて、退職した。
銀行員としての日々の生活が蓄積していった末路だとすれれば、なんとも悲惨な話だ。

もし、彼が銀行の不条理にまみれたり、出世や権力に頓着せず、もっと、おおらかにのんびりと銀行員生活を送ることができれば、こんな結末にはならなかったように思う。

銀行員とはいえ、出世や金に恵まれなくても穏やかで幸福な人生を送ることもできるのだから。

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