岡部遼太郎(ITライター)

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2022年11月に発表された生成AIChatGPTの登場により、私たちの生活のあらゆる場面でAIの利用が浸透、それはもはや日常化しつつある。生成AIに質問を投げかけるだけで、多くの有効な情報を得られるようになっている。


もちろん、データ分析や文書作成など、企業や学校でのオフィスワークでも、AIの利用の巧拙が作業効率や精度に大きな影響を及ぼすようになっている。むしろ、「いかに正しくAIを導入するか」「いかに効率的にAIを利用するか」という点が、成果や結果を分ける大きな要因になりつつある。

コンサルや事業支援の業界も例外ではない。データ分析や市場調査といった、従来であれば人間が時間と労力をかけて取り組んできた専門性の高い業務でも、AIの活用能力がその勝敗・成否を分けるまでになっている。

弁護士や司法書士などの士業、医師・歯科医師などの医業を専門とするコンサルティングファーム、株式会社スタイル・エッジ(東京都、島田雄左社長)ではコンサルティング業界の中でも特に専門性が高い分野のクライアントを対象に、積極的なAI導入を進めている。

同社は2025年7月、社内ユニコーン部署として「AI戦略室」を設立し、士業・医業分野を対象に、AI活用の推進に本格的に乗り出したことでも注目を集めている。現在、コンサル業界でも同社AI戦略室の取り組みが話題だ。

そこで本稿では、コンサル業界でも珍しい士業・医業支援の中で、AI導入の実態について、士業・医業支援におけるAI導入を推進するスタイル・エッジAI戦略室(樋口室長)に話を聞いた。

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(以下、インタビュー)

ITライター:岡部遼太郎(以下、岡部):最近、多くのIT系企業やコンサル各社でAI導入サービスが広がっています。一方で、士業・医業の専門コンサルとして有名なスタイル・エッジが本格的に士業・医業の世界にAI導入を進めることが話題になっています。まずは、スタイル・エッジのAI戦略室について簡単に教えてください。

株式会社スタイル・エッジAI戦略室 樋口氏(以下、樋口氏):スタイル・エッジAI戦略室というとなんだか大掛かりな感じがしますが、実は、室長の私と、他に2名のスタッフで構成されたわずか3名の小さなチームで全員が20代なんです。


岡部:20代だけのチームとはすごいですね。AI戦略室の目的、特に現在どういった取り組みをされているのかについて教えてください。

<士業・医業支援にAI導入>全員20代で創設「AI戦略室」が...の画像はこちら >>

(インタビューに対応いただいた株式会社スタイル・エッジAI戦略室 樋口氏)

樋口氏:現在、私たちはいわゆる「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)」と呼ばれる3つの指針を掲げ、これを軸に活動を展開しています。まずミッション(使命)は、「AIの力でクライアントの業務革新を実現し、価値創造を加速させる」ことです。これを最も重要な目的として掲げています。そして、そのミッションを達成した先に描いているビジョン(目指す姿)、「AIを当たり前に活用できる先進的な組織を構築し、業界全体のAI活用をリードしていく」ことです。

岡部:AIを当たり前に活用できる先進的な組織を構築するというビジョンはなかなか刺激的ですね。これについて詳しく教えてください。

樋口氏:「AIを当たり前に活用できる先進的な組織を構築し、業界全体のAI活用をリードしていく」というビジョンを実現していく上で私たちが大切にしているバリュー(価値観)は3つあります。まず1つ目は「実装重視」──とにかく形にすること。まずはやってみる、形を作ることを大事にしています。そして2つ目は「伴走型コミュニケーション」。
表面的なやり取りではなく、現場に深く入り込み、クライアントと一緒に課題解決に取り組むという姿勢です。最後の3つ目は「学習と共有の文化」。AI技術は日々進化しており、私たち自身が常に学び続ける必要があります。学んだことをチーム内で共有し、ナレッジ化していく──この循環を何より重視しています。これが、私たちAI戦略室の根幹となるMVVです。

岡部:明快ですね。MVVを策定された経緯について教えてください。

樋口氏:私の出身であるシステム事業部が、MVVのような価値観をとても大切にしている部署だったんです。私自身、その考え方に強く共感していました。世の中の変化が激しい中で、「何をやるか」よりも「どんな軸で取り組むか」「何を絶対に外さないか」という価値観を明確にしておくことが大切だと感じていました。その軸さえしっかりしていれば、時代や状況が変わっても柔軟に動ける、そう実感していたんです。

岡部:なるほど。
変化の激しい時代だからこそ、先にぶらさない軸を定めておくことが大事なんですね。導入しているAIツールは自社開発をしているのですか?

樋口氏:はい。士業・医業専門のコンサルティングファームとしては、既存のものでは十分ではありませんので、必然的に自社開発になります。この自社AIツールの主な機能は、通話中の音声をリアルタイムで文字起こしし、自分の話している内容も含めて瞬時に可視化できる点です。可視化までのタイミングは30秒未満で、体感では10秒ほどなので、ほとんど待ち時間を感じません。また、AIが自動でヒアリング内容を所定のフォーマットに整理してくれるため、仕上がった内容を弊社が提供しているCRMにコピペするだけで完了します。いわば、これまでのコールセンター業務の悩みを一気に解消したのが、最初の事例・実績です。

岡部:それはすごいですね。パラリーガルの事務員さんの負荷を大きく削減してくれるだけでなく、エラーやミスもAIによってフォローされるわけですね。

樋口氏:これは、単に業務効率の向上だけでなく、ソフト面での効果として大きいのは、私たちが大切にしている「本当にご相談者様に寄り添う」というポリシーを、より実現しやすくなったことです。たとえば法律事務所にご相談に来られる方の多くは、強い不安を感じていらっしゃいます。そうした方々に本当の意味で寄り添うためには、コールセンターで対応する事務員側にも心の余裕が必要です。
AIの活用によって作業負担を軽減し、心理的な余裕を生み出すことで、結果としてより丁寧で温かい対応ができるようになりました。これが、AI導入によって得られた大きな「もうひとつの効果」だと感じています。

岡部:弁護士の先生ご自身によるAIの活用事例などもあるのでしょうか?

樋口氏:はい、もちろんあります。弁護士の先生が対応する重要な業務の一つに、「相談者様のお悩みをヒアリングし事務所としてのご支援の方針を検討する面談があります。この「弁護士面談」にも、これまでさまざまな課題がありました。特に大きかったのが、面談後に作成する契約書の作成業務です。これまでは、所定のフォーマットにヒアリングメモを基に人の手で入力・編集していたため、かなりの時間と労力を要していました。現在は、AIがその内容を一括でフォーマット化し、契約書のドラフトを自動生成できる仕組みを提供しています。この機能によって、弁護士の先生が本来の業務である「相談対応」や「法的判断」に集中できるようになりました。

岡部:相談者からの最初の電話が終わった段階で、すでに電子契約の契約書ドラフトの作成が可能な状態になっている、というわけですね。

樋口氏:それと意外と盲点になっている負担が「引き継ぎ」です。受任後に作業メンバーへのヒアリング内容の引き継ぎが必要なのですが、この引き継ぎですら、メモを作成しなければなりません。
そこで私たちのAIを導入することで、この引継ぎ事項さえも所定のフォーマットでまとめることができます。AIが出力してくれたメモをそのまま弊社提供のCRMにパッと貼り付けるだけで、それがそのまま受任後業務のメンバーにも引き継がれた状態になり、すぐに次の業務がスタートできるようになっています。

岡部:弁護士事務所のような士業の業界は、まだまだアナログな部分が多いだけでなく、IT化やAIの活用に抵抗を感じる先生方も少なくないのでは……と、素人的には想像してしまいます。実際のところはいかがでしょうか?

樋口氏:そうですね。先生によって考え方はさまざまなので一概には言えませんが、アナログな業務が多いというのは事実です。また、ITやAIの導入に対して慎重な姿勢を取られる先生が少なくないのも確かですね。

岡部:そうした業界やクライアントに対して、AI導入や活用を促すような働きかけもされているのでしょうか?

樋口氏:はい、その点についてはかなり意識的に取り組んでいます。前提として、スタイル・エッジという会社は、これまで18年間にわたって積み上げてきた信頼関係があってこそ成り立っている部分があります。地道な積み重ねの20年弱の歴史があるからこそ、現在のクライアントとの関係は非常に濃密です。深い信頼関係があるから、当社がAI事業を始め、業務効率化を提案した際にも取り組んでくださるクライアントの方々が多いんです。

岡部:クライアントとの信頼関係が、まさにAI導入を後押ししているわけですね。

樋口氏:そうですね。
スタイル・エッジがこれまで積み上げてきた成果の賜物だと思います。クライアントの皆さまに当社のAIを事業の中でどう活用できるかを具体的にイメージしてもらうためのご提案を、日頃から積極的に行っています。ときには、「私たちの現場で検証できることがあればぜひ言ってください」といった、クライアント側からの前向きなご提案をいただくこともあるほどです。

岡部:濃密な信頼関係に基づいたクライアントとの関係ではありますが、一方で、明確な成果や効果も求められますよね。現状では、AI活用の効果をどのように捉えていますか?

樋口氏:目に見えて分かりやすい効果としては、やはり「工数の削減」です。もともと手作業で行っていた業務の工数を、どれだけ減らせたかが一つの指標になっています。工数削減によって生まれた新たな時間から、さらに新しい価値が創出される──そこに本当の意味での成果があると考えています。

岡部:AI戦略室は新設されたばかりの部署だと思いますが、クライアントに向けたAIの取り組みやサービス提供はどの段階まで進んでいるのですか?先ほどのお話を伺う限り、すでに実践レベルに達している印象を受けます。

樋口氏:おっしゃる通り、十分に実践レベルであると自負しています。もちろん、現状で良いかと言ったら、私は決してそうではないと思っていますので、日々、さらなる高度化を進めてはいます。満足できるゴールはないですね。

岡部:なるほど。では、最後の質問になりますが、今後どういうAIをどのように使って、御社としてどこを目指していくのか。それについてきかせてください。

樋口:「AIを使って何をどうするのか」というトピックについて、今、明確に言い切れる人はいないと思います。3年後、5年後の未来を正確に読むことはできませんが、私たちは“今やるべきことを確実にやり続ける”ことに全力を注いでいます。最新の情報をキャッチアップしながら、まずは動く。挑戦し続ける。その積み重ねが未来を切り拓くと信じています。根底にあるのは、「AIを正しく使っていく」という信念です。「スモールチーム」「ひとりユニコーン」といった言葉が注目される今、私たちはこの若いチームから、誰も想像できなかった挑戦を現実に変えていく。それが、私たちが今、心の底から抱いている夢です。

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(以上、インタビュー)

士業・医業支援コンサル業界でトップランナーとして注目を集めるスタイル・エッジによるAI戦略室の設立は、これからのAI活用において学ぶべき点が多い。しかも、設立2ヶ月という短期間でAI導入の難しい士業の世界で着実に実績を出している点も注目だ。

AIの活用は今後、ビジネス、教育、研究などあらゆる場面で不可欠だ。AIをいかに効果的に、そして正しく利活用できるかということが、企業や組織における成長や成功の採否を分けることにもなるだろう。

本誌では企業や組織におけるAIの導入や利活用についてのユニークな事例、挑戦的な企業などについて、今後も積極的に紹介していく予定である。
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