吉川圭三[日本テレビ ゼネラル・プロデューサー]

* * *

私は現在、ドワンゴで映像コンテンツを制作しているが、つい先日までは日本テレビで主にバラエティ番組を制作していた。ドワンゴ会長の川上量生さんは実に発想豊かで色んなアイデアがポンポン出てくる。
あんな経営者はなかなかこの日本に居ない。その川上さんにある日言われたことがある。

“「吉川さん、アメリカには放送作家っていないらしいですよ。」”

そう言えば私も世界のテレビ事情にある程度詳しいが、アメリカでは「ギャグライター」などはいるが、プロデューサーとかディレクターとかが自らアイデアを出して番組制作をしている現場は見たことがある。日本みたいに大会議室に放送作家やスタッフが集まってワイワイガヤガヤやって番組を作ることはなかったように思う。

どちらが良いのか意見が分かれるところだが、私は日本のテレビマンなので色々な放送作家さんにお世話になった。今回はその事を書くことにする。


日本初の衝撃映像番組『決定的瞬間』を私が90分編集し終わったVHSを放送作家の豊村剛さんに渡し、一昼夜で(スタジオが無いのでまるまる90分)ナレーションを3Bの鉛筆で書いて貰った。高平哲郎さんの弟子の谷口秀一さんには交通費程度のギャラで30分の深夜番組をねっちり一人でやってもらったら、それを見たハウフルスの菅原正豊さんに「これ誰が作ったの?」と真剣に聞かれた。

『世界まる見え!テレビ特捜部』創生期には、そーたに・都築浩君達は当時の赤坂の東北新社に「面白いナレーションを書くまでは帰ってはならない。」と拉致監禁もどきのことをしたり、本当にお世話になった。

秋元康氏も思いだす。当時の上司に何故か「吉川はディレクターとしての才能が無い」と判断された私は、人気うなぎのぼりの「とんねるず」の番組のプロデューサーに指名された。秋元氏は元祖「ヲタクなウエストポーチを付けた小太りの冴えない青年」で太いフェルトペンで書いた一枚ぺらの企画書を持って来た。


題して「とんねるずの子供は寝なさい」。ディレクターは堤幸彦。とんねるずが子供と戯れる番組だった。何故かその場で「面白いねー」となり4本制作。ぺら一枚で企画が通るんだと衝撃を受けた覚えがある。

忙しい盛りの鈴木おさむ君にも無理難題を吹っ掛けた。


日本テレビ55周年記念の『タモリスペシャル』の企画だ。私が勝手に思ったイメージを語り、翌日の朝には詳細な企画書がメールで送られてきた。その後、タモリスペシャルは別の企画になり、鈴木おさむにはギャラすら振り込んでいない。ひどい話だ。

その後、秋元康氏とは2度目の仕事をした。秋元氏は当時、古館伊知郎氏の番組顧問で、企画内容が固まったあとホテルニューオータニのスイートルームに呼ばれた。
『100万ドルの選択』という伝説の番組だ。ヘリコプターの足に鉛筆をつけて3分以内に電動鉛筆削りで削れるか?とか、無理難題を世界のプロフェッショナルやらせる番組だった。

二人は高級赤ワインを飲みながら我々が練り上げた企画プランを次々に「面白いねー。」と絶賛する。ただ1つの企画を説明した時、突然、秋元氏が「吉川さん。これはやめた方がいいよ。」と言いだした。それは国内街頭ロケ企画でこの番組のスケール感が無くなると言うのだ。


その場は了承し、部屋を辞す。エレベーターの中で殴ってやろうと思ったが、本編がすべて出来あがって見るとあの国内企画を入れたら確かに相当違和感があったと思う。

放送作家さんにはその後、引き続きそーたに君にも町山広美さんにもお世話になったりしているが、アイデアを貰ったり、構成を考えて貰ったり、ナレーション原稿を書いて貰ったり・・・。しかし、一番深くコミットしてくれたのは大岩賞介氏だろう。

さんまさんの新番組(この番組1年で終わったが。)で知り合い、『世界まる見え!テレビ特捜部』がレギュラーになるあたりから色々本格的に相談することになった。
「相談」。会社には相談役という立場の人がいるが、まさに相談相手である。

『恋のから騒ぎ』、『特命リサーチ200X』、『笑ってコラえて』他のスペシャル番組等のベーシックなプランを考えるとまず大岩さんに相談する。大岩さんはそのプランを推奨してくれたり、新たな要素を足してくれたりすることが多いのだが、時に、私が新しい事を考え「これどうですかねー?」と聞くと「吉川ちゃん。それは絶対やめといた方がいいよ。」と梃子でも動かなくなることがある。

私の場合「新しい事」など、と言ってもただの思いつきである場合も多く、その真贋を大岩さんは見抜くのだ。その場はガックリくるが、理由を聞くとたいてい納得する。私がこうして比較的広範なジャンルの番組を作れたのは、まず私が発想をぶっ飛ばして、(あるいはそういうプランを見つけてきて)何でも賛成するイエスマンでない大岩さんに相談して、大岩さんの顔が雲ったらやめるというシステムを採用していたからに他ならない。

しかし、人間というのは不思議なもので、自分の回りに絶対的イエスマンしか置かないタイプの人もいる。あるいは自分の考えた事を一部の隙もなく実行してくれる部下しか信頼できない人もいる。「ボス。おっしゃることは理解できますが、こっちの方がよろしいかと思います。」等と言ったら罷免されたりボコボコにされることもある。軍隊組織じゃないんだからと思うのだが。

ところで、かつてスタジオ・ジブリの鈴木敏夫はこう言っていた。

“「自分以外の他人を信じる。」”

確かに新しいモノを発想するのは個人的作業であるが、その後人の意見を聞く必要もあるのは言うまでもない。趣味で画を書いているのであば別だが。鈴木さんの言葉はモノ作りにおける独善性に陥ることの危険性を戒めた言葉だ。これはビジネスや機能組織の運営にも当てはまる話だ。

そういえば、ドワンゴの川上さんもある提案に対するひろゆきさんの反論を真剣に聞いていたのを思い出した。決める前に反論を聞く余裕ぐらいなくちゃ。

【 元の記事を読む 】