認知症というと、まずはもの盗られ妄想やひとり歩き、暴言などの行動・心理症状を先にイメージされると思います。

行動・心理症状は、中核症状(脳の神経細胞の働きが低下して起こる記憶力や判断力の低下などの症状)に不適切な環境などの外部要因が影響する場合と、身体の不調といった内部要因が影響する場合があります。

行動・心理症状は認知症の中核症状が比較的進行した後に現れると言われています。

初期に現れるサインは、「置き忘れやしまい忘れ」「同じ話を繰り返す」「人・ものの名前が出てこない」といった記憶障害に類するもののほか、衣服の着脱の仕方を忘れる、日時がわからなくなる(変化するものに弱くなる)といったことが挙げられます。

そのほかに着目したいのが、表情です。認知症による行動に目が行きがちですが、表情の変化は非常に多様なサインを送っています。

今回は認知機能が低下した際の表情の変化に焦点を当て、事例をもとに解説していきます。

事例に見る表情の変化

【事例1】入院中に表情を失ってしまい…

Aさんは、脳梗塞を発症後、病院で急性期治療(重い病気や大けがなど抱えた患者の症状が安定するまで、短期集中で手厚い治療を提供する医療機能)を終え、リハビリテーションを行うために介護老人保健施設(以下、老健)に入所しました。脳梗塞は発見と治療が早かったため、大きな後遺症は残りませんでした。

Aさんはもともと、自宅で自立した日常生活を営んでいました。老健でリハビリテーションと生活支援を行うことで、入院前の状態まで改善。もうすぐ在宅復帰という矢先に、心不全を発症してしまい、病院に入院しました。

私は当時、老健の支援相談員として従事していました。Aさんの入院から2週間後、私はAさんの様子を確認するために、入院先の病院に面会に行きました。

そこで目にしたAさんの姿を見て、私は思わず絶句してしまいました。

ベッドに横たわりびくともせず、脇には点滴スタンド。両手にはミトン手袋※がつけられ、さらに両手首と胴体は特殊なベルトで縛られていました。

※点滴・経管栄養などのチューブを抜いたり、皮膚をかきむしらないように、手指の機能を制限する手袋。特殊ホックや専用器具によって、自分では着脱することができない。

驚きながらもAさんの顔を覗き込むと、その表情にはおかしいと思われる点があったのです。

  • 変化がない、乏しい
  • 目はうつろで焦点が合わない、目に生気がない
  • 口角に力がない

病棟の看護師に病状を尋ねると、「心不全は治療で安定。食欲不振のため点滴を施行中。点滴をいじったり、点滴中にトイレに行こうとして危険なので、身体拘束を実施している」と説明がありました。

その後、Aさんはアルツハイマー型認知症と診断されました。

施設で生活をしていたときのAさんは、目がランランとして、強い視線があり、豊かな表情、巧みな言葉、大きな笑い声を持っていました。

表情と生きる姿の違いから、私はAさんの認知機能の低下を懸念しました。

表情の変化は認知症のサインかも? ささいな変化もケアマネや介...の画像はこちら >>

【事例2】施設への通所を止めて、常に怒っているような表情に…

Bさんは、身体機能は自立していましたが、自宅で横になっている時間が増え、身体機能の低下を心配した家族が、通所リハビリテーションの利用を提案。私が働いていた老健に通い始めました。

しかし、「通うのがおっくう」という本人の声に家族は根負けして、利用を中断していました。

しばらく経ったある日、「高橋さん、最近義母の顔つきが変わったような気がします。なんかおかしいんです」とBさんの妻から相談を受け、Bさん宅で本人と対面しました。

すると、次のような表情の変化が見て取れました。

  • 目つきが険しい、目を合わせない
  • 眉間にしわが寄っている
  • 怒っているような表情

Bさんと会話をすると、つじつまの合わないことを言ったかと思えば、取りつくろうようなことを話したりして、混乱や怒りやすくなっている印象を受けました。

Bさんの妻と相談をして、本人には「健康診断」という名目で医療機関を受診してもらったところ、アルツハイマー型認知症と診断されました。

上記の2つの事例は実際に私が経験した実例です。どちらも表情の変化が顕著でした。

先述した通り、家族はもの忘れといった記憶障害などに直面した際、認知症を疑うことが多いようですが、表情の変化も認知症の初期に現れるサインだと捉えておきましょう。

適切な支援があれば表情は回復する可能性もある

では、上記の事例のその後についてご紹介します。

【Aさんのその後】老健に戻って表情に変化が生まれた

入院生活で表情も乏しくなり、目に力もなく、すっかり“患者さん”になってしまったAさんは、退院後老健に戻ってきました。

老健では、当然身体拘束はなし。入院中おむつとパットだった排泄行為は、本人の状態を見極めながら徐々にトイレにお連れしました。また、次のようなサポートを行いました。

  • ベッドに寝たままではなく、起きる・立つ・座ることを繰り返す
  • 病院のミキサー食からおかゆを経て、普通のご飯に戻していく
  • ほかの入所者と共同して生活を営むことができるようにサポート
  • リハビリテーションを実施する

専門職たちは、「原因疾患(アルツハイマー病)によって、知的能力が衰退し、日常生活に支障をきたしている」と認知症を捉えます。知的能力が消失ではなく衰え退いている。衰えだから(支援によって)取り戻せるのではないかと思考を重ねて、支援を行っていきました。

すると、Aさんの様子が変わってきたのです。ボーッとして乏しかった表情に変化が生まれ、目にも輝きが戻っていきました。

【Bさんのその後】医師と専門職による支援で回復

医療機関でアルツハイマー型認知症と診断されたBさん。医師は、興奮状態にある脳を落ち着かせることが先決ということで、少量の内服薬を処方。あわせて通所リハビリテーションも再開するように提案しました。

通所リハビリテーションでは、本人が人にやってもらうことに慣れて受け身になるのではなく、自分の状態と向き合い、自分が持っている力で生きていこうと思えるように支援を積み上げていきました。

医師による薬物療法と専門職による適切な支援により、先のAさんと同じように活き活きした表情を取り戻し、生きる姿が変化していきました。

最近は、認知症の予防に表情筋トレーニングが有効だという報告もあります。私の経験上、自分でできることを自分でする、他者と共同して生きることこそが、活き活きした生活につながると実感しています。

そうした生活が表情も豊かにするのではないでしょうか。

もし表情の変化に気づいたら、まずはケアマネージャーや介護施設・事業所の職員など、いわゆる専門職に話をしてみてください。家族にとってはささいなことだとしても、専門職はそのような情報を重視します。

情報がキッカケとなることで、早期支援につながり、本人や家族にとってより豊かな生活を送ることができるのではないでしょうか。

 
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