今回はすでに始まっている2024年度からの「第9期介護保険事業計画」に向けた議論を振り返りながら、主要団体・関係者の反応について紹介していきたいと思います。

要介護1・2の方を総合事業に移行する問題の論点

一部の介護関係者から懸念されていたのが、要介護1・2の高齢者を対象とした訪問介護・通所介護を現在の介護保険サービスではなく、市町村が行う「総合事業」に移行させようとする動きです。

これは、かつて財政健全化などを話し合う財務省の財政制度等審議会・財政制度分科会で「介護度が軽度である要介護1・2の方への訪問介護・通所介護については、要支援者と同様に地域の実情に応じた多様な人材・多様なサービス提供を行う総合事業へ移行すべき」との意見が示されたことが発端でした。

これについて介護の現場にいる当事者からは、次々に反発する声が上がりました。

例えば「認知症の人と家族の会」。代表理事の鈴木森夫氏は2020年9月18日に同会の公式HPで「厚生労働省は、今、『市区町村が認めた場合には、要介護者であっても「利用者が希望すれば」総合事業の対象とすることとする省令』(介護保険施行規則)改正を推し進めています。当会は、この改正は、要介護者の保険給付外しに道を拓くことが強く懸念される、きわめて危険な内容であり、断固反対します」としたうえで、こう問題点を指摘しました。

「提案されている改正案は、要介護認定を受けた人へのサービスを総合事業に移行することを可能にするだけでなく、要支援者が要介護の認定を受けた場合に、サービスを総合事業に留めておくことを可能にするものです。これは要介護者の保険給付外しの突破口であり、介護保険の受給権侵害につながるものとして、絶対に認めるわけにいきません」

さらに、同氏はこうも指摘しています。

「『介護給付』か『総合事業』かの議論が繰り返される根本的な原因は、介護サービスが細分化されていることにあります。介護サービスは、介護保険給付サービスとして一本化すべきです。特に、この課題は認知症の人にとって極めて大きな問題です。「要介護1」「要介護・2」の認定者の大半は、身体的な機能としては、ある程度自立している認知症の人が多い認定区分です。専門的なケアを継続して受けることにより、少しでも進行を遅らせ、現状維持を図ることが重要です。介護家族の負担軽減、介護離職の防止のためにも声を上げ続けます」

ここまで厳しく声を上げる裏には、介護の現場で実際に起きている深刻な状況があるからです。

「要介護1・2にも相当数、認知症の方がいて、その方々は、体は元気なんだけど、認知症が進行していくかどうかの、分かれ道のタイミング。周囲も対応に慣れておらず、本人も不安でトラブルが起きやすいときだけに、専門家がきちんと対応しなければならない」(鈴木代表)。

改正は一般ボランティアにその対応を任せる可能性を広げるだけに、当事者たちが大きな不安を抱くのも無理はありません。

この件は「見えてきた総合事業の課題。介護職の人材不足解消が急務に」にも詳しく書いているので、ご参照いただければと思います。

各団体による反対意見

移行した場合によっては利用者の費用負担が軽くなる可能性もありますが、介護報酬の引き下げが考えられるため、事業者は事業所の運営がより一層厳しいものになることを懸念しています。各自治体も、もろ手を挙げて賛成しているわけではありません。

2023年の2月27日に開かれた第106回社会保障審議会介護保険部会では、全国知事会を代表する委員である長崎県の大石賢吾知事に代わる参考人として出席した長崎県長寿社会課・尾崎課長が総合事業について発言。

「(総合事業は)本県においても重要な項目と考えており、今年度、県内市町の詳細な実施状況を調査いたしました。 調査の結果、事業を担う事業所の人材不足、専門職の関与がなく、自立支援につながるサービス提供不足、介護予防に効果的な短期集中予防サービスができていない、または実施してもほかのサービスにつながらない課題がございました。

また、一般介護予防事業で実施いたします住民主体の通いの場は、働く高齢者が増加している状況もあり、リーダー、ボランティアの担い手や後継者の不足といった課題もございました。今後、国において検討会を設置し、充実に向けた議論を行うことになりますが、事業の担い手となる地域住民や介護事業所の掘り起こし、あるいは高齢者の心身の状況に応じて 介護予防に効果的なサービスが受けられるよう、地域の専門職が関与いたしまして、事業間で連携していく仕組みを構築することが大変重要と考えております。

具体的な方策を検討し、お示しいただきたいと考えております」

このように総合事業への移行に懸念を示す自治体も、また少なくないのも事実なのです。

「自治体もそうですが。このままいけば事業者の方も立ちいかなくなると思います」と前出の鈴木代表は指摘しました。

鈴木代表とも署名などで連携しているのがNPO法人高齢社会をよくする女性の会(樋口恵子理事長)です。こちらも昨年の11月24日付で加藤勝信厚生労働大臣に、総合事業の対象者拡大についての問題を指摘し、反対する趣旨の要望書を送っているので、その一部を抜粋します。

「現在行われている要支援1・2の人たちを対象とした『介護予防・生活支援サービス(訪問型サービス・通所型サービス)』の現状を見る限り、この状況下で対象を要介護1・2の人に拡大することは問題であり反対いたします。また、要介護1・2の人たちを「軽度者」とすることは誤解を生じさせるのではないかと危惧もしております。認知症と診断される人たちが多く含まれている要介護1・2の人は軽度者というより、重度にならないための配慮を特に必要とする人たちです。この先の重度化を防ぐためにも、専門的な知識とスキルを持った介護専門職によるケアが必要であり、現状における総合事業の対象とすることは難しいと考えます」

さらに座小田孝安委員(民間介護事業推進委員会代表委員)の第105回部会における発言も、明確に異を唱えるものでした。

「軽度者への生活援助サービスなどに関する給付の在り方についてでございます。介護予防・日常生活支援総合事業についてでは、多様なサービス提供体制について、生活援助従事者研修などの担い手の育成も含めまして、また十分な体制が構築できていない状況であると判断しております。今までの部会でも市町村の代表委員からも意見が出されていたと記憶しております。私どもはまずはこの整備、受け皿づくりを優先すべきであると主張してきましたし、既に開始されている市町村のサービス提供体制の評価・分析、とりわけサービスの専門性や質の確保が重要であると考えておりますことから、これを拙速に見直すことについては明確に反対を表明させていただきます」

厚労省の議論に参加した方のリアルな声

こうした反対の声もある中、「(2024年の)第9期保険計画における(対象者拡大の)取り組みは見送られました」(厚労省関係者の話)。

実際のところ、この件が話し合われてきた「社会保障審議会介護保険部会」の雰囲気は、どのようなものだったのでしょうか。

同部会と社会保障審議会介護給付費分科会の委員で、4月から開始された「介護予防・日常生活支援総合事業の充実に向けた検討会」の構成員になっており、4月10日の第1回検討会にも出席し「高齢社会をよくする女性の会」でも理事を務めている石田路子さんが、その実情を話してくれました。

「(対象者拡大の)推進派と、『時期尚早である』とする人たちの意見が真っ二つに分かれています。認知症に関しては、リハビリの専門職や介護の専門職の方たちが、どういう風に現場で関われるのか。ここは『認知症の人と家族の会』の方々が強硬に反対していたように、一番懸念されるところです。この問題をそのままにして、要介護1・2を対象にするのは早いと思っています」としたうえで、今後の行方については「夏までに掘り下げて、入念な議論を重ねていかなければと思っております」と話していました。

一方で、厚生労働省老健局が作成した「総合事業の充実に向けた検討会(仮称)の設置について(報告)」とタイトルが付けられた文書の中には「総合事業を充実化していくための包括的な方策の検討を早急に開始するとともに、自治体と連携しながら、第9期介護保険事業計画を通じて、工程表を作成しつつ、集中して取り組んでいくことが適当である」としています。

そのうえで「総合事業の充実に向けた検討会(仮称)」を設置し「①総合事業の充実に向けた工程表に盛り込むべき内容②住民主体の取り組みを含む多様な主体の参入促進のための具体的な方策③中長期的な視点に立った取り組みの方向性」を検討し「今年の夏ごろには中間整理を部会に報告・議論し以降は検討を加速化し、必要な対応を実施していく」としています。

この検討会に関し、鈴木代表はこう話します。

「検討会を立ち上げることで、何とか『介護保険を要介護3以上しか適用させない』という路線で、行きつくところまで行きたいのだと思います。我々が強く反対し続けているので、いっぺんにはできないんだけど、少しずつ少しずつ、近づこうとしているんだと思います。その一環として検討会議も設けられているということですから、私たちとしても何としてもそれを許すわけにはいかないという思いです」

確かに、前出の財務省財政審・財政制度分科会は、2024年度の介護保険制度改正にも言及し、以前から実現を迫っていた要介護1と2の訪問介護、通所介護を市町村の総合事業へ移す構想について、具体化に向けた検討を進めるべきと改めて提言しています。

しかし、一般ボランティアなどに認知症の人への対応を行うことは難しいのは明らか。「認知症の人と家族の会」や「高齢社会をよくする女性の会」が指摘している問題点を放置していれば、これから多くの高齢者とその家族が難問に直面することになってしまいます。誰もがこの問題を自分事としてとらえ、声を上げていくことしか、この流れにブレーキをかける方法はないのだと痛感しました。

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