今回は自立生活サポートセンター「もやい」の理事長で、内閣官房孤独・孤立対策担当室参与の大西連さんをゲストに迎え、そのお話を基に現在の課題と対策を考えました。
大西さんには第370回でアップされた記事「成年後見制度はどうやって活用すべきか?在宅介護の最前線のリアルな本音」に目を通していただいてから、対談しました。
大西さんは2010年からすでに13年、食料品配布など貧困対策の最前線で、日本の貧困問題に取り組んできました。その専門家の立場から、“情報弱者”である高齢者の現状と改善策についてお聞きしたいと思ったからです。
支援が必要な生活保護“一歩手前”の方々
――読んでいただいた記事は、都内で介護関係の方々が集まっていろんな問題を提起した際のものです。そのときに法律事務所のスタッフから、“情報弱者”に対するサポートの話が出てきました。まず、これをお読みになっての率直な感想をお聞かせください。
大西:そうですね。生活が苦しいと、こういった介護サービスを含めた支援が打ちづらくなるんじゃないかという側面は、すごくあると思っています。特に所得が低い方、低年金とか無年金の方とかは、年金があったとしてもできるだけ出費を抑えたいとかのマインドが働いて、本来受けられるサービスを受けない、という状況が、ずっと起きてしまう。
逆に生活保護とかそういった制度を利用し始めると、公費でまかなわれる部分がかなりあります。それに担当の職員が「こういうサービスを使いましょう」と支援します。その結果生活保護になった方が、いろんなサービスを使ったりして、支えられることになります。
―――生活保護を受けるようになると、サポートしてくれる方がさまざまな制度を知っていて、それを活用してくれるようになるので、制度を知らずにいた情報弱者”の状況からは好転するわけですね。
大西:そうです。
――その結果が生活保護の方よりも、厳しい立場ですか…。
大西:例えばご家族がいらっしゃる方なら、ご家族が援助をすることもできますし、認知症が進んだとかもわかっている。でも単身の方だとご本人も周囲の人も、なかなか気づけない。
気がついたら結構状態が重くなってしまっていて、おまわりさんが通報を受けて行ったら倒れていたとか、周囲にトラブルを起こして初めて状況がわかるとか、そういうケースもあるかなと思います。その意味では「はざまの状態」だとか、ご家族がいらっしゃらない方とかが、この問題のテーマになってくるのかな、と思いました。
――やはり単身なんですね。
大西:単身の方のほうがやっぱりこぼれやすいと思います。周りの人は気づいてあげられない。
――そういう方々は実際、どのくらいいるのでしょうか。
大西:数字ははっきりわからないですけど、かなり多いと思います。
特に後者の支えがない方に関しては、ご家族がいらっしゃらなかったり、いるわけにはいるけど遠くに住んでいて接触もないとか、そういう方ってお金がそんなにない方も正直多い。本当に数百万人とかという規模でそういったリスクを抱える方がいてもおかしくないんじゃないかなと思いますし、これからもっと増えるんじゃないかとも、思います。
人手不足でも高齢者の働く場は少ない?
――それはどういうところで感じますか?
大西:私たちはホームレスの方の支援から始まって、中高年の日雇い労働をしていた方を支援してきたという経緯があって、それが2000年代に入ってからはホームレスの方は減ってきて、ネットカフェで泊まっている人とか、シングルマザーとか、高齢者とか、かなり多様な貧困の状況が広がってきたわけです。その中で一番大きなボリュームって何かっていうと高齢世代です。社会が高齢化しているんです。働ける方の貧困って、お仕事を見つけることで生活が安定し、かなり変わっていくのですが。
――状況は変わりましたね。
大西:高齢の方って所得を上げる方法があんまりないので、基本はこれからの老後をどのようにセーフティネットを活用して安心して暮らすようにするのかという方向性が多い。
自立支援をしていく中では、どうしても高齢の方のウエイトが多くなるんです。支援現場で長くお付き合いをしている方では、60代だった方も10年たって今は70代になっている。そういう意味では支援現場で高齢の方のウエイトはかなり大きくなっているのかな、と思います。
炊き出しに並ぶ20代の若い方や女性が増えた、とかというのは結構話題になるのでメディアに取り上げられます。今コロナで増えているのは確かですが、中高年と高齢者が一番大きなウエイトであるのは間違いない。そこが貧困問題の本丸というか、一番のボリュームゾーンであるというのはこれまでもそうですけど、これからよりそうなっていくと思います。
――平均寿命も伸びて、元気な高齢者も増えているようにも思いますが。
大西:その元気な人たちに働く場所がないというのが一つ大きいですよね。これも雇用のマッチングの難しさみたいなのがある。
「地方には仕事がないわけじゃない」とか言いますけど、一方で求められている雇用の質がすごく上がっている。IT技術だったり接客の能力だったり、今かなりマルチにできなきゃいけない。最近工場労働とかもロボットを使ってやっているとか、機器の入力とかしなきゃいけないからできないとか。解体もいろいろ技術が進んで難しくなってたり。単純労働がなくなってマッチングが難しくなっているっていうのも難しさの要因としてあると、よく聞きますね。
――ハローワークに行ってから、食料品配布の場所に来る。
大西:そうですね。相談を受けていますと、なかなか雇用につけない方がたくさんいらっしゃる。職業訓練に行っても半年で訓練しただけの人のスキルではどうか、となって、雇わないみたいな。そこでしんどい状況の人は、残念ながらいます。
――難しい問題ですね。企業のDX化が進むことによってついていけない人が出てきているってことですね。
大西:まさに高スキルとか技術が高い人、能力が高い人はいくらでも欲しいわけですけど、それを身につけるには自分で投資しないといけないわけですよね。学校に行ったり、技術を高めたりとか、それができる資本がある人と、そうでない人の教育や成育過程の格差みたいなのも、個人の責任になってしまっている。
――今だって、資格取得講座の塾がすごく流行っていますよね。
大西:巷の資格取得講座って、ものすごいですよね。就労支援とかこういうセーフティーネットの受託団体に結構ああいう所がなっている。リスキリングもそうじゃないですか。
――本当ですよね。
大西:例えば新聞社とかもそうですけど、採用してから(人材を)育てるわけじゃないですか。でも今は育てる余裕がないので、できる人を取ろうとするんですよね。でも「その通りできる人ってどこにいるねん」って話で。
――私も新聞社出身ですが、昔はOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング=現場で仕事を共有しながらプロを育成していく方法)っていうのがあったんだけど、今はOJTじゃないんですよね。でき上がってる人間を取りたがってるっていうこと。企業は責任放棄していますよね。ずるい話です。
大西:誰もやらないなら誰がやるんだ、個人がやらなきゃいけないんですけど、せめて国はね。
「救貧」と「防貧」の違い
――まさに現場からのお言葉ですね。大西さんはこの13年間見てきて、今の人たちっていうのは、結局生活保護を受けている人たちが実は最悪の状況にいるのではなくて、深刻なのはその手前にいる人たちということなんですね。
大西:日本のセーフティーネットの課題だと思うんですけど、生活保護を使えるくらい困窮してしまった場合は、生存権で生活をちゃんと守りますよ、という制度があります。「防貧」と「救貧」という考え方がありまして、それは後者です。「防貧」は防ぐ貧困で、「救貧」は救う貧困。この考え方でとらえると、今の形は救貧的な生活で、結局落ち込まないと救ってもらえない。その手前の人が「自分でやれてるでしょ?」って言われ方をしちゃう。
これが課題で、例えば仕事しいてれば30万円稼げたりする時代もあったんですね。一生懸命頑張って努力すれば就職して定年まで勤め上げられて年金もそれなりにもらえてみたいなことができたんだと思いますけど、今はそれがしづらい社会になっています。防貧的な施策をつくらないと、個人の生活が守られない。
――防貧的な施策というと、具体的にはどんなものになりますかね。
大西:例えば、家賃の補助とか医療補助の仕組みをつくるとか、教育を無償化するとかいろんな施策が当てはまると思うんですけど、生活保護みたいな本当に最後の最後っていうところ以外にも、ちゃんと所得の状況に応じて支援をしてあげるってことが大事ですよね。
――確かに今の状況では家賃の補助、医療費の補助が必要な施策ですね。
大西:国民基礎年金って、滞納がなくても満額で月額6万6,050円(68歳以上)しかもらえないでしょ?家賃の補助と医療費の補助があれば、生活保護の基準を超えたりもするわけですよ。今のままだったら、「はざまにいる人」は生活費を使うしかないわけです。(防貧的な)仕組みをつくれば生活保護の手前で、支えられる方向に行ける。賃金の低さで苦しんでいても、その生活保護に対する抵抗感によって一番厳しい立場に追い込まれている人が多いんです。
――世の中の状況が変わっているのに、世間の生活保護に対するマイナスイメージがいまだに色濃いのは、問題ですよね。
大西:負のイメージを持った人の目があって、生活保護を申請することに抵抗感がある方がすごく多い。この2つは利用しにくくなっている大きな要因なんじゃないかなと思いますね。
――現場レベルでは生活保護に対するイメージを変えることをしたがらないんですかね?
大西:自治体によってはそういうポスターを貼って啓発してるんですけど、なかなか簡単には戻らないですよね。やっぱり税金で厄介になっているという、社会の目がまだまだあるので。
――そこですよね。
大西:それがまだ残っているのと、実際仕事につけないのと、仕事につけても手取り14、5万。医療費もかかるので、炊き出しに来る人たちは年金生活層とワーキングプア層なんです。もともと炊き出しは命をつなぐみたいな救貧的なものだったんですけど、今はフードバンクも、子ども食堂も、炊き出しも、結構防貧的になってきているんです。
働いていい年金をもらっていたら、炊き出しには来ないはずの社会の設計になっていたと思うんですけど、その前提が崩れている感じだと思います。
――そこがリアルな話なんですね。
大西:「働いていれば、全然生活の心配がない」みたいなことでは、もう全然ない。それは多分理解が必要なんじゃないかなと思いますね。
――そういう人たちはやっぱりスマホを持っていますよね。
大西:持ってますよ。当然。スマホももう生活必需品で、ないと仕事につけないので。
――通信費は、いくらかかっているんですかね。
大西:今、1万円近くかかるんじゃないですか。
――14万のうちの1万円ですか。
大西:もうギリギリですよ。本当に。それで家賃と食費を、仮に頑張って貯金を毎月2万ずつしたとしても1年間で24万ですからね。
――24万ですか。
大西:アパートの更新とかになればまたなくなっちゃう。生活ギリギリの人本当にはギリギリで、なかなか抜けられない状態っていうのがあるんだと思いますね。
――そうですよね。電気代、ガス代だってかかるし。
大西:これがまた上がっていますから。
――なるほどわかりました。この生活保護の一歩手前のところ。ここを何とかしなきゃいけないんだ、というところなのですね。大西さんが理事長を務める「もやい」は今も、食料品配布をしているんですね?
大西:はい。毎週土曜日の午後1時半から、都庁の下(東京都新宿区)でやっています。
整備が求められる防貧対策
この後、判断能力が不十分な方、生活に不安がある方が安心した生活を送ることができるように、福祉サービス利用の手伝いをする「権利擁護センター」の関係者に、同じテーマを投げかける機会がありました。その関係者も「セーフティーネットの手前にいる人が一番苦労しているのは間違いないです」と大西さんの意見に同意しつつ、こんな提案をしてくれました。
まず生活困窮者に関しては、生活困窮者自立支援制度を活用してもらいたいですが、条件がマッチしないケースもある。そこに入ってくるためのネットワークが組まれていても、なかなかつながらない現実もあるんだと思います。
また、各自治体主導で民間が委託されている居住支援協議会という組織が各市町村役場にあります。これは地域の空き家対策とそれを活用したい居住者のマッチングをしていますし、心の問題にも対応する保険相談所などからもつながってほしいとは思いますが…。現実問題としてはひきこもりであったり、社会復帰が難しい人であれば、そういう情報が届いていかないという問題は、やはりあります。
年金収入と生活保護のレベルがほぼ同じであると同時に、事態を好転させる情報を取りに行けない「はざまの人々」の置かれている状況は、多くの地域で似通っています。
ほぼ同じラインの収入があるけど、同じラインでも生活保護に行くと医療費であったり、介護保険サービスの費用であったり、補助が出るんですけども、ギリギリの年金の方たちはそこから取られる。まさに逆転現象です。家賃の補助も出ないですから8万の家賃が入っちゃってると、13万で8万取られて残り5万で医療から介護から、公共料金から食費からっていうことになる。防貧対策を整備して、「はざまの人々」に情報を届ける。今、最も急ぐべき施策だ。