デイサービスの送迎車は、見かけない日がないほどに一般化しました。今や通所手段として送迎は欠かせないものとなっています。

一方で、送迎時の転倒事故リスクはデイサービス側がどれほど注意を払ってもゼロにすることはできません。

もちろん送迎時の移乗・移動についてのマニュアルを完備していないデイサービスなど考えにくく、リスクマネジメントを考慮して転倒を中心とした事故防止策やさまざまな配慮が図られ、以前と比べれば格段に進歩していることは疑いようがありません。

デイサービスでの介護事故の中でかなりの割合を占める転倒事故ですが、中でも「送迎時の転倒事故」は決して少なくありませんし、中にはその後にもめてしまうケースも….。

そこで今回はデイサービスにおける送迎時の事故対策についてお話しいたします。

送迎業務はいきなり現場で学ぶことが多い

まず、送迎時の転倒事故が多いことについて、筆者には思い当たることがあります。

介護技術といえば三大介助の「食事」「入浴」「排泄」とされており、ここに「送迎」は含まれていません。送迎に関わる介護従事者は介護の中でもデイサービスだけに特化しているためです。

筆者も20年以上前に当時の介護資格としてホームヘルパー2級を取得して介護業界に入り、ほどなくしてデイサービスに配置されました。

配置された初日からいきなり送迎業務に携わりましたが、こと細かに習ったことや教わったこと経験はなく、手探りで介助方法を開発していったものです。

当時はナビゲーションシステムもついていなかったので、名前と住所とちょっとしたメモを頼りにぐるぐると回っていたものです。

送迎を手厚くできない理由

筆者のパターンはまれだと思われるかもしれませんが、今も劇的に改善しているとは言えないように思います。おそらく、デイサービスの送迎業務では、十分な指導や入念な研修を受けてから従事するというケースのほうが少ないのではないでしょうか。

一方で、送迎時の転倒事故リスクはデイサービス内のそれとは根本的に違います。

例えば、介護資格を取得した方であっても、転倒予防として学んだのは、屋内のバリアフリー環境が整備されたところであったことでしょう。

ところが、送迎先の環境は屋外のバリアだらけの庭先での移動介助となります。さらに、一軒として同じ環境であることはありません。強風もあれば雨も嵐もあり、地域によっては雪も吹雪にもさらされます。

この時点で、一般的な介護テキストには掲載されていない高難度の移動介助が求められます。加えて、デイサービスでは無資格者でも従事して良いとされていますので、転倒リスクが高まるのは明らかです。

あらかじめ送迎時はリスクが高いとわかっているのですから転倒事故を防ぐためには、人員配置を手厚くしたほうが良いはずです。

しかし、そもそも人材確保が困難なうえ、送迎時であってもデイサービス施設内に常駐している人員も基準を満たしている必要があります。すべての利用者を一度に送り迎えすることができればいいのですが、実際にはそうはいかないケースのほうが多いと思います。

制度的には送迎に配置している人員をデイサービスに常駐している人員には換算できないことになっており、その点を踏まえても余裕をもって送迎の人材と人件費を備えた施設はそう多くはないでしょう。そこまで送迎を手厚くできる施設はごく一握りだと思います。

また、人員配置基準を優先した結果、介護従事者ではない運転手がデイサービスの送迎に携わっている事業所もあります。法令上は無資格未経験者であっても問題がなく、最近はデイサービスの送迎運転手として高齢者を活用している事業所もかなり多くなっているようです。

介護従事者が助手として同行しているケースがほとんどでしょうが、そうなると介護技術を持った移動・移乗の介助者は結局のところ1人ということになり、送迎の際の手厚い人員配置というわけではありません。

デイサービスの送迎時に起こりやすい転倒事故  防ぐためには家...の画像はこちら >>

環境や状況に応じた指導がほとんどない

また、家族からの注文に応じた結果、転倒事故につながるケースもあります。

例えば、ご家族から「一人で歩けなくなるから手は貸さないでほしい」と言われたとします。自立の観点からもこうした家族からの注文は少なくありませんし、自宅で生活している以上少しでも自分のことを自分でできるようにしてほしいという気持ちを抱くのは当然です。

利用者の安全が確保できる環境であれば、一人で歩いていただき、見守り介助を実施しながら支援することはありえるでしょう。しかし、送迎に出向いた先の環境は、必ずしも利用者の安全が確保できる環境だとは限りません。

そのため、送迎時の介助についてはマニュアルに沿って安全に対応したうえで、歩行訓練や自立移動はデイサービス施設で頑張ってもらいたいと、ご家族に理解を求めることになります。

とはいえ、経験の浅い介護従事者や若い職員だったりすると、ご家族に言われたので…と引き下がってしまうケースも考えられます。

ご家族がそう言っているのだから転倒させたとしてもデイサービス側に責任はないのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、言った言わないのトラブルになることはもちろんのこと、たとえ書面を取り交わしていても、その後に裁判沙汰になるケースは少なくありません。そして、デイサービス側の責任がないとされたことは判例を含めてほとんどありません。

別のケースでは転倒回避を優先した結果、雨の日に「傘もささずに両手を貸していた」ことを指摘なさる家族もいらっしゃいます。器用に傘を差しながらでも両手で介助をするベテランの方もいらっしゃいますが、そんな方法を教わったり学んだりした介護従事者はいないでしょう。独自に身につけた技術に違いありません。

時々の環境に応じて指導を受けることは、ほとんどないからです。

筆者自身、送迎に絡んだ事故報告書の枚数は二桁以上あります。どうすればベストであったのかを上司や先輩方から納得のできる指導を得られたこともほとんどありませんでした。

それは職場が悪いとか指導者が悪いといったことではなく、デイサービスによっては事故が起こったときの再現を踏まえて指導できる先駆者がいない場合が多いのです。管理者や指導者がそれぞれの送迎の生の現場を詳細に把握しているケースはむしろ少ないといえるでしょう。

ワンオペに管理者のプレッシャーなども影響

送迎業務は常に時間に追われており、予定通りに運行できることのほうが少ないのが実情です。

利用者の健康状態や症状によっては「今日デイサービスに行くだなんて聞いてない!」「やっぱり行かない」「どこに連れて行くんだ!」などなど、送迎に伺った先でさまざまな出来事が起こります。

そして、待たせてしまった迎え先では「今日はずいぶん遅いね」「いったいどれだけ待たせるんだ!」とご指摘やお叱りを受けることもめずらしいことではありません。

デイサービスは1時間ごとに単位数が異なるので、指定した予定到着時刻に遅れると減算扱いをしなければならなくなります。つまり、施設の収入が少なくなってしまうのです。

施設によっては送迎の困難さに加えて、管理者からのプレッシャーを受けることもあります。そのため、気持ちが動揺したり、平常心が保てなくなっていたりすれば、事故のリスクは高まってしまうことでしょう。

ワンオペという言葉がかなり浸透してきましたが、デイサービスにおける送迎業務はまさにワンオペ業務の一つ。転倒に気をつけることはもちろん、交通事情やルートの把握、安全で時間通りの運航、和やかな車内空間の演出、乗車された方々の心身の管理観察、ご家族からの伝言や対応…これらを同時にこなしながら、何かあった場合には責任を負わなければなりません。

デイサービス側の送迎時の指導は、個々の現場レベルでこれからも続けられていくとは思いますが、実は介護保険制度が発足して20年以上たった今も、送迎にまつわる介助のあり方についてまともに議論されていません。

2022年、厚生労働省は介護事故の実態を調査する意向を示しました。この調査によって制度設計から見直し、適切な対応ができるようになることを願います。

編集部おすすめ