2022年12月に行われた厚生労働省「社会保障審議会介護保険部会」にて提示された意見書では、2024年度の介護報酬改定における在宅介護での「通所+訪問」新サービス創設が盛り込まれ、注目を集めています。

この「通所+訪問」サービスは、専門家の間では画期的であると好意的に受け止められているようです。

詳細はまだまだ不明ですが、仮に訪問介護と通所介護を組み合わせた形になる場合は、市場バランスに大きな影響が出ることは間違いないでしょう。

三菱総合研究所の調査によると、通所系事業者、訪問系事業者とを合わせた8割近くが「参入の検討を検討したい」と回答しているという報告もされています。訪問介護と通所介護を組み合わせた形になるとすれば、単純に訪問介護事業所と通所介護事業所とを合わせた数が約8万ヵ所もありますから、そのサービス設計によっては介護保険制度開始以来の大革命となるかもしれません。

さて、その中身については検討が重ねられていますが、メリットとデメリットを考えようにも実際に制度ができてみないとわからない点が多くあります。

しかし、実際にできて発表されてから検討を始めたのでは大きく出遅れてしまうことは必至。そこで、今回は現時点で予想される3つの大きな期待と不安について、通所介護事業者の視点から考察してみます。

介護人材不足の解消となるか否か

新サービス創設の背景には、今後確実に生じるとされる在宅の介護ニーズ増大と、それに対応する介護人材不足があります。その対策として、既存の事業をより有効に活用しようという目的があると言われています。

確かに、介護人材の不足は生じているといわれていますし、新サービスと言っても、まったく新しいサービスではなく、すでにある通所と訪問の各事業所で、複合的なサービスが一体的に実施できるようになれば、マンパワー不足の解消に貢献する可能性がありそうです。

話題を呼ぶ「訪問+通所」の新介護サービス 通所介護経営者が語...の画像はこちら >>

一方で、真逆の心配も拭えません。新サービスが「今いる人材で担えるか」と言えば、その答えは明らかにノーです。労働時間の延長は人員離れを招きかねませんし、そもそも労働時間の規制については強化の方向性ですから逆行します。新サービス自体が新しい人材にとって魅力ある働き方が期待できるかと言えばそれもまた疑問が残ります。

何より「訪問」と「通所」は、介護という点では一緒と思われがちですが、どちらも経験のある筆者から言わせれば、まったくの別物です。同じ医療だから眼科で歯科診療して良い、という話にはならないでしょう。

介護従事者目線で想像してみると、同じ野球選手でも投手と打者は違います。二刀流ができるのは野球選手の中でも話題となっている大谷選手くらいしかいませんが、それを「どちらも介護だから」と安易に提案できるのは両方したことがある者の意見を広く集められていない恐れがあります。今からそうしたマルチプレイヤーを育成しておく必要がありそうです。

例えば、実際の施行時には「資格の問題」をいかに解消するかが注目されます。というのも通所介護で従事する際には、必ずしも資格を必要としません。管理者資格も訪問と通所では異なります。

おそらく新サービスを実施することができるのは、有資格者に限定されることとなるでしょうが、有資格者が急に増えるということはありません。すると、介護人材不足の解消を目的としている以上は、何らかの簡易的な資格や仮資格・みなし資格などが導入される可能性があります。

しかし、そのような対応で人材は定着するでしょうか。今でも定着率が低いと指摘されている介護業界にあって、人材がより一層失われかねはしないかという不安もよぎります。

また、訪問事業と通所事業を併せ持つ一定規模の介護事業者であれば容易に想像がつくことですが、訪問事業ができないから通所事業への配属を希望したり、またはその逆の要望があったりしますので、そのような介護従事者視点では新サービスを所属事業者が検討した場合、施設を離れたがる可能性も考えられます。

さらに、通所と訪問の異なる業務内容にあって、それを両立するとなると労務管理の難易度が高まります。資格管理・業務管理・労働時間管理などを適切に行えなければ、介護人材不足解消どころかますますの人材不足を招きかねません。働く介護従事者が安心できるようなきめ細やかな労務管理設定が求められそうです。

介護報酬の増益となるか減益となるか

介護事業者に限った話ではありませんが、通所介護事業者も訪問介護事業者も、コロナ禍は大きな打撃となりました。それでもまったく支援がなかった業界に比べればマシと言われていますが、現在残っている事業者にあってマイナスの影響がまったくなかったということはありえないでしょう。

特に、利用控えや休業を余儀なくされた事業所においては、特別貸付といった追加融資でしのいだところも少なくないでしょう。すると、今度はその返済が負担となってきますが、介護保険制度の性質上、売り上げがV字回復したり倍増したりということは起こりません。

さらに、現状で物価の高騰は収まる傾向がないにもかかわらず、介護報酬は次回の改正まで当然のように据え置かれたままです。

物価が高騰する前は、少子化対策優先の声が高まるばかりで「マイナス改定やむなし」の空気が濃厚とされてきましたが、ようやく「次回の改正は物価上昇分を考慮すべき」といった発現が聞かれるようになってきました。とはいえ、改正までの間の経営打撃を解消するほどのプラス改正はまずありえないでしょう。

すると、各事業者はどこかで増益を図る必要が出てきます。つまり、積極的に「取り組みたい」という事業者よりも「検討せざるを得ない」というのが大半だという可能性が予想できます。

これまでの報酬改定においても「新サービスや新加算はとればプラス改定、取れなければマイナス改定」となるのがすっかり定番となっています。また、新サービスの定着の観点からも「新サービスを組み合わせればプラス改定、単独サービスだけならマイナス改定」となりかねません。

その程度の新サービスであれば、人材育成や設備・調整を含んだ投資の価値がないと判断されかねません。導入できる余力と規模があれば増益の期待も膨らみそうですが、できなければ減益、投資失敗となるリスクも内包しています。

やはり大規模事業者へ集約しようという政府の思惑が見え隠れしているように感じます。それは、きめ細やかな介護サービスの実施からは逆行する可能性もはらんでおり、合わせられない利用者は介護サービスを利用できなくなっていく恐れも懸念されます。

話題を呼ぶ「訪問+通所」の新介護サービス 通所介護経営者が語る3つの期待と不安
画像提供:Illust AC

労務管理の難しさや、二刀流人材の希少性・投資リスクなども考えた場合、新サービスの報酬設定は増益が見込めるくらいであってほしいものですが、高すぎれば利用する側にとってメリットがなくなってしまいかねません。慎重な報酬設定が求められそうです。

わかりやすいサービス体系が築けるか否か

単純に考えれば新サービスが増えれば、介護メニューの増加は必至です。介護保険サービスの種類はメニューとして考えれば、開始以降増加の一途を辿ってきました。現役の敏腕ケアマネージャーであってもあらゆる介護サービスメニューをすべて把握している人はいない状況となっています。

介護サービスを利用する方々からしたらもはや「プロにお任せするほかない」複雑怪奇なサービス体系となっているわけですから、新サービス導入には「わかりやすい・導入しやすい・説明しやすい」設定をすることが望まれます。

とはいえ、利用する側にとっても、提供する側にとっても、その点については過去の改正を振り返ってみると不安が残ります。改正までの期間を考えると、導入されてからディテールについては徐々に明確化していくような、定番となった「はじめてみてから・やってみてからQ&Aで問題や疑問を解消していく」ことになりそうです。

すでに、ここまで盛り上がっていると次期改正まで先送り、ということもむしろ難しいでしょうし、冒頭の介護人材確保の問題も待ったなしの状況であることから、無策自体が許されない状況とも言えます。

運営基準や報酬額の設定などが今後順次決定していくことになるのでしょうが、細かく設定しなければ、自治体ごとに解釈が異なる問題が大きくなりますし、細かく設定しすぎれば複雑になりすぎる恐れがあります。両方立てれば身が立たぬ、という難しい設定となりそうです。

この3点以外にも、まだまだ期待と不安は多数ありますが、いくら心配したところで、できることは限られています。

冒頭で述べたように新サービスが仮に訪問介護と通所介護を組み合わせた形態となるならば、事業者側としては、これまであまり競合することがなかった訪問事業者と通所事業者との競合が起こり始めることになります。

良い意味で切磋琢磨できれば利用する方々にとって魅力あるサービスが誕生する期待は高まります。反面、競争激化による淘汰が進めば、むしろ介護人材不足に悪影響を及ぼしかねない諸刃の剣となるリスクがありそうです。

いずれにせよ、これから出される情報を注視しておく必要があるでしょう。

【参考文献】
三菱総合研究所「地域の特性に応じた訪問介護サービスの提供体制のあり方に関する調査研究事業」

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