認知症の方の介護をされていらっしゃる方の中には、介護拒否や暴言、暴力などの症状に悩まれている方も多いかと思います。

そんな方にご紹介したいのが、認知症ケアでも実践できるユマニチュードという考え方(技術)です。

介護や看護の現場では広く知られていますが、その考え方を知れば家庭で実践することもできます。

ユマニチュードで大切な4つの柱

ユマニチュード(Humanitude)とは、「その人の“人間らしさ”を尊重し続ける状態を希求し、「『ケアをする者とはなにか』という哲学に基づき,具体的な4つの基本動作と5つのステップから構成される1つのシークエンスを用いて実践する知覚・感情・言語による包括的なケア技法」[1]です。humanとattitudeを合わせた造語であり、「人間らしさを取り戻す」という意味をもちます。

フランスの体育学の専門家イヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティは、この技法について以下のように主張しています。

ケアの現場を振り返ったとき、「点滴や清拭、与薬、食事介助など、いつもなら戦いのようなやりとりとなりかねない状況」においても、ケアを受ける人とケアを行う人との間に、自由・平等・友愛の精神が存在するのであれば、ケアを行なっている人が掲げる理念・哲学と、実際に行なっている行動は一致せねばならず、「自分が正しいと思っていることと、自分が実際に行なっていることを一致させるための手段」として技術を用いる[1]

そして、この技術は「見る」「話す」「触れる」「立つ」と言う4つの柱によって支えられています。これを支えるのは観察力、想像力、表現力、人権の尊重です。

なお、5つのステップについては以下記事にて解説していますので、ぜひご覧ください。
【簡単にわかる】ユマニチュードとは?5つのステップと認知症ケアの効果を解説

表現力と想像力をはたらかせる

対象者を「見る」ときや「話す」とき、上から見下げていると、相手に高圧的な印象を与えてしまいます。話し方も、相手を思いやった優しい表情を伴った言動なのか否かによっては、相手の心理状況は大きく変わります。

特に、認知症状を持つ方は、支援者の表情や言葉の良し悪しに敏感だったりします。対応が認知症の方にとって好ましくない粗悪なものであれば、普段は落ち着いている人でも心穏やかでなくなり、暴れている方はさらに暴れてしまうでしょう。

私たち支援者が対象者と向き合うとき、目線を同じ高さに合わせ、穏やかな表情で対応することがとても重要です。どんなに優しい気持ちを持っていても、素晴らしい介護技術を持っていてもそれを表現する「表現力」がなければ対象者には伝わらないのです。

そういった支援者の言動が対象者の人権を守ることにもつながりますし、結果的に支援者自身の専門職としての立場を守ることにもなるのです。

「触れる」ときも、優しくそっと接するのと、相手の体をつかむのでは、大きく異なります。つかむという行為は相手の自由を奪うことでもあり、認知症の行動心理症状が生じるきっかけにもなります。

触れることも相手へのメッセージであり、相手を大切に思っていることを伝えるための技術を用います。

支援者はその言動に細心の注意と「想像力」(イマジネーション)をはたらかせることが必要です。

相手を思いやる「豊かな人間性」と「豊かな表現力」「豊かなイマジネーション」が認知症ケアには必須なのです。

良いイマジネーションが生む「物語」

良い「イマジネーション」は「物語」と「良いケア」を生み出します。

20数年前、まだ私が20代の頃に、内閣府認証特定非営利活動法人日本ケア・カウンセリング協会の品川博二代表理事の講義を聴く機会がありました。

品川氏は、マンネリ化しない職員になるためのキーワードとして「袖振り合うも他生の縁※」ということわざを引き合いに出し、精神科医としての体験談を交えて話しをしてくれました。

※行きずりの人との出会いやことばを交わすことも単なる偶然ではなく、縁があって起こるものという意味

品川氏の勤務する病院には、暴力行為や多動といった症状があるAさんという患者がいました。Aさんは医師、看護士の誰もが、できれば関わりたくないと感じるような問題行動の多い方だったそうです。

品川氏もAさんに苦手意識を持っていた一人でしたが、ある日ほかの医師がみんなAさんを避けて逃げてしまい、品川氏が散歩に付き添わなければならないことになりました。この散歩がAさんが望んでのものであれば、まだ救われますが、Aさん自身、あまり散歩は好きではなく、運動不足解消と気分転換が目的の、治療的なものでした。

お互いに気乗りのしない散歩でしたし、ましてや品川氏はAさんとのかかわりをできれば避けたいと思っていたくらいですから、楽しいわけがありません。

当然のことながら「早く終わればいいな」などと考えながら散歩をしていたそうです。

認知症ケアに有効な「ユマニチュード」とは 想像力を持ってケア...の画像はこちら >>

しかし、そんなときに品川氏がふと地面に目をやると、嫌々している散歩のはずなのに、夕日を受けて地面に映っている2人の影は何やら楽しげに、そして親しげに見えたそうです。

このとき、品川氏は地面に映った影を見て、「もしかしたら俺は前世でこの人にえらい世話になっていて、だからその恩返しで今こうしてお世話をしているんじゃないだろうか」と直感的に思ったそうです。

そんなふうに思いながら歩いていると、さっきまでは嫌々やっていた散歩もなんだか楽しく、感慨深いものになったそうです。そして散歩が終わったときには「また散歩に来ようよ、今日は楽しかったね」と思わずAさんに言い、Aさんもあまり散歩が好きでないのにも関わらず「先生今日はなんだか良かったよ、また連れてってくれ」と言ったそうです。

現実は、みんなAさんを避けてしまったために仕方なく品川氏が付き添っているだけなのかもしれません。しかし品川氏は、親しげな影を見ることで、「どうして俺なんだろう」ともう一歩踏み込んだ視点で考え、そこに「前世で世話になっていたのでは」という物語をつくりあげたのです。

そしてその物語が散歩というケアをより良いものにしたことは言うまでもありません。

品川氏はこの体験談から福祉職員に必要な資質として、「どんな小さな偶然からも、そこに必然の物語をよめる人間性の豊かさ」を挙げました。

単なる思いこみなどと馬鹿にはできません。それが利用者と職員に感動の共有をもたらし、良いケアに結びつくことができるのならば、その思いこみ(物語)は、志のある人だけができるテクニックのひとつではないでしょうか。

また、この事例では「前世」という空想的なケースでしたが、介助にあたって常に「相手はどのように感じているのか」と想像力を働かせることで、相手へかける言葉や態度が変わってくるはずです。

立つことは人間らしさの象徴

最後は「立つ」ことの重要性です。

人間は直立する動物です。立つことによって、体のさまざまな生理機能が十分にはたらくようにできており、「人間らしさ」を表すひとつでもあります。1日合計20分立つ時間をつくれば立つ能力は保たれ、寝たきりになることを防げるとジネストは提唱しています。

これはトイレや食堂への歩行、洗面やシャワーを立って行うなどケアを行うときにできるだけ立つ時間を増やすことで実現できます。

「立つ」ことが人間たる由来の第一歩であると捉えれば、対象者の尊厳を守る根本だと思うのです。

私たち支援者は対象者の人権を尊重するためにも遠く古代に「立ち上がった」私たち人間の始祖にも思いを募らせる「豊かなイマジネーション」が必要なのです。

【参考文献】 [1]本田美和子:優しさを伝えるケア技術:ユマニチュード,臨床精神医学,45(5):573-577, 2016.
[2]日本ユマニチュード学会.“優しさを伝えるケア「ユマニチュード®」”.(2023/7/13参照)

認知症ケアに有効な「ユマニチュード」とは 想像力を持ってケアにあたろう
 
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