65歳以上の高齢者の一人暮らしの割合は、年々増加傾向にあります。
2019年国民生活基礎調査によると「65歳以上の一人暮らしの世帯」は高齢者世帯※のうちのほぼ半数を占めています。
※65歳以上の者のみ、もしくは65歳以上の者と18歳未満の未婚のものがいる世帯
元気でいられるうちは良いのですが、一人暮らしの親に認知症症状が判明した場合にはどうすればよいのでしょうか。
最近では「認知症でも一人暮らしはできる」といった記事も増えており、必ずしも家族の同居や施設の入居が必須ではないことも広まってきました。
そこで、今回は認知症の方の一人暮らしについて解説していきます。
まずは一人暮らしが困難な例を知ろう
約20年にわたり在宅介護支援を行ってきた経験から、以下3つのポイントについて、周囲から一定の協調と理解が得られない場合、一人暮らしは極めて困難になります。
この3つともに「協調性と理解を示す姿勢」が多少なりとも揃わない場合は、認知症症状の重さにかかわらず、一人暮らしは難しいと言わざるを得ません。
それでは、それぞれの項目について、くわしく見ていきましょう。
一人暮らしの認知症症状のある高齢者本人の側の協調と理解を示す姿勢
まずは一人暮らしを継続する本人についてです。
たとえば、本人が「誰の介入も許さない」という考え方だったとすると、一人暮らしは非常に危険になります。
そもそも症状がいくら軽微でも生活力が低いと一人暮らしは難しいものです。もともとの性格によるところも大きいでしょうが、「誰の助けも必要ない」という姿勢では一人暮らしを続けることは極めて困難です。
認知症症状によって想定される懸念を引き起こされる問題を5つ挙げてみます。
見当識障害による弊害
見当識障害とは認知症症状でみられる症状の一つで、今がいつでどこにいてどのような状況にあるのかを把握する能力に障害がある状態です。特に見当識障害のうち、空間認識が深刻だと慣れているはずの土地で道に迷うようなことがあります。
症状が重くなってくると、道順やおおよその方角なども見失うことがあり、周辺の建物や景色の区別も難しくなります。そうなると買い物に出かけることですら命がけ、ということになります。
記憶障害による弊害
物忘れと表現されることの多い記憶障害ですが、ちょっと覚えておく、ということがしにくくなります。さっきしていたことを思い留めておけず、本人の中ではなかったことになってしまうのです。
被害に直結する火の取り扱いを例にとると、次のような状況が考えられます。
②と③をしている間に、①がなかったことになると大変です。
また、ご飯を食べた記憶をなくしてしまった方は何度でも「ご飯を食べていない」ことになりますし、健康上重要な薬や薬効の強い薬を飲んだかどうか覚えていられない場合、飲まないことによる問題や何錠も繰り返して服用してしまう問題などが起こります。
実行機能障害による弊害
物事を順序立てて実行する能力が障害されます。家事はこうした実行機能を無意識に計画立てして遂行する必要があります。例えば、洗濯機を回している間に部屋に掃除機をかけ、掃除機をかけ終わる頃に洗濯機から洗濯物を取り出して干すといった流れを、連続して生活を回しているわけです。
しかし、こうしたことを順序立ててできなくなると生活環境が乱れ始めます。財布の中身や冷蔵庫の残りを検討しながら献立のメニューを考えつつ買い物をする、といったことも難しくなるため、一人暮らしをするうえでは大きな障害となります。
うつ症状による弊害
うつ症状が顕在化してくると、一人暮らしの場合は命の危険すら及ぼします。特に、さまざまなことに関心が持てなくなるので、生活するうえでも健康を維持するうえでも大きな弊害になります。
身体や衣類、環境を清潔に保てなくなり、急に家が荒れてきたり、ごみがたまってきたりといったことが起こるばかりでなく、生きていくことそのものへの意欲がなくなってしまうことも珍しくありません。
パーキンソン症状等の特定の症状による弊害
手足や指先の震え、筋肉のこわばりといったパーキンソン症状が強く見られる場合は一人暮らしと相性が良くありません。転倒リスクが高く、さらに転倒の際の転び方も正面から回避行動もないため、大怪我につながる可能性が高いからです。転倒後の動作も思うようにスムーズにいかないケースがあります。
ほかにも身体に影響を及ぼすような認知症症状がある場合は、常時支援が介入できる体制が必要となるため、一人暮らしの継続は断念したほうが良いでしょう。
一通り例を挙げましたが、こうした症状がある程度見られても、主介護者や家族、周辺の方々、各種関係サービスなどが介入できる状況であり、周囲との関係がしっかりと築かれていて、「手伝ってくれてありがとう」と受け入れられる方の場合は一人暮らしの継続に向いています。
逆に、本人が他人はもちろん家族にさえ介入されることをかたくなに拒み続けるようでは、たとえ認知症症状のもたらしている拒否であっても一人暮らしは困難だと考えておきましょう。
本人を支える主介護者や親族等の支援・協調と理解を示す姿勢
認知症症状のある一人暮らしの高齢者を主介護者やその近親者だけで支えるには限界があるうえ、深刻なトラブルを引き起こす危険性が高くなります。
一人暮らしを継続する方向で支援する場合は、一つ一つ本人の同意を得ていくことが大切になります。「どうせ覚えていないのだから」「聞く耳を持たないから」「同意してくれないから」などと決めつけて勝手に支援体制を整えたり、物事を進めたりすると本人の症状が一気に進行してしまう恐れがあります。
また、何より本人がより否定的・反発的になってしまうでしょう。例えば、危険性が高いからと良かれと思ってIH製品に変更した、という場合も症状によっては新しく操作方法を覚えることのほうが難しいこともあります。使い慣れた調理器具や家事機器については、手間であっても同意を一つ一つとっていく姿勢が大切です。
本人の体調や服薬管理、持病の有無や保険関係を含む金銭管理についても把握する必要があります。骨の折れる作業ですが、本人とともに状況を確認して行くことが大切です。特に、金銭管理や資産保護の観点からは成年後見人制度の導入なども話し合って検討しておくと良いでしょう。
そうして話を進めていく中にあって、どうしても本人の同意を得られなかったり、話を前に進めにくいことも出てくることと思います。
本人を支える関係者や近隣の方々の支援・協調と理解を示す姿勢
本人の生活圏周辺の近隣の方々にも協調と理解を求めておくことが重要です。なぜなら、トラブルの予防や何かあった際に協力を得るうえで不可欠だからです。当たり前ですが、近隣の方々が「認知症症状があるのに一人暮らしされるのは困る!」などと反対が出れば、体制を整えても一人暮らしには暗雲が立ち込めます。
介護保険や行政等の各種サービスを組み合わせて支援を受ければ、そうした理解や協力を得る必要はないのではないか、とお考えになる方もいらっしゃいますが、各種サービスは基本的には居宅介護サービス計画に基づいて提供されるため、計画外・想定外の出来事には対応しがたいのです。
そうした計画外・想定外のことが起こった場合に頼りになるのがご近所のネットワークです。
近隣の方々に状況を伏せてしまったり、距離を置いたりかかわりを持たずにいた場合、、認知症症状によってトラブルが生じた際に、一人暮らしを続けることに対する反対意見が強くなる恐れがあります。一度そうなってしまうと、どんなに本人や介護者が頑張ってもますます孤立を深めてしまうことになりかねません。
逆に良好な近隣関係や近所づきあいがあり、理解と協力を得られる関係を築けていると、何か異変が生じた場合にいち早く連絡がいただけたり、困ったことが起きた際にも家族に代わって応じてくださったりといったこともあります。
特に対人トラブルが起きたり、自宅への戻り方がわからずに道に迷ってしまった場合などは、近隣の方々の情報は非常に心強いものです。
本人の認知症症状によってできなくなったことに注視してしまいがちですが、まだできていることに着目しながら難しくなったところに介護サービスや行政サービスなどをあてていけば、かなりの部分を補うことができます。

介護保険だけでなく、地域の独自サービスも活用
本人や周囲の相互理解と協力があれば、介護保険サービスや行政サービスを駆使し、そのまま一人暮らしを継続することも可能です。
生活上の支援であれば、訪問介護を定期的に入れることで補うことができますし、通所介護を導入すれば、入浴や交流をしながら日常生活上の支援が得られます。
また、各行政が取り組んでいる地域独自の支援サービスも充実してきています。代表的な支援事業としては「日常生活自立支援事業」があげられます。例えば、冒頭にあげた道に迷うような事態に備えてGPSシステム機器のレンタルを実施している自治体や専門家による認知症初期集中支援チームを設置し、認知症になっても自立して生活が送れるように包括的・集中的に体制づくりができるように進めている自治体もあります。
認知症症状がありながらも一人暮らしを続けているケースは増えている実感があります。私は、介護保険内の範囲においては通所介護部分でしか支えられません。
しかし、症状によって生じた諸問題に対して、本人や介護者が一人暮らしの継続を一丸となって頑張り続けているケースにあっては、ケアマネージャーがさまざまな補完策を計画立てて、認知症症状の進行がありながらも一人暮らしが10年近くできているケースや、月に数日だけ主介護者が寝泊まりするものの100歳を超える認知症の方が元気に一人暮らしを続けるといったケースもあります。
認知症でも一人暮らしは継続できる、と単純に言い切れるものではありませんが少なくとも「認知症になったら施設に入るしかない」という時代ではなくなっていますので、可能性の視野を広げて検討してみてください。