認知症などで判断能力が著しく衰えた方は、生活で必要になる契約や財産管理がうまくできなくなることがあります。
そんなときに活用できる支援制度として、政府は2000年に成年後見制度を創設しました。
しかし、運用から20年以上が経った今も、その利用率は低迷を続けています。
そこで本記事では、成年後見制度の問題点を挙げるとともに、代替できる支援サービスをご紹介いたします。
成年後見制度の利用者が増えない理由
認知症などによって、日常生活における判断能力などが低下した際に役立つのが成年後見制度です。認知症の人の将来推計については、2025年の認知症の有病者数は約700万人になるとされています[1]。
ですが、成年後見制度の利用者数は、2022年12月末時点で約25万人[2]。認知症の方の数における割合を考えると、およそ3%ほどに過ぎません。
では、なぜ利用者が増えないのでしょうか。
成年後見制度の問題点
私は社会保険労務士として「成年後見制度の利用をやめたい」という相談を受けることがあります。よくある理由は次の3つです。
1.親族が柔軟に財産管理できない成年後見制度によって指定される成年後見人は、被後見人(認知症などで判断能力が衰えた人)が生活を維持するために、療養看護などの契約事務を代行(身上監護)したり、財産管理したりすることが主な仕事になります。
特に、弁護士などの専門職を後見人にした場合、「親族側から支出依頼があったが、本当に必要な支出なのか」「このタイミングで家を売却したほうが良い」と、被後見人のために考えます。
一方、被後見人の親族は「なぜ家族で出かける費用も出せないのか」「大切な家族の思い出の家を売るなんてひどい」と、後見人に対する不満を感じるそうです。対話が不足していることもあるのかもしれません。また「成年後見人が通帳を見せてくれない」という苦情もよく耳にします。
2.専門家が成年後見人になると費用がかかる 専門職が成年後見人に就任する場合、最低でも月額2万円、一般的には年間30万円程度の報酬が発生し、被後見人が亡くなるまでかかります。土地の売却などの作業は、家庭裁判所の許可がないとできませんが、土地の売却やそのほかの作業が発生すると、さらに追加費用が発生します。 3.成年後見人制度は原則として途中でやめられない
一度、成年後見人制度を利用し始めたら、基本的に途中でやめることはできません。被後見人を守れなくなるからです。
群馬県富岡市が市民向けに作成している成年後見制度のパンフレットに「後見制度をやめたい」ときに取る方法が記載されていますが、そこに次のような声が記載されています[3]。
- 後見人等を他の人にかえたい
- 今ついている後見人を解任したい
- 判断能力が回復したため後見人がいらなくなった
市役所のパンフレットに後見制度をやめたい方向けの情報が掲載されるということは、成年後見制度の問題点を訴える利用者が多いと推測できます。
成年後見制度以外の支援制度
このように、成年後見制度には問題点も多く見受けられます。
それでは、成年後見制度以外に判断能力がない人のサポートをする制度はないのでしょうか。

現在、判断能力が低下している家族のために次の3つが利用されています。
任意後見制度
判断能力があるうちに、認知症や障がいの場合に備えて、あらかじめ本人自らが選んだ人(任意後見人)に「本人の代わりにしてもらいたいこと」を契約(任意後見契約)で決めておく制度です。
公証人の作成する公正証書によって任意後見契約を締結し、任意後見契約の内容が法務局で登記されます。本人の判断能力が衰えたときに、家庭裁判所へ任意後見監督人の選任の申立てをして、任意後見監督人の監督のもと、任意後見人の支援が始まります。
「見守り契約」「財産管理委任契約」から「任意後見契約」「死後事務委任契約」「遺言」と本人の希望が強く反映される制度となっています。
家族信託
家族の家族による家族のための信託(財産管理)です。資産を持つ人が「自分の老後の生活」「介護等に必要な資金の管理」などのために、保有する不動産・預貯金などの資産を信頼できる家族に託し、その管理・処分を任せるサービスです。
家族に管理を託すので、高額な報酬は発生しませんし、誰にでも気軽に利用できます。ただし、家族信託では身上監護ができません。身上監護については家族が代わりに手続きできるので、大きな問題となることはあまりないですが、家族が遠方や海外に居住していると、別に対策が必要なケースもあるので注意が必要です。
金融機関の指定代理人サービス
数年前までは「金融機関で成年後見制度をすすめられた」と聞きました。しかし、今では金融機関独自の「指定代理人制度」のサービスが増えています。
金融機関によって「指定代理人サービス」「代理人予約サービス」「代理人指名手続」「代理人取引」と商品名はさまざまです。顧客の判断能力が低下する前に指定代理人として届け出ておいてもらう制度を活用し、将来にわたって安心できる長期取引や店頭でのトラブル回避につながることが期待されています[4]。
民法改正への成年後見制度の見直し案
政府は、2024年の民法改正に向け、成年後見制度の見直し案をまとめ、2026年度に具体的な改正案を国会に提出する予定になっています。専門家会議での検討が重ねられてきたなかで、取り上げられている課題として以下の3点が挙げられています。
この見直し案が採用されれば、成年後見制度が使い勝手のよい制度として利用されることが期待されるかもしれません。
2000年に始まった成年後見制度は、現状では有効とは言いがたい状況です。実際に利用者数は約25万人と極めて少数にとどまっています。
成年後見制度の問題点は、利用者にとって不利益になることが多いからにほかなりません。
そのため、私はまず任意後見制度や家族信託、金融機関の指定代理人サービスなどを活用することも検討したほうが良いと考えています。
ただし、2026年度の民法改正で見直しされる予定ですので、今後使い勝手の良い制度になる可能性もあります。
いずれにしても、判断能力が衰える前に、家族とよく話し合って今後のことを決めておくことが大切です。
【参考文献】
[1]内閣府「認知症高齢者数の推計」
[2]厚生労働省「成年後見制度の現状」
[3]富岡市「くらしを支えるパートナー 成年後見制度・日常生活自立支援事業」