認知症の方は外出中に事故を起こすリスクがあります。第三者に被害を及ぼしてしまう可能性も否めません。

ですが、認知症に起因する事故であっても、事故の被害に対する賠償責任が生じることがあります。

そんな「もしも」の時に備えて活用したいのが「個人賠償責任保険」です。本記事では、この保険に関する基礎知識をご紹介いたします。

個人賠償責任保険とは

個人賠償責任保険とは、個人またはその家族が、日常生活の範囲で誤って他人に怪我をさせたり、他人の物を壊したりして、損害賠償や弁護士費用などを負担した場合の損害を補償する保険のことです。自動車保険や火災保険、生協の共済などさまざまな商品があり、月額数百円から年間3千~1万円程度で加入できます。中にはクレジットカードの特約として個人賠償責任保険がついているケースもありますので、確認しておくことをおすすめします。

自転車に乗っていた小学生が歩行中の60代の女性と正面衝突し、被害者に頭蓋骨骨折をさせたという事例では、9,500万円という高額な賠償金が子どもの保護者である親に請求されました。このケースでは保護者が加入していた個人賠償責任保険によって、賠償金全額には満たないものの一部保険金が下りたそうです。

このように、いつ、どこで加害者になって、損害賠償の責任を負うことになるかもしれませんので、事前に備えておくことが大切です。

なお、災害がもとで起こった事故や仕事中に起こした損害、スポーツでの事故、家族同士での事故などには適用されませんので、注意が必要です。

認知症の家族が事故を起こした場合の賠償責任

未成年者が起こした事故の責任を負うのが保護者なら、認知症の方が誤って事故を起こした場合は、誰が損害賠償の責任を負うのでしょうか。

認知症の方の場合、以下のような事故を起こしてしまうケースが考えられます。

  • 水道の栓を止め忘れて下の階に漏水した
  • 介護施設で暴れてスタッフやほかの利用者に怪我をさせた
  • 排せつがうまくいかずにレストランで椅子を汚した
  • 他人の自転車を持ち帰って壊した

徘徊による事故で電車遅延…家族の責任の有無が論点となった「JR東海認知症訴訟」

2007年、愛知県大府市にて、認知症で徘徊していた男性(当時91歳)が列車にはねられて亡くなり、遺族がJR東海から「電車が遅延した」として720万円の損害賠償を請求された「JR東海認知症事故訴訟」という事例があります。

亡くなった男性の家族は、本人に徘徊の症状が出て以降、できるだけのことをしていました。同居していた妻(当時85歳・要介護1)は玄関の出入りを知らせるチャイムを枕元に置くなどして注意を払い、別居している息子もほぼ毎週末実家を訪れて散歩に付き合うなど、ひとりで外出してしまわないように対策していたのです。

ですが、男性は妻がうっかり数分居眠りしてしまった間に外出し、線路に入りこんでしまったのでした。

【事例あり】認知症の家族が事故を起こしたら…「個人賠償責任保...の画像はこちら >>

それでも、一審・名古屋地裁は「妻の居眠りは過失にあたり、息子にも監督義務があった」として全額720万円の賠償責任を認めました。当時の司法では責任能力のない人が他人に損害を与えた場合、家族らの弁済を当然とする風潮があったからです。

二審・名古屋高裁では息子の監督義務はなしとされたものの、妻には注意義務を怠ったとして半額の約360万円の支払い命令が出ています。

しかし、最高裁では判決が一転します。妻は自身も高齢かつ要介護状態であり、認知症男性の監督は困難だったことが認められたのです。最高裁は、介護する家族に賠償責任があるかは「生活状況などを総合的に考慮して決めるべきだ」として、JR東海の請求を棄却しました。

これは、民法で定められた家族等の監督義務者は「防げない事故の賠償責任までは負わない」と示した、初めての判決です。

この判決で、認知症の方を介護している家族に監督義務があるかどうかは「個別に判断されるべきもの」となりました。

その一方で、この訴訟により、認知症家族が事故を起こした際、家族に賠償責任が問われる可能性があると広く知られるようになったため、個人賠償責任保険への注目度が高まりました。

自治体による認知症向けの個人賠償責任保険

JR東海認知症事故訴訟の判決後、各自治体が認知症の方による事故に対応した独自の損害賠償制度を導入することが増えました。その多くは認知症の方の事故を恐れるあまり家に閉じ込めてしまうことのないよう、認知症になっても「安心して外出できる」まちづくりがコンセプトになっています。

自治体による最初の個人賠償責任保険は、2017年11月に神奈川県大和市が導入した「はいかい高齢者個人賠償責任保険」です。

大和市は鉄道が3線8駅と踏切が多いため、認知症の人が踏切事故を起こすリスクを考えて導入したそうです。

「はいかい高齢者個人賠償責任保険」では、市や地域包括支援センターにて「はいかい高齢者SOSネットワーク」に登録し、介護保険料の所得段階に応じた自己負担額(月額上限1,000円)を支払うと、日常生活で他人に怪我をさせたり、他人の財物を壊したりして法律上の損害賠償責任を負った場合は最高3億円、外出時の急激かつ偶然な外来の交通事故等による怪我を原因として死亡または後遺障害を負った場合50万円などが支払われます。

大和市に続いて、同じような制度を続々と自治体が導入しました。

おもな自治体の保険・助成内容

自治体 導入時期 補償上限 補償内容 神奈川県大和市 2017年11月 3億円 個人賠償責任保険、傷害保険、見舞費用補償 兵庫県神戸市 2019年1月 2億円 認知症診断助成制度、GPSかけつけサービス、事故発生時の補償、見舞金制度 富山県富山市 2019年10月 1億円 個人賠償責任保険、示談交渉サービス 京都府京都市 2020年8月 3億円 日常生活賠償保険、小型GPS端末機貸出

今後もさまざまな自治体で導入が検討される可能性がありますので、お住まいの自治体の制度を個別に確認しておくようにしましょう。

【参考文献】
認知症の父が電車にはねられ死亡、高額賠償請求 遺族の苦闘、それを救った最高裁判決<700万人時代 認知症とともに生きる>(京都新聞)2023/10/2
大和市はいかい高齢者等SOSネットワーク(神奈川県大和市)2023/10/2
神戸市認知症事故救済制度(兵庫県神戸市)2023/10/2
富山市認知症高齢者等おでかけあんしん損害保険事業(富山県富山市)2023/10/2
京都市高齢者あんしんお出かけサービス事業(京都府京都市)2023/10/2

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