介護は長期化しやすく、家族を介護する人も長期間の負担やストレスにさらされ続けます。今回は、疲れ切って悲観的な考えが頭から離れず、悩んでしまった方の事例をご紹介します。

【事例】Bさん(50代女性・パート職員)の事例

九州在住のBさんは、10年前に母親ががんで他界してから父親(80代)と二人暮らしです。父親は3年前に脳梗塞で倒れ、ほぼ寝たきり状態。ちょうどコロナ禍が始まった矢先で、Bさんは「施設入居すると、会えないまま最期の別れが来てしまうのでは」と、在宅介護を決断しました。

Bさんは、母親が亡くなった際に十分なケアができなかったとの後悔があり、父親にはできるだけのことをしたいと考えていました。Bさんは、在宅介護をするためにフルタイムの仕事を辞め、時間の調整がつきやすいパート職員へ転職しました。

在宅介護が始まった直後は、胃ろうによる水分と栄養の注入やおむつ交換など、まったく初めてのことで戸惑うことばかりでしたが、訪問介護や看護サービス、往診サービスなどをフル活用しながらBさんは介護体制を整えました。苦労も多い反面、父親が笑顔を見せ、機嫌よく鼻歌を歌う様子を目にすると嬉しく、充実感もありました。

しかし、在宅介護も3年目に入ったころから、Bさんの心身に変化が起きました。やらなければならないことが山積みなのに、ボーっとしてしまうことが増えたのです。

先日は、仕事の出勤時間を間違えて、大遅刻をしてしまいました。「どうしてこんなミスをしてしまったんだろう、気をつけなければ!」と気を取り直すのですが、在宅診療の往診日を間違えて外出してしまうなど、ミスはさらに続きます。父親の鼻歌にもイライラするようになり、「いい加減にして!」と、機嫌よく過ごす父親に怒鳴ってしまうこともあります。

最近では、静かに寝息を立てる父親を見ながら、「この日々がいつまで続くんだろう…」と思い悩むようになりました。

「早く死んでくれないかな…」「このまま手にかけてしまったほうが、自分も父親も楽になれる…」という恐ろしい考えが頭の中でぐるぐると巡って離れないこともあります。「親の死を願うなんて!」とBさんはショックを受け、「自分はなんてひどい人間なんだろう」と、自責の念で苦しんでいます。

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悲観的な考えに囚われるのは介護疲れのピーク

Bさんは父親のために仕事も変え、3年以上にわたって在宅介護に専念してきました。介護が始まったときは、要介護者(介護を必要とする方)の状態が良くなったり、介護体制を整えることで状況が改善したりと、喜びを感じる出来事がたくさん起きるものです。

しかし、介護が長期化する中で、繰り返されるトラブルに翻弄され、自分の時間を割いて介護に専念することが続くと、心身は当然ながら疲弊していきます。さらに、要介護者の状態が悪化することが増えると、喜びや達成感を得られる体験も減っていきます。

仕事であれば、時間が終われば役割を終えることができますが、在宅介護の場合は常に「介護者」の役割を意識し続けている状況です。本来ならば、リラックスしてくつろげる自宅が、常に責任と緊張を背負いながら過ごす場所となるのですから、誰でも疲弊して当然です。

介護は深夜・早朝にトラブルが起きやすく、週末やお盆、年末年始など、大型連休が続くときには家族だけで対応せざるを得ないこともしばしばです。Bさんのように介護サービスをフル活用していても、介護疲れを完全に回避することはできません。

私自身、家族を20年以上在宅介護して疲弊し、Bさんのような悲観的な考えに支配されて思考停止になってしまうことを数えきれないほど体験しました。このようなときは、ほかのことを考える余裕がなくなり、誰かに相談する気力や意欲も失ってしまいます。

介護疲れは、倒れる、抑鬱状態になるなど顕著な症状が出るまでに、ケアレスミスや些細なことでイライラしやすくなるなどのサインが出ていることがとても多いです。

Bさんも、ミスを繰り返すことが増えていました。

Bさんは「父親の死を願うなんて、あってはならない」「自分はひどい人間だ」とご自身を責めておられましたが、実際に父親の死を願っているわけではありません。「早く死んでほしい…」という思いの真意は、「この苦しい状況はいつまで続くのか」という、先行きに見通しが立たないことへの不安と、「この苦しい状況から一刻も早く抜け出したい」という気持ちが現れただけなのです。

苦しい状況を打ち明けることがきっかけになる

Bさんには、まず相談できたこと自体が価値あることだとお伝えし、3年間介護を頑張ってきて、今は疲れのピークにあること、ケアマネージャーにも「悲観的な考えが浮かんでしまう」と相談してみるようアドバイスしました。「わかってもらえた!」「話を聞いてもらえた!」と感じることで、心が良い状態に向かうことも多いからです。

そして、悲観的な考えが浮かんだときには、「あ、今疲れがピークに来ている!」「身体からサインが出た!」などと呟いて意識を切り替え、湯船にゆっくり浸かる、早く眠るなど身体を休める時間を意識的に取り入れてみてくださいとお伝えしました。

ケアマネージャーに苦しい現状を打ち明けたBさんは、緊急ショートステイの利用を勧められました。3年ぶりに朝までぐっすり眠ることができたBさんは、そこで初めて自分が想像以上に疲れ切っていたことに気がついたそうです。

その後、介護サービスの内容を見直し、ショートステイを定期的に利用することが決まりました。Bさんは介護サービスをフル活用しているつもりでしたが、訪問サービスが中心だったため、ショートステイはまだ利用していなかったのです。

「自分の都合でショートステイを利用するなんて」と最初は罪悪感にかられていたBさんですが、ショートステイの日はウインドーショッピングをしたり友人と外食をしたりと、気分転換ができる時間を取れるほどに回復しました。

すると、悲観的な考えに飲み込まれることが激減したそうです。

Bさんは「ケアマネージャーさんに相談しても何も変わらないと思い込んでしまっていました。わかってもらえた! と思えるだけで気持ちがずいぶん軽くなり、介護体制を見直すきっかけにもなりました」と元気に話してくれました。

Bさんのように、疲れを自覚できないまま辛い体験をされている方もいらっしゃるでしょう。疲れを自覚しながらも「家族に辛い思いをさせたくない」と自分を犠牲にしながら介護を頑張っている方も少なくありません。

相談してすぐに望むような対応が得られるとは限りませんが、まずはケアマネージャーに「助けて!」と伝えてみましょう。「相談しても何も変わらない」との思いが浮かんだときも、疲れのピークです。「疲れ切っている。どうしたらいいかわからない」と話してみましょう。そして「もう死んで欲しいと願ってしまう」「思わず手が出そうになった」といった言いづらいことこそ、勇気を持って打ち明けてください。ケアマネージャーが味方になってくれます。

みなさんが家族間で抱えている悩み、介護で経験されていること、対策をとられていることをぜひ教えてください。お困りのことやご相談には、こちらの「介護の教科書」の記事でお答えできればと考えています。

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「介護サービスを嫌がって使ってくれない」といった日々の介護の悩みについては、拙書『がんばらない介護』で解説をしています。ぜひ、手にとって参考にしていただければと思います。

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