自宅で療養されている患者さんに対して、病状の変化に適した医薬品を使うことは、訪問看護にとって重要な課題です。

現状では、訪問看護を行う事業所で取り扱える医薬品の種類が限られており、患者さんの症状が急変した場合でも、必要な薬をすぐに使用できないという問題が生じているからです。

このような状況を踏まえ、訪問看護事業所に配置できる医薬品の拡大に対する関心が高まっています。

この記事では、取り扱い可能な医薬品の種類を拡大する必要性や課題を整理したうえで、訪問看護の現場が抱えている問題点をどのように解決すれば良いのか、薬剤師の立場として見解をまとめたいと思います。

薬の使用をめぐる訪問看護の現状

薬剤師法の規定によれば、医師、歯科医師、獣医師を除くと、医薬品の調剤行為をおこなえる人は薬剤師に限られています。そのため、看護師は医薬品の調剤を行うことができず、訪問看護事業所が医療用の医薬品を販売することもできません。

現状、訪問看護事業所に配置できる医薬品は、消毒用の薬、便秘時に用いるグリセリン浣腸、褥瘡や皮膚の保護に用いる白色ワセリン、生理食塩水や精製水などに限られています。

病院であれば、病棟のナースステーションに緊急時に必要な医薬品が備蓄されており、入院患者さんの急変時には適切な薬を素早く使用することができます。また、これらの病棟配置薬は病院に勤務している薬剤師によって管理されています。

一方、地域の訪問看護事業所に薬剤師が常駐していることはまれで、病状の変化に対してすぐに使用することが望ましい医薬品であっても、その入手には時間がかかります。

医師の診察から処方箋の発行、保険薬局で薬剤師による調剤が行われるまで、一連の流れに時間を要するのはもちろん、夜間や休日では人手不足の影響もあるでしょう。手元に医薬品がない訪問看護の現場では、たとえ医師からの処方の指示が出ていたとしても、必要な医薬品を患者さんに使用できないという現実があります。

特に、がんの終末期療養において、看取りが近い時期にある患者さんでは、急な痛み、不安や不眠症状、強い倦怠感、便秘、呼吸困難、嘔吐などの症状が出ることも多く、症状を和らげるための医薬品をすぐに投与する必要性が高まります。

しかし、このような状況でも必要な医薬品を必要な時に使用できないことが、訪問看護の現場で大きな問題となっているのです。

日本看護協会が行った「2019年訪問看護における看護師のケアの判断と実施に関する実態調査」によれば、病状変化に対して必要な医薬品が手元になかったため、患者さんの症状が悪化した経験のある看護師は、調査対象となった620人のうち48.5%にあたる301人にのぼりました。

また、症状の悪化によって生じた健康問題のうち、医師の診察が必要になった割合が最も高かった医薬品は、皮膚を保護する被覆剤で、次いで脱水症状に対する輸液(点滴剤)、そして痛みを緩和する鎮痛剤、感染症に用いられる抗菌薬と続きます。

この調査によると、訪問看護を利用している患者さんの病状が悪化し、新たな医薬品の使用が必要だと感じた場合、7割以上の看護師が医師との連携に困難を感じていました。同様に、5割以上の看護師が薬剤師との連携に困難を感じていたことも明らかにされています。

訪問看護における“配置薬拡充”の必要性と課題 安全性担保のた...の画像はこちら >>

備蓄薬剤の拡大と、その課題

訪問看護事業所に一定範囲の薬を常備することで、在宅で療養している患者さんに対して、適切な医療サービスを迅速に提供することができるようになります。土日や夜間、あるいは災害時などにも緊急的な対応ができれば、訪問介護事業所は地域医療を支える重要な拠点となります。

高齢化が急速に進む日本においては、質の高い医療サービスをすべての国民に提供するために、入院や救急搬送の件数を減らすことが課題となっています。入院や救急搬送は、1人の患者さんに多くの医療従事者を割くことになり、医療サービスに大きな負担をかけるからです。

そのような中、訪問看護事業所が地域医療を支える重要な拠点となれば、質の高い在宅療養の提供や在宅による看取りを推進することもできるでしょう。結果として、日本全体の医療サービスの質が高まることにつながります。

一方、訪問看護事業所に配置可能な医薬品の拡大について、日本薬剤師会は反対の姿勢を表明しています。法律的な問題、医療安全の確保という2つの観点から薬局以外で医薬品を備蓄することに慎重な態度を示しており、薬剤師を含めたチーム医療の推進を優先すべきと考えているのです。

薬剤師による医薬品の調剤は、単に薬を患者さんに渡すだけではありません。薬学という専門知識を活用して、薬の飲み合わせや副作用の危険性などを評価し、最適な用法用量で使用されているかどうかの確認まで含まれます。

医薬品を調剤する現場に薬剤師がいない状況では、十分な医療安全が確保できないという薬剤師会の主張は、その意味では理にかなっているといえるでしょう。

リモートでの薬剤師との連携にも期待

以下は、訪問看護の現状を踏まえた筆者個人の意見です。薬剤師の立場からの見解であり、現場の状況を考慮していない偏った内容となっているかもしれません。また、法的な規制の観点から実現が難しい内容も含まれていることをご理解いただければと思います。

訪問看護事業所における備蓄医薬品の品目拡大について、日本薬剤師会が指摘している通り、薬剤師の専門性が医療安全に貢献していることは確かだと思います。

一方で、実際に看護を行っているのは訪問看護師であって、薬剤師が常に訪問看護の現場にかかわっている事例は少ないように思います。

先ほどご紹介した、日本看護協会の調査からも明らかな通り、看護師の多くは薬剤師との連携に困難を感じていることは事実なのです。チーム医療を推進しようにも、地域医療を支える薬剤師が不足している地域も多く、あまり現実的ではないように思います。

そのような中で期待したいのが、インターネットを活用したリモートによる薬剤師の支援です。訪問看護事業所に薬剤師が常駐できない状況でも、リモート支援によって薬剤師が適切な薬学的管理を提供することで、一定の医薬品を配置することは問題が少ないように思われます。

便秘時の下剤、皮膚の痒みや乾燥肌の緩和に用いる軟膏剤(ステロイド剤を含む)などに加え、不安や不眠の症状を抑える抗不安薬や睡眠導入薬、けいれんが出たときに用いる抗けいれん薬、脱水症状を予防するための輸液製剤などでも、あらかじめ医師の指示を得たうえで、薬剤師によるリモート支援を活用すれば、安全に使用することができるように思います。

【参考文献】
内閣府『第2回 医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ 議事次第』
内閣府『規制改革推進会議 資料1-1』
日本看護協会『規制改革推進会議 資料1-2』

 
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