脳梗塞や脳出血(以下、脳卒中)の後遺症のひとつに運動麻痺(運動障害)があります。
本記事では、運動障害について、一般的な経過とリハビリ方法について紹介します。
運動障害とは?
端的に言えば、手や足が動かしづらくなる症状です。昔から運動麻痺と言われていましたが、近年は運動障害と言われることが多いです。
人の動きを司る神経の一つに皮質脊髄路(ひしつせきずいろ)があります。脳卒中によって、この神経がダメージを受けてしまったり、使えなくなってしまうことが運動障害の主な原因です。
運動障害の一般的な経過
- 重症度によって回復のしかたが異なる
- 発症1~3ヵ月までに大きく回復し、その後は回復ペースが緩やかになる
- 発症から6ヵ月以上経過していても回復する
重症度によって回復のしかたが異なる
一般的には下記のような経過をたどります。
これは発症から6ヵ月までのデータです。重症度によって回復のしかたが異なるのがおわかりいただけるかと思います。
発症1~3ヵ月までに大きく回復し、その後は回復ペースが緩やかになる
重症度に関わらず、一般的には発症1ヵ月~3ヵ月までの回復が大きいです。発症直後は手足を動かせなくても、この期間に動かせるようになることがあります。
この期間、リハビリを受けなくてもある程度回復しますが、リハビリを受けたほうが大きく回復します。
そのため、急性期病院を退院してから回復期病院へ転院し、集中的なリハビリを受ける方もいます。
発症から6ヵ月以上経過していても回復する
リハビリを受けたことがある方は「6ヵ月の壁」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
「脳卒中を発症してから6ヵ月までは回復するものの、6ヵ月以降は回復しない」という定説です。
近年は、この定説が覆され、少なくとも1年までは回復することが明らかになっています。
また、発症2年まで回復し続ける人や、発症4年が経過してから手の指の動きが回復した人もいます。
このことから、「6ヵ月までしか回復しない」と諦めてしまうのはもったいないと言えるでしょう。
運動障害に対するリハビリ方法
なお、上記のデータは「リハビリをしていない人も含むデータ」です。
リハビリを受けることによって、発症から数年経過していても運動障害が回復することが明らかになっています。
そこで、運動障害に有効なリハビリを紹介します。
課題指向型訓練
課題指向型訓練は、手のリハビリとしても、歩行のリハビリとしても有効なリハビリです。
わかりやすい特徴としては、「動作の練習をする」点です。
手のリハビリでは、「ドアを開ける」「ブラシで髪をとかす」「ボールを持つ」「ブロックをつまむ」「コーンを積み上げる」などの練習を行います。
歩行のリハビリでは「段差を上る」「椅子から立ち上がる」「線を跨ぐようにして足を前に出す」などの練習を行います。

課題指向型訓練のイメージを深めるために、イメージのしやすい筋力トレーニングと比較します。
課題指向型訓練 筋力トレーニング ドアを開ける 手をグーパーする ブラシで髪をとかす 手首をぐるぐる回す ボールを持つ 腕を上げたり下げたりする ブロックをつまむ 腕を外に開く コーンを積み上げる 足首を動かす 段差を上る 膝の曲げ伸ばしをする 椅子から立ち上がる 体幹をひねる上記のように、課題指向型訓練は筋トレのようなシンプルな関節運動だけの練習をしません。
物品を使いながら実施するリハビリです。
これによって、実生活で使える動作の獲得を目指します。
CI療法(Constraint-Induced Movement Therapy)
CI療法は、非麻痺側(麻痺していない側)の腕や手を使わず、麻痺側(麻痺がある側)の腕や手をたくさん使うことによって運動機能の改善を目指すリハビリです。
CI療法の特徴は3つあります。
①非麻痺側の腕と手を使わない CI療法は、リハビリ時間中もリハビリ時間外(日常生活)も、非麻痺側の腕や手を使わないようにし、麻痺側を積極的に使うリハビリです。このように、集中的に麻痺側の腕・手のみを使用し、物品操作を伴う運動課題を繰り返すのがCI療法の特徴です。
しかし、CI療法は残念ながらどの患者さんに対しても行えるわけではありません。
CI療法には適応基準があり、適応に満たない人に対しては有効であるとは言えません。
一般的な適応基準としては以下のものが挙げられます。
- 運動障害が軽度である
- 認知機能低下がない
- 半側空間無視や理解の問題がない
- 日常生活で麻痺手があまり使用されていない
- 歩行を含むバランスに問題がない
- 重度な痙縮がない
- 強い痛みがない
適応基準に合致しさえすれば、有効なリハビリであることは間違いありません。
当事者の方であれば、まずはご自身がCI療法の適応基準に合致するのかどうか、担当セラピストに聞いてみてはいかがでしょうか。
電気刺激療法
電気刺激療法は、電気刺激を神経や筋肉に与えるリハビリ方法で、世界中で脳卒中患者さんに対する有効性が報告されています。
電気刺激にはいろいろな種類がありますが、脳卒中リハビリでは以下の3つが使用されることが多いです。
- 神経筋電気刺激(NeuroMuscular Electrical Stimulation:NMES)
- 経皮的電気刺激(Transcutaneous Electrical Nerve Stimulation:TENS)
- 筋電トリガー式電気刺激
また、電気刺激療法で効果を期待するために大事なポイントは下記の3つです。
- 刺激条件が適切か?
- 適切な運動と組み合わされているか?
- 適切な時間、頻度、期間で行われているか?
電気刺激は流せばいいというものではなく、リハビリの目的や患者さんの状態などによって適切な刺激条件、適切な運動、適切な時間・頻度・期間があります。
また、電気刺激には「電気刺激を実施すべきでない患者さんやその状態や部位」という禁忌があります。
つまり、禁忌に該当する状態の患者さんや、禁忌に該当する身体部位には原則的に電気刺激を実施してはいけません。
禁忌は電気刺激機器によって異なる場合がありますので、まずは使用する予定の機器の取り扱い説明書を読む必要があります。
また、禁忌でないかどうかは担当セラピストに確認してみてください。
禁忌対象者- 心臓ペースメーカーなど体内に医療機器を埋め込んでいる人
- 悪性腫瘍がある人、感染症がある人
- 皮膚知覚障害の人
- 幼児または意思表示ができない人
- 心臓の上
- 目
- 感覚が損なわれている部位
- 頸動脈洞上
- 静脈や動脈の血栓症または血栓性静脈炎の領域の近く
- 体内に金属・プラスチックを埋め込んである部位
- 妊婦の腹部、腰部、骨盤部
電気刺激に関するご質問の中に「家庭用の電気刺激機器を使ってもよいか?」というものがあります。
家庭用の電気刺激機器でも、医療用と同じような刺激条件をセッティングすることで有効な電気刺激を利用できる可能性はありますが、適切な運動と組み合わせる、適切な時間・頻度・期間を設定するという点で専門家の判断が必要になります。
また、上記のような禁忌に該当する場合、基本的に電気刺激は実施してはいけません。
ご自身の判断で家庭用電気刺激を購入するよりは、担当セラピストや医師に相談したうえでどの機器を使うべきか、どのようなリハビリを行うべきか、を検討されることをおすすめします。
ミラーセラピー
これは鏡を使って、あたかも麻痺している側の腕・手や足が動いているかのように錯覚させるリハビリです。
腕や手のリハビリとしても、足のリハビリとしても使用することができます。
その手順は以下の通りです。
ミラーセラピーの手順研究によって多少のやり方の違いはありますが、基本的にはこのようにしてミラーセラピーを行います。
つまり、麻痺していない側の身体の動きを鏡に反射させ、麻痺している体がしっかり動いているように見せるリハビリです。
まとめ
以上、脳卒中発症後の運動障害の一般的な経過とリハビリについて紹介しました。
「リハビリは先生にお任せ」という患者様、ご家族様がほとんどだと思います。
しかし、一般的な経過や基本的なリハビリ方法を知っておくことで、「こういうリハビリをしてほしい」と伝えることができるようになります。
一人でも多くの方が、ご自身に合ったリハビリを受けられるようになることを祈っております。