介護施設・事業所はBCP策定が義務化
2021年介護報酬改定においてBCP作成が義務づけられる
2021年4月に介護事業所に対する「BCP(事業継続計画)」の策定が義務化されてから、約1年が経過しました。
BCPとは、事業者が自然災害や感染症発生時といった緊急事態に直面した際、事業資産の損害を最小限にして事業を継続できるように、平常時から緊急時に備えて必要な方法、手段を決めておく計画のことです。
緊急時への備えとしては防災計画(防災マニュアル)もありますが、BCPとは目的が違います。
防災計画とは、発生した自然災害等から利用者と職員の生命を守り、被害の拡大を抑えることを目的に作成するものです。
BCPは、自然災害等が発生した場合でも事業継続を可能にすることを目的としています。介護施設・事業所の場合だと、緊急事態が発生しても、引き続き利用者に適切な介護サービスを提供し続けられる体制を作るために策定するわけです。
2021年の介護報酬改定において介護事業所でのBCP策定が義務化され、3年の猶予期間を経て、2024年4月から完全義務化されます。現時点でまだ策定を終えていない施設・事業所・事業者は、残り2年間の猶予期間中に、策定を行えるだけの組織体制を整えなければなりません。
義務化以降もBCP策定の進捗度は遅い
しかし、介護施設・事業所におけるBCP策定は、義務化された2021年4月以降も遅々として進んでいないのが現状のようです。
MS&ADインターリスク総研株式会社が2021年7月に実施したアンケート調査によると(293の介護事業者を対象)、「BCPを策定済み」と回答した事業者の割合は24.0%でした。制度上義務化されて3カ月が経過した時点でも、BCP策定を行った事業者は全体で3割にも届いていなかったわけです。訪問介護事業所に絞った場合、策定率はわずか3.7%にとどまっています。
出典:『介護サービス事業者におけるBCP策定に関するアンケート調査』(MS&ADインターリスク総研)を基に作成 2022年05月04日更新また、BCP未策定の介護施設・事業所のうち、「BCP策定中」と回答した割合は47.3%で、半数に届いていませんでした。未策定の事業者は、猶予期間があるとはいえ義務化されてから3カ月経過したのちも、策定に向けた準備さえしていなかったわけです。
BCP策定済み事業者の中には、義務化を見据えて前々から策定の準備をしていたケースもあったようですが、割合としては少ないのが実情。多くの介護施設・事業所は、これから本格的にBCP策定を進めていく状況にあるといえます。
BCP策定義務化の背景と策定が進まない理由
BCP策定義務化の背景にある未知の災害への備え
BCPが想定すべき緊急事態はテロや大事故、サプライチェーンの断絶など多岐に渡りますが、策定義務化に向けた動きのきっかけとなったのは、自然災害の深刻化と新型コロナウイルスの感染拡大です。
自然災害については、近年特に深刻化しているものとして風水害が挙げられます。2018年には「平成30年7月豪雨」「西日本豪雨」とも呼ばれる水害が発生し、集中豪雨による全国の死者数は200名以上に上りました。このとき、全国各地で断水、通信途絶などの事態が起こり、鉄道の運休など交通障害も起こりました。
翌年の2019年9月には房総半島を直撃した台風により広範囲にわたって停電が発生。その直後の10月に起こった台風19号による大雨でも、東日本を中心に甚大な被害が生じました。
その後も2020年7月には熊本県の球磨川氾濫、2021年7月には熱海市で大規模な土石流が発生するなど、毎年のように重大な災害が発生し続けています。
新型コロナウイルス感染症に関しては、2022年4月現在も沈静化していないのが現状です。感染拡大が始まった2020年は、介護サービスの利用控え、さらに感染防止策にかかる出費の増大などが重なり、2020年の「老人福祉・介護事業」の倒産件数は118件と過去最多記録を更新しました。
介護施設・事業所を対象とするBCP策定の義務化は、上記のような状況を背景として必要性が高まっていったといえます。介護事業者は要介護者の命・生活を預かる側面を持つので、災害時でも事業継続を可能とする体制を作る意義は大きいです。
BCP策定を行う余裕・ノウハウがない事業者も
しかし、BCP策定の意義は理解できるものの、現場の介護事業者の立場からすると、策定を進めるには時間も人手も足りないのが実情といえます。また、たとえ策定していたとしても、その内容がリスクの高い感染症や自然災害に十分対処できるものなのかというと、必ずしもそうとはいえないのが現状のようです。
MS&ADインターリスク総研株式会社の調査結果によると、「BCP策定済み」と回答した介護施設・事業所についても、リスクが高い「感染症」と「自然災害」に対する計画を両方とも策定している割合は41.3%、全体の4割程度でした。

BCPは不測の事態が生じてから策定するのではなく、事前に策定の上、施設・事業所内全体で内容を共有し、普段から必要な対策に取り組んでいくことが重要です。
しかし、日々の業務に追われる現場の介護事業者にとって、新たにBCPを策定すること自体、大きな負担となるのは間違いありません。
また、新型コロナウイルスのような感染症拡大はこれまで前例のない事態です。その対策に関するノウハウの蓄積が進んでいない部分もあり、そのこともBCP策定を遅らせる要因の一つと考えられます。
BCP策定をさらに推進していくには
策定済みの施設・事業所でも研修・訓練の実施割合は低い
2021年4月から義務化されている内容には、感染症や災害が発生しても介護サービスを継続的に提供できる体制を作るために、「業務継続に向けた計画等の策定」に加えて、「研修の実施、訓練の実施等」も含まれています。
しかし、現場の介護事業者にとって、研修・訓練の実施は特に手間と時間がかかる内容と言えるでしょう。
MS&ADインターリスク総研の調査によると、BCPを策定済みの事業者のうち、研修と訓練の両方を実施しているのはわずか19.0%。2割にも満たないという結果となっています。また、「研修のみ実施」は47.6%、「訓練のみ実施」は33.3%で、計画は策定していても、研修・訓練にまで手が回っていない施設・事業所が多数あるわけです。

研修・訓練の実施状況を想定対象リスクごとに見てみると、「自然災害」に対する実施率は研修が38.1%、訓練が42.9%、「感染症」に対する実施率は研修が47.6%、訓練が14.3%でした。ここで注目したいのは、「感染症」リスクに対する「訓練」の実施割合の低さです。
感染症については、対策に焦点が当たったのはコロナ禍以降であるため、訓練のノウハウ等が蓄積されていない事情が背景にあると考えられます。
補助金などの支援体制の充実も求められる
BCP策定が進まない介護施設・事業者が多い中、国・自治体は策定を行った事業者に対して優遇措置を実施しています。
2019年7月に施行された「中小企業強靭化法」では、中小企業が策定したBCPを国に提出し、その内容に問題がなければ、財政的な支援を受けることが可能です。具体的な内容としては、中小事業者を対象に、石油製品等を使った自家発電設備の設置費用の一部補助などが含まれます。
さらに公益財団法人「東京都中小企業振興公社」では、BCP策定事業者を対象に、一定の条件を満たしていればBCPの実行に必要な設備の購入・設置費用を助成する施策を行っています。
他にも、BCP策定事業者を対象に補助金を提供している自治体もあり、例えば兵庫県がその一例です。同県では県内のBCP策定済み事業者に対し、研修・訓練費用の補助金を交付しています。講師の謝金や書籍購入費なども補助対象となっています。
特に中小の介護施設・事業所の場合、BCP策定を進めるにあたっては、こうした行政の支援を活用するのも有効な方法といえます。
しかし、BCP策定が遅々として進まない状況が続くようなら、国・自治体による支援体制をより強化することも必要になってくるのかもしれません。この点、施設・事業者側、そして行政側が今後どのような動きを見せるのか、引き続き注目を集めそうです。