かかりつけ医制度の議論が紛糾!

全世代型社会保障構築会議と財務省がかかりつけ医制度について言及

岸田政権が掲げる全世代型社会保障の実現に向けた有識者会議の中間とりまとめが、2022年5月21日に公表されました。

子育て支援や女性の就労、在宅介護など、さまざまな分野で横断的に意見が交わされましたが、会議の中で厳しい指摘を受けたのが「かかりつけ医」についてでした。

今回のコロナ禍により、かかりつけ医機能などの地域医療の機能が十分作動せず、総合病院に大きな負荷がかかるなどの課題に直面した。
かかりつけ医機能が発揮される制度整備を含め、機能分化と連携を一層重視した医療・介護提供体制等の国民目線での改革を進めるべきである。(内閣府『全世代型社会保障構築会議議論の中間整理』より)

内閣府の有識者会議が「十分作動せず」とはっきり言及したことは、異例ともいえる対応です。

また、財務省の財政制度分科会はより辛らつな表現で、「かかりつけ医機能の強化の取組が実体面で実効性を上げていたとは言えない」と厳しく指摘しています。

現在、日本ではかかりつけ医に関する具体的な法律や制度はなく、厚労省などが先頭を切って推奨してきたにすぎません。しかし、今後在宅医療のニーズが高まることなどを鑑みて、政府は制度化が必要だと考えています。

「数値化しての測定はできない」日本医師会はすぐさま反論

こうした政府の厳しい指摘を受けて、すぐに反論をしたのが日本医師会です。

日本医師会会長は「患者ごとにかかりつけ医は異なり、患者にふさわしい医師が誰かを数値化して測定することはできない。医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるということであれば認められない」と述べ、『国民の信頼に応えるかかりつけ医として』という声明を発表しました。

声明の中では、これまで日本医師会がかかりつけ医の普及に向けて、どのような考え方で取り組んできたかが記されています。

例えば、47都道府県に整備されている「医療機能情報提供制度(医療情報ネット)」。このサイトでは、全国すべての対応可能な治療や医療機関の診療科目などを公開。自身のかかりつけ医を登録することで、近隣の専門医などを検索しやすくなっています。

このように、日本医師会は遠回しにかかりつけ医の制度化へ反対姿勢を示しています。

かかりつけ医とフリーアクセスのどちらを重視するか

日本の医療はフリーアクセスが特徴のひとつ

日本医師会がこれほど強い反応を示すのは、かかりつけ医の制度化によって、日本医療の強みである「フリーアクセス」が壊れてしまうのではないかと懸念しているからです。

フリーアクセスは日本医師会があげる、日本医療の優れた三本柱のうちの1つです。

国民皆保険 アメリカなど、無保険の国民がいる国も多い中で、日本ではすべての国民が公的な医療保険に加入している フリーアクセス どこの医療機関でも、どの医師にも自由に診断してもらえて医療サービス(治療)が受けられる。世界には登録した医療機関を最初に受診しなければならない国もある 現物(医療サービス)給付 診察を受け注射や手術、また薬を投薬されることなど、医療を窓口での一部負担金のみで受けられる

仮にかかりつけ医が制度化されると、「フリーアクセス」の柱が崩壊しかねません。

なかでも、イギリスでは必ず登録した医師を受診しなければならず、緊急ではない場合、2~3週間以上待たされることもあるそうです。

かかりつけ医の制度化は、日本における「いつでもどこでも医療が受けられる」というメリットが損なわれる危険性もはらんでいるのです。

そこで、日本医師会はかかりつけ医の制度化に強く反発し、これまで地域医療における一つの機能として位置づけてきたのです。

コロナ対応で浮き彫りになった課題

しかし、コロナ禍において、かかりつけ医が機能不全に陥っていたのはまぎれもない事実です。

政府は2020年秋以降、インフルエンザの流行にも備えるため、発熱患者などの検査・診察を行う体制整備に取り組んできました。

発熱患者の外来診療や検査体制を確保する「外来診療・検査体制確保事業」を行い、いわゆる発熱外来を地域ごとに設置するよう支援しました。

その際、発熱などの症状が生じた患者は、まずはかかりつけ医などの身近な医療機関に電話で相談し、医療機関に迷う場合には「受診・相談センター」で、発熱外来の案内を受けて受診する仕組みを構築することが目指されました。

ところが、「かかりつけ医がいないこと」「受診・相談センターに連絡がつながりにくいこと」「自治体がホームページで発熱外来を公表していないこと」といったことが原因で、発熱患者が円滑に診療を受けられない状況が生じていました。

2022年3月時点でも、発熱外来を設置している医療機関をホームページで公表している都道府県は、わずか6都道府県にとどまっています。

「日本医師会vs政府」かかりつけ医の制度化をめぐる対立関係を...の画像はこちら >>
出典:『財政制度分科会(2022年4月13日)資料』(財務省)を基に作成 2022年07月19日更新

また、この支援制度によって発熱外来を設置した機関の診療報酬は引き上げられましたが、実際に発熱患者を診察しなくても補助金の給付を受けた医療機関があることを問題視しています。

コロナ禍において、一人の患者に対してかかりつけ医が決まっていないことが混乱を招いたのも事実なのです。

日本に合う理想的なかかりつけ医制度の模索

かかりつけ医制度の経緯と現状

かかりつけ医の制度化については、25年以上前から議題にあげられていました。1985年、旧厚生省に設置されていた「家庭医に関する懇談会」は、家庭医制度の確立に向けて動き出していたのです。

しかし、当時も日本医師会が反発。地域医療の担い手としての開業医像を主張し、地域の多職種連携によって家庭医を進展させるべきという見解で、制度化を食い止めた経緯があります。その背景には、既存の開業医たちが「自分の仕事がなくなる」と考えたからだともいわれています。

再びかかりつけ医制度について日本医師会と議論が交わされたのは2013年。ここで地域でのかかりつけ医実践事例などを研究し、それを横に拡大していくことが約束されました。

この議論に基づき、厚生労働省ではかかりつけ医の機能について解説する特設サイトなどを設けて周知を促しています。

一方、あくまで機能にしかすぎないため、患者サイドからはかかりつけ医をどう見つけたら良いかわかりづらいという難点があります。

厚生労働省の資料によると、「日頃から決まって診療を受ける医師・医療機関を持たない理由」として「適当な医療機関をどう探してよいのかわからないから」「適当な医療機関を選ぶための情報が不足しているから」という理由が、それぞれ全体の13.9%、8%の人が回答としてあげています。

「日本医師会vs政府」かかりつけ医の制度化をめぐる対立関係を読む
出典:『第19回医療計画の見直し等に関する検討会(2020年3月18日)資料』(厚生労働省)を基に作成 2022年07月19日更新

制度化によって明確な役割を持たせることができれば、国民の周知が進むのは間違いありません。

量より質を重視した制度の整備が必要

制度化が求められているとはいえ、フリーアクセスという日本医療のメリットが損なわれることは決して良いとは思えません。

そこで、日本ならではの制度にすることが必要です。

この点については、以下のような財務省の提案が的を射ているように思われます。

  • かかりつけ医機能の要件を法制上明確化する
  • 機能を備えた医療機関をかかりつけ医として認定する
  • 利用希望者による事前登録・医療情報登録を促す仕組みを導入する

現状では、曖昧になっているかかりつけ医を法律によって定めることで、平時では在宅医療などの担い手になる一方で、感染症などの有事には患者情報の事前管理によって、PCR検査や発熱外来、オンライン診療、自宅療養の健康観察などを効果的に実施できるとしています。

フリーアクセスというメリットを維持しつつ、上記のような制度を明確化することは可能ではないでしょうか。

確かに、地域のクリニックへの受診が少なくなる可能性はあります。しかし、医療の担い手が不足し、高齢者が増加し続ける現状では、診療回数ばかりが評価されるのではなく、提供する医療サービスの質の向上を考えるべき時が来ています。

日本独自のかかりつけ医制度が求められているのです。

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