超高齢社会で注目される介護食市場

市場規模は過去最大の834億円を超える

超高齢社会を迎えた今、高齢者ビジネスは大きな市場として注目を浴びています。その中で順調に拡大を続けているのが介護食市場です。

矢野経済研究所が嚥下(えんげ)食、咀嚼困難者食、介護予防食を合わせた市場規模を調査したところ、その市場規模は2020年度に834.2億円で過去最大になりました。

2016年度と比較すると、200億円以上も増大しています。

介護食市場規模は834億円超。農林水産省が推進する「スマイル...の画像はこちら >>
出典:『2022年版嚥下食、咀嚼困難者食、介護予防食に関する市場実態と将来展望』(矢野経済研究所)を基に作成 2022年07月26日更新

同研究所によると、現在は病院や高齢者施設での使用が中心ではあるものの、今後は在宅介護での使用も増えると見込んでおり、成長を続けると予測しています。

介護食のニーズが高まる背景は食べる能力の低下

介護食が注目される背景には、高齢者の低栄養があります。国立長寿医療センターの調査によると、65歳以上の在宅療養患者のうち7割以上が「低栄養」「低栄養のおそれあり」であることがわかっています。

介護食市場規模は834億円超。農林水産省が推進する「スマイルケア食」は海外展開も視野に
低栄養状態にある高齢者の割合
出典:『在宅療養患者の摂取状況・ 栄養状態の把握に関する調査研究報告書』(国立長寿医療センター)を基に作成 2022年07月26日更新

低栄養になる原因の一つに、高齢者の食べる能力の低下があります。同調査では、65歳以上の在宅療養患者のうち約3割は噛む力に問題があることもわかっています。

具体的には「あまりかめないので、⾷べ物が限られている」が19%、「ほとんどかめない」4.4%、「まったくかめず流動⾷(ミキサー⾷など)を⾷べている」が6.2%でした。

また、約5割が飲み込むことに問題を抱えていることも示されています。いずれの問題もBMI(体重と身長から算出される肥満度)が低下するなど、低栄養リスクがあり、噛んだり飲み込んだりしやすい介護食が注目されているのです。

農林水産省や大手食品メーカーの取り組み

農林水産省が推進する「スマイルケア食」

介護食市場の拡大には、農林水産省も一役買っています。同省では、2013年から消費者に介護食であることをわかりやすく表示する「スマイルケア食」を推進しています。

スマイルケア食は、健康維持上栄養補給が必要な人向けの食品に「青」マーク、噛むことが難しい人向けの食品に「黄」マーク、飲み込むことが難しい人向けの食品に「赤」マークが付けられています。

青マーク 噛む・飲み込む力に問題はないものの、健康維持上栄養補給を必要とする人向けの食品が対象。エネルギーやたんぱく質の含有量が一定の基準を超えた場合に表示できる。
黄マーク 噛むことに問題がある人向けの食品が対象。噛みやすさの程度に応じて、5・4・3・2の4つに格付けして表示する。 赤マーク 飲み込むことに問題がある人向けの食品が対象。飲み込みやすさに応じて、2・1・0の3つに格付けして表示する。

これらの基準となっているものの一つは、2003年に日本介護食品協議会が定めた「ユニバーサルデザインフード(UDF)」です。

ユニバーサルデザインフードとは、通常の食事や介護食などで幅広く対応している、食べやすさを考慮した食品のことです。

高齢者の噛む力と飲み込む力に着目して、介護食品の基準を設けたことで、食品メーカーが参入しやすい環境が整っていったのです。現在、ユニバーサルデザインフードとして登録されている商品は2,000を超えています。

各食品メーカーで繰り広げられる開発競争

現在、介護食市場をけん引しているのは、大手食品メーカーです。

特に業界で有名なのがキューピー。同社の市販用介護食「やさしい献立」シリーズのうち、雑炊3品(紅鮭雑炊、ほたて雑炊、牛しぐれ雑炊)は、2017年にスマイルケア食の「黄」マークに認定されています。同商品は市販用のやわらか食として業界をリードしてきました。

また、少量高栄養の経口飲料の分野で業界をリードしているのが、明治が展開する「メイバランス」シリーズです。

同商品の歴史は古く、1978年に医師からの要請でヨーグルトで栄養を補給できる食品として開発されました。

その後、医療現場などで広く普及するようになり、現在は介護現場などでも活用されています。

そのほか日清オイリオ、アサヒグループ食品、マルハニチロ、味の素など、大手食品メーカーによる介護食の開発環境がし烈を極めています。市場拡大に伴って、今後も競争は続いていくことでしょう。

市販用の介護予防食が今後のトレンド

在宅介護の増加に伴って市販用食品が増加する

現在、政府は在宅介護を強化する方針で地域支援の拡大を図っています。そのため、今後は在宅介護の場面などで利用できる市販用の介護食が伸びていくと考えられています。

中でも「スマイルケア食」の青マークで分類される介護予防食が、一般に広く普及する可能性があります。

先述した矢野経済研究所でも、高齢者施設の補食(おやつ・デザート)需要として安定的に伸びていくにつれて、在宅介護や健常者を取り込んでいくと予測しています。

各メーカーもドラッグストアやスーパーへの販路拡大を図っており、介護食関連の商品コーナーは徐々に広がっています。また、近年は栄養への関心の高まりもあって、完全栄養食などの商品も増加。介護食は一般的な食品として認知され始めています。

高齢化が著しい東南アジアにも進出!?

さらに、日本の介護食は海外に誇る一大ブランドに成長する可能性も秘めています。農林水産省が「スマイルケア食」の海外展開を図っているからです。

特に富裕層が急増しているアジア圏をメインターゲットにしています。

アジア各国の平均寿命は日本と同様にかなり高まっています。シンガポールは82.8歳、次いでブルネイ、ベトナム、タイ、マレーシアは76歳前後になっています。

しかし、こうした国々では介護保険制度が進んでおらず、いまだ介護食などの視点は育っていません。そこで、まずは各国の認知度を高めるため、医療・介護の見本市・商談会などのイベントに参加するなどの取り組みを行っています。

まずは高齢化率の高いタイやシンガポール、香港などでスマイルケア食の市場を開拓する予定です。

国内だけでなく、海外まで需要が拡大するとなれば、その市場規模は一気に広がり、日本の一大産業に発展するかもしれません。ごく一般的に介護食が家庭に並ぶ日も近いでしょう。

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