福祉用具貸与か購入かを利用者が選択できる新制度導入か

有識者会議にて制度導入の議論が本格的に開始

厚生労働省は2022年9月5日、今後の介護保険制度改正のあり方を議論する有識者会議の場で、福祉用具「貸与」、「販売」のどちらかを利用者が決められる「選択制」の導入を検討する方針を明らかにしました。

現行制度では、介護保険適用の対象となる福祉用具については、利用者の心身状態に合った適切な器具を利用できるように基本的には「貸与」です。

ただし、排泄や入浴に用いる福祉用具については、衛生上の観点から、例外的措置として「販売」が認められています。

今回、厚生労働省が提示した選択制は、これまで「貸与」のみの対象だった品目を、「販売」の対象にもするという画期的な案です。

「貸与になじまないものに限って「販売」の対象とする」という従来の福祉用具貸与・販売サービスの基本方針を、根本から変更する内容といえます。

ただし、選択制の対象となる品目は、現在のところ歩行補助つえやスロープなど、購入した場合でも費用が安めのものが想定されています。介護ベッドなど高価なものは対象として考えられていません。

なぜこのような議論が行われたのか、その背景について少し深掘りしてみましょう。

福祉用具貸与・販売とはどんなサービス?

選択制の議論について考える前に、そもそも福祉用具貸与・販売とはどんなサービスなのかを確認しておきましょう。

福祉用具貸与・販売とは、要介護者の日常生活を支える器具、機能訓練のために必要な器具、自立を助ける器具を、介護保険適用にてレンタル・購入できる制度のことです。

福祉用具貸与の対象となるのは「車椅子」「車椅子の付属品」「床ずれ防止用具」「特殊寝台」「特殊寝台の付属品」「体位変換機」「手すり」「スロープ」「歩行器」「歩行補助つえ」「認知症徘徊感知機器」「移動用リフト(つり具の部分を除く)」「自動排泄処理装置」など。

一方、特定福祉用具販売の対象となるのは、「腰掛便座」「自動排泄処理装置の交換可能部品」「排泄予測支援機器」「入浴補助用具(入浴椅子、浴槽用の手すり、浴槽内の椅子、入浴台、浴室内のすのこ、浴槽内のすのこ、入浴用の介助ベルト)」「簡易浴槽」「慰労用リフトのつり具の部分」などです。

介護保険の福祉用具は「貸与」が中心であり、「販売」の対象となる品目は少ないです。「販売」は衛生上の理由から例外的な措置として認められているのが現行制度における位置づけといえます。

福祉用具貸与は介護保険サービスの中でも特に利用者が多いです。厚生労働省「介護保険事業状況報告」(令和3年4月分)によると、福祉用具貸与サービスの1カ月あたりの利用者数は約240万人。

通所介護が約110万人、訪問介護が約100万人なので、それらの2倍以上もの人が利用しています。

福祉用具貸与・販売に「選択制」が導入か?選択制導入で期待され...の画像はこちら >>
出典:『介護保険制度における福祉用具貸与・販売種目のあり方検討会(第6回)参考資料1』(厚生労働省)を基に作成 2022年10月13日更新

利用者数が多いだけに、選択制への制度変更は影響力が大きいといえます。

福祉用具貸与・販売の選択制を導入すべきとの意見の根拠

選択制を導入すべきとの声が高まった背景

福祉用具貸与・販売に選択性を導入すべきとの意見の背景にあるのは、介護給付費の増大化です。介護保険制度は50%を保険料、50%を公費(国25%、自治体25%)でまかなっています。

その増大化は国庫負担増となり、国債の発行増など国の借金増加の要因ともなります。また、少子高齢化が進む中、若い世代の負担増も避けられません。

介護保険制度の仕組みにより、それまで「貸与」に分類されていたものを「販売」にも回せるようになることで、この介護給付費を大幅に減らすことができます。

というのも、福祉用具貸与・販売はどちらも介護保険適用されますが、「貸与」はケアマネのケアマネジメントが必要である一方、「販売(購入)」には給付管理やケアプラン上の位置づけ義務がありません。

つまり、福祉用具購入のために介護保険を利用する分には、ケアマネジメントに対する介護給付は発生しないわけです。

利用者にとっては、ケアマネによるケアマネジメントは全額介護給付されるので、「貸与」や「販売」を利用した際の支払い額は、純粋なレンタル料金、購入料金の自己負担分のみです。

しかし、介護給付費の負担額という視点でみると、「貸与」によるケアマネジメントの給付費はしっかりと発生しています。全額給付だけに、財源の負担も大きいといえます。

選択制導入で削減できるケアマネジメントの給付費

では、それまで「貸与」されていたものを「販売」も可能とすることで、どのくらい介護給付費を節約できるのでしょうか。

例えば、現行制度において福祉用具貸与の対象である「歩行補助つえ」を3年間、利用者の自己負担1割にて貸し出すケースを考えてみましょう。

もともとのレンタル料は毎月1,500円と想定します。

介護保険適用されるので、この場合だとレンタル料の負担割合は、利用者が1割負担で月150円、介護給付費は月1,350円です。3年間のレンタルなので、「1350円×36」=約4万8,600円の介護給付費が合計で発生します。

しかし、この4万8,600円はあくまで福祉用具のレンタル料に対しての介護給付です。

先述の通り、現行制度だと「貸与」はケアプランに記載する必要があるため、介護サービスである「ケアマネジメント」に対する介護給付費が発生します。これが毎月約1万円。3年間で約36万円の介護給付費がかかります。

実際のレンタル料に対して支払われる介護給付費よりも、ケアマネのケアマネジメントにかかる介護給付費がはるかに大きいわけです。

福祉用具貸与・販売に「選択制」が導入か?選択制導入で期待される「給付費削減効果」
福祉用具貸与にかかる介護給付費
出典:『介護保険制度における福祉用具貸与・販売種目のあり方検討会(第6回)参考資料1』(厚生労働省)を基に作成 2022年10月13日更新

もし、歩行補助杖を「販売」の対象にもできるようにした場合、先述の通り「販売」ではケアプランへの記載が義務付けられていないので、介護給付費の大幅な減少につながります。

福祉用具貸与・販売の選択制導入にはメリットだけでなくデメリットも

選択制導入で期待される給付費削減効果

福祉用具貸与・販売の選択制が導入された場合、給付費の削減効果が大きくなることを裏付けるデータもあります。

ケアマネジメントによるケアプラン作成の内容を調査した「2020年度予算執行調査」によると、福祉用具貸与のみを内容とするケアプランの作成は、全体の6.1%を占めていることが明らかとなっています。

他の介護サービスは一切利用せず、自己負担1~3割という価格でレンタルすることのみを目的としたケアプランが、1割弱あるわけです。

さらにこのうち、1年間の同じケアプランにおける品目の内訳をみると、「歩行補助杖」「歩行器」「手すり」など、介護ベッドや車椅子などに比べると値段が安い品目が全体の約7割を占めていました。

福祉用具貸与・販売に「選択制」が導入か?選択制導入で期待される「給付費削減効果」
福祉用具貸与のみのケアプランの実態
出典:『介護保険制度における福祉用具貸与・販売種目のあり方検討会(第6回)参考資料1』(厚生労働省)を基に作成 2022年10月13日更新

この実態を踏まえると、選択制を導入し、安価な品目を利用者が介護保険適用で購入できるようにすると、ケアプラン作成の必要性が減り、介護給付費の削減につながると予測できます。

選択制導入で懸念されるデメリットも

これまで見た議論は、あくまで国側・給付費を支払う側の論理です。一方で、当然ながら現場のケアマネ・居宅介護支援事業所にとってみれば、選択制によって介護報酬を得る機会が減るのは承服しがたい事態といえます。

また、「販売」の場合、利用者の心身状態が変化しても、いったん購入して使ったものは返品できないという難点があります。例えば歩行補助杖は、介護度が上昇して寝たきりになった場合は利用しなくなります。貸与なら返却できますが、購入では難しいです。

そもそも利用者からすれば、購入するよりもレンタルした方が安いのは確かなこと。選択制の導入は、利用者に対して暗に購入するよう求めることでもあり、利用控えにつながる恐れもあります。

さらに購入後のメンテナンスの問題もあります。貸与であれば、用具が劣化すれば交換できますが、購入したものはそれができません。「買いなおしするのは面倒」といって無理に使い続けると、怪我のリスクも生じます。

導入するのであれば、これらの多様な意見・問題を慎重に検討することも必要となります。

今後どのような検討が進められるのか、引き続き注目したいところです。

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