次期改定に向けて高齢者虐待の防止の推進が議題に
サ高住、シェアハウスにも虐待防止措置の規定に向けた議論開始
2022年9月26日、2024年度の介護保険制度改正に向けた議論が進められている社会保険審議会・介護保険部会で、高齢者虐待防止の推進が提起されました。
会議の場では高齢者虐待の問題性を改めて指摘した上で、高齢化がさらに進む中、高齢者の権利と利益の擁護が適切に行われるべき旨が改めて強調されています。
その一方で、特に問題として指摘されたのが、サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)と高齢者向けシェアハウスにおいて虐待防止措置がないという点です。
近年、これら新しいタイプの入所施設においても虐待事案が報告されていることから、明確な規定が盛り込まれるべきとの提案がされました。
サ高住は、自宅での生活に不安を感じている高齢者に安否確認や生活相談サービスを提供し、安全・安心の住環境で暮らせるようにと創設された施設です。2011年5月に改正された「高齢者住まい法」によって制度化されました。
シェアハウスとは、自宅で一人暮らしをしていた高齢者が広い面積を持つ住居に集まって共同生活を送り、家事や家賃負担を共同で行う施設です。
空き家となっている一軒家が利用されるケースが多く、こちらは主に民間企業が事業として行い、高齢者向けケアハウスを対象とした何らかの法制度が施行されているわけではありません。
サ高住やシェアハウスにも、入居者の見守りや生活支援を行うスタッフが勤務しています。
現在、高齢者向けの入居施設における職員の虐待行為が問題視されていますが、他の施設における実態を踏まえると、これら新しいタイプの施設においても虐待の発生リスクは高いと考えられます。
介護施設における高齢者の虐待件数
厚生労働省の調査(全国の市町村を対象に実施)によると、2020年時点における介護施設従事者などによる高齢者虐待の件数は、前年度比49件減となる595件。相談・通報件数は前年度比170件減となる2,097件となっています。
過去最多となった2019年度よりもやや減少はしたものの、大幅減とはなっておらず、抜本的な解決に至っていないのが現状です。
出典:『社会保障審議会介護保険部会(第98回)その他の課題について(参考資料)』(厚生労働省)を基に作成 2022年10月27日更新2006年からの約15年間で虐待件数は10倍以上も増えています。高齢化が進み、老人ホームに入居する高齢者が増えたこともありますが、施設スタッフによる虐待件数はこれまで右肩上がりで増え続けてきました。
なお、ここで確認されている数値は、行政側が事実確認を行い、明確に「虐待がある」と判断されたケースのみです。
虐待が起こっているのに「利用者が我慢する」「施設側が隠蔽する」などして相談・通報が行われていない状況も少なからずあるとも考えられ、実態としての現場では、より多くの虐待行為が発生している可能性もあります。
高齢者向け施設における高齢者虐待の実情
介護施設における高齢者虐待の種類と割合
厚生労働省は、高齢者虐待の種類を以下の5つに区分しています。
- 身体的虐待・・・「暴力的行為で傷みを与え、身体にあざや外傷を与える行為」「本人に対する危険な行為や身体に影響を与える行為」「強制的な行為によって痛みを与えたり、代替方法があるのに乱暴に取り扱ったりする行為」「外部との接触を意図的かつ継続的に遮断する行為(身体拘束など)」
- 介護・世話の放棄・放任・・・「養護者が介護の提供を放棄または放任し、高齢者の生活環境や生活者自身の身体・精神的状態を悪化させている」「高齢者が必要とする医療・介護保険サービスなどを、周囲が納得できる理由なく制限したり、使わせなかったりして放置している」「同居人等による高齢者虐待と同様に必要な行為を放置する」
- 心理的虐待・・・「脅しや侮辱などの言語や威圧的な態度、無視、嫌がらせ等によって、精神的苦痛を与えること」
- 性的虐待・・・「本人との間で合意が行われていない、あらゆる形態の性的な行為またはその強要」
- 経済的虐待・・・「本人の合意を得ていないのに財産、金銭を使い、本人が望む金銭の使用を理由もなく制限すること」
虐待行為というと身体的虐待をイメージしがちです。実際、マスコミで大きく報じられるのも、身体的虐待による傷害・殺人事件が多いです。しかし、高齢者虐待の定義はより幅広く、暴力行為以外も含まれます。
厚生労働省の調査結果によると、2020年度の養介護施設における虐待の内訳(複数回答)は、身体的虐待が52.0%、心理的虐待が26.1%、介護等放棄が23.9%、性的虐待が12.1%、経済的虐待が4.8%。身体的な虐待は約半数で、それ以外は非身体的な虐待です。

虐待者、発生要因、主な施設種別の実態
先述の厚生労働省による調査によると、養介護施設従事者における虐待者は男性52.3%、女性43.2%となっており、男性が過半数を占めています。しかし、介護従事者を性別で分けた場合、男性の割合は約2割で、約8割が女性です。
つまり、約2割しか占めていない男性の施設スタッフが、虐待行為全体の過半数を占めているわけです。
また、市町村が把握している虐待要因として最多だったのが「教育・知識・介護技術等に関する問題」で48.7%を占め、次に多かったのが「虐待を助長する組織風土や職員間の関係の悪さ、管理体制等」で22.2%でした。
スタッフのスキル、職場の体質などが原因として多く示されています。
さらに発生施設を施設種別に見ると、特別養護老人ホームは28.2%、有料老人ホームが27.1%、グループホームが13.9%、介護老人保健施設が8.4%となっています。
なお、サ高住とシェアハウスについては現状、厚生労働省の調査では調査対象の項目として明確に区分されていません。
サ高住、シェアハウスが虐待防止措置の枠外となっている背景
サ高住、シェアハウスは制度上の「穴」
特別養護老人ホームや介護老人保健施設など介護保険法に関連する施設、養護老人ホームやケアハウスといった老人福祉法に基づく施設は、運営基準において厳密に虐待防止措置が義務付けられています。
また、行政への届け出がある有料老人ホームについても、その指導指針において虐待防止措置がルール化されています。
しかし、サ高住と高齢者向けシェアハウスについてでは、高齢者虐待防止法に定める「養介護施設・事業所」「養介護事業」に明確な規定がなく、有料老人ホームのように虐待防止措置のルール化が行われてはいません。
では、サ高住やシェアハウスについては現状どのような扱いになっているのでしょうか。
茨城県の「茨城県高齢者虐待対応マニュアル」によると、サ高住については、有料老人ホームに該当する場合は「要介護施設従事者等による高齢者虐待」として対応するとし、有料老人ホームに該当しない場合(安否確認、生活相談の義務付けサービスのみ提供する施設)は、「養護者による高齢者虐待として対応する」としています。
この場合、ほとんどのサ高住が有料老人ホームに該当するとは思われますが、制度上の位置づけはあいまいです。高齢者向けシェアハウスに至っては言及もありません。
サ高住、シェアハウスを含めた虐待防止の取り組みが早急に必要
一般社団法人高齢者住宅協会の「サービス付き高齢者向け住宅情報提供システム」によると、サ高住は2022年8月時点で全国に8,112施設、27万7,614戸となっています。
5年前の2017年12月時点では施設数6,877、戸数は22万5,374施設なので、5年間で施設数が1,000以上、戸数は5万近くも増えています。

サ高住の創設当初は棟数、戸数ともに少数でしたが、今や施設数は8,000を超え、全国で27万人以上の高齢者が生活する施設となっています。
もはや日本の代表的な高齢者向け入居施設であり、高齢者虐待防止法や行政上の区分において明確な区分・規定がないことに疑問を感じざるを得ません。
高齢者向けシェアハウスについては全国的なデータがまだありませんが、高齢化が進む中で増加し続けていると推測されます。
今回は、次期改定に向けた高齢者虐待の防止の議論、特にサ高住と高齢者向けシェアハウスに虐待防止措置がないことが問題視されていることを取り上げ、考えてきました。
サ高住、シェアハウスなど新しい形態の高齢者向け施設に合わせた制度設計が今後どのように行われるのか、引き続き注目したいところです。