車椅子の事故の傾向

介助者の目が届かない状況で起こりやすい

介護施設にとって大きなリスクになりやすいのが介護事故です。利用者が怪我をしたり、ときには亡くなってしまうこともあり、多くの施設で事故を避けるためのリスクマネジメントに細心の注意を払っています。

食事中の誤嚥や施設内での転倒など、さまざまなタイプの事故がありますが、なかでも介助者の目の届かない場所でも起こりやすいのが車椅子の事故です。

2023年3月、独立行政法人の製品評価技術基盤機構(以下、NITE)は、高齢者の車椅子における重大事故を詳細に調査。「事故防止対策報告書」としてまとめました。

その報告書によると、2007~2021年度までに発生した重大事故は合計で228件。そのうち68件が死亡事故につながっていることが報告されています。

そのなかで、典型的な事故の例として、手動車椅子では「転倒」や「投げ出され」による事故が多く、電動車椅子では「転落」や「転倒」による事故が半数以上を占めていることがわかりました。

介助者の目に届かない状況下での事故も多く、さまざまな場所で発生しているとされています。

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運転免許の自主返納により増加傾向に

車椅子は大きく分けて手動と電動に分かれますが、電動車椅子はジョイスティックで操作するタイプと、自転車やバイクのようにハンドルで操作するタイプに細分化されます。

特にハンドルタイプは運転しやすいため、ここ20年で急速に普及しています。ハンドルタイプの普及が始まった当初は、製品の不具合による事故も多く発生していたため、2009年にはJISによって規格が定められました。

以降、車椅子の事故は減少傾向にありましたが、近年になって再び増加傾向にあります。

NITEは、その要因として運転免許の自主返納が進んだことを挙げています。ハンドルタイプの電動車椅子は自動車の代替交通手段として選ばれることも多く、出荷台数が増加。それに伴って、車椅子の事故件数も増加するおそれがあると、NITEは警鐘を鳴らしています。

車椅子の事故がもたらす被害

電動と手動で異なる重大事故

電動車椅子は、在宅で自立した生活を営む高齢者に利用されることが多く、一人で運転中に重大事故を起こすケースが発生しています。運転ミスというよりも、危険なシチュエーションによる転倒や転落が多いようです。

【電動車椅子で多い事故】
  • 踏切を渡っている途中で脱輪してしまい身動きが取れなくなる
  • 大きなカーブを曲がり切れずに側溝に転落
  • 下り坂で急ハンドルを切って転倒

一方、手動の車椅子では、誤操作や介助者によるミスが原因となる事故が多いとされています。特に福祉車両への移乗中やベッドへと移動する際に事故のリスクが高まるようです。

【手動車いすで多い事故】
  • 乗車している高齢者が誤ってブレーキを解除してしまい転倒
  • 介護ベッドへの移動介助中に車椅子のフットサポートに当ててしまい怪我を負う

このように、電動車椅子と手動車椅子では事故の傾向が異なります。特に手動車椅子では、介助者のミスによる事故が多く発生しています。

介助者のミスによって重大事故が発生することも

介助者のミスによって死亡事故が発生するケースで多いのが、福祉車両への移乗中です。

介護施設でも気をつけたい!車椅子で起こりやすい重大事故の傾向と対策
画像提供:adobe stock

例えば、ミニバンやワンボックスタイプの福祉車両では、後部ドアを開けて車椅子のままリフトに載せる構造のものがありますが、そのリフトから転落してしまい死亡事故につながるケースが報告されています。

その原因は、介助者がしっかり固定していなかったり、手順を誤ったりすることが挙げられます。

こうした事故は、介護施設による送迎などでも起きやすいと考えられます。また、介護施設内では手動車椅子を利用することも多く、施設内でのスロープなどといった傾斜にも注意が必要です。

介護施設内で注意すべきこととは?

事故が起きやすい状況を把握する

介護労働安定センターが公表している「介護サービスの利用に係る事故の防止に関する調査研究事業」によると、介護サービス中に起こる車椅子の事故には、次の2つのパターンがあるとされています。

  • 利用者自らの行為によって起こる転落・転倒
  • 介助者の介助ミス等によって起こる転落・転倒

前者の場合は、車椅子が使用する高齢者の身体状況と合っていないために、ずり落ちてしまう事故が多く見られます。また、車椅子のブレーキをかけ忘れた状態で立ち上がってしまい、車椅子が後方にずれてしまったところに再び座り、尻餅をつくこともあるそうです。

一方、後者の場合は前述したように、車椅子から介護ベッドや福祉車両などへの移乗中に起こる事故報告が多いとしています。

また、段差を解消するために設けられた「車いす用段差解消機」の使用時にも注意が必要です。車いすを載せる位置が不適切であったり、車いす側のブレーキのかけ忘れなどで転落する可能性が高まります。

ほかにも「吊り具を装着して吊り上げる機器」を使用した際には、吊り具の誤った装着によって吊り具が外れ、転落する事故が報告されています。この事故の場合は高いところから転落するため、重大事故につながるリスクが高まります。

介護労働安定センターは、こうした事故の背景に、介護職員側の業務に対する多忙感や、十分な安全チェックやトレーニングが行われていないことがあると指摘。

そのうえで、段差や下り坂のスロープなど、車椅子事故が起こりやすい場所を把握しておくことをポイントとして挙げています。

保護具の装着と安全講習の実施で対策しよう

車椅子の事故は、おもに人為的なミスによるものが大半を占めています。そのため、車椅子での介助が必要になる場合は、その構造と使い方をしっかりと理解しておくことが事故予防のポイントになります。

デイサービスの送迎時や訪問系サービスでの移乗時などは、特に事故の発生率が高くなっているので、介助をする際には細心の注意を払わなくてはなりません。

こうした事故を防ぐ一助となるのが専門家による安全講習です。電動や手動による違いや、正しい手順や操作方法を定期的に学ぶことによって、リスク管理の意識を高めることができ、人為的なミスを少しでも軽減することにつながるからです。

また、外出時や移乗時には頭部を保護することも重要なポイントです。

運動機能が低下した高齢者の場合、転倒したときに受け身が取れず、頭部を強打してしまうこともあります。言うまでもなく、頭部へのダメージは重大な怪我につながります。

そのため、車椅子を利用する際は、保護具の使用を検討してもいいかもしれません。ヘルメットの着用を嫌がる方には、ハットにしか見えない保護具も販売されています。

年々車椅子の安全性は高まり、製品上の欠陥による事故は減少しつつあります。車椅子の事故をゼロにすることはできないかもしれませんが、介助者による人為的なミスを限りなく少なくすることは大切です。

介助者には、事故が起こりやすいケースを知り、適切な対策をとることでリスクを最小限にするような取り組みが求められます。

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