介護事業の効率化で浮き彫りになった問題

各自治体に存在するローカルルールとは

近年、医療や介護を含めた改革において、地方行政のローカルルールが問題視されています。

もともとローカルルールとは、ゴルフで使われていた用語でした。ゴルフのコースの地理的条件などを考慮して、そのコースで行われる特定の試合にだけ適用される特別ルールを指しています。

これが高じて、一般的には特定の地方や地域における限定的な習慣や暗黙のルールを指すようになりました。

例えば、子どもの頃に遊んでいたゲームを、ほかの地域の人と遊ぶとき、ルールが食い違っていたという経験はないでしょうか。

このように、地域によって細かいローカルルールがあり、皆さんも日常的に認識しているかと思います。

しかし、行政機関におけるローカルルールは、時に問題を生じることがあります。自治体は国が定めた法律や制度を執行する機関ではありますが、ローカルルールによって、住民に提供されるサービスの質などに地域差が生じてしまうからです。

ペーパーレス化でわかったローカルルールの存在

近年、ローカルルールが問題になった例として挙げられるのが介護サービスの効率化でした。

介護事業では手続きに紙の書式を使用していることが多く、厚生労働省がこの解決に乗り出し、「介護分野の文書負担軽減に関する簡素化、標準化、ICT等の活用」を打ち出しました。

介護分野で大きな負担となっていた事務業務を短縮するため、一部の手続きなどのペーパーレス化を目指しました。

本来の報酬から4割減の自治体も…総合事業の進展を阻むローカル...の画像はこちら >>

その際、全国的に実態を調査したところ、各自治体の手続きで使用される書式がバラバラで、簡素化を難しくしていることが明らかに。

さらに自治体によっては、国が指定している書式以外のものへの記入も必要になったりと、介護分野における事務作業は煩雑になっていたのです。

そこで、この問題に対しては厚生労働省が統一書式を定め、各自治体に推奨する形で標準化を進めています。押印作業なども減少し、事業所には、おおむね好意的に受け取られているようです。

総合事業にも生じたローカルルールの弊害

総合事業の問題点とは

総合事業は、2015年の介護報酬改定から採用されたサービスです。それまで要支援1・2の方を対象に提供されていた訪問介護・通所介護サービスが総合事業になりました。

大きく変わったのは、サービス運営の方法です。2015年以前は介護保険制度で、報酬などが厳密に決められていました。しかし、総合事業は「地域の実情に合わせた柔軟な対応」を目指すため、自治体の裁量によって報酬などを決められるようになったのです。

また、既存の介護事業所だけではなく、NPOやボランティア団体・民間企業などによるサービスの提供も可能となりました。より地域が一体となって、高齢者の生活を支援する取り組みを進めると期待されています。

しかし、制度施行後から約8年が経過した今、総合事業の問題点が次々と明らかになっています。

まずは、ほとんどの市町村で以前までのサービスを総合事業として提供している点です。総合事業は、市民団体や民間企業の参入も含めて、地域の高齢者に新たなサービスを提供するものとして期待されていましたが、現状では6割程度にとどまっています。

また、市民団体などによる「サービスB」と呼ばれる業態については訪問型ではわずか5.4%、通所型では16%にとどまっています。つまり、総合事業を請け負っているのは、これまでの介護事業所がほとんどを占めていることになります。

報酬単価が低すぎて総合事業を受託できない

こうした新規参入などを阻んでいる要因のひとつとして考えられているのが、報酬単価の低さです。

先述したように総合事業の報酬単価は各市町村で決めることができます。

全国介護事業者連盟(以下、介事連)の調査によると、自治体の報酬単価は、2021年度の国の定める目安の報酬額を100%とすると、最も低い単位数の自治体は61%と約4割も報酬が減っています。

また、報酬単価の70~80%の自治体が最も多く、ほとんどの自治体で2~3割減少していることがわかりました。

そのため、総合事業を受託運営している事業所は56.6%と約半数にとどまり、総合事業を受託していない理由として「報酬単価が低い」が57.1%と高い割合に達しています。

また、自治体によっては、総合事業における処遇改善加算が廃止されていたり、利用期間が1年経過すると原則利用中止にするなど、職員や利用者に不利益なルールが多数あります。

本来、総合事業は自治体の柔軟な運用を可能にする制度ですが、現状では介護報酬をディスカウントするためだけに利用されているといわれても仕方がありません。

ローカルルール解消に向けた対策とは

一定の基準を設ける必要性

そこで、介事連は厚生労働省に対して、総合事業におけるローカルルールを是正するよう求めています。

介事連の提言は、おもに次の通りです。

  • 自治体に対する報酬単位に、利用者への公平性の観点から下限設定を設ける
  • 地域の実情への配慮はしつつ、報酬設定、基準設定において一定の考え方や運営ガイドラインを策定する
  • 介護保険事業と日常生活支援総合事業の一体的な運営を前提とした基準緩和の検討
  • 要介護高齢者に、社会参画に向けた支援の一環として有償ボランティアとして、総合事業での業務を担ってもらう

引用)全国介護事業者連盟『介護予防・日常生活支援総合事業の充実に向けて』

総合事業は高齢者の介護予防という観点から見ても、そのニーズは高まりつつあります。

しかし、さまざまな課題が浮き彫りとなっている今、介事連の提言のような改正が必要です。

地域の自主性とのバランスを考慮

一方で、総合事業に積極的に取り組む自治体もあります。

例えば、山梨県北杜市では、事前のアンケート調査を行い、高齢者が移動支援や家屋や庭の掃除など、介護保険が適用されないサービスを求めていることに着目。

総合事業を地域包括ケアシステム実現に向けた取り組みとして位置づけ、介護保険外サービスの創設や地区組織、NPO法人、民間企業などとの連携・協働を推進しました。

まずは地域の情報を統括する協議会を設置。そこで地域資源を再確認し、これまで把握していなかったサービス提供の担い手を洗い出し、こうした団体を事業者として総合事業を進めています。

しかし、すべての自治体が上記のように積極的ではなく、隣り合った市町村でも格差が生じているケースもあります。こうした不均衡は事業者・利用者ともに不利益を生じます。

ただ、国による規定が厳しすぎると、「地域の実情に合わせる」という本来の目的を失い、以前の介護保険サービスと変わらなくなります。そうなれば、介護保険外サービスである移動支援や生活支援などが滞る可能性もあります。

どこまで統一された基準を設けるか、地域の自主性とのバランスをしっかりと見定める必要があります。

一方、報酬単価については明らかに公平性を欠いており、介事連の提言のような改正が必要でしょう。

総合事業は、本体の目的と機能を発揮できれば高齢者の健康増進だけでなく、地域への企業参入などを促し、地域活性化にもつながる施策です。どのような運用が最適なのか新たな道を探るべき時なのかもしれません。

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