高齢者にこそテクノロジーに触れてほしい
Meta日本法人 Facebook Japanが行っている「VRを活用した未来の福祉プロジェクト」の取材に神戸まで伺った。このプロジェクトは、Facebook Japanが、VRの福祉領域における可能性を発信する。
「VRを活用した未来の福祉プロジェクト」を発表したのは、昨年の12月。
福祉の現場におけるXR活用などを東京大学で研究している登嶋健太さんと自治体、Facebook Japanが連携し、VR空間で疑似旅行を行えるようにする。
最終的には、この「VR旅行」を施設などに入居している普段あまり動けない高齢者の方々に見ていただくことを着地点としているのだ。
VRなどのテクノロジーは、普通の高齢者たちにはまだまだ馴染みがない。
けれど、こういったテクノロジーは、本当に高齢者たちと親和性が高いとボクは毎回思う。
今回、神戸市と連携した形で、この取り組みが行われた。神戸市や垂水区の協力のもと、高齢者たちのコミニティの方々(千代が丘ふれあいのまちづくり協議会)12名がまず、360度カメラで我が街、神戸のいろいろなところで撮影会を実施。まだまだお元気なシニアたちである。
Facebook Japanと登嶋さん、行政の協力のもとワークショップを開き、最初はFacebookの使い方からレクチャーは始まったという。Facebookは、撮った360度の映像をVRのゴーグル以外で見れる場所でもある。
神戸市の呼びかけで集まってきた大学生などのボランティアが、撮影ができるアクティブなシニアたちに、スマホの操作方法などをまずはレクチャーする。
神戸市では、このような取り組み(高齢者と大学生が一緒になって学ぶこと)にも力を入れているようだった。以前から登嶋さんもそのようなマッチングを実践されており、地域コミュニティと大学生を結びつけるのはプロジェクトの成功要因の一つだと思う。
Facebookの操作を覚えたシニアたちは、すぐに360度カメラの操作についてもワークショップで学び、明石海峡など、さまざまな場所で撮影。まだまだ元気なシニアたちの役割だ。
撮影してきた感想を伺ってみると、「今まで知らなかった世界をみんな一緒に体験できて、しかも社会貢献(動けない高齢者に見ていただく)もできたような気もして本当に嬉しい」と第一声。
それに、「『あの人がこんなことに長けているんだ』なんてコミュニティの中でも知られていない部分も判明したんですよ。今までと違う皆さんが垣間見えてこれからもっと楽しみになりました。長年付き合ってきた仲間の新しい部分を発見でき、まだまだこれからいろんなことができるんじゃないか、と可能性を感じた」とおっしゃる。
「大学生とも関わりを持てただけでなく、地域の撮影に出てみて交流の輪が広がりました」とも話されていた。
Facebook社も「自治体と連携してワークショップを開き、シニアと地域社会のつながりを強化すること」を目標にされていたようなので、この点は満足な効果を挙げているんじゃないかと思う。
「どうですか?VR撮影もっとしてみたいですか?」の問いには「機材やサポートの面で不安な部分もあり、まだ自分たちだけではやっていけないかもしれないのですが、せっかく覚えた新しいことはやっていきたいです」とのこと。
撮影を経験した方々の継続がこのプロジェクトの先にある課題だろうが、第二期三期と続いていったらいいのになあと感じた。
みなさんVRゴーグルから見える景色に感動していた
さて、今回のVR旅行の体験会だが、神戸市の北区にある社会福祉法人弘陵福祉会 特別養護老人ホーム六甲の館で行われた。ここに入居している、普段は外出が難しい高齢者の皆さんに、アクティブシニアの皆さんが撮ってこられた映像をご覧いただくのだ。
最初は100歳になられたという女性から。
初めての体験になるHMD(VRゴーグル)を登嶋さんから被せてもらう。
「どうですか?何が見えますか?」
「別嬪さんが近くにおるわ」
映像の中にいた他のアクティブシニアの皆さんに目が行ったようだ。そうそう、人間が近くに映るとついついそっちに目がいってしまう。
「顔を横に向けてください」と登嶋さんが促すと明石大橋が見える。すると「あれ!」と感嘆の声。
HMDを外して現実の世界に戻るとちょっと不思議な顔をされ、「あれ!」。今度は「あれ、どうしたんだろう?」の「あれ!」と思われる。そうそう、このお顔だ。驚きとともに「いいもの見せてもらいました」そうおっしゃってくれるそのお顔。映像を撮ってきてお見せできたご褒美だ。
その後も90代のご夫婦や女性など、入居者が次々と体験される。
30歳ぐらい先輩の皆さんが、ぐずぐずしている(ように見える)ボクに気を遣ってくれる。「よく来てくださった」と労ってくれる。
彼らにとってボクは取材に来ている人間だなんて思ってないみたいだったが、逆にいっぱい話しかけてくれて、VRゴーグル体験後のお話もたくさんしてくださった。
もう10代の頃から老けて見えるボクだが、いまだにそうで、入居者の皆さんと仲間意識が生まれて思い出話にも花が咲く。流石に戦時中の話なんてボクは知らないのだけど、その時の川崎重工の話や、今そこにある川崎重工でどんな開発をしていて…なんて話をVR体験からしてくれる。
その彼は、「ずいぶん長生きをしてしまいました。その分、いろいろな時代で新しいものを体験してきました。テレビが家に普通にある生活になったし、電話の設置当初はうちに近所の人が借りに来た。そんな電話が携帯・スマホになって今や質問を話しかければ答えてくれるようにもなった。今回のVR旅行も行けない場所にすぐ行けるなんて夢見たいな話だね。」と話してくれた。
「どうですか?VRで行ってみたいところありますか?」そう聞くと、「昔たくさん旅行したところはもういっぺん見てみたいなあ」とおっしゃる。
「お詳しいですね、テレビとかで見るんですか?」そう聞くと「僕は目が悪いからずっとラジオを聞いてるんだよ、だからなんでも知っている。」と。「じゃあ、VRも見えづらいですか?」と聞くと「あれは見える、あれで軽かったらTV画面も見えるかもしれない」そう新しいご意見も生まれていた。
そして最後、「VRを見た後に、VRについてあなたとたくさん話せてそれが一番嬉しかったよ。」そうおしゃってくれて、なんだか胸が熱くなってしまった。彼の半生で築き上げてきた知識やVRに対するちょっとした意見を真面目に話せたことがすごく嬉しかったのだと思う。

回想法の効果も期待
もう一人印象に残った女性がいた。その入居者さんは四万十川の近くで育ったそうだ。VR旅行の体験について「どうでしたか?」と伺うと「海の映像が見れて嬉しかった」と最初は一言おっしゃった。
しばらく話していると、「川と海は子どもの頃によく遊んでいたので、親しみがある。お嫁に行って他県でも生活をしてきたが、このホームに入居するときに車で明石海峡を通ってきた。その明石海峡を今日(VR)でみれて泣きそうになった」とおっしゃっていた。
「毎日ここで楽しく過ごしているけれど、明石海峡をみたら、故郷の四万十まで思い出して懐かしさが込み上げてきた。四万十の風景も見てみたい。こんなに(心まで)入ってくるなんて思ってもみなかった」と遠くを見つめる。
またもやボクの方が涙腺崩壊。今回体験していた方々がボクを気遣って「こっちへ来い」と話に混ぜてくれたので、VRのHMDの中の映像一つで果てしない想像や思い出の世界に浸ってくださっている話が聞けた。

登嶋さんの想いにも共感した
考えてみたら8年ほど前、娘がアメリカ旅行に行ってそこから360度の映像を送ってくれたのが、VR旅行に興味を持ったきっかけだった。
『昔ボクが健常だった頃、旅に出た場所を娘が映して病室のベッドの上に送ってくれる。一緒に旅をしているみたいだった。ものすごく感動したんだ。そんなサービスがあったらいいのに』そうコラムに書いたら「神足さん、もうそんなことを実際されている若者がいますよ」そう教えてもらって登嶋さんと出会った。
その頃の登嶋さんは、自分の働く介護施設の高齢者に、「外国のあそこの場所が見てみたい」「家の近くを見てみたい」とのリクエストに答えてボランティアで撮ってきて見せていたという。
「見た時の感動した声や、顔が忘れられない」と登嶋さんは初めて取材したときに話していた。
それからボクはこんな体で、時には病院のベッドで見る側に回り、撮る側としては取材できるときにたくさんの人に知っていただくために撮影する。
登嶋さんが最初に取材したときの「VRを見てくださった時の高齢者のあの顔が忘れられない」という言葉を今回は実感できた。入居者の方々に共感もした。
VRというテクノロジーがFacebookや、行政の力を借りて感動を生んでいた。

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