「映画のプロデューサー」と聞くと、どうしても映画好きが高じて業界に進んだ、というような映画業界一筋の人をイメージしてしまう。
そんな中で「もともとは広告営業マンで、映画業界に入ったのは30代後半から」という異彩を放つキャリアを持つのが、山国秀幸氏だ。
映画業界は華やかに見えるが、製作に莫大な費用がかかる一方でヒットさせることが難しい。そこに問題を感じていた山国氏は、劇場公演だけに依存しない「上映会モデル」に注目。介護業界を描いた「ケアニン」シリーズを成功させた。また、貫地谷しほりと和田正人がW主演を務め、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された夫と妻の9年間の軌跡を、実話に基づいて描く最新作『オレンジ・ランプ』も、6/30より公開中だ。
今回は、山国氏が映画業界に足を踏み入れ、「介護」周りのエピソードを描く映画をビジネスとして成立させるまでのお話を伺った。
再燃した映画への思い…ビジネスとして成立させるために試行錯誤
「もともと映画は好きだったのですが、思春期に“映画オタク”はかっこわるいと思うようになり、離れてしまって。結局、大学卒業後はリクルートで営業をしていました」
そんな山国氏が映画業界を志すようになったのは、営業先だった会社に誘われての転職がきっかけだった。「今後発展する業界だ」と感じて20代で転職を決めたゲーム会社だったが、業務の一巻で屋内テーマパークと映画とのコラボ企画を担当したり、親会社の映画事業に携わったりする中で、かつて抱いていた映画への思いが再燃。37歳で映画会社に転職した。
しかし、業界に入ってみて山国氏が感じたのは、現状、ビジネスモデルとしては「映画作りはギャンブルだ」ということだった。
「入社した映画会社がこれまでに出した全作品の分析をしてみたのですが、ほとんどの作品はまったく儲かっておらず、その中の1~2本が当たってチャラになっている、みたいな構造があって。さらに、ほとんどのプロデューサーは毎回恋愛だったりホラーだったり、ばらばらなジャンルの作品を作っているので、マーケティングの知見が積み上がっていかないのも問題だと感じました」
山国氏はその後独立し、映画をビジネスとして成立させる方法を模索。そんな中でたどり着いたのが、映画館での興行のみに頼らず、非劇場での展開をはかる「上映会モデル」だ。
「上映会」とは、映画配給会社が映画館で興行を行うのではなく、一般の方が主催者となって企画し、地域のホールや公民館などで開催するもの。上映会の開催にあたり、主催者は映画会社に上映料を支払うというシステムである。
山国氏はこの「上映会モデル」を成功させるためのテーマを研究。結果、「介護」がヒットするのではないかと仮説を立てる。

「上映会が成功している映画を分析するとそのテーマには、2つのセオリーがあることが分かりました。1つめは、上映会の『主催者』がいるテーマであるということ。例えば恋愛映画がすごく好きな人がいたとしても、あくまで個人の趣味にとどまるので『地域のみんなを集めて上映会をしよう』とはなかなかなりませんよね。『この映画を地域の仲間で見たい』と思ってもらえるようなテーマである必要があります。
2つめは、上映会に来る『お客さん』がいることです。一過性のテーマだと思いを持った主催者は多くいても、しばらくするとお客さんがいなくなっちゃって。だんだんお客さんが集まらないと上映会自体が赤字になってしまうので続かないんです。だから、普遍的なテーマが必要だということが分かりました。
ではどんなテーマがいいんだろうと考えたときに、介護や認知症といったテーマであれば、これからどんどん高齢化が進んで認知症の人たちも増えていくし、社会的にどう対応するかを考えていく必要がある。それに、介護をテーマにした映画を作れば、介護業界の人たちに『これをみんなに見せたい』と思ってもらえるんじゃないかなと」
そうして誕生したのが、介護業界を描いた映画「ケアニン」シリーズだった。
“ケアニン”とは、介護、看護、医療、リハビリなど、「ケア」に誇りと愛情を持って働いている全ての人を指す造語。戸塚純貴が認知症の利用者と向き合う新人介護士を好演した『ケアニン~あなたでよかった~』(2017年)とその続編『ケアニン~こころに咲く花~』(2020年)、在宅医療に取り組む若手医師の姿を描くスピンオフ作品『ピア~まちをつなぐもの~』(2019年)は劇場公開終了後も市民ホールや学校などの非劇場公開で広がり続け、シリーズ合計で20万人以上の動員を記録。現在も拡大を続けている。
介護従事者にも広く受け入れられた「ケアニン」 ヒットの理由と感じた手応え
「ケアニン」シリーズの脚本執筆にあたり、山国氏は数多くの介護施設を取材したうえで臨んでいる。当初はマーケティング的観点からテーマに取り上げた「介護」だったが、取材を重ねる中で、自らの意識に変化が生まれた。
「取材していくうちに、だんだん『この施設、綺麗だけど、なんかスタッフ、活気がないよな』『ここは建物は古いけど利用者さんみんな楽しそうだよね、これってどういうこと?』なんて思い始めたんです。気がつくと『自分だったらここがいいな』とか、『ここはうちの両親にはちょっと...』なんて考えはじめて。あれ、介護って“自分ごと”じゃん、と」

また、当初介護現場は大変なことばかりで疲弊しているのではないかと身構えていたというが、その予想はいい意味で裏切られる。
「お会いしたみなさん、生き生きとプライドを持って働いていらっしゃるんです。お話を伺ってみると、僕の仕事はこういうことなんです、利用者さんとこんなことがあって、こんなプレゼントをもらって…なんて、すてきなエピソードもたくさん聞かせていただきました。なので、当初物語を『作らなければいけない』と思っていたのですが、作る必要は全くなくて。
丁寧な取材をもとにした物語が深い感動を呼び、介護従事者からも「これは私達の物語だ」と受け入れられた「ケアニン」シリーズ。劇場公開後も全国で上映会が開催され、当初山国自身が想定していた以上に広がっていった。さらに、誰にとっても“自分ごと”になりうるにも関わらず目を背けがちな「介護」というテーマを、入りやすい“映画”という形にして届けることに対し、山国氏は改めて意義を感じるようになる。
「最初はマーケティングから入ったのですが、製作していく中でこういったテーマの作品を世に出すことの意味を改めて実感して、僕はこの分野でずっと映画を製作していこうと心に決めました」
★「映画は社会のツール」と語る山国氏。最新作『オレンジ・ランプ』への思いや多くの人に見てもらうための工夫はインタビュー後編へ!(7月7日朝7:00公開予定)
『オレンジ・ランプ』
あらすじ
妻・真央(貫地谷しほり)や二人の娘と暮らす39歳の只野晃一(和田正人)は、カーディーラーのトップ営業マン。しかしある時から、顧客の名前や約束を忘れるなどの異変を感じるようになっていく。そんな彼に下された診断は「若年性アルツハイマー型認知症」だった。不安と恐怖に押しつぶされていく晃一は、とうとう退職も決意するように。心配のあまり、何でもやってあげようとする真央。しかし、ある出会いがきっかけとなり、夫婦の意識は変わっていくのだった。

主演:貫地谷しほり 和田正人
出演:伊嵜充則 山田雅人 赤間麻里子 赤井英和 / 中尾ミエ
監督:三原光尋 企画・脚本・プロデュース:山国秀幸
配給:ギャガ 公式HP:www.orange-lamp.com/
©2022「オレンジ・ランプ」製作委員会