おばあちゃんは吉本興業所属の76歳の芸人さん。
人気若手芸人が活躍する「神保町よしもと漫才劇場」の所属芸人として舞台に立つおばあちゃん。
ほのぼのとしたキャラクターとは裏腹に、おばあちゃんの人生は波乱に満ちています。
前編に引き続き、おばあちゃんの介護のお話を伺います。
プロに任せるべき介護と家族だからこそできる介護……おばあちゃんが介護施設への入所を決めた理由とは?
入所の是非
―― 前編ではお兄さまが介護認定を受けるまでのお話を伺いました。続いて、介護施設への入所を検討されたお話を伺えますか。
おばあちゃん 実家の前に大きな道路があるんです。ある日、兄が道路の中央に立って、何が何だかわからなくなっちゃって、車を止めてしまったことがあったと地域の方からご連絡をいただきました。
「これはもう絶対に駄目だ」と思って、介護施設への入所の検討をするようになりました。
―― 芸人さんとしてのお仕事がある中で、施設探しは大変だったのではないでしょうか。
おばあちゃん はい。私ひとりがすべてを決めるわけにいかないので、家族で相談に。弟が“一応”実家の主ですから、「何かあったときにはお前が全部仕切るんだよ」と連れていきました。「私はオブザーバー(立会人)だから」と。
その体制で進めようと思っていたんですが、結局はメインにされてしまいました(笑)。
―― 入所を検討するにあたり、どのような思いでしたか。
おばあちゃん 抵抗がありましたよ。兄も実家で暮らしたいと言っていましたから。
でもね、最期を考えてしまったんです。実家で一人で亡くなるのか、誰かに看取られるか……一人で亡くなるのは……。兄はいろんな人にやさしくしたのに。せめて誰かに看取ってもらいたい、最期を一人で過ごしてほしくない。そういう思いが一番にありました。それでも兄が「嫌だ」と感じるところには入所してほしくなかったんです。
―― どのように入所先を決めたのでしょうか。
兄の様子を見ながらショートステイを利用したり、体験入所したりしました。「この施設はどんな感じかな」「お掃除はちゃんとしてくれているのかな」と見学に回りました。
―― 弟さまたちにも変化はありましたか。
おばあちゃん これまでは「のらりくらり」していましたが、兄の実際の様子を見て、気がつき出しというか、「下」の子というのはどうも兄に「おんぶにだっこ」ですから。現実を見たことで、少しは向き合うようになったと思います。
兄への恩返し
―― おばあちゃんのお兄さまに対する「原動力」はどのようなことだったのでしょうか。
おばあちゃん 私は兄のすぐ下の妹だったので、とてもかわいがってくれたんです。でも、母が言うには私の方が威張っていたみたい(笑)。あの頃――私たちがまだ子どもだった時代――は貧乏な時代でしたからね。「上」は働いて“家”にお金を入れる時代でした。
弟たちはそういうことは何も知らないわけですよ。私は兄がそういうことをしてくれていたことを知っていましたから。
ですから、せめて……兄の最期は、私は何があっても面倒を見たいと思っていたんです。
―― 現在の状況を伺えますか。
おばあちゃん 一日に少なくとも2回は兄の声を電話で聞いています。2回以上のときもあります。時間は様々ですし、何かあった場合にも兄から電話がかかってきます。それを20年以上続けています。
調子がいいときはいいんですが、例えば朝に何か様子が違うときがあるんです。すると夜中の3時頃に電話がかかってきます。兄から「お母さんと待ち合わせしているんだ。どこにいるか知っているか?」なんて。
―― どのようにお答えになるのですか。
おばあちゃん 「どこで待ち合わせしたの?」って言ったらね、「それもわかんないんだ」という返答。「そうか、それじゃあしょうがないね。そのうちに戻ってくるんじゃないのかな」と言ったりします。
「お兄ちゃん、お家で待っていてあげてよ。そのうちにお母さんも帰ってくるからさ」と言えば、「そっか、じゃあ俺は安心して寝ていいんだな」って言うので、「うん、いいよ。寝ていいよ」と。
夜中に電話がかかってくるようなときには、1時間ぐらい喋るんです。そうすると、兄は落ち着いて「ありがとうね。じゃあ、俺、寝るね」って言うんです。
―― 優しい対応ではありながら、おばあちゃんのお身体も心配になります。
おばあちゃん そうですね。「私は目が冴えて寝られないよ!」なんて思いながら(笑)。

―― 悲しさといいますか、切なさを感じることはありますか。
おばあちゃん 感じますよ。電話を切った後に、虚しさとでも言うんでしょうかね。何かが壊れていくような……「あんなに運動神経も良かった兄がなんでこんなになっちゃうのか」っていう悲しさ。だからね、美味しいものを見ると、兄に食べさせたいなって思うんです。
例えば、土曜日に兄のところに行って、食べたいものを聞いたらそれを買って、翌日に届けたりします。弟と時間を合わせて会いに行ったりもします。
―― お兄さまも嬉しいのではないでしょうか。
おばあちゃん そうですね。実は去年、兄がベッドから落ちてしまったことがあったんです。夜中に「延命治療をしますか」という電話がかかってきたときには体が震えました。出血多量ですと聞いてたときには。
事前に兄弟で話し合ってはいたんです。兄は「延命治療はしたくない」と言っていましたが、いざ、それを私が言葉に出すとこは怖かったです。
―― 延命治療について問われると想定していた言葉を伝えられないというお話をよく伺います。
おばあちゃん そう。だからね、兄には悲しいことは絶対に言いません。「どうするの?」という質問も投げかけません。選択を迫らないということです。 何かあっても「お兄ちゃん、こうしたからね」とか「こういうふうにするといいと思うよ」というふうに言っています。

「寄り添う」ことが家族にできること
―― 介護施設の方にお願いしたいことはありますか。
おばあちゃん いえ、兄がお世話になっている介護施設の方々は本当によくやってくださっています。
兄の不注意で怪我をしてしまったようなときに「申し訳ない」と介護職員の方がおっしゃるんですが、申し訳なくないのです、兄が自ら動いて転んだんですから。兄に処置をしてくださったことに深く感謝しています。
もう頭の下がる思いです。肉体的な介護を「全部」やってくださっているので、せめて寄り添うことだけが私の仕事だと今は思っております。ですから、私自身が苦になることはないんです。
―― プロに任せることとご家族にできることが明確です。
おばあちゃん 精神面といいますか、兄が育った時代のことや昔から変わらない兄の性格は私たちだけが知ることなので、寄り添っていくんです。
兄には絶対に文句を言わないようにもしています。夜中に電話が掛かってきて「今何時?」なんて聞かれても、「お昼の3時だよ」って言えばいいんです。たとえどれだけ眠くても。それが寄り添うことだと思います。
―― ありがとうございます。在宅で介護をされている方々にメッセージをいただけますか。
おばあちゃん 地域包括センターをはじめとした行政の方にお願いできることは「お願いする、相談する」。それが大事だと思います。相談する相手を見つけるということです。
身内だけですと、客観的な発言ではなく、“立場”で物を言いますから状況の改善が難しいのです。「公」の場所で相談して、全てをさらけ出すように相談して「私たちはこういうことで困っています。どうしたらいいですか」とアドバイスを求めるべきです。
それに対して「自分たちはどうするか」と決めていくべきだと私は考えています。
―― プロに介護を任せるようなときにはどのようなことが大事なのでしょうか。
おばあちゃん 感謝をするということです。まずは入所させていただいたことに感謝をする。自分が見られないのに、文句を言うべきじゃないと思います。そこを私は強く言いたいんですよ。
職員の方々を見ていると、本当に大変なんです。自分たちができないからお願いしてるわけでしょう。

―― 最後にお兄さまの介護に対する想いをお聞かせください。
おばあちゃん 兄の介護にかんしては、とにかく「何でも受け入れちゃうこと」だと思っているんです。例えば、変なことを言われても「変なことを言ったよ」とは言っちゃいけないんです。受け入れるんです。
喋ることも重要です。くだらないことでいいんです。夜中に1時間ぐらい喋っているんですから、知らない方がそれを聞いたらおかしいと思うかもしれない。
でも、しょうがないんですよ、それも。それらを受け入れるということです。辛いのであれば、やめればいいんです。私ですか? 全然つらいと思いません。夜中に電話させされようが、とんでもないことを言われようが、私はもう全然。
「あ、これもしかしてネタになる?」とか考えちゃって(笑)。
