厚生労働省が18日に発表した調査結果より、無届けや入居一時金の保全措置違反など、適切な運営がなされていない老人ホームが依然として一定数あることがわかりました。

〇無届け老人ホーム

2022年6月末の時点で無届けの有料老人ホームの数は626件、これは全体の3.8%にあたります。有料老人ホームは老人福祉法で、施設名や管理者などを自治体に届け出ることが義務づけられています。

無届けの施設は16年に1207施設(全体の9・3%)あり、減少傾向ですが19年以降も600施設を超える水準が続いています。

「無届け介護ハウス」とも呼ばれる無届け老人ホームは名前の通り、都道府県や管轄する自治体などに届け出を出さないまま無許可で運営をしている施設のことです。多くの場合、訪問介護事業所を併設するという事業スタイルをとっています。例えば、同じ建物の1階に訪問介護の事業所を、2階に老人ホームとしての居室を設け、食事や入浴などのケアを提供しています。防災体制や職員の数、居住環境に問題を抱えている施設が数多く指摘されており、一歩間違えれば取り返しのつかない事態になりかねません。

低価格の施設を探す高齢者の受け皿

こうした施設がなくならないのは、無届けでも入居者が集まってしまうからです。費用が安く人気のある特別養護老人ホーム(特養)は順番待ちで、入所まで1年以上かかることもあります。無届け老人ホームは認可を受けた老人ホームに入れず、低価格の施設を探す高齢者の受け皿となっている側面もあり、「必要悪」という見方もされている状態です。

その危険性と事故

無届け老人ホームで発生した事故や事件はたくさんあります。

中でも、2009年3月に群馬県渋川市で発生した無届け老人ホームでの火災は10名の入居者が犠牲になり、その危険性を広く世に知らしめました。老人ホームならあるはずの防火設備がなかったことが、犠牲者を増やしてしまった大きな原因だと指摘されています。

また2014年11月には東京都北区の無届け老人ホームで、拘束する必要のない入居者をベッドに固定する虐待事案が判明し、劣悪な環境で運営されていたことが浮き彫りになりました。

行政指導に加えて事業停止命令も可能に

このような事故やトラブルが相次いだこともあり、2018年4月からは繰り返し注意しても対応しない業者に対しては行政指導だけではなく、事業停止命令が可能になりました。この狙いは、自治体の権限を高めることで悪質な老人ホームをなくすことにあります。

無届けかどうかは、管轄する自治体のホームページを確認したり、担当部署に問い合わせたりすることで見分けられます。

施設が充実しているからといって届け出や登録をしているとは限らないため、どれだけ設備が整っている施設でも、無届けや無登録の確認は必須です。

無届け老人ホーム626件、入居一時金の保全措置違反41件の画像はこちら >>

〇入居一時金(前払金)の保全措置違反

一方、前払金の保全措置を講じていない有料老人ホームは41件あり、福岡が12施設で最も多く、東京で7施設、神奈川で6施設、広島で4施設、兵庫で3施設、静岡で2施設などがありました。また前払金を徴収している有料老人ホームに対し、保全措置を講じていない施設の割合は1.8%(前年度 2.0%)となっています。

入居一時金とは一定期間の月額利用料を前もって支払う「前払い金」のことです。一定期間とは「想定居住期間」とも呼ばれ、どれくらいの期間、その施設に入居するのかを想定した期間を指します。費用は数十万円から数千万円まで施設によってさまざまで、入居一時金を支払っておくことで月額利用料はおさえられます。

法律で定めていること

支払った入居一時金は毎月少しづつ償却されますが、事業者が事業を継続できなくなった際に未償却の前払い金を返済できなくなるケースや、利用者が短期間で退去することになっても少額の返還金しか戻らないトラブルが長年にわたり問題視されていました。

そこで入居一時金の保全措置が、老人福祉法第29条第9項で定められました。

2007年には保全措置義務(①銀行などとの連帯保証委託契約②保険事業者との保証保険契約③信託会社等との信託契約など全部で5種類)が明記され、さらに2012年には権利金の受領の禁止、前払金の算定根拠の明確化が併せて義務化されました。あらかじめ定めた保証金額(最大500万円)を限度に前払金の未償却分を返還することが含まれた制度です。

弁護士に聞きました

入居一時金の保全措置を踏まえ、2つのケースについて弁護士の見解を取材しました。

1)未償却分の前払い金は返還する規定を入居時の契約書で確認していたのに、保全措置が適切になされておらず「返還できません」と言われた場合、どうなるのか?

2)倒産した事業者に返還できる資金が1億あったとして、600万分の未償却を持つ入居者が10人いた場合。事業者は5000万(前払金の保証限度となる500万×10人)の返却で法的には問題ないのか?

【弁護士の見解】
1)については、弁護士等の専門家に依頼し、訴訟等の法的手続きを取ることになると思います。ただし、老人ホームを運営する法人について、破産手続等が開始された場合には、保全措置が講じられていない以上、債権額に比例した按分弁済しか受けることはできない(財産が全く残っていない場合や、総債権者の債権全額を弁済するに足りない場合には、前払金を全額回収することはできない)ことになってしまいます。なお、この場合は破産手続の中で配当がなされることになりますので、破産債権の届出をすればよく、訴訟等をする必要はありません。

老人ホーム等に入居するにあたっては、契約時に、重要事項説明書等で前払金に関する保全措置の有無・内容を確認することが重要です。

2)については、そもそも保全措置は、老人ホームを運営する法人が、未償却分の前払金を全額返還することができない場合に備えた保証なので、運営法人に全額返還できるだけの資産がある場合には、保証上限額に限らず全額(600万円)が返還されます。ただし、倒産手続が開始している場合、事例のように資金が1億円あっても、入居者以外にも債権者がいることが想定されますので、運営法人が総債権者に対して負う債務を全額支払うことができない場合は、債権額に比例した按分弁済しか受けることができませんので、全額又は一部の支払いを受けられないことはあり得ます。
 

〇老人ホーム運営の改善に向けて

義務違反の老人ホームには検査や改善命令など重点的な指導を行うとともに、検査を拒否するなど悪質な場合には罰則の適用を視野に入れて対応するよう求めています。また厚生労働省は介護業界の実態を正確に把握するべく、来年度から老人ホームを運営する全事業所に収支や人件費などの経営情報を毎年報告するよう義務づけることを決めました。
 

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