岸田総理大臣は今月3日、群馬県伊勢崎市にある認知症の人たちが通う介護施設「デイサービスセンターおおいど」を訪れ、利用者やその家族などと意見を交わしました。今回の視察の経緯、総理が利用者と語ったことを施設に取材しました。

視察の背景にあった認知症基本法

6月、参議院の可決を経て成立した認知症基本法に伴い、今後、国や地方公共団体は、認知症の方の人権や尊厳を尊重するという基本理念に沿って、認知症施策の推進に関する基本計画を策定し、具体的な目標と達成時期を定めることが求められています。認知症対策を「日本の新たな国家プロジェクト」と位置付けている岸田総理は現場の声を政策策定に反映させるべく、今回の視察を行いました。

施設職員も前日まで知らなかった総理の視察

群馬県伊勢崎市内で1つしかない認知症専門の通所施設「デイサービスセンターおおいど」。市役所から最初の連絡があったのは7月中旬、それから最も苦労したのはセキュリティー上の情報管理でした。総理の視察はかん口令が敷かれ、ほとんどの施設職員には前日まで要人がやってくるとしか伝えず、視察の準備が進められました。

総理がやってくると職員に伝えることが許可されたのは、前日の17時。当日は群馬県警やSPだけでなく、役所の関係者やマスコミが入り乱れる状況が想定されたので、まずは通常の利用者が混乱しないように事前に職員配置の入念なシュミレーションも行われました。

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まず視察したのは音楽レクリエーション

猛暑となった3日、午前10時20分に岸田総理が到着。その後、最初に総理が案内されたのは、利用者による音楽レクリエーションの場でした。
「汽車ポッポ」や「シャボン玉とんだ」などの童謡に合わせて笑顔で身体を動かす利用者の様子を見た総理は、担当職員に「どうして、こういったレクリエーションをやるのですか?」と質問。簡単で馴染みのある童謡を歌いきることで達成感や一体感など利用者の良い感情を引き出すため、という説明に総理は頷いていたと言います。またレクリエーションと平行して、別の職員が利用者の入浴介助を行っていると知り、驚いた様子も見せていました。

総理が視察した認知症介護施設  そこで利用者と語ったこと

車座で行われた意見交換会

次に施設の利用者や家族たちと30分ほどの意見交換会が行われ、冒頭、総理と利用者の間で、下記のようなやりとりがありました。

総理
「国会において認知症の方々が尊厳を持って、また希望を持って暮らすことができるよう認知症基本法ができました。この法律の方向性に従って、施策を一層進めていきたい。

(中略)そうした政策を進めるためには、認知症に関する正しい知識、正しい理解を深めるための普及と啓発、そして認知症の方々による発信、これらが大きな柱だと考えております」。

利用者
「あなた、いいこと言うわね」

総理
「ありがとうございます」


 この一連のやりとりで場の空気も和み、終始穏やかな雰囲気で話し合いがなされました。家族へ日々の介護の様子を伺う場面では、利用者の主人が「群馬の森をよく散歩するんですけど、いつもこうやって手を繋いでるんです、すぐいなくなっちゃうから」と述べると、他の家族も頷いていました。

認知症の方が住み慣れた地域で暮らし続けるためには

その後は「認知症の人ができる限り住み慣れた地域で暮らし続けるためには、どのような取り組みが必要か」ということが話し合われました。その中で意見を求められた施設職員の伊藤慎一さん。介護職を30年以上続ける伊藤さんは「その人がデイサービスで、どんなことができるのかを色々と探ってみる。ちょっとお手伝いをしてあげると、こういうこともできますよと、ご家族に提案する。そうやって家の中でも認知症の方に役割を持ってもらう、立ち位置みたいなものを一緒に探っていく。やってさしあげる介護をやってしまうと、その人のできることを奪っていくことにつながると思う」と意見を述べました。

総理が視察した認知症介護施設  そこで利用者と語ったこと
                                                                                        

総理に意見を述べるデイサービスセンターおおいどの伊藤慎一さん

介護職員が認知症基本法に期待すること

認知症基本法を見据えた今回の総理の視察。対応を終えた施設の事務長は、認知症の方への介護は綺麗ごとばかりではないと、下記のような言葉で締めくくりました。

「国が進める共生という言葉はきれいな言葉に見える。けれど意見交換会で、ご家族は“正直イライラしちゃうよ”と大変さも吐露していました。

本人がどこかに行ってしまう。どこかに消えちゃうし、言ったことができない、言ったことが分かってくれない。そういう日々の生活の中でイライラもするけど、もうしょうがないからとご家族は本人のできることに目を向けてやっていく。そういうところに目を向けることが、ゆくゆくは共生という言葉につながる。そこへ向かう一歩なのではないかと思っています」。

岸田総理は視察を終えたあと「認知症に関する普及・啓発や発信の支援、地域ぐるみの保健医療・福祉体制や仕事との両立を含めた家族への支援など、総合的な政策推進のための議論を深めていきたい」と述べ、当事者の声を国や自治体の対策に反映させるため、認知症の人や家族などから意見を聞く新たな会議を来月にも発足させることを明らかにしました。

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