老後に明るいイメージを持てない日本人は多い。しかし、他の先進国の中にはU字を描いて幸福度が上がっていく国もある。

幸福学博士の前野隆司氏は、日本の幸福度をU字にするためのヒントが”老年型超越”にあると見ている。超高齢者に訪れる”老年的超越”とはどのような心境なのか。注目が高まるウェルビーイング市場の今後の可能性についても伺った。

ウェルビーイング市場には大きな可能性がある

みんなの介護 ご著書の中に、京セラの創業者である稲盛さんが「従業員の物心両面の幸福」を掲げたように、幸せを第一に考える経営が今後伸びてくるんじゃないかというお話がありました。例えば、介護・福祉業界ではどんなことができそうですか?

前野 介護や福祉の現場は、マイナスをゼロにする発想で困っている人をなくすことに力を注ぎがちです。しかし、要介護者や障がい者の強みを見つけてプラスをつくることも大切でしょう。

障がいがある人というのは、実はすごい能力を持っていることがあります。とても粘り強かったり、騒がしい場所でも手話で会話ができたりします。

だから、マイナスと見えるものの中に強みを見つける。もっと創造性を発揮したポジティブな働き方が可能だと思うのです。

私は、「ウェルビーイング市場は全GDP」だと言っています。あらゆる製品やサービス、まちづくり、職場づくりなどにウェルビーイングを考慮する。

そうすれば、健康産業とは桁違いのすべてを包み込む産業になると思っています。

しかし、そうなるにはもう少し時間がかかるかもしれません。

まずは介護・福祉・健康・ストレス緩和というところから始まるのではないでしょうか。

みんなの介護 幸せを考えた経営というのは、今後、力を持っていきそうな気配はありますか?

前野 まだ気配ぐらいですが、あります。私は、ホワイト企業大賞の企画委員というものをつとめています。社員を幸せにする会社を表彰する活動です。

幸せ経営研究の先駆者である、元法政大学教授の坂本光司先生という方がいます。坂本先生が立ち上げた「日本で一番大切にしたい会社大賞」に選ばれた企業の取り組みを書いた『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)という本は大ベストセラーになり、注目を集めました。

また、欧米発のGreat Place to Workという、世界60カ国で行われている働きがいのある会社の表彰制度などもあります。

このように、幸せに基づいた経営の大切さを実感している人はこれまでにもいました。

そういうところで名前が挙がる会社は、本当に従業員を大切にしているし、幸せな会社です。ただ、全体の数%というマイノリティの段階です。

実際、幸せに働くということには、何もデメリットがない。

幸せだと創造性や生産性を高く発揮することができます。健康で寿命も長いし、やる気もある。たくさんのコミュニティに入っているから人脈もあります。

冗談のように良いことだらけですが、やっていない人が多い。どう見ても過渡期としか思えないのです。

ウェルビーイングを土台にした経営を1日でも早く実践することで、フロントランナーになれます。日本にとっても、活気がある新市場がどんどん出てくる分野でしょう。

みんなの介護 そのような企業では、社員一人ひとりが幸せかどうかをチェックする基準があるのでしょうか?

前野 健康診断と同じように幸福度を測る幸福度診断は、既にいろいろな会社で行われています。

私が開発したものに「幸福度診断well-being circle」や「はたらく人の幸せ・不幸せ診断」などがあります。役職や部署、地域にわけて診断結果を出す。すると、この営業所はすごく幸せで、ここは不幸せだな…というのが一目瞭然です。社員のメンタル不調にも早めに気づくことができます。

このように、データから良い事例を学んで、もっと幸せな職場をつくれる時代になっています。

前野隆司「年齢を重ねれば重ねるほど幸福になる。“老年的超越”を得るヒント」
日本には老年的超越型の幸せな未来が待っている

老後の幸福は老年的超越の境地にあり

みんなの介護 前野さんのご著書にあった老年的超越という概念が興味深かったです。超高齢社会となり興味がある読者も多いのではないでしょうか?

前野 90歳~100歳ぐらいの超高齢者の幸福度が極めて高いという、スウェーデンの社会学者であるラーシュ・トーンスタムという方が言い出した概念です。

その年齢だと多かれ少なかれ認知症が始まっている状況ではあります。日常生活が不便になるということはあるでしょう。しかし、実は幸福度は高まっている人が多いのです。

自己中心性のような我欲が減って、寛容性が増える。死への恐怖が減って、時間空間を超越する傾向が高まる。

性格が変わる人もいますね。几帳面だったのに細かいことが気にならなくなる。悩みがなくなっていく。忘れちゃったけどまあいいか、とおおらかになっていきます。ずっとニコニコしてのんびりしているおばあちゃんのようなイメージでしょうか。

それから、記憶力が悪い方が幸せという研究結果もあります。私も60歳になり、昔に比べて記憶力が悪くなっています。これまでは何かを忘れると「しまった!」と思っていたのです。しかし、今は「まあいいか」という感じ。母を見ているともっとおおらかです。

がんになったことで大きな気づきを得る、Cancerギフトにもどこか通じるところがあります。

みんなの介護 この老年的超越の境地というのは、年齢を重ねながら徐々に達していく方が多いのでしょうか?

前野 徐々になっていくんじゃないですかね。人間の脳は20歳ぐらいが最も活発で、25歳ぐらいを境に老化していきます。実は少しずつ老年的超越に向かっているのです。どんどん幸せに近づいている。そう思えばいいんじゃないでしょうか。

みんなの介護 老後に幸せが待っている。

そう思える人と思えない人の差はどこにあるのでしょうか。

前野 思えない人はやっぱりネガティブな人で楽観性が足りない。病気になったら苦しいし、未来に対して悲観してしまう。でも、みんな同じようなことが起きているわけです。

一つひとつの物事を楽観的にとらえるか悲観的にとらえるかで違ってきますよね。老後幸せかどうかは、現在幸せかどうかにつながっています。

もう一つ、金銭的な安定を得ることも大切です。ものすごく貧しい状態というのは、やはり幸せではありません。

“超高齢幸せ社会”の実現は一人ひとりの幸せから

みんなの介護 今後こんな日本になったらいいなと思っていることはありますか?

前野 日本は世界で最初に少子高齢化が進む国です。老年的超越を実感する人がどんどん増えるわけです。

各企業がウェルビーイングを考えて、みんなで力を合わせて生きる社会をうまくつくっていく。それができたら、“超高齢幸せ社会”が実現できると思うのです。

そこを目指してソフトランディングしていきたいですね。

そして、そうなれたらアメリカや中国など、次に少子高齢化社会を迎える国のモデルになることができる。少子高齢化の問題に対して、日本がどんな答えを出すか。世界は注目しています。

今の日本は、衰退未来と老年的超越型幸せ未来の両方を思い描けるわけです。どっちがいいかということなんですよね。本当に今は過渡期だと思います。みんなで力を合わせてウェルビーイングの世界をつくりたいですよね。

みんなの介護 そのためにも大切なのが、一人ひとりがいかに幸福な考え方ができるかというところでしょうか?

前野 そこですね。堂々巡りのようですが、幸せな国にするためには一人ひとりが幸せにならなければいけない。楽観的で前向きで、みんなとつながって生きるということです。

少しずつ始めたらいいと思うんです。ちょっと幸せになる。ちょっと幸せになるためには、ちょっとやりがいを見つけて、ちょっと新しいコミュニティに入る。一歩踏み出せば、良い方向に向かっていきます。

一言で言うと、「新しいコミュニティにみんな入りましょう」。そこからのスタートでいいのではないでしょうか。

みんなの介護 ありがとうございます。具体的なところでまとめていただいたと思います。

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