「袋田の滝」で有名な茨城県大子町は、人口約16,000人のうち4人に1人が75歳以上の高齢者、65歳以上が人口の46%と、茨城県内で最も高齢化が進んでいる。介護現場での人材不足が深刻な課題となっており、町が主導で介護事業所のICT化が進められている。
【ビジョナリー・高梨哲彦】
各介護事業所の課題解決に向け、ベンチャー企業6社と連携 次世代を見据えるだけでなく、現役世代の生きがいも大切に バスの運行に人が合わせるのではなく、人に車が合わせるサービスを各介護事業所の課題解決に向け
ベンチャー企業6社と連携

現在大子町には介護事業所は29軒ありますが、どの事業所においても職員の高齢化が進み、深刻な人材不足に陥っています。このままの状態が続けば、いずれ介護事業所は閉鎖され、町はいっそうの人口減少に見舞われることになります。
そうなる前に手を打たなければと、2020年10月に行われた、経済産業省主催の自治体とヘルスケアベンチャーのマッチングイベント、「ガバメントピッチ」に参加しました。ICT×介護事業所のノウハウやアイデアを持った企業とタッグを組んで、介護事業所の持続可能性を高めていくことにしたのです。
各企業から大子町に合うプランを提案してもらい、その中から最適なプロジェクトを採用するのですが、最大公約数的なプログラムを選んでしまっても「帯に短したすきに長し」で、そのうちどこの施設にも使われなくなってしまいます。
それでは意味がありませんので、それぞれの事業所に合ったプログラムを選定したいと思った結果、6社も採用することになってしまい、「6社もですか!」と経済産業省の担当官に驚かれました(笑)。
介護現場にICTを導入して終わりじゃない。介護に携わるみなさんがICTの使い方をマスターし、プラスαの働き方を考え始められるようになった時こそが、介護DX(デジタルを通じた介護サービスの向上)の始まりなのです。
ICT教育から介護現場のICT化へ大子町では、教育現場でICTを導入し成功した実績がある。交通不便な場所に位置する大子町では、2018年よりICT教育に注力しはじめた。
小・中学校の児童生徒一人ひとりにタブレット端末、ネット環境がない家庭にはWi-Fiの接続機器を無償貸与し、遠隔地に住む講師の授業も受けられるよう環境を整えた。宿題も、プリントではなくタブレットでこなす大子町の子どもたちは、コロナ禍以前からデジタル学習には慣れており、緊急事態宣言下でリモート学習が行われた時も、何の問題もなくスムーズに授業は進んだ。
「ネット環境があればグローバルな人材育成も可能だ」との手応えを得た町では、教育分野だけでなく町全体のICT化を計画。ヘルステックベンチャー6社を採用し、ICT活用で介護現場を働きやすい環境に整え、より良質な介護サービスが提供できる場への変革を試みている。
やりがいを生み出し、仕事の価値が高まれば、志を持った若者が就職を希望する介護事業所になる。そうなれば、ゆくゆくは、町の過疎化にも歯止めがかかるという算段だ。

とはいえ、わざわざICTを導入しなくても、介護現場は動いている。介護事業所職員の高齢化も進んでおり、現場にはデジタル機器の扱いに慣れていない職員も多い。アナログ環境でずっと仕事をこなしてきた経験豊富な介護のプロである彼らに、今さら仕事の手順を変えさせるのは難しい。そのうえデジタル化のメリットを理解させ、PC機器の操作をマスターしてもらわなければならない。
「ただでさえ利用者のお世話で手いっぱいの現場職員たちを、ますます追い詰めることになるのではないか」と考える事業者も多く、町の思惑通りには介護のICT化は進んでいない。
大子町では、2020年12月から、8つの法人を対象にICT導入化に向けた話し合いを始めたが、現状ICTが導入されているのは、大子町社会福祉協議会が運営する訪問介護事業所1か所のみ(2021年4月導入)。他の7法人については、町の福祉担当者が1年以上粘り強く交渉を続け、2021年12月現在、一部の法人でトライアル設置でのICT導入までようやくこぎ着けた。
だが、目的はICT導入ではない。現場の働き方の改善を図り、介護サービスの向上を目指すのが最終ゴールで、ここからがやっとスタートだ。トライアル期間中にICT化のメリットを運営者はもちろん、現場の職員に理解してもらわなければならない。まだまだ時間はかかりそうだが、焦ってもはじまらない。
「歯車のかみ合わせを整えることが重要なのです。歯車の動きが合わさった時に、初めて、一つの大きなものが動きます。かみ合わせの調整が出来れば、後は一気に動く。そのためにも今は腰を据えて、しっかり一つひとつの歯車の動きを整えていかなければなりません」と高梨町長は言う。
次世代、または次々世代を見据えた介護のDX化に、町は取り組んでいる。

次世代を見据えるだけでなく、
現役世代の生きがいも大切に

高齢者の生きがいづくりの場としては、例えばハイキングのガイドを1時間してもらったら500円など、わずかでも報酬の出るものを提供していきたいと思っています。
自分の時間や労力が対価として評価されれば、楽しいですし、やる気も起きてきます。やはり目的をもって取り組むのと、時間つぶしにしているのでは、まったく過ごす時間が違ってきますから、充実した時間を過ごしてもらうための仕掛けづくりを考えていかなくてはなりません。
よくあるシニア大学的なものも、実際に利用者の方々が楽しんでやってらっしゃればいいのですが、本当に必要とされているものが提供できているのか、検証する時期に今は入っています。
「ずっと続いているものだから」、「他自治体もみんなやっているから」でなく、利用する方々の日々の生活を楽しく変えていくプログラムを提供できなければ意味がありません。住民のニーズを把握し、時代に合ったものを提供できるように、内容を工夫させていこうと思っています。元気なまちづくりチャレンジ支援事業
DX推進だけでなく、高齢者の生きがいづくりにも力を入れている大子町。特筆すべきは、町長のいう「時間や労力が対価として評価される」仕組み作りをしている点だ。
町では設定したテーマについて、地域に愛情を持ち、地域をより良いものにしていこうとの企画を持つ5人以上のグループに対して、「元気なまちづくりチャレンジ支援事業」を実施している。町に企画を提案し、審査で採択となれば、事業が軌道に乗るまでの最長3年間の資金として、1年目は最大50万円、2年目は最大40万円、3年目は最大30万円の補助金が町から交付される※。
※2022年度から一部改正予定。
2021度は、朝市出店(ラクダマーケット)、茨城県北ジオパーク構想・ジオネット大子の2つの企画が採択されている。

2017年度より、大子町では、町民への健康づくりの動機付けと運動習慣の定着を目的として、「健康づくりポイント事業」を行っている。がん検診や健康教室など、19の対象事業に参加するとポイントがたまり、大子町の特産品や温泉施設利用券などと交換でき、楽しみながら健康づくりができる。
また、2021年度には武術太極拳世界チャンピオンと「地域活性化起業人」の契約を結び、太極拳を取り入れた健康体操を町のホームページで発信したり、町内の介護施設などで椅子を使った太極拳のレッスンを定期的に行ったりするなど、大子町独自の取り組みも開始した。

バスの運行に人が合わせるのではなく、
人に車が合わせるサービスを

大子町の公共交通としては、JR、高速バスに路線バス、町民無料バス、タクシーがありましたが、2021年度よりAI運行システムを活用した乗合タクシーが加わりました。
AI乗合タクシーの運行はバスとタクシーを運行する地元の事業者に委託しています。今後は、路線バスのニーズはあるものの、既存路線バスではカバーできない時間帯や場所への移動に、AI乗合タクシーを多く走らせたいと考えています。
今まではバスの運行に人間が合わせていましたが、それを移動したい人間に車を合わせていくという、逆のシステムを取り入れて移行していきたい。大型バスを1日に数本ではなく、既存路線バスの利用が多い通勤・通学時間帯以外においては、ミニバンのような小型バスを複数台走らせる方がニーズが生まれやすい。
このほかに、町営のスクールバスについても、今の時代に合ったシステムに徐々に変えていきたいと思っています。
デイサービスの車を利用するというアイデアもありますが、現状町内のデイサービス業者にはまだそこまでの余裕がありません。介護施設の車自体も少ないので、それはもう一段階進んだ後の話になりますね。
3種類のAI乗合タクシーとカーシェアリング持続可能な公共交通体系の新たな移動手段として、大子町では2022年10月より、AI運行システムを活用した乗合タクシーの運行を開始した。運行日、運行時間、目的などによって、「町民AI乗合タクシー」「観光AI乗合タクシー」「夜間AI乗合タクシー」と種別されているが、利用方法は同じ。
「町民AI乗合タクシー」「観光AI乗合タクシー」の料金は一律300円、「夜間AI乗合タクシー」は一律500円。

人が集まる暮らしやすい町に変革していくためには、町の現状を検証していくことが必要だ。新しいシステムに切り替えるだけでなく、現状のものを時代に合うようにメンテナンスしていくことも大切になる。
町民のニーズに合ったものを見極め、新システムが地域に根ざしていくものになるよう、導入時期と導入方法について綿密に検討していかなければならない。
「すべての方に納得してもらえる施策の実施は難しいですが、一人でも多くの方が今よりも便利に生活できるよう、知恵を絞っていくのが行政の仕事です。子どもや孫、その次の世代のために、今できる最善のことをしていかなければ」と高梨町長は言う。未来に向けて大子町がどのように変わっていくのか、大いに期待したい。
※2021年12月21日取材時点の情報です
撮影:林 文乃