NYタイムズで紹介された「紫雲出山」や年間45万人の観光客が訪れるフォトジェニックな「父母ヶ浜」で知られる香川県三豊市。離島から山間部まで景観は変化に富み、ドローン物流や「グリーンスローモビリティ」の活用など、企業とタッグを組んだ次世代に向けた試みが行われている三豊市の山下昭史市長に話を伺った。
【ビジョナリー・山下昭史】
- 免許返納者数は県内トップクラス。返納者のQOLを下げないために
- 子どもに選択肢を与えられるまちづくりを
- シビックプライドを高めていきたい
免許返納者数は県内トップクラス。返納者のQOLを下げないために…

「2019年度の当市の免許返納者数は県内一で、人口約62,000人で年間500人あまりの高齢者が免許を自主返納していました。しかし、当市は公共交通機関が発達しているとは言えない環境です。
「移動は自家用車に頼るところが大きいですから、家族に送迎してもらえるといっても、自分で運転できないとかなり不便です。
ちょっと買い物に出掛けたいと思っても、徒歩だと片道30分以上かかるところが多く、高齢者が休憩もせずに長時間歩くのは現実的ではありません。移動手段がない高齢者は家から出ることが少なくなってしまいます。
人に会う機会が減り、生活にも張り合いがなくなれば健康への影響もでてきてしまう。それは許しがたいことです。
移動手段がないだけで地方に住む高齢者のQOLを低下させるリスクがあってはならないと、当市では次世代の交通のあり方に向けて、日本を代表するような大企業だけでなく、地元の企業や大学などに協力を仰ぎ、さまざまな試みを行っています」
次世代に向けた交通「MITOYO MaaS PROJECT構想」三豊市では「MITOYO MaaS(Mobility as a Service) PROJECT構想」を掲げ、 企業などと連携し、新しい移動サービスの実現に向けた取り組みを推進している。
ダイハツ工業とは福祉介護・共同送迎サービス「ゴイッショ」、日野自動車工業とはキッチンカーをはじめとした移動サービス車両の分野でタッグを組む。
高松市に拠点を置くベンチャー企業とは、世界初の離島エリアでのドローン物流長期定期航路を開設し、食料品や日常品などの物資が本土側から島へ届けられる仕組みが確立している。
全国でも珍しい7町の対等合併により誕生した三豊市は、変化に富んだ風光明媚な土地としても有名だ。
北は瀬戸内海に突き出すように荘内半島が伸び、中央部には米作などが行われている三豊平野が広がる。そして南は讃岐山脈までと南北に細長い。それだけでなく、大小さまざまな離島もみられる。
関西からのアクセスもよく、実稼働に入る前の実証実験を行うのに適した場所とされ、上述した取り組み以外にも次世代に向けたさまざまなサービスの研究などが進められている。

荘内半島の東に浮かぶ粟島では「粟島スマートアイランド推進プロジェクト」が展開されており、付随するように多数のプロジェクトが進行している。
なかでも注目したいのが、カート型電動自動車を使った「グリーン・スロー・モビリティ」の実証実験だ。
島内にある市の宿泊施設の指定管理者が、時速20キロメートル未満で公道を走行できる7人乗り電動カート(ヤマハ発動機社製)「グリーン・スロー・モビリティ」(以下、グリスロ)を三豊市から借り受け、地元のシニアをドライバーとして雇用して運行している。
公共の移動手段がなかった島内において、グリスロのニーズは高い。
島民にとっては公共交通のなかった島内の日常の移動手段として、観光客にとってはレンタル自転車以外の移動の足となる。
観光客が島内をぐるりと観光することで、それまで気付かれなかった島の魅力が新たに引き出される可能性がある。そうなればSNSから人気になった「父母ヶ浜」のような新しい観光地が現れるかもしれない。
観光客の増加は、シニアの雇用のアイデアにもつながっていく。

子どもに選択肢を与えられるまちづくりを

「観光客だけが増えても、三豊の子どもたちが『ここにずっと住み続けたい』と思えるような場所でなければ、まちの未来はありません。
子どもたちにとって魅力あるまちというのは、選択肢がいろいろとあるまちなのではないでしょうか。
例えば、楽器を習いたいと思ったらピアノだけでなく、バイオリンもフルートも、太鼓だって学ぶ環境がある。スポーツなら、野球、サッカー、テニス、バスケットボール……どんな競技にも挑戦できる。
子どもたちの可能性を育むことができるまちこそが、子どもたちもずっと住み続けたいと思えるようなまちになるのだと思います。
子どものころにまちが自分に対してどんなことをしてくれたのか、そういう記憶は忘れがたいですし、次の世代にもつながっていきます。
スポーツ環境の充実や、映画制作の体験やまちについて理解を深める探究学習など、さまざまな活動や体験の場を設け、子どもたちが自分の可能性にチャレンジできる環境を今後も整えていきます」
水道や電気などの生活を支えるライフラインのほかに、充実した人生を送るためには教育や心と体の健康が必要であり、それを維持するための仕組みとして三豊市では「ベーシックインフラ」の整備に取り組んでいる。
QOLを上げるベーシックインフラのひとつが「交通」であり、移動困難者を生まないためにさまざまな取り組みを試みている。
MITOYO MaaS Project で築いてきた企業との共働ノウハウを今後は健康分野においても普及させていく方針だ。
「健康寿命延伸のためにバイタルなど自分の健康を管理できるようなウェアラブル端末を一定の年齢以上の市民に配布したい」と山下市長は言う。
市の狙いは、「セーフティネット」の構築だ。
身体の異常をウェアラブル端末が感知するとアラートが鳴り、病院での検査を受けてもらうようにする。
そしてそのステータスやデータを、本人だけでなく家族、病院、介護施設などと共有できるようにすることで、セーフティネットを幾重にも張ることができる。
山下市長は事前対策の重要性を説く。
「事故を起こす前の免許返納が必要なように、健康においても病気になってからでは遅いのです。未病の段階で適切な行動がとれるための仕組みづくりが必要です」。「ミトヨで、やってミヨ」精神で、住民ニーズと企業をつなぐ
三豊市では「ミトヨで、やってミヨ」というスローガンを掲げている。
これは、「自らの可能性を自分で否定せず、自分を信じ、夢や希望に向かいチャレンジすることができる場所がここ三豊市である」、「個々のチャレンジを三豊市は全力で応援します」という意味が込められている。
この精神で、さまざまな企業とタッグを組んで、次世代に向けた移動のあり方についての実証実験を行っている。
課題をみんなでシェアして考えていくために、市役所内の会議室には各企業のプランや実績を貼り出した次世代交通専用の部屋があり、「誰でも」見ることができる。

「QOLを向上させるための実際の企画や方法については専門家に任せる」というのが三豊市イズム。
住民が欲しているサービスについてはその道のプロである専門企業に任せ、行政としてはプラン成功に向けての支援に注力する。
住民ニーズと企業をつなぐのが市の役割であり、必要以上に出しゃばらないスタンスがよい結果を生み出すと外部から評価されている。
「実証実験で芳しくない結果が出ても構わない」と山下市長は言う。
「失敗してもいいんですよ。
シビックプライドを高めていきたい

「『南米ボリビアのウユニ塩湖のような絶景写真が撮れる!』とSNSから人気に火がついた父母ヶ浜(ちちぶがはま)ですが、ゴミだらけの浜だったら美しい写真は撮れませんよね。
SNSで流行するずっと前から、25年以上もの間、地元のボランティアグループ「ちちぶの会」が浜で清掃活動をしていてくれたんです。
だからこそ、SNS映えする人気スポットとして今の父母ヶ浜が存在します。
かつては年間5000人程度しか訪れる人がいませんでしたが、今では年間45万人を超える観光客が訪れる香川を代表する観光地となりました。
父母ヶ浜をここまでの観光地に育ててくれた「ちちぶの会」は、今も変わらず定期的に浜の美化活動を行ってくれていて、その輪はどんどん広がっています。
三豊市民はシビックプライドが高いんです。
「ちちぶの会」のメンバーたちには、自分たちが浜をきれいにしていたからこそ、自分たちの浜が県を代表する人気観光地になったという誇りがあります。
『自分が住む地域に誇りを持ち、地域をよりいっそうよくしていくために、自分たちで考え行動していく』。そういった市民を増やし、市民のシビックプライドを高めていきたい。そのために何ができるかを考えて動いていきたいと思っています」
三豊市には「天空の鏡」と称される父母ヶ浜や、ニューヨークタイムズで「2019年に行くべき52ヶ所」として日本から唯一「瀬戸内の島々」が7位にランクインし、その際に写真が使用された「紫雲出山(しうでやま)」など、自然の美しさを誇る場所がある。
近年、三豊で生まれた若い経営者や移住者たちが、三豊の美しさを広め、地域をよりよくしていくために、自然を生かしたグランピング施設やゲストハウスなどを建てている。
自分たちでリスクを背負って挑戦し、地域経済に活気をもたらそうとしている。
実際そこから、宿泊施設のリネンサービスや駐車場管理など、地域シニアを雇用した取り組みも生まれているそうだ。
シビックプライドを持った市民が行動し、地域をより住みやすい方向へと変えていく。
そんな流れが三豊市で今、生まれつつある。

1966年香川県三豊市生まれ。趣味は読書とネイチャーアクアリウム。好きな作家は司馬遼太郎と藤沢周平。中でも司馬遼太郎の「峠」が好き。
好きな言葉は詩人、礒永秀雄の「ただいま臨終!この厳しい覚悟に耐えられずしてどこににんげんの勝負があるか」
※2022年4月12日取材時点の情報です
写真提供:三豊市、インタビュー撮影:林 文乃