イベント、デザインなどの手法で医療福祉のブランディングに取り組むNPO法人「Ubdobe(ウブドベ)」。代表理事の岡勇樹氏に、医療福祉の面白さを学生に体験させる「福祉留学」や福祉のあり方について話を伺った。
【ビジョナリー・岡勇樹】
- 人と人とが出会い、つながることで何かが生まれる瞬間がたまらない
- 面白さの輪が広がるか?
- 福祉とは、その人がその人であるべき自由を手に入れるための切
人と人とが出会い、つながることで何かが生まれる瞬間がたまらない

僕が福祉に興味を持つようになったきっかけは祖父が認知症を患ったことです。僕が20代の頃に元気だった祖父が認知症になり「どう祖父に接したらよいのか?自分が何をすべきなのか?」認知症について全く知識がなかったため、とりあえずサポート方法を知るべく自分が元々好きだった音楽と福祉が融合する学問「音楽療法」の専門学校に入学すると同時に介護のアルバイトを始めました。
そこから重度訪問介護、移動支援などへ業務の幅を広げていったのですが、だんだん利用者の方たちとふれあう楽しさに目覚め、気づけば今、福祉にどっぷりはまっている感じですね。
重度訪問介護の仕事をしていた時に、重い脳性麻痺で体を動かすことやしゃべることが自由にできない利用者さんと出会いました。最初のうちは彼の意思を汲み取ることが難しく、コミュニケーションができない状態でした。ですが、数ヶ月介護を続けているうちに彼は音楽がとても好きで、実は音楽に深い造形を持っている方だということが分かってきました。僕も昔はバンドを結成していたほど音楽好きですから、一気に2人の距離が狭まったんです。
音楽を通して2人で新しい世界への扉を開けた感じで、扉の向こうで彼と過ごす時間はとても楽しくて、本当に彼からはいろいろなことを学ばせてもらいました。
重度障害者というと、寝たきりでただお世話をしてもらうだけの人をイメージする方が多いですが、実態はかなり違います。彼らは障害があるだけで、僕らと同じように音楽が好きだったり、アートが好きだったり、楽しいことが好きなんです。ただ身体機能に不自由があるから、楽しいものに自分でふれに行く自由がない。その部分を僕らがサポートすれば、利用者さんは好きなものにふれあえるから楽しくて、素直に喜びを表現してくれます。僕らも利用者さんが喜んでいるのを見ると嬉しくて、利用者さんをもっと楽しませたいと思ってしまいます。
僕は、ミュージシャン同士がその場の雰囲気に応じて、自由に即興で音楽をつないでいくジャムセッションがすごく好きなんです。人とのふれあいも一種のジャムセッションだと思っています。人と人とが出会い、つながることで何かが生まれる。その瞬間が僕はとても好きで、それには障害のあるなしは全く関係ありませんから、とにかくみんなが楽しめる時間と場所をつくっていきたいというのが僕の活動の基本になっています。
NPO法人「Ubdobe」とは岡氏は20代のころに母親を癌で亡くした。さらに、祖父が認知症を発症。期せずして医療・介護と直面せざるを得ない状況となった。それまで岡氏は病気や医療・介護に関しては遠い世界の出来事程度に感じており、実際に自分の家族に起きるものとは考えてはいなかった。
そのため、実際自分の家族がそうなった時に、どうしてよいのか全く分からず、最愛の家族と過ごした貴重な時間を有効に使うことができなかった。「ああすればよかった。こんなこともすればよかった」と未だに悔いてしまうという岡氏。
自分のそうした苦い体験から、若者こそ医療福祉に関する情報を得る機会を増やすべきだと考えた岡氏は「医療福祉のカジュアル化」を掲げ、2008年に任意団体として「Ubdobe」を創立。
国籍の違い、年齢の差、障害の有無、性別などの垣根を越え、世界中の子ども達が芸術活動を通してコラボレーションを実現する音楽とアートの祭典「Kodomo Music & Art Festival」を開催した後、2010年にNPO法人「Ubdobe」となる。
現在「Ubdobe」では、芸術と人間科学を追求するクラブイベント「SOCiAL FUNK!」、遊びを通じて医療福祉が学べる謎解きコンテンツ「Mystic Minds」、医療福祉専門職や学生と地域・介護施設をマッチングする「福祉留学」を企画・運営するほか、2022年からは障害児者の居宅介護・重度訪問介護・移動支援事業「WASSUP」も開始。
医療や福祉の専門性と、難病や障害の当事者性を活かしたコンテンツづくりを主体に、全国の行政機関や企業と連携しながら社会課題の解決に取り組んでいる。


面白さの輪が広がるか?

「福祉留学」とは、医療福祉専門職や学生を日本全国の医療福祉施設、事業所などにマッチングするサービスです。現在の主流として、医療福祉専門学生は学校が推薦した施設や今までに自分が過ごした地域機関など、限られた施設・地域でしか経験を積めない流れになっていて、学生たちはそれが医療福祉の全てだと思ってしまう傾向があります。
でも実際は施設ごとに特長があって、各施設によって重きを置いていることや取り組み方法も違います。地域の特性もありますからそれこそ千差万別です。なのに1つの施設、1つの地域の体験だけで自分には合わない、と医療福祉の世界から遠ざかってしまうなんて本当にもったいない。
だから学生たちにもっと医療福祉の可能性を感じてもらいたい。医療福祉というパスポートを持って日本全国を飛び回り、医療福祉の面白さを体験してもらいたいと思って始めました。
受け入れ施設もどこでも良いという訳ではありません。
「未来を見据えた独自のビジョンを掲げている」「福祉施設の運営にとどまらず地域づくりに参画している」「職員が自分らしく働くことができる環境が整っている」「利用者がいきいきと生活できる環境が整っている」といったことを選定基準にしています。
要するに施設のスタッフたちが仕事に愛を持って面白がって取り組んでいるか、学生たちにその面白さの輪を広げられるか、ってことなんです。
また施設だけじゃなくそこの地域にも魅力があるかどうか。そこも重要なポイントになりますので、連携施設の選定には細心の注意を払っています。若者たちの福祉に対する情熱を左右する重要な役割を担ってもらう施設・地域ですから、話が持ち上がれば必ず現地に行って確認します。
留学先として現在11施設と提携していますが、将来的には1都道府県につき2箇所くらいのイメージで留学先を増やしていきたいと思っています。発信が上手な施設はネット検索でも探せますが、見落としできないのは発信下手な面白い施設です。そういったところは地元の評判とか、足で稼いでいかないと分かりませんから、地方出張の際などはできる限り福祉施設を訪問して、情報収集に努めています。
「福祉留学」とは「福祉留学」とはUbdobeが2019年から開始した、向上心と好奇心を持った学生や医療福祉従事者と、日本の福祉を牽引する施設を繋ぎ合わせる留学制度だ。コロナ禍を受け休止していたが、2022年7月より再開された。
「これからの日本の福祉を牽引する」福祉施設を厳選し、説明会やSNSなどを通じて「福祉留学」に興味を持った学生たちとマッチングを行う。留学は1日から申し込めるが、夏休みなどの長期休み期間に1週間ほどの留学を希望する学生が多いという。
1週間ほどのインターン留学を体験した学生たちの多くが、最終日には地域との別れを惜しむという。
三方よしの「福祉留学」は、医療福祉を志す学生たちと地域にとってこれからスタンダードなものになっていくに違いない。


福祉とは、その人がその人であるべき自由を手に入れるための切符

僕はゆるい人助けが好きなんですよ。人助けっていうか、悩みごとの相談を受けたら、とりあえずその人のところに行って話を聞いて、助言するってだけなんですけど。行政からオファーされた大きな事業プランをまとめていくのも、友人の悩みを聞くのも、僕にとっては同じ人助けなんです。
だけど、実際のところは僕は何もやっていないんです。困っていることを聞いて、その課題解決に向けてクリアできそうな仲間を集めてつなげる、それだけしか僕はやっていません。
助言についても、的確なアドバイスをしているかって聞かれたら、していませんね。実際何をしているのかといえば、話を聞いてその内容をまとめているだけです。
頭が整理できていなくて困っている時に僕に話をすることで、頭の中がきちんと整頓されてくるんだと思います。そうなれば課題が明確になり、おのずと自分がどうすべきかが分かってくるんです。
事業計画ならそこから議論になりますが、そうでない悩みごと相談なら僕の仕事はそこまでです。悩みごとを聞いて、どうしたいのかを引き出したら終わりです。大切なのは、僕の考えを押しつけるんじゃなくて、その人がどうしたいのかをしっかり考えさせることなんです。
だから一緒に走って困りごとを解決するんじゃなく、併走しているように見せかけつつ、実際のところ僕は走っていないという(笑)。だいたいの人はみんな併走しなくても自分1人で走れるんですよ。ただ方向が分からなくて心細いというだけですから、方向を一緒に決めて、走り出しちゃえば大丈夫なんです。1人で走っているのに気がつけば、自分の自信につながります。
だけど世の中には困っていることを人に打ち明けられない人も多い。困っていても、どうしたらよいのか分からない人たちも大勢いるんです。そういう人たちを見つけ出して、一緒になって困りごとを解決していくのも福祉の1つのかたちかもしれません。
福祉とは何でしょうか?僕は福祉と福祉制度は違うと思っています。福祉とは本来、金銭や制度などに囚われないもっと大きなものです。人間が生きていくために必要な水と食料と同じ、誰もが必要とする大切なものです。福祉とは「その人がその人であるべき自由を手に入れるための切符」みたいなものではないかと僕はとらえています。
NPO法人「Ubdobe」 代表理事・岡勇樹(おか・ゆうき)氏1981年東京生まれ。3歳から8年間アメリカ合衆国・サンフランシスコで生活し、帰国後DJ・ドラム・ディジュリドゥなどの音楽活動を始める。祖父が認知症を患ったことをきっかけに音楽療法を学び高齢者介護や障害児者支援の仕事に従事。NPO法人Ubdobe/代表理事。株式会社デジリハ/代表取締役。合同会社ONE ON ONE代表社員。医療福祉系クラブイベントの企画、デジタルアート型リハビリテーションの開発、各種行政からのイベント制作、コンテンツデザインなどの受託事業を展開している。ラーメンとピザが好物。

初対面とは思えない、しばらく会っていなかった友人と話しているような打ち解けた雰囲気を持つ岡氏。
岡氏には人を包み込む温かなオーラがある。「僕は何もやっていない」と繰り返していたが、話し方や雰囲気に人の心を開かせる何かがあるに違いないと感じた。
※2022年9月8日取材時点の情報です
人物撮影(岡勇樹氏):林 文乃